第8話 妖精持ち同士の戦い

 あれからフジノは何度か食後に体調を崩したり、イワザルの投石による嫌がらせが昼夜とわずに発生したりと体の回復に集中できなかった。それは仮初めの安息所を捨てて、傷を抱えたまま故郷を目指す決断を彼女にさせた。


 自分をここまで流した川を辿って、フジノは妖精システムの圏外を抜けるほど双子山に近付いてきていた。大きな森を抜けて、坂を上り、久しぶりに自身の妖精と再会する事ができた。焚き火の前で温まりながら、彼女は妖精がいない間に起きた出来事を自慢気に報告している。


『そうですか。密度の濃い一週間だったようですね』

「町に帰れたら、しばらくはいいかな。山は」

『珍しいですね。ナツキ様が聞いたら驚きそうです』

「はあ? なんでよ」

『ナツキ様を含め、普通は魔物がいる山で何日間も過ごさないようですから』

「ちょっと。普通って言葉、嫌いなんだけど。私」


 態度も口調もすぐには変えられないが、これまでと違い、妖精という存在を正面にとらえてフジノは話していた。一週間とはいえ、常に側にいる感覚の存在と別れた上に、何度も死にかけたのだ。孤独な時間は、妖精に対してこれまでに無かった気持ちを彼女の中に芽生えさせているようだ。






 眼下に広がる暗い夜の森の中で、小さな光が目についた。フジノが目指している道の先で、ある男がその光をようやく見つけ、安堵していた。名をカエンというその男は、双子山に人の遺体を埋めた犯人であり、双子山の儀式場でフジノを高所から突き落とした張本人でもある。


「さすがだな。よく気付いてくれた」


 カエンはフジノが死んでいると判断して町に帰ろうとしたが、自身の妖精の助言に従い、彼女の遺体を確認するためにここまで来ていたのだ。まさか、生きているとは思っていなかったが、今度こそ確実に仕留めようと、ある装備を手にもつ。


 それは毒の入った小瓶。南大門の商店街で購入した双子山の知識本を、オート機能で妖精に覚えさせたカエンは、道中で見つけた天然の毒草『サルゴロシ』の毒を手に入れていた。遺体と共に埋まっていた剣にサルゴロシの毒を塗り、カエンは小さな光を見てにやつく。


「剣も毒も現地で仕入れたのだ。実にエコだと思わないか?」


 同時にオート機能の設定をカエンは行う。オート機能には解除条件が必要なのだ。冒険者ギルドのサエコは「目の前の人間が倒れるまで」であり、カンヌキ通りで働く商店街の店員ならば「就業時間が終わるまで」などが該当する。最初に解除条件を設定してオート機能を使えば、以降は同じ状況で使うと、以前の設定で実行してくれる。


 解除条件を曖昧な設定にしても大きな問題はないが、妖精の自己判断に委ねることになってしまうのが、カエンにとって唯一の欠点だ。森の中の小さな光を見ながらカエンは妖精に話しかける。


「妖精。解除条件の設定だ。あの光の近くで休んでいる人間を殺すまで、だ。問題ないか?」

「すまないが、頼んだよ。オート機能開始」


 肉体を操作する存在が入れ替わり、カエンの表情が無機質になる。地面に置いてある布袋から鬼の仮面と首都で入手した革手袋を取り出して装着。投擲用の小さなナイフにもサルゴロシの毒を塗り、戦闘準備が完了した。人を殺すための人形になったカエンは身体強化の魔術を発動させて、標的までの距離を急速に縮めていく。






 フジノは突然目を覚ます。安全の補償のない場所で眠ることの恐ろしさを、この一週間で身をもって学んだ彼女は異変を察知して立ち上がる。抱きかかえていた刀を自然と抜いて構えて。体の重さはまだあるが、敵にはそんな事は関係ないと、腹をくくる。


『フジノ様?』

「何か、くる」

『確認します。……こちらに近付いてくる音を感知……この速度、双子山の儀式場で遭遇した人物かもしれません』

「身体強化の補助おねがい。戦いに集中する」

『了解』


 警戒するフジノ。バグ技を使う考えもよぎったが即座に選択肢から消す。今の彼女が一番頼りにしているのはこの刀だった。目視できる距離まで接近したカエンの水の魔術によって焚き火を消された瞬間、フジノの視界に夜の闇が戻る。


 飛来してくる何かに向かってフジノは反射的に刀を振るうと、軽い手応えを感じた。投げナイフを防がれたカエンは、二本目のナイフを構えたまま、速度を殺さずに大きく跳躍し、彼女の頭上を飛び越える。

 フジノはカエンの姿を捉えてはいないが、音の発生源の流れから敵の移動する姿を予想して、背を向ける訳にはいかないと振り向く。


「!」


 フジノの肩に走る衝撃と痛み。彼女は肩の上に何かが刺さったと気付く。空からの攻撃に疑問が浮かぶも、それどころではないと正面にいるはずの敵に集中し直す。カエンとフジノの距離は手を伸ばせば届く距離になり、カエンの剣とフジノの刀が衝突する。


 カエンの力任せの乱暴な剣に対して、フジノは刀で攻撃を流しつつ、隙をみて反撃する守りの型。呼吸を忘れるほどの早い戦闘に、自分が先に息切れすると判断したフジノは大きめに下がり、刀を下手に構え直して大きく息を吸う。


 フジノは後退から一転して急停止、カエンの踏み込みを利用して勝負を決めに行く。狙いはカエンの胴体。腹から首元まで斬るつもりで、渾身の一太刀を放つ。刀とカエンの間に剣が挟まって盾となり、傷を負わせることは出来なかったが、フジノは剣を折ることに成功する。


 追撃を意識したフジノの腹部に強い衝撃が走る。それと同時に失念していた自分に怒る。カエンの片腕が自身の腹をえぐるようにねじ込まれたのは、自身に原因があったのだ。


(そうだった。こいつはあの時も、拳で私を殴り飛ばした。剣は囮!)


 地面と並行に強く飛ばされたフジノは、背中を強く木に叩きつけられる。曇り空が晴れて月明かりの下、、彼女は敵の姿をいまさら認識する。鬼の仮面をつけたそいつと目があい、刀を握る手に力を込めるも、痛みや疲労から力が抜けていく。足はもう動く気がしない。


(限界か……)


 止めを刺そうとフジノ目掛けて加速するカエン。しかし、突如として風が深い霧を運んでくる。カエンは不測の事態を前に肉体の安全を最優先して、霧の中に留まらないように距離を置いた。霧が晴れるとフジノはカエンの前から姿を消していた。


 カエンは耳を澄まし、こちらから遠ざかっていく音を感知して追跡を開始。標的の予測目標地点が妖精システムの圏外であることを察して、自身の速度では間に合わないと判断して追跡を中止する。

 カエンの体を操る妖精は、標的に致死性の毒を付与したことで、オート機能の解除条件をクリアしたと判断。体を返却されたカエンは、まるで今起きたばかりのようにあたりを見回す。


「ああ。終わったのか。ご苦労だった。死体はどこだ?」

「システム圏外だと……それなら、仕方ないな。君がいなくなっては困る」


 フジノがいるだろう方向に背を向けて、文明的な町がある方向の空を見つめるカエン。


「問題ない。サルゴロシの毒を受けたのだろう。あれの解毒方法はないはずだ。よくやってくれた」

「仕事を終えたばかりで悪いが、南大門まで頼む。なるべく早くで。オート機能開始」


 カエンの体は再び妖精に委ねられ、フジノが通るはずだった帰り道を使い、坂の上にある荷物を回収しにカエンは走り出す。

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