第21話 カマイタチ

 裂け目を背にして立つグロリア、その目の前にいたイワザルの様子が急変する。

 背中に短槍をはやしたイワザルが痛みに怒り叫ぶ。フジノの全力の投擲は厚みのあるイワザルの胴体を貫通はしなかったが、深々と刺さっていた。


「みんな穴に隠れてて!」


 ここにいないはずの彼女の言葉にグロリアをはじめに仲間達が、その存在に気付く。


「フジノ!?」

「フジノちゃん! どうして!?」

「いいから! 巻き込みたくないの!」


 水色に光る板が数枚イワザルを通り過ぎて、すぐさまフジノの元へ帰っていく。グロリアの目の前のイワザルは叫ぶのを突然やめて、崩れ落ちてバラバラになった。


「ひ!?」


 涙も引っ込むほど驚くグロリア。魔物の命が奪われる瞬間は何度も見てきたが、これは種類が違う。命のやり取りで結果としてもたらされた死じゃない。この殺され方はグロリアには刺激が強すぎた。


「グロリア! はやく!」


 先程まで穴にいたナツキは立ち尽くすグロリアを他の仲間が隠れている山の裂け目まで手を引いて隠れる。イワザルの解体現場を目撃しなかったナツキはすぐに動くことができた。

 空中に投げた画面を固定して足場を作り、イワザル達の投擲をかわすフジノはそれを確認する。数十匹の攻撃を回避しながら、次の手を打つ。


「妖精。穴の出入り口に、いが栗」

『了解』


 画面投げの応用技である<いが栗>はニタカとの遊びで生まれた技で、守りとして優秀な技だ。

 画面を球体状にして包んだ対象を守るだけでなく、表面に栗を包むいがの棘のように画面を何十枚とつけ、防御と反撃を同時にする技。これで攻撃に集中できると、フジノは空を逃げ回りながら手をかざす。


「一番長いの」

『ヒストリー画面を表示します』


 横幅は肩幅ていどだが縦に伸び続ける画面。伸びすぎたそれを仲間達に当たらないように動かす。たったそれだけの動きで、画面が通過した木々や岩は不自然すぎるほど完璧な切断面を作って崩れていく。


「幅調整。長さは五メートルまで」

『縦幅制限完了。横幅三センチに変更』


 一人きりならそのままでも戦うが、今回は仲間がいる。万が一にも当てるわけにはいかない。防御を固めていても不安な要素はなくしたいのだ。

 フジノは細長くなった画面を確認すると、両手で握り調子を確かめるように振り回す。敵対者の防御を無視して切り裂き、使用者に一切傷を負わせない刃で構成されたフジノだけの武器。


 地面に降りたフジノに一匹のイワザルが殴りかかるが、フジノは握りしめたそれを三回ほどイワザルに向けて振って、結果も見ずに次の標的へと走り出す。

 アンバランスな積み木が崩れるようにバラバラと地面に落ちていくイワザルだったもの。作り出す光景は過去と同じだが目的は明確に異なる。分割された一部に目もくれずにフジノは淡々と処理していく。

 それは戦いというには理不尽すぎるもの。イワザル達は近付かれたら殺されるのだ。仲間の末路を見て距離をとって木片や岩を投げるイワザルもいたが、フジノは画面を投げてそれに対処する。

 ときに刀のように、あるいは槍のようにも扱い、あらゆる防御を素通りして硬いはずのイワザルの皮膚は豆腐の如く切断され骨まで断たれる。


 最後の一匹が崩れていく、イワザル達は沈黙して動くものはいない。五体満足なのは人間だけだ。


 戦闘音が止んで静まり返り、裂け目の出入り口を覆っていたフジノの画面が消失する。ナツキが外の様子を見に行こうとするのをグロリアが止める。

 フジノが戦っている間にグロリアが見たものを聞いていたナツキは、それでも止まらない。好奇心はもちろんあるが、見なければいけない気がしたのだ。


「……あのイワザルをバラバラに。これが……」


 町で聞いた老婆の昔話をナツキは思い出していた。何でも切り裂いていく大昔の妖怪。風のように通り過ぎて残るのは死体だけ。正体が今を生きる少女なら老婆の語る昔話は妄想だったのかもしれない。


