第三章

第14話 少女として故郷に帰る

 日も落ち始め、もうすぐ夕方という頃。フジノは南大門の冒険者ギルドの食堂で、随分と久しぶりに友人のナツキと会話していた。以前と違うその会話は他愛のない話をする友人同士ではなく、叱る大人と怒られている子供の関係に近い。


「つまり、殺人鬼に襲われて死にかけたけど、運良く旅人に助けられて、冬が終わるのを山の向こうで待って、そんで今日の朝に捜索隊に保護された。ってこと?」

「……はい。まとめるとそうなる、いやなります」


 今朝、双子山捜索隊に保護されたフジノの扱いは行方不明者というよりも、事件の重要参考人という意味も含まれていた。フジノは知らなかったが、彼女がBランク地域に埋めてきた危険な魔物の遺体は既に掘り起こされていた。

 双子山には人も魔物もバラバラにする怪物がいるのだと町民達は怯えて、捜索隊はその痕跡を探しているらしい。遺体の捜索は一段落して、今はその段階だとフジノは聞いていた。今思うと犯人ならば特別な反応をするはずだと試されていたのかもしれない。


「で、あんたはバラバラ事件の関係者だって疑われてる理由、ちゃんとわかってんの?」

「いや、それは……山にばっかりいたから、でしょうか」

「そうだよ! あんたが殺人鬼がいるって噂が出たばっかの時に! あたしの忠告も無視して危ない山に行ったからよ。言ったよね! マジで行くならイカれてるって!」


 ナツキが「あたし」という言葉を使う時は、感情的になっている時だと知っているフジノは反抗的な態度は見せない。反論する余地もないほど自分の行動が原因であると多少は自覚しているからだ。

 以前まではナツキを怒らせた時は山に逃げていたが、その選択肢はもうない。彼女の怒りを受け止めるしか無かった。


「ったく……本当に何も関係ないんだよね? あのバラバラ事件と。あんたはただの被害者。嘘はない?」


 フジノが魔物のバラバラ事件の犯人なのは事実だが、人間に関しては全く関係ない。故に完全に関係ないというのは嘘になる。しかし、それを正直に言う人間はいないだろう。


「うん。ない。死にかけたし。もう山に一人でも行かない」


 ここで嘘をつく罪悪感もあるが仕方のないことだとフジノは言い聞かせる。双子山で起きた二種類のバラバラ事件の犯人が重なって、全て一人の犯人がやった事みたいになっているのが問題なのだ。

 魔物の件だけならば冒険者ギルド内で終わる問題なのに、見に覚えのない他人の罪まで背負うのは御免だ。


「……あんた、本当にフジノ? そんな事初めて聞いたよ……山が怖くなった?」


 ナツキの知るフジノらしくない発言に、この非常識で自分勝手な友人をこの機会に矯正してやろうとまで怒っていた彼女の気持ちが一気に鎮まる。

 町なんかより山にいる方が楽しいと何度も言っていたフジノから、そんな言葉が出る事実が意外ですぐに確認するほどだ。


「怖いね、今は。もし、この国を出るとしても絶対に山は通らないって思うくらい」


 机の上で両手を組み口元を隠しながら話すフジノ。滅多に暗い感情を見せない友人の声や顔に出ている雰囲気から、本当に辛い思いをしたのだとナツキは感じ取った。

 ふと、フジノに対して後悔していた過去がナツキの脳内に浮かび上がる。彼女が行方不明になる前、山に出発した日の事。痛い思いをして山の恐怖を知ればいいと口に出して言ってしまったのだ。その事実はナツキの心を刺して説教モードを終わりにした。


「……あんたさ、まだ疑われてるのはわかってるよね」

「うん。発見された時にリーダーが止めなかったら、マジでやばかった。縛られて運ばれた上に町じゃ質問攻め食らうし」

「……それ以外もだよ」


 双子山捜索隊にとって山の出入りを制限している現状で、山の向こうから現れた人間など敵と判断してもおかしくない。牽制程度の魔術だったから軽い傷ですんだが、あれを避けていれば総攻撃されて死んでいただろう。

 異変に気付いた捜索隊のパーティリーダーが止めなければ本当に危なかった。顔を確認された時に妙に驚いていた冒険者がいたのが気がかりだが、私を幽霊だとでも思ったのかな。


「単独行動の多さに一月に何週間も山籠り。実力を隠すような訓練への取り組み方。そんで、人前から姿を隠し続けた過去の積み重ねでもあるんだよ」

「並べるとちょっとヤバい人かも」

「一個でも変な奴なんだよ。全部揃えば信用できない怪しい奴にランクアップすんの」


 それはフジノが町を嫌って誰も来ない山奥で、他人に言えない悪いことを楽しんできた代償だった。事実ではあるし受け入れることも出来たが、それでも悲しくて痛かった。


「でもさ。誰かと行動して、訓練も真面目にやって、町の人の手伝いクエやれば信用が積み重なって、これまでの怪しさを打ち消せるはず」


 しかし、落ち込むフジノにナツキは用意していたかの様に解決方法を示していく。後で振り返れば本命は結局それかと声に出して驚くだろう。今はそれに気付く余裕はフジノにはない。


「こんな時に誘うのは卑怯だけど、あたしらのパーティに入んない? 落ち着くまででいいからさ。あんたにもメリットがあると思うよ、今回は特に」


 以前のように即答せずに、悩んだ後でフジノは提案を受け入れた。前と違ってバグ技を抜きにした自分に自信があり、ナツキがここまで自分のことを考えてくれていたから。しかし、それだけではない。

 パーティを組むことは周囲の信頼を得るのに最善であり、集団で行動すればあの殺人鬼に狙われる機会も減る、という打算もあった。






 一方、冒険者ギルドの宿泊施設の一部屋。行方不明者であるフジノを町まで護送するメンバーの一人として南大門に帰還した冒険者カエンは、自分以外誰もいない部屋でベッドに座り険しい顔で考え事に没頭していた。

 護送中の他のメンバーと彼女との本人確認のための会話から、これまで集めていた情報と一致するところは確認済みだ。カエンにとって彼女は死んだはずの人間だ。本来ならば周囲の物に当たり散らかして溢れ出る感情を発散したいところだが、それをしない冷静さは残っていた。


 儀式場の崖から突き落としても、山に残る古い毒でも死ななかった。もしかしたら、本当に人の形をした怪物なのかもしれないとカエンは怯えていた。


 これまでの奴らは殺せば死ぬ人間だった。化けの皮を剥がさなくてはいけない。あれは恐ろしい魔女だ。十六の小娘が双子山の危険地域を遊び場感覚で行き来し、Bランク冒険者の自分でも単独で倒すことが困難な魔物を、子供の玩具の様にバラバラにしている事はカエンの中で揺らがない事実。

 絶対に何か秘密がある。それを暴かなければいけないとカエンは決意を固めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る