第7話 便利な道具

 南大門町の冒険者ギルド。遠く離れた場所でフジノが命がけの戦いをしている一方。冒険者ギルドの食堂スペースで、ナツキはフジノとの別れ際の対応を間違ったと悔やみ、パーティメンバーのグロリアに愚痴を聞いてもらっていた。


「だいたいアイツがおかしいでしょ。私へんなこと言ってないよね?」

「まあまあ。色んな人がいますからね。ナツキちゃんも変じゃないですよ」


 使う言葉や話の流れは違くとも、意味は同じ内容のナツキの愚痴をグロリアは「そろそろ冷静になって欲しいなあ」と思いつつも、彼女にもらった楽しい日々に免じて受け止めることに終始している。


「何で、あそこまで、あの山が怖くないんかって話よ。わかるでしょ、グロリア」

「ええ。まあ」

「冒険者になったばかりの頃に、一泊させられてめっちゃ怖かったじゃん」

「あれは、私も怖かったですね」

「だよねえ! 一人きりでさぁ、あんなとこで寝れるわけないじゃんねぇ」


 南大門町の冒険者ギルドでは新米冒険者相手に、一人きりで魔物が住む双子山に一泊することが通例になっている。それは山の恐怖を教え込むと同時に、孤立を避けて仲間同士で行動するように誘導したかったギルド側の思惑だった。


 死傷者を出さないようにベテランの先輩冒険者達が見守ってくれてはいた。南大門が見えなくなるほどの深さとはいえ、魔物が出没する場所に違いはないのだ。山で夜を明かした新人の誰もが無謀な挑戦心を折られ、パーティを組み、複数人で固まるようになる。


「ナツキちゃんが、私をすぐに誘いに来たのはよく覚えています。必死な様子で笑っちゃいましたよ」

「そりゃそうよ。怖いんだから、同期で一番のあんたを誘うに決まってる。私はめちゃ弱いんだし」


 近頃の冒険者は、妖精システムのおかげで補助ありで魔術が使える程度の魔術師が多い。山を使った新人教育がない時代には、妖精持ちの魔術師の多くが自分の実力を過信して命を落としていた。その多くは、オート機能を使って討伐クエストをこなしている者達だ。


 どんな状況下でも肉体の性能を最大限に引き出して、本人の代わりに肉体を操作する妖精システムの便利な機能。


 妖精に任せて積み上げた成果に、自分が強いのだと錯覚し、自分以外の何かに頼っている事を忘れた未熟な魔術師達。オート機能で妖精が自分の体で難なく倒している魔物でも、自らの力で戦ってみれば簡単でないと知らなかったのだ。


「それにしても、フジノちゃんの自信の源は何なのでしょうね。オート機能は嫌っているようですし」

「……さあね。それこそ内緒なんでしょ。だから怪しいんだって。わかってないのよ、アイツ」

「困った子ですね。フジノちゃんは」


 色々と抱えていた思いを言葉にしたことで、昨日から抱えていたナツキの心のもやもやも、気にならなくなるほど落ち着いた。


「……はあ。話つきあってくれて、ありがとね」

「いえいえ。こちらこそ。ふふふ」

「じゃあ、またね。私は西の訓練所にいる予定だから。もし時間あったら、あとで」

「はい。お気をつけて。いってらっしゃーい」






「お買い上げありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

「どうも」


 深々と礼をするおにぎり屋の若い店員から塩むすびを受け取り、ナツキはそっけない態度を店員に返す。どうせ中身は妖精だろうと察しているからだ。商店街で働く多くの店員は若い世代ほどオート機能を使う。


 ナツキが歩いているのは南大門のカンヌキ通りの西側。南大門に住む人々の多くが利用する商店街。東から西へと町を分けるように存在する、このカンヌキ通り西側の商店街を突き抜けると、西端部の訓練所に辿り着くのだ。


 立ち並ぶ店は流行が変わるたびに入れ替わり、昔ながらの雰囲気を残す商店は減り、パン屋に魔術道具の店、書店の中には妖精に関する書籍コーナーが必ずあるなど。ナツキの祖父母が若かった時代には無いもので溢れていた。


 何より違うのは活気だろう。カンヌキ通りの一部には南大門の北方向にある国の首都から流れてきた商店が立ち並ぶ区域がある。人口過密な首都で流行ったものは僅かな遅れもなく、妖精システムのおかげで、南部の国境近くにあるこの町まで伝わってくる。


 距離に関係なく、妖精持ち同士ならば手紙を瞬時にやり取りでき、会話は離れていても妖精を通じて出来る。視覚や聴覚を共有していれば『動画』や『画像』として、自分の見聞きした事を他人に共有することも可能。


 南大門の妖精持ちの中にはそれらを見て、会ったことない人間に恋をしたり、憧れて真似をしようとする若者もいる。首都の流行を運んでくる商人達はそういった若者をターゲットにしているのだ。見た目だけ変えた商品の多さにナツキは引いている。


