第18話 殺人鬼の罠

 双子山のCランク地域。はぐれイワザルの討伐クエストをフジノ達三人は完了したところだ。


「イワザル一匹討伐完了! 連携もだいぶ形になってきたかも」

「そうですね。魔術師が二人いても無傷で倒すのは凄いかもしれません。フジノちゃんが前衛を頑張ってくれたおかげです」


 自分の三倍以上の大きさはあるイワザルの眉間に刺さった短槍を抜いて、穂先についた血を振り払いながら返事を始めた。


「二人が隙を作ってくれたからだよ。一人ならこんな上手くいかない」

「すれすれで避けるからヒヤヒヤするよこっちは。誤射しないか怖かった~」

「コトネちゃん、今日は移動が少なかったですよ」

「えー? そうだったかなぁ」

「前も言いましたが、直線上に味方がいない位置まで移動しないと――」


 クエストの振り返りをしながら三人は離れた位置で待機しているメンバーの方向へ自然と向かっていた。


 山の麓でミザルの襲撃にあってから、ナツキが殺人鬼に狙われている可能性に備えて、必ず誰か一人が護衛につくことにしている。

 今日のイワザル討伐も戦闘に巻き込まれない位置でナツキは待機している。護衛はセイドウだ。


 一緒に帰るために待つグロリアとコトネのいる場所まで歩くフジノ。ナツキ達と合流して町へと帰るだけだ。


 しかし、フジノは背後から飛んでくる何かに勘づいて、短槍で振り払う。

 弾いた物は劣化したナイフ、投げた犯人は木の上で鬼の仮面をつけていた。それはフジノを二度も殺しかけた殺人鬼の特徴だ。


「フジノちゃん!? 今のは」

「だれ!? どこから」


 フジノは短槍を強く握り直して、獣のように駆け出す。もしも、再びヤツに出会った時に恐怖するかと思っていたが、そんな事はなかった。


「妖精。補助をはずして」

『了解』


 フジノは妖精にかけさせている制限を外し、仲間達の目を気にせずに全力の身体強化を行う。あの殺人鬼を消せればいい、後のことはそのとき考えればいい。


 限りなく殺意に近い感情がフジノを突き動かしている。

 双子山でバグ技を使って頂点にいた頃の過去が訴えるのだ。お前は私より下だと、不意打ちで勝った気になるなと。

 何より、こいつがいなければ隠してきた魔物の遺体もバレなかったんだ、と怒りのままに追いかける。


「行っちゃダメ! フジノちゃん! 戻ってきて!」

「ちょっと!? 何で追いかけちゃうの!?」


 フジノの突然の単独行動に焦るグロリア。丁寧な言葉づかいを心がけていたが、こんな状況では難しい。

 そんなグロリアの様子からコトネは不安を口にすることしかできないようだ。

 ここにいない兄に助けを求めなかったのは、この事態を解決しようとグロリアが悩んでいる姿が目に入ったからだろう。






 夕方になり双子山が赤と黒で染められている頃、山中では山奥へと逃げる殺人鬼をフジノが追いかけている。


 森といえるほど木々が密集している環境で、殺人鬼は木から木へと枝を足場に高所を移動している。人間離れした移動方法だ。

 フジノは地上を走って追跡するしかなく、上と下を一秒に何度も見ながら走るという緊張状態だが何とか追いつけている。


 怪しさはある。しかし罠だとしてもフジノにとっては関係ない。バグ技である画面投げに絶対の信頼があるからだ。それは忘れていた慢心でもある。


「妖精。画面、左手に。二枚ね」

『了解』


 短槍を持っていない手にステータス画面が出現し、掴むフジノ。殺人鬼しか意識にないフジノは隠す気もなく切り札を使う。

 フジノは二枚のうち一枚をはるか上空に投げる。これは布石だ。


 大跳躍をして、猿のように木を飛び移る殺人鬼の方へ急接近するフジノ。


 殺人鬼に二枚目の画面を投げる。胴体を両断しようと構えたが、まずは足だとフジノは狙いを変える。

 友人のパーティで活動中に多くの人と関わった経験が、人の形を切り裂くことをためらわせた。


 殺人鬼は飛んでくる妖精の画面に気付いて、軌道上に枝や幹を挟むなどしたが、その画面は全ての障害物を切り裂いて、片足に命中して切り傷をつくる。


