第12話 隠す理由

 当たりはすっかり白くなり、ニタカの言う通りに日陰で訓練していた。フジノが南大門を離れてから三ヶ月が経った頃だ。

 この頃は身体強化の魔術も無意識に出来てきて、多少の寒さなら普段着でも少しは我慢できるようになっていた。見栄を張ると防寒具を取られかけるから、ニタカの前では二度と口にしないが。


 バグ技の画面投げを利用して空中に足場を作るのは、とても便利で汎用性が高そうだった。ニタカの提案だが、投げたステータス画面を空中で止められるのは予想外だった。

 それを使って槍術の試合をしても勝てず、調子に乗る前に釘を差されたようで厳しかった祖父を思い出す。


 フジノが短槍を扱う動きを褒められた日の翌日から、ニタカは説明しながら教えるという今までの指導を変えてきた。私に質問して、それからどう教えるかを考えている様だった。

 適当に答えることは許されず、一回一回考えなければいけないのは大変だが、自分の成長ぶりを実感すると、それも楽しめるようになってきた。


 だが、それでも未だに苦戦しているのが物隠しの魔術の習得だ。ニタカのヒントのおかげで、大事なものを他人から隠すための魔術ではないか、と伝えると。


「それが本質でもある。他人に奪われたくない物を隠す魔術だと、私は教わったからね」

「じゃあニタカは、そのボロボロの鍵を隠したかったの?」


 フジノにからかうつもりはなく、自分がこの魔術を習得するためにニタカに質問をしている。


「聞けばわかるよ。これは家の鍵さ。外で無くせば家族を危険にさらす可能性がある。だから、誰にも取られないように、決して落とさないように隠すのさ。大事だろ?」

「隠したい気持ちが大事?」

「それで上手くいくならいいよ。絶対に誰にも渡さない。私はそう思った時に成功したから」


 誰にも奪われたくないもの。今の時点でそれが最も当てはまる所持品は、祖父の形見である刀だった。思い至ったフジノは早速、術を試そうとするがニタカが制止する。


「これ、刀でもいけるかな?」

「待て。隠す物の大きさは関係ないけどね。術が不完全に発動した時、対象物が二度と手元に戻らない可能性もあるんだ。よく考えてから決めなさい」

「それって……ニタカは失敗したことあるの?」

「あるよ。あるから言ってるんだ。本当にそれが大事なものか、改めて自分に聞いてみな」


 大事に決まっていると即答したかったが、最近は刀をあまり使っていないのは事実だった。正直に気持ちを表すのなら、この恩人から借りている槍も大切になってきたのだ。この数ヶ月で、かなり手に馴染んでいる。


「……少し、考えてみる」


 フジノはそう言って物隠しの魔術を中断した。






 その夜。洞窟前で焚き火の灯りで照らされ、沈んだ顔のフジノに、ニタカは火を見つめながら前から決めていたことを告げる。


「突然だけどね。私は春が来る前にここを離れる」


 フジノは何でこんな時にと思いもしたが、一月もかけて初歩的な魔術も習得できない自分に呆れ果てたのだろうかと、返事をする。


「私は子供の魔術も覚えられないからね。そうだよね」

「ウジウジモードに入るな。そうじゃない。追手の問題さ」


 ニタカは慣れた様子であしらうと、冬が来る直前に遠くの山に隊列を見たことや、最悪の想定も含めてフジノに隠さずに伝えた。


「また、どっちか決めろってこと?」

「すぐにってわけじゃない。でも決める時がくる。故郷に帰るか。私について来るか」


 フジノの中ではニタカの存在は大きくなっている。随分と会っていない故郷の人々の元へ帰ることを、諦めても良いかもしれないと思うほどには。

 ただ、こんな自分を受け入れてくれた少ない友人達や、ちゃんと向き合えていない母を思うと、その決断を後悔するに違いないとも確信していた。


「……そんなの決めらんないよ」


 その答えを聞いたニタカは目を見開き、少しだけ本当のことを話すことにした。

 ニタカは薪が燃え続ける音が響く空間で、この暗い夜で自分達を照らす小さな火を見つめるフジノから視線を移す。彼女と同じ様に揺らめく赤を見つめて、過去を振り返る。


「私は爺さんの昔話を信じて、いるかもわからない親戚を探しに、ここに来た。私の家族はみんなあの世に行っちまってね。爺さんの話じゃあ、故郷に残してきた兄弟がいたらしいから、兄弟達の子孫がいるかもって期待してたんだ」


 フジノは、それは家族に会ったほうが良い、と私に勧めているのかと言ってやろうとしたが、ニタカの顔を見てやめる。それは、今の彼女にかけてはいけない言葉だと直感したから。


「爺さんは若い頃に儀式を途中でやめて逃げ出した。その時に、追手から受けた毒で殺されかけたけど。偶然、逃げ延びた先で婆さんの知恵に助けられ生き延びた」

「私を助けたのは、トウジロウが兄弟だったから?」


 期待を込めてフジノは話を切って問いかけた。もしも、そうならと想像してしまったからだ。


「いや、てっきり儀式ってのから逃げた奴かと思ったのと。後は、爺さんの昔話に繋がる何かを、知っているんじゃないかって期待してね。それに、トウジロウなんて名前は聞いたことなかった」


 トウジロウは儀式場に何か思うところがあったようだから、もしかしたらと思ったのに。私とニタカのお爺さん達は、あの場所で何を見たのだろうか。


「でも、一番の理由は爺さんの技をあんたが使ったことさ。私を守るために一度だけ使った抜刀術。もう一度みたいと頼んでも、あの人は見せてはくれなかったが」


 居合い切りの事だろうと解釈したフジノは、同時に今まで刀術について教えてもらった知識は、ニタカのお爺さんの技なのかと推測もした。

 しかし、あえて相対した刀使いと言ったニタカの気持ちをくんで、心の中にしまうことにする。それは正す必要のない嘘だから。


「そっか……そうだったんだ」


 自分が助かった理由、誰に感謝するべきか。ニタカか、彼女のお爺さんか、それともトウジロウにか。その気持を向ける相手を、一人に決めなくてもいいとまだ気付かないフジノの心中には暖かなものがあった。


「まあ、その。何が言いたいかっていうと、どっちを選んでもいいんだ。って話、かな」


 フジノは小さな声で「わかった。ありがとう」とニタカに返す。

 不思議な感覚だった。決めるのが怖いはずの二択も選ぶことが出来る気がした。失敗続きだった物隠しの魔術も成功する気がした。


 頼もしい存在に背中を押されている様で、フジノは物隠しの魔術の習得に再び挑む決意をする。

 もしも、祖父の形見である刀を失うことになったら、この人から貸してもらっている短槍を譲ってもらえばいい。ねだればくれるかもしれない。


 大人とは程遠い言い訳を思い浮かべ、フジノは座った体勢のまま、その場で深呼吸をする。刀を腿の上に起き、目を閉じて集中した。

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