第10話 魔女の素質

 あの後の模擬戦でフジノは刀を抜いて戦うも、ニタカの槍は蛇のように鋭く緩急があり、防御を崩されてあっという間に倒された。「守りすぎだ」と言われ、どんな修行や戦い方をしてきたのかを話す事になり、我流で努力していることに呆れられたのは記憶に新しい。


 刀術についてニタカは詳しくなく「それは知らん」と自主練習や、刀と槍を交えての模擬戦をしてくれた。槍術と違い、戦ってきた相手の知識を話してくれた。ニタカがこれまで相対してきた手強い刀使いの立ち回りについてだ。


 バグ技であるステータス画面を投げる技は「どういう原理だ?」と、そもそもの話を掘り下げることになった。簡単にしか説明していない妖精システムの機能、ステータスという存在の仕組みなど、まずはそこからだった。


「なるほどね。少しわかってきたよ。その宙に浮かぶステータスは魔力の塊ではあるのか。とても薄いが」


 あれから何度か使っている妖精システムの境界線近くの平地で、二人は向き合っている。フジノが出しているステータス画面を見ながらニタカは納得顔で言う。


「魔術師になれない子供の魔力はごく僅かだ。だから、その僅かな魔力でも正常に機能するように、この妖精の魔術は作られている。手厚い補助だよ」


 ニタカはフジノのステータス画面を掴もうとする。だが画面を触れる指も手もすり抜けて、触ることが出来なかった。


「見えていても、本人しか触れず、本人の意思で動かせない特殊な魔術。そのはずだが、それを掴んで投げれるのは自分だけ、と……フジノ、ちょっと見てな」

「はい? 妖精。画面を全部消して」

『了解』


 ニタカは槍を地面に突き刺す。彼女が両手を合わせた後に、ゆっくりと手を離すと小さな雲が両手の間に現れる。それは球体から、四角形や星形へと次々と変わっていく。意図が分からなくてもフジノはそれを眺めていた。


「魔術師は自分の発動した術であれば、触れるし、ある程度は遠隔で操作できる。練度は必要だが……」

「……なるほど」

「フジノ。あんたのバグ技はこれじゃないか?」

「えっ?」


 ニタカが小さな雲の魔術を解除して、手を合わせる。

 急に話題の中心になったフジノは固まった。フジノには、妖精持ちは魔術師になれない凡人だという先入観がある。友人の一人である純粋な魔術師のグロリアは、生まれた時から魔術師にふさわしい魔力を持ち、妖精の魔術を受ける権利を持たなかった。

 自分が魔術師であるというのなら、なぜ私は妖精を持っているんだ、とフジノは引っかかっていた。


「生まれた時に魔術師の素質を調べられるんだろう? 確か血液で調べるんだっけ」


 親から受け継がれる血。母も祖父も魔術の素養を持たないミトウだ。家族の中で私だけがそれを持っている。母はいつも、私のやりたいことや好きなことを邪魔してきたのは私が嫌いだからじゃないのか。その疑問を深く考えてはいけないと思いながらも、答えを求めてニタカに問いかける。

 

「もしかして私の家族は偽物で、私が本当の子供じゃないってことですか?」

「いや、魔術師は一般家庭からも突然生まれるし、魔術師の家から凡人がでることもある」


 ニタカはフジノの疑問に答えた後、視線を自分の手からフジノに移す。そして、勢いよく地面から短槍を抜いて彼女に土をかける。フジノは反射的に短槍を構えて下がるが、その顔には困惑の色が出ている。


「そんなに気になるなら、直接いって聞いてきな。考えるのはそれからでいい。あんたには魔術の才能がある。私が言いたいのは、それだけだよ」


 ニタカなりの激励だと受け取ったフジノは、彼女から借り受けた古い短槍を構えて口元に笑みを浮かべる。鏡合わせのように二人は短槍を相手に向けて向き合っていた。


「妖精。身体強化の補助はいつも通り、なしで。自分でやるから」

『了解。ご武運を』


 決着はすぐについたが、昨日よりは数秒長く耐えれたと自賛するフジノ。教えられたとおりに攻めを意識しているが、苦しくなると守りに入り、攻める機会を逃すのが彼女の槍の悪癖だった。南大門の訓練場で先輩冒険者に防戦一方だった経験の悪影響だ。


