第13話 一人前の魔女

 山々に覆いかぶさっていた白い雪は、段々と面積が小さくなり冬の終わりが近付いていた。それは二人の共同生活の終わりでもあり、今日がその最後の日。

 ニタカとフジノは水気を感じない石の上に並んで座り、激しい運動を終えたばかりの体を休めていた。


「まったく。反則技だよ、あれは」


 ニタカは先程まで相手にしていたフジノの戦い方に珍しく文句を言う。画面投げを活用するフジノは、空中に画面の足場を作り、三次元的な攻め方をしてきたのだ。

 それだけではなく、物隠しの魔術の活用法も大きい。打ち合っていたはずの短槍が消えて、刀の一撃がきた時はニタカに冷や汗をかかせた。


――物隠しの魔術を正しく発動させて、刀をちゃんと隠せるようになったフジノだが、刀を取り出したまま腰に差すと、ニタカから借りている短槍へと物隠しの魔術の対象を変えたのだ。言い訳はもちろんあったし聞いたが。

 物隠しの魔術は瞬時に武装可能な魔術として使い道がある。教えてもいないのにフジノはそのやり方にたどり着いた。

 習得してからも癖になるまで魔術を何度も使い、ニタカが貸し与えた短槍がフジノの手の上で、消えたり現れたりを繰り返したものだ――


 あれにはニタカも驚いたが、短槍を魔術で隠せるということはそれだけ大事にしている証明でもあった。本当は今日渡すつもりだったというのに、早めの贈り物になったのは予定外だった。


「チーターみたいって? 何でもありでいいって言ったのはニタカだからね。勝ちは勝ち!」

「はいはい。あんたの勝ちだよ……チーターね。猿の間違いだろう」

「違うよ! 動物じゃなくって――」


 フジノはナツキに教わった流行語を使ったが、ニタカはそれを動物と勘違いしている。二人にとって、過ごしてきた世界の違いを楽しめるのも今日が最後。唯一、フジノがニタカを知識で上回れるお気に入りのやり取りだ。


「空を歩く足場。おまけにノーモーションで出る壁。この短期間で、こんなに化けるとはね」

「これでもう敵なし、だよね。山越えも楽勝かも」


 フジノが楽しげにそう言うとニタカは顔をしかめて、フジノを見る。遠回しに褒めているつもりのニタカだが、また調子に乗るのかと呆れてしまう。この数ヶ月、成長するたびに表面化する慢心に、念のため釘を刺す。


「また、あんたは」

「いや今のは自分を鼓舞しただけ。本当は不安もあるから。違うよ」


 この子の悪いところだ。自覚はしてくれたが、まだそれだけだ。もう私は側にはいれないのだとちゃんと理解しているのだろうか。

 他にも心配はある。フジノの魔術や槍術の成長具合は、魔術師として目覚めたからだとわかる。でも、あのバグ技は妙だった。成長スピードが尋常ではない。

 反復練習など必要なく、発想を変えるだけで戦術の幅が広がるそれは、フジノによれば考えるだけで実現する感覚に近いそうだ。

 必ず当たると思えば、投げた画面は必ず対象に命中する軌道を描く。その技術の異常性をフジノは指摘されるまで気付いていなかった。


「生まれついての魔術師に妖精を与えたら、誰でも使える技……想像したくもないほど恐ろしい術だよ」

「わかってる。大丈夫だよ。命を守る時しか使わないって」

「その約束、絶対に忘れるんじゃないよ」


 ニタカはこれまでに同じ内容の注意をしたはずなのに、ついしてしまう。フジノも最初は真剣に返事をしていたが、何度も言われれば返事も適当さがにじみ出るというもの。別れの時が近付きだしてから、ニタカはこの調子だ。


「敵がただの殺人鬼ならいいが、もしもシステム全体が相手なら、その時は迷わず逃げるんだ」

「昨日も聞いたよ。国外に脱出後は近くの冒険者ギルドで連絡でしょ? ちゃんと覚えてるから」

「魔術も短槍も誰にも見せるんじゃないよ。その時までちゃんと隠しておくんだ。敵はいつもあんたを狙ってるんだからね。手札は隠した方がいい」

「それも聞いた。だいたいバグ技と同じ約束でしょ。だよね?」

「まあ……そうだけど」


 ニタカはフジノが一人でやっていけるか心配で、最近は自分の言葉がちゃんと届いているのか見分けがつかなかった。


「……フジノ。こっち来な」


 町の大人達と違い、叱られることもコミュニケーションの一つだと思うほど、ニタカを信頼しているフジノは疑いもせずに近付いて、側にいるニタカを見上げた。

 

