第16話 先輩との真剣勝負

 南大門の西部訓練場。そこでは恒例となっている冒険者同士の訓練が行われ、今日は試合形式が主な日だ。魔術師組と妖精持ち組に別れて一定の間隔で人によっては熱い戦いを、あるいは一方的な試合があった。


「だっはっ……!」

「兄ちゃーん!」

「私の勝ちです! 対戦ありがとうございました!」


 魔術師同士の訓練場所で激しい攻防の末、身体強化を行っているグロリアによって腹に一撃をもらい怯んだセイドウは、そのまま連撃を打ち込まれ、数秒宙を舞って情けなく地面に打ち付けられた。

 これくらいじゃ大した怪我にならないと理解している妹のコトネのリアクションはノリである。切り替え早く、次は自分が相手だと言わんばかりに前に出て、グロリアは休むこと無くコトネとも試合を始めた。

 魔術師の多くはここでは身体強化魔術による組手だけを行う。それは妖精持ちが優先されるこの場所の暗黙のルールだった。魔術師の戦闘は制限しないと場所を取るのだ。


「またセイドウが負けたみたいだね」

「グロリアがいっちゃん強いんだから。コトネも最後は飛ばされるよ。地面か空に」

「やっぱり派手だねえ。本物の魔術師は」


 それを目撃したナツキとフジノの二人。今日は冒険者の集まりが良すぎて、順番待ちだ。訓練場の外側にある休憩スペースで二人は各所で行われている試合を観戦している。簡素な柵で仕切られた休憩スペースも人が普段より多い。


「にしても、今日は人が多いねー」

「参加するだけでタダ飯だからね。今年は冒険者の稼ぎが少ないから。みんな食いつくのも当然でしょ」


 参加人数の多さは冒険者ギルドの支援にあった。訓練に参加するだけで今日の昼飯が無料になるのだ。捜索隊による山の出入りの制限の影響は冒険者達の財布に直撃している。


「それより、私は感想が聞きたいな。何十回と町のクエストを一緒にやった感想をね」

「……何でまたここで。結構前にも言わなかった?」

「ここでよ。十回目と二十回目は違うでしょ。ちゃんと意味あるから」


 老婆の荷物運びクエストから始まり、南大門を訪れた観光客の荷物持ち兼護衛や、建築現場まで重い資材を運んだりと、正直運んでばかりで一般市民の魔術師の扱いが身にしみたものだ。


「そうだなぁ……」


 フジノがそれに思い至るのはもっと後だが、ナツキにとって周囲が聞き耳を立てているこの状況でフジノの考えを言わせることが重要だった。人間らしい事実が一つ広がれば周囲の人間にとってフジノは正体不明の人物から人間になっていくのだ。


「……うーん。まさか、あんなに嫌われてるとは思わなかったよ。山猿だなんて初対面で失礼じゃない? あの婆さん以外にも広まってるのはやっぱりショックだった」


 そっちか。とナツキは思うが元より町民全体を嫌っていたフジノとしては、その感想が出るのも仕方ないと納得する。


「否定しないと膨らむのが噂なのよ。あんたは山に籠もって、ぜーんぶ遮断してたんだから盛りに盛られてああもなる」

「ほんとにー?」

「そういうもんなの」


 先輩冒険者として指導相手となるサエコからフジノの名前があがる。順番がきたようだ。


「あんたの番だけど、武器はやっぱり槍? 訓練だから」

「いや、木刀にしようかな。サエコ先輩、確か私の刀術を見たがってたから」


 槍術を使いたくないだけだがサエコがそう言っていたのは確かだ。身体強化の制限をつけているとはいえ、ニタカに教わった槍術では勝負にならない可能性があると失礼な懸念が理由で木刀を選ぶ。

 フジノの槍術の腕前は既に周知だが、刀術に関しては秘密にしてきたから使っても問題ないと考えた。


「そ。じゃあこれだけ約束。今回は真剣にやること」

「え?」

「だから真剣にやんの。精一杯、本気で。それだけでなんと、あんたの信用が一つ増える」


 今回は久しぶりの訓練だし元からちゃんと戦う気はあったが、適当なところで諦める予定だった。万が一、感情的になってしまい魔力制限が崩れることは避けたいから。


「そんな簡単に消えるもんかなあ」

「あんたの場合はね。誰にも実力見せてないんだから、それで十分。ほら、はよ行け。いい勝負してこい。先輩が私をボコす体力がなくなるくらいに追い詰めてきて」

「それが本音でしょ!」


 しかし、ナツキが言うのだから、やってみるのもありか。パーティに入ってからナツキの進言を受け入れて損をしたことはない。フジノは冷静に本気を出す、と気持ちを固める。


 休憩スペースを出て、訓練場でサエコの前に立つフジノ。


「久しぶり。大変な思いをしたが生まれ変わったように頑張っているみたいだね。木刀を持っているということは、今日こそ見せてくれるのかな? その刀術を」

「はい。今日の私は真剣です。よろしくお願いします」


 両者互いに同じ様に木刀を構えるが、その姿から感じる印象は違う。サエコの構えは綺麗であり模範的なものだ。しかし、フジノからは気迫が溢れ観戦者の中には見ているだけなのに緊張する者もいた。