「……悪い点はこんなもんか。だけど、教えてきたことは身についてきてる。飯にしようか」


 ニタカからのアドバイスを貰ったフジノは、真剣な顔をやめて短く返事をし、先に進むニタカの背中を追って、小走りで追いつくと隣に並んだ。ニタカが「魚と肉、どっちがいい?」と聞くので、迷った上で肉がいいとフジノは答えた。






 フジノが入山してから一ヶ月。南大門を拠点に行われていた双子山の遺体捜索は、一区切りを迎えていた。南大門の冒険者達が自由に捜索できる範囲をおおよそ調べ終えたのだ。次は、冒険者ランクがB以上の人間が立ち入れる範囲を捜索予定だ。


 発見された遺体の解析が進み、首都在住の人間がいることが大きな転換点だった。そうなるともはや南の田舎だけですむ話ではなくなってしまったのだ。結果として双子山への出入りは厳しく制限され、双子山のクエストを中心に活動している冒険者は一時的に南大門を離れるものもいる。


 南大門の新米冒険者パーティのリーダー、ナツキはどうするか迷っていた。いつも笑っている印象のリーダーが真面目な顔ばかりすることもあって、グロリアを始めとするメンバー達の励ましも空回り気味。一度解散となり、冒険者ギルドの食堂にはグロリアとナツキが残った。


「そういえば、中央から凄腕の捜索隊がくるんですって、だから大丈夫ですよ」

「うーん。今更感あるなあ」

「フジノちゃんは強いから大丈夫です。きっと、その、帰り道に迷ったとか……案外、山に住もうと思ったのかもしれません。あの子ならその可能性もありますよ」

「だと、いいんだけどねぇ」


 グロリアが励ましても、ナツキの不安は小さくならなかった。昨日までは、心配で落ち込むことはあっても笑う時は笑うほど元気だった。行方不明者リストに加わった自分勝手な友人の名前と、持ち主のいない所持品を見てから変わってしまった。


 捜索に出ていた先輩冒険者達が双子山で持ち帰ったフジノの所持品。彼女の羽織と装備しているはずの物がこの町にあることが、ナツキをここまで暗くさせている。洋服の上に羽織とかダサいと言って喧嘩になった笑い話のはずの思い出を、悲しい気持ちで懐かしむ事になってしまった。


 見つかった場所はすでに捜索を終えたはずの場所で先輩達も驚いたそうだが、脱ぎ捨てたように汚れた羽織と、魔物に襲われた様な大きな爪痕が目立つ布袋を見て、行方不明とは処理しつつも生存を信じている人はほとんどいなかった。


 先輩の話では、フジノの母に彼女の荷物があると冒険者ギルドに来てもらったという。彼女の母親は事情を聞いた後に、捜索隊に感謝の言葉と深いお辞儀をして帰ってしまったらしい。彼女の所持品は捜査に役立てて欲しいと置いたままだ。

 ナツキは冒険者ギルドの館から出るフジノの母の姿から、悲しんでいるのは感じたが、こんな時まで感情に蓋をする人がいるんだと、行き場のない怒りと悲しい気持ちを抱いた。


「ナツキ、これから訓練に行くけど来るか?」


 双子山でのクエストが事実上、禁止されているためにカンヌキ通りの商店街で最近アルバイトを始めたサエコがナツキに声をかける。どこで働いているかは知らないが、妖精のオート機能で接客をしているんだろう。とナツキは決めつける。


「いやぁ、ちょっと。今はメンタルがきつい、です」

「そうか。無心で鍛錬するの、いいと思うんだけどな」

「グロリアはどうする? 来てくれると嬉しいが」

「私も、今は心配なので。また今度、お願いします」


 人の気持ちがわからないと言われたことがあるサエコでも、ナツキが友人の安否が心配で落ち込んでいることはわかっている。訓練がダメなら、首都からくる捜索隊の凄さを伝えれば元気になるだろうか。そう考えてサエコは口を開く。


「中央からくる捜索隊の中には、うちの出身者もいるんだ。冒険者ランクはBだし、寡黙だけど。とても強くて頼りになる人だぞ」

「へー。初耳です」

「そんな凄い方がいたんですね」


 ナツキとグロリアの関心がそこまで無いことも気付かず、サエコは続ける。二人は彼女の言葉が、すでに励ましの類ではなくなったと察しているからだ。


「三年前くらいまで、ここで活動していた人だ。カエン先輩のおかげで私は強くなれたんだ」

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