 フジノは、ニタカがどんな注意を繰り返すのか、自分の中だけで密かに笑う。しかし、予想していた小言は無く、フジノはニタカによって抱きしめられていた。ニタカ自身はフジノを安心させるためだと行動したつもりだが、本心が違うことにまだ気付いていない。

 自分よりも大きめな彼女の服は、寒さの残る空気による冷たさが残っている。しかし、冷たい服の奥から感じる暖かさと鼓動から、彼女が自分に伝えたい思いがあるとフジノは感じ取った。


「もっと、ドライな人かと思ってた」

「だったら、あんたを助けるわけないだろう」


 フジノが信じたかった事をニタカは一度も口にしてくれなかったが、フジノはようやく確信を持てた。自分のことをわかってくれない母に求めていたもの。それに近い感情を、彼女は自分に向けてくれているのだ。


「フジノ。あんたはもう一人前の魔女だ。その気になれば外の世界でも生きていけるくらいにね」


 顔は見えなくとも、どう思ってくれているか理解したフジノはこの人を心配させまいと抱きしめかえし、どんな言葉なら伝わるか悩むが選んだのはシンプルなものだ。


「……ありがとう。あの時、私を助けてくれて。ニタカのおかげで、私はここにいる」


 死ぬ寸前だった自分を助けてくれた恩人に改めて礼を言うフジノ。初めて会った日とは違い、その言葉には確かな感謝が込められている。


「……その命、無駄にしたら許さないからね」


 ニタカの腕が解かれ、フジノも寂しさを感じながら手を離し、震える声で「うん」と返事をした。


「さようなら。またね。ニタカ」

「ああ。元気でやるんだよ」


 故郷から逃げるような形で去りたくないという、くだらない意地から始まった修行は終わり、フジノは世話になった恩人に背を向けて歩きだす。

 前へと進む足音は一人分だけ。フジノは振り返らなかったが、旅立つ自分を見守ってくれる存在を感じながら進む。

 今度ニタカに会う時は、自分の意志で堂々と故郷を出ていった後だと決めていた。






 冬が終わり、捜索を再開するために南大門に再集結している双子山捜索隊。

 当初予定していた行方不明者の捜索は十分な成果を上げていたが、新たな問題が浮上して彼らはこうして再び集まっている。


 前回、Bランク地域まで捜索範囲を広げた彼らは、人の遺体を探しにきたというのに、比較的新しいバラバラにされた魔物の遺体を掘り起こしてしまったのだ。それが原因で成果が十分だと終わるはずだった双子山の捜索を再開することになった。

 別件だとしても調査が必要だと判断した中央は、遺体捜索のために現場に集まった彼らにちょうどいいと新たに仕事を追加した。時短を重要な価値観にもつ中央ならではの性質だ。


 外には冬の寒さが残っているが、そんな事は関係なく、冬の始まりから終わりまで温められてきた屋内。冒険者ギルドの食堂で、カエンは冒険者ギルドの後輩から、ある人物の話を聞き出していた。


「ありがとうサエコ。参考になったよ」

「いえいえ。少しでもお役に立てたなら、嬉しいです」

「では失礼する」


 冬の間、多くの捜索隊が南大門を離れていたが、僅かに残った捜索隊のメンバーの一人、カエンはこの期間を使って情報収集をしていた。少し世話を焼いただけで懐いている後輩に話を聞いたのもその一環だ。


 カエンが調べていたのは新人の冒険者であるフジノについてだ。

 彼女が町で見せている不自然な言動はともかく、重要なのは彼女が日常の多くを双子山で過ごしていたことだ。

 そしてBランク以上の人間しか近寄れない双子山の儀式場に彼女がいるのをカエンは見た。それは周囲の人間に示していた実力ではありえないことだ。


 カエンは魔物をバラバラにした犯人はフジノだと確信してるのだ。根拠はまだ無いが、そうに違いないと。

 フジノが倒したであろう魔物の遺体のリストを見て、何かされる前に殺せたのは幸運だったと、そんな怪物を自分は倒したのだとカエンは喜んでいた。

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