 時間差で上空からの最初の一枚が殺人鬼の肩に命中するが、こちらも切断はされていない。しかし、体勢を崩すことには成功し、地面へと殺人鬼は落ちていく。


『二枚とも命中。しかし、効果は薄いです』

「なんで!?」

『わかりません』


 本来は相手を両断できる画面投げは、フジノの鈍った殺意により浅い切り傷程度に威力を下げていた。

 町の人間の全てが嫌いで無関心だった頃とフジノは変わっていた。それがこの結果を招いたともいえるだろう。


 画面投げの使用を頭から除外し、自分自身の力で殺人鬼を倒すと決めたフジノは短槍を片手に距離をつめる。


 地面から起き上がる殺人鬼を槍で貫こうとするフジノ。しかし、殺人鬼は肩の負傷で片腕しか満足に動かせない状態で、短槍の連撃を捌ききった。


(私の槍が読まれている!?)


 武器を短槍から刀に切り替えようと考えて、距離を置こうと後ろに下がるフジノ。

 殺人鬼も呼応する様に距離を取るが、その手には火の魔術が発動している。拳程度の火の玉だ。

 フジノは何か仕掛けるつもりかと警戒するが、殺人鬼の火の魔術はまったく関係のない茂みへと放たれた。


 瞬間、爆発的に広がる炎と光。その暴風でフジノは吹き飛ばされる。あの魔術はこの爆発を引き起こすためのものだった。


 爆風と衝撃で混乱状態にあるフジノ。殺人鬼がいるはずの場所を見渡すがその姿はなかった。


(あの足じゃ遠くまで逃げれないはずだ)


 追跡しようとした瞬間、爆発音が視界の外から響いてきた。音の響き方からして今と同じ様な爆発だろう。


「そこまでするか……」


 目の前の炎は消えず広がり続け、山が燃える匂いが漂う。こんな事が複数の場所で起きているに違いない。


 山火事はもちろん恐ろしい事態だが、フジノが恐れているのは別の存在達だ。火にめっぽう強く頑強な肉体を持ち、双子山の火消しを担う魔物の群れ。


「■■ーッ!」


 イワザルの叫び声が響く。ヤマビコの様に山の各所で叫び声が響きわたる。群れの数はわからないが、一つの群れがこの場所に近付いている地響きの音をフジノは聞き取った。


 思考で固まっていたフジノは逃げ始める。いくらバグ技があるとはいえイワザルの群れとの戦闘は命がけだ。

 バグ技の力で調子に乗っていた頃に一度挑戦したが、数の暴力は恐ろしく二度としないと決めるほど。攻撃力が高くても本体のフジノの防御力は人間なのだ。


 燃え盛る炎から全力で逃げるフジノ、先程までいた場所に次々に大岩が投げ込まれて延焼寸前の木々を破壊していく。投石はイワザルの消火方法の一つだ。

 重い衝撃の連続で走りにくさがあるが逃げる足をとめない。火事の匂いを付けた自分を確実にイワザル達が追ってくるから。


 ふと、大きな岩のような物体がフジノの周辺に落ちてくる。直撃は避けたが揺れる地面や飛び散る土や石を浴びて転んでしまう。


 大岩のような物体が生物の形に変わっていく。遠方にある炎に照らされ、フジノは改めてその存在を認識した。


「■■」「■■■■ー!」「■■■■ッ」


 投げ込まれたのはイワザル達だった。興奮した様子の固体に、こちらを見定める様な固体もいる。完全に囲まれている。


(倒すしかない。どのみち、この群れを引き連れて合流はできない)


 内なる妖精に呼びかけて、投げるための画面を用意してもらおうとするフジノ。


 妖精、と口に出そうとする前にフジノを囲むイワザル数匹に見覚えのある風の魔術が命中して包囲がとける。


「フジノちゃん! 今のうちに!」

「グロリア! なんでここに!?」

「いいから! 話はあとで聞きますからね! 絶対に!」


 その魔術を放ったのはグロリアだった。フジノを追いかけてきたようだ。グロリアの援護で包囲から出たフジノは流されるままに二人で逃亡する。

 このまま仲間達に合流すればまずいことになるのはわかっている。しかし、フジノは解決できる手段があっても、仲間の前で秘密を明かす決断ができなかった。

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