第15話 仲間とする仕事

 南大門の西部、商店街から離れた位置にある古い和風の屋敷にナツキ達のパーティはいた。妖精システムが普及するより昔からこの土地に住んできた一族の屋敷。所有する家屋と土地の広さから栄えていたことが一目でわかる。

 しかし、住人の少なさが現状を物語っていた。クエストの発注人である老婆の息子や孫は中央で優雅な暮らしをしているのだと、フジノは道中でナツキに教えてもらった。


 今回のクエストは冒険者達の間で<お使いクエスト>と揶揄されるもの。荷物を運んだり特定の物や人を探したりなど、種類は様々だが戦闘が発生せずコミュニケーション能力が必要なのが共通点だ。


 老婆が中央で暮らす息子や孫達に贈り物をするために、荷物をコンテナに積み込むのがナツキ達の仕事だ。その後で、中央の流通会社に所属する専門の魔術師が小さな袋に物理法則を無視してしまい込み、届け先まで運ぶらしい。

 妖精に頼らない生まれついての魔術師の技術、物隠しの魔術を応用しているのだと得意げに説明してくれたグロリアには申し訳ないが、ニタカから教わった記憶のあるフジノは驚いた振りをするしかない。ここでの自分は妖精に頼って魔術を使う凡人なのだから。


 ナツキ以外のパーティメンバーが作業に入る。ナツキは依頼人の話し相手という重要な仕事があると、荷運びには参加しないようだ。


「やっぱりナツキちゃんのとこは若くていいわね。えーと、他の子はなんて名前だったかな。アタシも年だから忘れっぽくて」

「でかいの持ち上げてるのがグロリア。ナチュラルボーン魔術師で、ウチで一番強い子。今日も重い荷物はぜんぶ彼女任せよ」

「ああ、そうだったわね。相変わらず綺麗な髪してるわねぇ」

「うちの田んぼみたいに綺麗だわ。とか言ってたの覚えてないのー?」


 ナツキなら引きずって運ぶような重量の米袋を、涼しい顔で4つ背負っているグロリア。妖精いらずの純粋な魔術師の行う身体強化魔術の出力は桁違いだ。

 金の髪に青い瞳という南大門の出身者にはない特徴は、外から移り住んだ人間である証明。みんなと違う容姿に魔術師としても優れている彼女は、自分よりか弱い集団に囲まれて集団生活で苦労したそうだ。ストレス耐性はすごく強いです、なんて自慢していたのが印象に残っている。


「あと、セイドウとコトネ。いつも一緒に行動してサボりが多い仲良し兄妹」

「言われてみれば。妹ちゃんは前より大きくなったかしら。にしても仲がいいわね。息子達を思い出すわ」


 セイドウとコトネは作物が入った箱をのせた台車を押して、コンテナをゴールに見立てて競うように運んでいる。

 元呪術師で今は魔術師と名乗る家に生まれたセイドウとコトネの兄妹は、妹が思春期を迎えているというのに喧嘩が続くのは一日限りだ。それは敵だらけの環境で互いが唯一の味方だというのが大きかったらしい。

 南大門の若い世代からは魔術の才能に嫉妬され、上の世代からは伝統を捨てた裏切り者と影で疎まれている。こうしてパーティメンバーを見ていくと、逸れものである私をナツキが誘ったのもわかるというものだ。


「……あら、もしかして噂の子じゃないの。トウジロウさんの孫。山猿なんか仲間に入れたのかい? ナツキちゃん」


 フジノは縁側で茶を飲みながら休んでいるナツキと老婆の会話を、手を動かしながらも盗み聞いていた。先程までと違って老婆の言葉の端々から嫌悪を嗅ぎ取ったフジノは、強化している聴力で反応し、作業の手を緩めて老婆の方向を睨む。


「はぁ? ヤマザル?」

「えっと、後で説明しますから。ごめんね。それ終わったら向こうの大きい荷物、一緒に運びましょう。さあ、行きましょう行きましょう」


 グロリアに声をかけられて老婆から意識を外すフジノ。これだから町の人間は嫌いだと台車からコンテナへと荷物を移す手から丁寧さが薄れる。グロリアに名前だけ呼ばれて注意され、真面目に取り組み直したが不愉快な思いは消えなかった。


