第11話 最初に覚える魔術

 時折、雲が月を隠す夜。南大門の町を出発したBランク以上の冒険者を加えた双子山捜索隊は、出発から長い時間をかけて、妖精システムの境界線近くまで進んでいた。

 灯りを備えた隊列は遠目でもわかる程で、夜の闇で染まるはずの山々に点々と灯りが散らばり、その光景は星空の川に似ている。しかし、彼らの目的はそんな浪漫とは程遠いものだ。


 遺体捜索の本命であるヤマイヌ隊を護衛する形で、冒険者達が周囲を警戒しながら山中を移動していると、一人の冒険者が遠くに見える不自然な灯りを捉えた。

 それはフジノ達が休んでいる洞窟から僅かに漏れた光だ。

 

「おい。あそこ、誰かいるぞ」

「あの位置は遠いな。システム圏外だ。密入国者か?」


 護衛を担う冒険者は、疲れた様子のヤマイヌ隊を無視して、ある方向を睨む。双子山を始めとする山脈を越えた遠い場所、システム圏外でもある小さな山々を。

 妖精の機能で連絡を受けた他の隊員達は、それがある方向に少しだけ意識を向けるが、その中で一人、中央から南大門に派遣されたBランク冒険者カエンだけはみんなと違うことを考えていた。

 もしも、あそこにいる人物があの時の乱入者なら、あの娘の遺体はそいつに回収されたのだろうか、と。


「もうすぐ冬が近い。今日でダメなら一度引き返す。あの灯りは忘れろ。作業に戻れ」


 捜索隊のリーダーの声を自分の妖精を通じて受け取った隊員達は、目の前の仕事へと意識の比重を戻して捜索を再開した。






 フジノが南大門を離れてから二ヶ月。外には雪がつもり始め、フジノ達の仮の住まいである洞窟の防寒対策も終わった頃、フジノは洞窟内の焚き火の前で休んでいた。

 ニタカは自然物をうまく利用して住処を作る天才だと、フジノが褒めるとあちこち仲間と旅している時に覚えたのだと話してくれた。


 ニタカとの修業の日々は寒くなっても続き、防寒用の装備がニタカの荷物から出てきた時は用意の良さに驚いたものだ。寒さに凍える心配はなくなったが、外での鍛錬が続く辛さは仕方ない。


 バグ技の修行に関しては魔術の範疇であると指摘されてから、できることも増えた。ニタカも提案をする程度で、修行をしているというより遊んでいるような感覚だ。

 この時は、子供扱いされているような気がしたが、息抜きとして大事な時間なので触れないことにしている。


 刀術の修行は自主鍛錬の形になった。元々、専門外のニタカでは教えられる知識が底をついてしまったらしい。

 そして今、槍術の鍛錬を終えて洞窟内でニタカと向き合っている。


 バグ技での遊びみたいな修行は魔力の制御の一つだったらしく、一定のレベルに達したと認めてくれた。そして私は今日、初めて本当の魔術を学べるのだ。


「フジノ。そんなに気を入れすぎるな。これはね。子供が最初に覚える初歩的な魔術の一つだぞ」

「いや、でも嬉しくないですか?」

「そういうもんかね……」


 もし、フジノが一般的な魔術師の家庭に生まれていたら、十歳までには覚えている魔術。それを十六歳になって覚えるのだ。

 ニタカの常識で言えば変わっているが、フジノにとっては違うのだと、なんとなく理解した彼女は真面目に話すことにした。かつて自分が教わった時の記憶をなぞって。


「お前にこれから教えるのは<物隠し>の魔術だ」


 ニタカはそう言って小さな袋と、古びた鍵をフジノに見せた。これから手品を見せるかのように。

 袋の中身が空であることを見せて確認もさせた彼女は、真剣な様子で聞いているフジノに自分の子供時代を重ねながら続きを言う。


「何も入っていない袋だが、ここに鍵を入れると――」


 ニタカは古びた鍵を空っぽの袋に入れ、袋の口を開けた状態で逆さまにすると、ニタカの手の上に落ちるはずの鍵がその手になかった。

 確かに不思議だが、期待以下の謎の魔術にフジノは不満げな顔を隠しもしない。その様子に幼い自分もそうだったと、ニタカは懐かしく微笑む。


「袋の中にはあるはずの鍵はない。それがどこにあるかは長話だから今度にするが、これは袋を使って物を一つだけ隠す魔術だよ。どうだいフジノ、簡単そうかい?」

「ちゃんと教えてくれれば出来そう。これくらい」

「はははっ。さっそく教えるから、やってみな」


 妖精の補助で使える魔術には火や水を操り、魔物すら倒す強力な魔術ばかりが多かった。それと比べて見劣りする物隠しの魔術をフジノは軽んじていた。このくらいなら私にだって出来るだろう、と。


