第17話 双子山の制限解除
ナツキを除いたパーティメンバー達は双子山で討伐クエストを行っていた。捜索隊の調査が終わり山への出入り制限は終了。
メンバーに魔術師が三人もいるのに討伐クエストに消極的なナツキのパーティは、冒険者ギルドからの要請で今回の仕事を受けている。事件の影響で山の魔物が増えすぎたらしい。
「目標討伐数も達成しましたし、後は回収係に任せましょう。コトネちゃん、一緒にここで待ちましょうか」
「え。でも、兄ちゃんは?」
「少し聞きたいことがあんの。お前にもちゃんと話すから。あとでな」
「えー、わかった」
討伐した魔物は一箇所に集めておく。回収クエストを受けた他の冒険者が素材の収集などの事後処理をしてくれる。討伐クエスト中はグロリアがリーダーをつとめているので、引き継ぎは彼女がするのだ。
「下の麓でナツキちゃんが寂しがってますから、先に合流してください」
「フジノさん、また後でね。兄ちゃんも」
グロリアとコトネをその場に残して、フジノとセイドウは山の麓で待つナツキの元へ進んでいく。
フジノはセイドウと二人きりで話したことはない。秘密がばれるようなミスはしていないし、何を聞きたいのかさっぱりだった。
「フジノさんは双子山の儀式場に行ったことがあるんだよな? 石畳があって洞窟が奥にある、あの場所」
トウジロウに教えてもらった儀式場。皆の前でそんな思い出話をした記憶はあるがずいぶん前だ。その時に聞けないようなことなら二人きりがいいのはわかる。
「そう。昔、祖父に連れてかれた」
「だよな。じゃあさ……奥にある洞窟の中は見た?」
「あの洞窟? いや。それは見ちゃダメって禁止されてた」
「そうか……洞窟の中に何があるか知りたかったんだけど……悪かった。忘れてくれ」
ニタカのお爺さんの話から考えると、もしかしたら洞窟の先は国外に繋がっていて逃げるためにあるのかもしれない。そう思いたい。
ナツキのパーティに入って以来あの場所にいっていないが、確認できるならしてみたいものだ。
「あれについて何か知ってるの? なら教えて。知らなきゃいけないんだ」
たぶん事情を知っているはずの母は中央で仕事があると、手紙だけ寄越しておしまいだった。儀式場について知れるチャンスを逃したくない。
「……俺たち兄妹はそこでやる儀式を断ったからここにいる。あの儀式場で帰ってくるのは一人だけなんて聞いて、妹と一緒に行くわけないだろってね」
「一人だけ……やばそうな儀式」
「絶対やばい。送り出しにきた両親や他の奴らの空気もピリピリしてたし」
儀式を逃げ出したニタカのお爺さんは追手から逃げて国外で生き延びた。目の前の若者がそうならなかったのは時代のせいか。逃げるものを追いかけてまで始末する元気がなくなったに違いない。
「セイドウさんはどうして儀式を断ったの?」
「古臭いのが嫌だっただけ。過去の栄光にこだわり過ぎで気持ち悪かったんだよ。あの家が」
それからセイドウが話す家族や親戚の嫌いなところは、自分の母親に不満があるフジノとしても共感するものがあった。唯一の味方として彼には妹が、私には祖父がいたのもあって楽しかった思い出も少しだけ話した。
進む先の視界に町の一部が見え始めた頃、平地からこちらに近付いてくるナツキの姿が見える。話しているうちに山の麓まで来たらしい。
「グロリアとコトネはー!? まだ山―!?」
「そうだー!」
なんて返すか考えるフジノと違って、セイドウはすぐに大声で返事をした。
「……ナツキって毎回あんな遠くから話しかけてくるの?」
「ああ。危険なクエストの時はお留守番だからな。いつもあんな感じだ」
「へぇ。そうだったんだ……うん?」
駆け足で近付いてくるナツキを見る視界に違和感があった。ナツキにではなく、その近くにだ。
