第20話 魔女の秘密

 フジノは納得がいかないまま、仲間達から離れて町の方向へと歩いていた。ときどき、背後を気にしながら急いでいる様子はない。


 フジノはサエコに妖精を通じて手紙を送ったが、意味のない行動だと思っている。殺人鬼は山の至る所で火災を起こしてイワザルの群れをCランク地域に呼び寄せた。

 複数の群れがいるなら今いる町の冒険者達には対処しきれない。関わっても犠牲者が増えるだけだ。

 最近、解散したばかりのBランク以上の冒険者が多くいた捜索隊がいれば変わったかもしれないが、もういない。


「妖精。おかしいのは私? 普通はどうするの? なんでグロリアはあんな事できたの?」

『自分を最優先するのは異常ではありません』


 そんな事は聞いていない。魔物という怪物相手に勝ち目のない戦いをするのは自殺と同じだ。グロリアは毎日、楽しそうだった。私みたいな人間を受け入れて、笑顔を向けてくれるほど良いやつなんだ。ナツキよりも優しい人だったんだ。


「じゃあなんで!?」


 だいたい私に任せて逃げてくれれば、あとはバグ技でどうとでもなったのに。なぜ命を捨てに行くのか。それは普通じゃない、人としておかしい行動だ。

 町の人間どもは祖父の葬儀の陰でそう言っていた。余所者のために命を落としたあの人の行動を認めなかったんだ。母さんだって……。


『わかりません』

「……みんなが私の秘密を見たとして、内緒にしてくれる可能性は?」

『わかりません』


 最近、静かにしていると思ったら、この妖精はついに私を見捨てたのか。困った時には手助けしてくれて、どんな時も主人の味方をするのが妖精の役目じゃなかったのか。


「だったらさ……オート機能であなたに全部まかせたら、なんとかできるの?」


 もう考えたくなかった。フジノは仲間達がいる場所で戦闘が始まった音を聞き取った。今、自分が足を止めている最中に、グロリアは仲間の元へたどり着いたのだろう。


『不可能です。フジノ様しかバグ技を使用できません』

「もう、本当に……なんなの! どいつもこいつも、私を困らせないでよ!」


 フジノは涙目で振り返り、歩いてきた道を戻り仲間達がいる方向へ走り出す。どうするかは決められない。しかし、そこに行かなければ絶対に後悔しそうな予感があったのだ。

 悲しみと怒りが入り混じって歪んだ顔は一見おそろしいが、もしも彼女の祖父が見れば悔し涙を流しているように見えただろう。






 フジノはナツキ達の様子が確認できる高さの小山の上で、強化した視力で観察している。側に近寄ればイワザルに焦げた匂いを嗅ぎつかれると警戒しての判断だ。

 この戦いだけは、場の空気に流されたままに命をかけることは決してしたくなかった。


『サエコ様から返信がきました』

「簡単にまとめて。どうせ長いでしょ」


 遠くに見える人影とその数倍は大きい魔物の影。小さな影は一箇所を守ろうとして、ほとんど動かない。魔物の影たちは狩りをしているかのように、攻撃を繰り返している。獲物が弱るのを待っているのだろう。

 あの山奥を一人で生き抜いた時が思い出される。あの日の私より強い彼女達はいったい何をしているんだ。


『状況はわかった。逃げていい。だれもお前を攻めない。という意味の文だと思われます』

「そう。やっぱり、普通はそんなもんだよね」


 フジノは更に目をこらす。遥か遠くの人影の表情が見えるほど魔術で強化する。視界を失った状態で殺人鬼に不覚をとった日から、夜の少ない光であろうと戦えるほどに鍛えてきたのだ。

 グロリアは山に点在する裂け目の前に立ち、一人で耐えている。裂け目の中には意識を失っているコトネに、頭から血を流しつつも裂け目を土の魔術で補強しているセイドウが見える。

 ナツキの傷は少ない。何か話しているようだが戦闘音で聞き取れない。だが、守るように前にいるグロリアの口の動きで彼女達が会話していることはわかる。


 フジノは小山を降りて、何を話しているのか聞くために近付いてく。音を立てないようになるべき静かにだ。


「――あの子が本物の魔術師だって最初に見抜いたのはあんたでしょ? 古い昔話まで使って――」


 だんだんと二人の会話が聞き取れてきた。ときどきイワザルの投擲や、グロリアが投擲物やイワザルを風の魔術で吹き飛ばして起きる轟音でかき消されるが、なんと話しているかは補完できる。


 フジノは草木がこすれる音も気にせずに小走りになり、更に近付いてく。肩に担いでいた短槍を両手で構え直す。ニタカに貰った短槍を使うわけにいかないと買った新しい短槍。


 この短槍を商店街で購入した時、グロリアとナツキがいた。呼んでもいないのについてきたんだ。加減をど忘れして上達した槍術を試し振りで見せてしまった私に、驚いていた二人の顔が浮かぶ。そんなドジをする自分の言い訳なんて見抜かれていたんだろう。


「……そうでした。そうでしたね。あの子は思ったより、わかりやすい子でした。きっと、さっきも」


 群れから最も離れた位置にいるイワザルがフジノに気付く。手に持った短槍の持ち手を調整し、彼女は魔物の股の間を駒のように一回転して走り抜け、両足を器用に切り裂く。伸ばしきった短槍を走りながら構え直す。


 微かに見えるナツキの顔には諦めがある。一度もそんな顔を見たことはなかった。どんなつらい経験も笑い話として語ろうとするナツキらしくない。

 だれよりも前で果敢に戦うグロリアは苦しそうな顔で涙を流している。少し厳しいけど優しくて、いつも余裕を保っている彼女には似合わない。


「……謝りたい。ちゃんと謝りたかった。ごめんなさい。ごめんなさい……」

「あんたも逃げて良かったのに……バカね……」


 強化した聴力でそれをはっきりと聞き取ったフジノは歯を食いしばり、ただ全力で走り出す。


 少し前に足を切り裂かれた個体の叫びで、異変に気付いたイワザル達は元凶のフジノに向かって動き出している。


 一斉に向けられた魔物達の視線に臆さない彼女は、速度を維持しながら上体を勢いよくひねり、全力で短槍を投げた。狙いは決まっている。友達に近付く敵だ。


 誰にでも優しい顔をする人のそういう涙が一番嫌いなんだ。いつも明るい友人のそんな諦めた顔だって二度と見たくない。


 フジノはイワザルの打撃を上空に向かって跳躍することでかわし、両手を開いて内なる妖精に命令を出す。


「妖精。画面投げ使うから。合わせて!」

『了解』


 助けたとしてもみんなが秘密を守ってくれるか確証はない、でも見捨てれば私の人生に一生の傷が残る。本当にむかつくが、どうせ選べるのならマシな方だ。

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