 ニタカの持っていた小さな袋と似た物をもらったフジノは、拾った石を隠す対象に選んで、習った通りに何度もやったが上手くいかなかった。

 簡単に出来ると言った口でコツを聞いても、ニタカは「自分で考えてみな」とすぐに教えるつもりがないのがわかっただけ。


「意外と難しいだろ?」


 奮闘するフジノの様子を少し離れた場所でニタカは見ている。

 今はニタカに顔を見られたくないフジノは物隠しの魔術に挑戦したまま、彼女に背を向ける様に座り直し、どうすれば上手くいくか考えていた。


 それから槍術の鍛錬を再開する時間になっても、成功の兆しがまったくない。フジノはニタカに促されて、気持ちを切り替えようという提案にのって洞窟を後にする。






 二人は妖精システムの境界線ではなく、洞窟近くの訓練に適した場所で互いの短槍をぶつけ合う。槍術に関して、教えたばかりの頃よりも確実に上達しているフジノだが、ここ最近は伸び悩んでいた。


 いつもはニタカの槍に翻弄されて疲労困憊の頃、この日は違って訓練が中断されている。

 直感に従い、教えられた事以外の動きをしてしまって反射的に「ごめんなさい」と謝ってから、「少し休め」と言い捨てられて待機状態だ。


 フジノは自分がどんな悪いことをしたかはわかっているが、今までの指導者と違ってニタカはすぐに訓練を再開しなかった。

 ニタカの生きてきた世界の常識がわからない以上、フジノは自分に距離をおいて背中を向ける彼女を待つことしかできない。


 考えがまとまったニタカは「なんで謝ったか?」とフジノに問いかけて、彼女は「言われた事と違うことをしたから」と町で何度も使った言い訳をほとんど無意識で答えていた。


 フジノはニタカから張り詰めた雰囲気を瞬間的に感じたが、それが自分に向いてないと本能的に理解して疑問を抱えたまま立ち尽くす。


「フジノ、さっき私は褒めようと思ったんだけどね」

「え」


 先程、フジノはニタカの短槍の突きを、槍を手放して、宙に槍を残したまま上体を反らしてかわし、その勢いを極力保ったまま短槍を持ち変え、最短で反撃にうつった。

 それが良い動きだったとニタカはフジノにしっかりと伝えた。フジノは怒られているような気がしていたが、徐々にそうではないかもしれないと思い直す。


「今の動き、再現してみようか。反復練習だよ」

「はい」


 ニタカは許してくれたが、彼女の中にある町で培われた価値観はまだ納得がいっていない。それは返事をした声にも出ている。


「教えたことから生まれた動きこそ、大事だと私は思うんだ。言われた通りの一歩先だよ。さあ、途中で同じ状況に追い込むから、もう一回やってみな」


 フジノの内に湧き上がる気持ち。今までに無かった経験で得た高揚感は、それ以外の全てをどうでもよくさせる。この人の期待に応えたいと、勝手に気合を入れていた。


「はい」


 今度の返事は先程とは違う。それを合図に再び槍の応酬が飛び交う。


 突き、払い、体術も混ざった嵐の真っ最中に、ニタカに見覚えのある動きが現れて、意識的に褒められた動きを再現しようとするフジノ。

 しかし、手放した槍を宙で再び掴めず、宙に浮いた槍はニタカに弾かれ、武器を失って無意識に拳を構えてしまっていた。


 フジノはまだ戦えると一応は構えているが、空から落ちてくる槍にいまさら気付いて、慌ててキャッチする。

 ニタカは槍を構えた状態で目を細め、ため息をつき、それを見ていた。


 ニタカの脳裏には冬を迎える前、あの夜に見た光景が浮かんでいる。目の前の少女に勘付かれないように努めているが、夜の山に点々と光る灯りを見た時から、この生活の終わりを感じ取っている。


(冬が終わるまでに、ここを離れなくちゃならない)


 あれらの正体は不明だが、危険な山中を大所帯で移動していることから只者じゃない。

 余所者には厳しい国だ。不法入国者と決めつけられて追われる事もありえる。そうなれば、私と関わっているフジノは、もし町に帰れても弁解の余地もなく殺されてしまうかもしれない。


 彼らがあの夜に国内へと引き返すのを確認したが、きっと冬の山を恐れたのだろう。だとすれば、次はここまで来るかもしれないのだ。

 妖精システムの圏外だからと安心はできない。冒険者の上澄みともなれば妖精頼りではない連中だっているはずだ。ニタカは最悪を想定せずにはいられなかった。


(人助けなんてするもんじゃない。が、見捨てる訳にもいかない。困ったもんだよ)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る