透明な何かがナツキに向かって近付いている。嫌な予感がして、セイドウを置いて全力でナツキの元へ向かう。
「何かいる!」
「お、おい。それほんとか!?」
山奥でバグ技を乱用していたころ倒したから知っている。死体を見て存在に気付くほど隠れるのがうまい魔物だ。
強い風が吹いて足元の草花を揺らす。その景色の中で不自然な場所を見つけ、目をこらすと透明な魔物がいるとわかった。
走る勢いのままに持っている短槍を全力で目標に投げる。それはナツキに忍び寄っている一匹の頭に命中した。
「ナツキ! 動かないで!」
「え、フジノ! なにこいつ!?」
もう一匹いるはずだ。フジノは立ち止まることなく再び足に力をこめてナツキの元へようやく着いた。
刀を抜いて耳をすまし、ナツキを背に警戒する。
「なになになに。なんなの? まだあんなのいるの?」
飛びかかる音を察知したフジノは慌てるナツキを突き飛ばして、襲いかかる透明なミザルに一太刀いれる。後で謝るから許して欲しい。
傷が浅いミザルは二回目の攻撃をしかける。フジノはそれをかわしてミザルの胴体に斬撃。今度こそミザルは動かなくなった。
「……いてて。うわ、きも」
「ミザルだ。隠れるのが得意。こんな平地に出るような魔物じゃない」
突き飛ばされてしりもちをついていたナツキの前に、迷彩状態がとかれて長い毛に覆われたミザルが現れる。
念のためナツキを引っ張って立ち上がらせ、距離を置いておく。
「大丈夫か。二人とも」
セイドウも襲われていたようだ。ミザルがこんな見晴らしのいい平地に出現したのはありえない。木々に囲まれたような隠れやすい場所に生息する魔物だから。
山に出没していた殺人鬼が頭によぎる。自分ではなくナツキを狙う理由が分からないが、このミザルはそいつの仕業に違いない。
フジノはナツキをセイドウにまかせて、最初に投げた短槍をとりにいく。
ミザルの頭を抜いて深々と刺さる短槍を見て、カンヌキ通りで食べた団子を思い出すが、それはダメな発想だと即座に自分を叱る。
短槍を回収して姿の見えない殺人鬼に警戒していると、ナツキがぽつりと言った。
「助かった。ありがとう。にしてもあんた、そんなに強かったの? 見たこと無い速さだったよ」
「え?」
どうしてそうなるのかフジノは理解できなかった。
「俺も襲われてたし、無傷じゃ助けられないと思った。でもお前は間に合った。すごいよ」
「……ちょっと待って」
「フジノ?」
魔術師であるセイドウもナツキに味方するように続く。理由に心当たりが出てきたフジノは二人に背を向けて妖精に確認する。
「……妖精。報告して」
『フジノ様。先程の投擲は出力制限を越えていました。申し訳ありません』
「やっぱり……」
妖精の言葉で思い至る。感情的になって魔力の制御をミスったんだ。
軽率な自分の行動を責めて落ち込むフジノ。自分の命の危機以外は力を隠す約束だったのに守れなかった。
ナツキはともかく魔術師としてのセイドウは明らかに疑っているはず。どうすれば嘘を隠せるかフジノは思いつかず沈黙した。
『もし相手を信じられるなら正直に話すのもよいかもしれません』
妖精がささやく誘惑につられそうになるが、まだフジノは仲間達をそこまで信用できない。
フジノの様子から触れない方がいい秘密だと察したナツキがフォローして「火事場の馬鹿力」という事に一応はなった。なっただけで見られた事実は変わらないが。
疑念を持っているセイドウはナツキを助けたことで信用すると、わざわざ言葉にしてフジノに伝えた。
フジノにとって次はない。みんなと仲良くなれそうなのに、こんなミスで終わるのは嫌だった。次は絶対に間違えてはいけない、と彼女は自分自身に誓った。
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