 先に動いたのはサエコ。妖精の補助により魔術で強化された踏み込みで一気に近付く。以前まではこれを繰り返すことで、フジノの槍による防御が崩れ、サエコの勝ちとなっていた必勝パターンだ。


 直線的で速度はあるがサエコの動きは素直で読みやすい。フジノはそう判断し、基本は回避に徹し、攻撃を正面から受け止めずに力の方向を逸らすように捌く。


「刀でも防戦一方か?」「いや、反撃のタイミングを待ってるのかもよ」「本当に刀術つかえたんだ……」


 観戦者達が思い思いの言葉を漏らすが、相対している二人のうち、サエコは攻めあぐねている事に動揺し単調な攻撃になっている。フジノは確実に攻撃できる機会を待ち続けていた。


 サエコの体に疲れが見え始め、距離を置いて呼吸を整えようとしたところで、フジノが踏み込んでサエコの木刀を弾く。武装解除されたサエコは木刀を突きつけられる。勝負がついたのは一瞬だった。


 試合を見ていた冒険者達は、その勝負に控えめな盛り上がりを見せた。それは人前でひたむきに努力を重ねていた先輩冒険者サエコを気遣ったリアクションだが、小さな歓声の中にはフジノの実力を知ってどこか安心した者もいる。

 大型の魔物を想定した戦い方と見抜いて一人で山を生き抜いた事実に納得した実力者や、フジノが魔物を自分の力で討伐していないとさっきまで疑っていた同世代の冒険者がいた。


「ありがとうございました」

「あ、ああ」

「お先に失礼します」


 放心状態とまではいかずとも事実を受け止めきれていないサエコ。フジノは気まずくて逃げるようにナツキのいる休憩スペースまで戻っていく。


「やればできるじゃん!」

「ずっと修行はしてたから!」


 フジノに自覚はないが刀術で師匠であるニタカとも戦いなるほどの実力はあるのだ。ましてや双子山で危険とされているイワザル相手にも刀術で善戦している。フジノは自分の刀術を過小評価をしすぎていた。


 まだ休憩スペースまで戻っていないというのに、離れた位置から話しかけてくるナツキ。距離の関係で声量が大きくなる。フジノは注目を集めている事を意識しないように気をつけて声を上げていた。


「ところでさ! なんで隠れて修行してたのー!」

「……恥ずかしいから」

「おーい! 聞こえないよー!」


 フジノは視線を横にそらして小声で返事をした。ナツキが嬉しそうな顔で見てくるので、フジノは木刀を持っていない手で顔を覆い、鼻から下を隠しながら歩く。

 聴力強化が出来ないナツキはフジノの様子からでしか判断できないが、その発言を正確に受け取れていた。

 ナツキの周りで試合を見ていた冒険者達が聴力強化で聞き取って、なんて言っていたか騒ぐからナツキでもわかるのだ。そこまで純粋な返答は予想外だが、ナツキとしては今日のフジノの頑張りには満点をあげたい心境だ。






 もうすぐ日が落ちる赤い空の下、広々とした西部訓練場で数人の冒険者が自主鍛錬を終えて帰ろうしていた。その一人であるサエコは昼間の試合でフジノに負けた衝撃から立ち直れてなく、いつもは無心で出来ている素振りすら気が散ってしまう。


 実力を誤魔化していた。本当は強かったのになぜ負け続けていた。自分のことを心のなかでバカにしていたのか、と。暗い考えがサエコの心を埋め尽くしていた。格上に負けるなら耐えれたが、格下と見ていたフジノに負けた事は彼女にとって一大事だったのだ。


 内にいるサエコの妖精の励ましも効果はなく、心の傷を癒やすにはまだ時間が必要だった。


 そんな時、尊敬する冒険者であるカエンが現れてこう言った。


「彼女の強さには秘密がある。君はそれを、知りたいだろう?」


 サエコはカエンの提案にのった。自身の妖精の静止を聞かず、彼女が強くなった理由には誰も知らない秘密があると信じて。

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