「みんな。もう出てきてもいいよ。全部倒したから……ちょっとえぐい景色だけど、我慢して」


 ナツキ達のいる裂け目の近くに立ち、この惨状を作った強者であるフジノは人間を相手に不安そうで弱々しい、怪物というには少し人間味がありすぎる。

 それに、ただの妖精持ちだとも言い切れない強さもあるし、隠したがっていた秘密を明かしたのだ。

 まさか自分の手で殺したいから助けた、なんて事はないよね。冗談半分と不安少しでそんな考えがナツキの頭に浮かぶ。


「双子山で魔物をバラバラにしてきたのは私。でも、人間はやってない。それだけは信じて欲しい。絶対に私じゃない」


 山にできた裂け目、細い穴から出てきたナツキの目を見てフジノはそう言った。


「……それは、わかったけど」


 ナツキは穴に隠れたままの仲間達にも聞こえるように強く問いかける。


「これだけ聞かせて! あんたは私達を助けに戻ってきた。それでいいんだよね?」


 ナツキ達にとっては大事なことだ。町では双子山に殺人鬼がいる噂。その特徴の一つ、相手をバラバラにする事をこの少女がやったのだ。ここではっきりさせないと話し合いはできないし、仲間達も耳を貸さないだろう。


「そう。助けに来た。今更、遅くなっちゃったけど……ちゃんと話をしたくて」

「下手な嘘はもう勘弁してよ。またグロリアが混乱でおかしくなるから」

「それは、ごめん。今度は正直に話すから……」


 秘密がバレたらこの国を出る約束をニタカとしていたが、せめて友人達にはちゃんと話してからにしようとフジノは考えていた。






「なるほどね。バグ技に外部の魔術師との関わり。山で倒した魔物の放置常習犯。あたしの予想なんかよりもヤバい事になってたのね」

「あの殺人鬼への殺意はそれだったんですね……」

「うん。逃げるなんて発想は最初からなかった。ごめん、怖がらせたみたいで」


 双子山でしてきたこと、殺人鬼に襲われてニタカに出会ったこと。魔術師として目覚めたことなど、自分を狙う殺人鬼を返り討ちにして堂々と故郷を出たいことも。

 フジノはこれまで隠していたことを仲間達に聞かれるままに明かした。


 フジノが話した秘密をナツキとグロリアは守ると答え、セイドウとコトネも恩人であるし敵対しないならと約束した。

 しかし、言葉だけでは確証を持てないのが人間。ましてや自身の破滅につながる秘密の共有を口約束だけで信用できるほどフジノの肝は太くない。

 どこか澄み切らない空気を破るようにグロリアが一つの提案をした。「ここにある物をぜんぶ埋めましょう。みんなで。そうすれば同罪です」それに対してフジノは否定的だったが、セイドウとコトネはやるつもりの顔だった。しかし、ナツキが待ったをかける。


「鎌鼬のせいにしよう。この場は何もしない。全部そのまま。あたしたちは偶然穴に落ちて、イワザルの群れは鎌鼬が倒した。そういうことにする」


 ナツキいわく、町人たちの多くは双子山の鎌鼬の噂話を信じているし、襲われた私達が口裏を合わせればフジノの秘密がバレることはない。そもそも怪物の正体が少女だと信じるヤツは普通いない。ありえないのだから。

 以前、失踪扱いのフジノを山で捕らえた捜索隊も犯人との関係を疑っていたが、フジノ自身が犯人とは全く思っていなかった。

 この場所で起きた事を、噂の鎌鼬がイワザル達を通り魔的にバラバラにした事にすれば、フジノは助けられた被害者として一応は証明できる。


「そんな上手くいくかしら?」

「また捜索隊がくるかもしれないし、今度こそバレるんじゃない?」

「それでもいいの。フジノの画面投げを知っているのは私達の他に、実際にくらった殺人鬼だけ。格上の魔物を、こんな小娘が倒せると疑うやつこそ殺人鬼の可能性が高い。もしくは、その仲間」


 ナツキはフジノの秘密を知ったことでパズルのピースがはまったのか、すらすらと推理を述べていった。


「だからさ。この国を出るのはそれからでも遅くないと思うんだ。どう? フジノ。あたしの作戦」


 フジノは少しの間をおいて頷く。不安を残しつつもナツキの提案にのることにした。あの殺人鬼を見つけ出し、画面投げをちゃんと使えば勝てるはず、人の形は切断できないにしてもダメージは与えられたのだ。もう一度戦えば負けることはないと、フジノはこの町に残ることを決める。

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