「何が、いいんだか」


 妖精を持たないミトウであるナツキには理解できない世界だが、人目も憚らずにそう呟くのはこの区域の体質にあった。働いている人間の表情は見本の様な笑顔で、ちらほらと行われている接客も丁寧で悪い点はない。人間の体を使った妖精が働いているからだ。


 二十以上はある店の、全ての店員が私語もせず、同じ笑顔、同じ話し方をするのだ。ナツキにとって、それは完璧すぎて気味が悪かった。見た目が違うというのに中身が同じに見える違和感。妖精のオート機能を使い、首都で当たり前の接客知識を覚えさせて、仕事を任せているのだろうが、ため息をつく光景だ。


 このカンヌキ通りの商店街は、ナツキがフジノと訓練所に一緒に行くときは絶対に通らない道だ。あの子はここをとても嫌がるから。しかし、彼女はここを通るとあの子への理解が深まるような気がして、一人の時は通るようにしていた。


 冒険者ギルドの所有する南大門町の西端部の訓練所がナツキの視界にうつる。試合形式の訓練はないはずだが、習慣とは恐ろしいもので普段よりは少ないものの、多くの冒険者達が集まり、腕を磨き合い、気合が生み出す様々な音が彼女の耳に届く。


「あいつも山で修行とか、やってんのかねえ」






 フジノは何度か失敗するも、身体強化の発動に成功して、高所にある岩の隙間に逃げ込めた。奥へ行くほど細まっていく岩の隙間に、筋骨隆々で太く大きな体を持つイワザル達は腕を差し込むのが限界だった。幸いにも奥行きがあるために、触れられずにすんでいるが、安心できる状況でもなかった。


 敵の存在を感じながらも少し体を休めたフジノは、しつこいイワザルの腕を居合い切りで斬りつけ、退ける。刀に付いた血を洋服で拭き取り、血の匂いがついた足元の木の葉を外側へ蹴り出し、彼女は今度こそ座って体を休める。


 刀の手入れはいつもトウジロウに紹介された鍛冶屋に任せっきりで、刀の刃を見ても状態などわからないが、使うほどに切れ味が落ちているのを感じていた。今日はずいぶんとこの刀に無理をさせてしまったようだ。


(この刀は最後の切り札だ。無闇に使って刃こぼれなどしたら、いざという時に困る)


 フジノは今後の方針として、この刀は命の危険や必要な場面でしか使わないと決めて、この場所でどうやって生きていくか考えていた。


(まずは火だ。何が食えるかなんてわからないが。とりあえず焼けば、なんとかなるはず)


 だが困ったことに、山の中で火を使う時はいつも妖精の補助で、火の魔術を使っていたのだ。補助ありで火種が作れる程の適正では自力じゃ無理そうだと唸る。適性があった身体強化とは事情が異なり、希望は薄い。


 洋服のポケットに何か無かったかと、太もも上部の位置にあるポケットを探るも何もなし。母さんから押し付けられた洋服に期待するのが間違いだったかと、期待と失望を勝手にして、フジノは頭上の大岩の隙間から青い空を見る。


 洋服の左側に特別に作られた刀用の差口から、鞘にしまわれた刀を外す。あぐらの上に刀を置いて考える事にしたフジノ。解決策に頭脳をフル活用する間、暇な手で刀を触っていると、鞘に巻きつけられた容れ物の存在に気付く。


 フジノが発見した指二本程度のそれは、いかにも彼女の祖父が好きそうな黒塗りで、藤の花が描かれた漆塗りの小物入れ。フジノは黒に藤の花は似合わないだろうと思いながらも、トウジロウの贈り物なら何か解決策があるのかもと、祈るように小物入れを両手で包んだ後、期待をよせて中を確認する。


(これはお守りと……石?)


 中に入っていたのは『旅守』と書かれたお守りと、黒い石だった。お守りはともかく、記憶が確かなら黒い石の正体は火打ち石だろう。再度、祖父に感謝するフジノ。いつの間に私の刀にくくりつけたかは知らないが、昔の人間は備え方が違うのだと思い知る。


「使わせていただきます」


 その後、休み終わったフジノは岩の隙間から出て、腹を満たすために食料の確保に出た。石で仕留めた蛇、食べたことある野菜に似た生えてた草、切り落としたイワザルの一部など、とりあえず全て焼いて食べてみた。その夜は、一日ぶりの食事で、味や体の異変を気にしつつも、空腹には勝てずに完食した。


 裕福な文明の中で育ったフジノにとっては一日三食が普通のことだ。仕方ないとはいえ、あの儀式場で襲われてからここに流されるまで、夕食、朝食、昼食と三回も食事ができなかったのだ。毒を恐れずに食べ勧めてしまうのは無理もないだろう。


 その夜、フジノは強烈な腹痛に襲われて、腹の中は空っぽになってしまったが「これも学び。失敗じゃない」と自分の腹にさっきまであった何かを、そこらにある落ち葉で埋める。

 川の水で喉の不快感を流しながら改善策を思いつくフジノ。次は一品ずつ食べて、腹を壊したら、それは二度と食わない。そう誓って川を後にして、彼女は岩の隙間に帰っていった。

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