『フジノ様。感情を抑えてください。枷が外れて身体強化の出力制限に影響します』

「わかってる」


 魔力は感情が高まると制御が難しくなる特徴がある。魔術師として目覚めてしまったフジノの魔力は以前より段違いになってしまった。補助なしで魔術を使えない妖精持ちではありえないパワーだ。

 怪しまれないために以前と変化はないと誤魔化さなければいけない。だからフジノは妖精の補助機能で出力を一定基準まで下げる枷を作ったのだ。


「その感じ、妖精に何か言われたんですか?」

「怒るなっていう注意だよ」

「妖精ってそんな事を言うんですね。何だか執事みたい」

「……そういえば、グロリアは生まれた時から魔術師だっけ」

「ええ。妖精いらずのナチュラルボーン魔術師です」


 生まれついての魔術師には魔術の補助をする妖精は不要。グロリアがそうだとフジノはど忘れしていた。妖精いらずと聞いて思い出せたが。


「子供の時から呼んでもないのに出てくる口うるさい存在だよ。良いとこも少しはあるけど」

「妖精あるあるですね、それが。……子供の頃といえば魔術師の家系にもあるんですよ。あるあるが、あるんです。ふふふ」


 一人で小さく笑い始めたグロリアから物隠しの魔術に関する思い出話を切り出されて、フジノの関心はすっかり目の前の昔話に向いた。

 初めて教わった魔術がお家の鍵を大事に隠すための魔術だったという物語は、あの山の向こうで恩人であり師匠でもある女性から聞いた覚えのある話だ。楽しそうに話すグロリアのおかげもあってか、不愉快な気分は無くなっていた。


 フジノとグロリアが会話しながら作業をしている間、ナツキはフジノがどういう経緯で仲間に入ったかなどを少なくない誇張をして老婆に語っていた。


「まあ、そうだったの。あの中央の連中も酷いわねぇ。何ヶ月も彷徨ってやっと助かると思った瀕死の女の子に皆で魔術を放つなんて。人の心がない! 目ん玉ついてんのかっての」

「ね~。怖いよね~」


 得体のしれない人間を恐れるのが人間だが、明らかに辛い目にあった被害者であるだけで同情的になってしまうのも人間だと、ナツキは感覚的に理解し、フジノが被害者に思えるように話していた。フジノの悪印象の改善は彼女を迎え入れる条件の一つであり、これが自分の役割だとナツキは定めている。


「それよりナツキちゃん、双子山の怪物の正体、知ってる? あたしもさっき思い出したのだけどねぇ」

「ほぇ~! なにそれ初耳。知らない知らない」


 少し前まで友人に嫌悪感を示していた老婆が噂好きの女に変わった所で、ナツキが少しだけ知っている話題が出る。怪物について噂する人達がいるのはともかく、名前は聞いたことがなかった。


「鎌鼬<カマイタチ>って言うの。風みたいに通り過ぎて、誰でもいいから切り裂いちまう古い妖怪なんだよっ! ちっちゃな動物の姿しててね、気付かないうちに切られちまうんだと」


 冒険者ギルドにある双子山の魔物リストでは聞いたことない魔物の名前だ。


「アタシの祖父さんの話じゃ、戸締まりをきちんとして夜歩きしなければ大丈夫らしいから。みんなにも伝えてあげて。特に、夜に出没するらしいから気をつけるんだよ」


 昔話の一つかと納得したナツキ。しかし、殺人鬼は人並みの範疇におさまっているが、ベテランの冒険者達が集団でもてこずる強い魔物達をバラバラにしている異常な存在がいるのは事実。ただの空想とは切り捨てられないと思い直す。


「その話は今の町じゃ、ちょっと怖過ぎじゃない? ガチ感強いよ」

「ん~? だからこそ知った方がいいんじゃないのさ~」


 打てば響くような元気の良い反応が印象的なナツキが静かになり、珍しく怖がっていると判断した老婆はどこか楽しそうな雰囲気で話を続ける。

 老婆の昔話を適当に流そうとする自分とは別に、その存在が山に潜んでいると信じて怯えている自分がナツキの中にいる。

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