第4話 山を汚す者達
冒険者ギルド内の食堂のテーブル席で、フジノとナツキは向き合っていた。料理の提供がない時間帯で、いるのはほぼ冒険者だ。
いつもより静かな空気である。普段と違う二人の様子に他の利用客も気になっている。
「あんた、また山に行くの? 状況わかって言ってるなら、マジでやばいよ」
行方不明者の捜索。当初は冒険者ギルドだけで対処できる問題だと思われていた。しかし、探せば探すほど、バラバラの人間の遺体が発見されるのだ。人間が育てて、飼い慣らしたヤマイヌを使って捜索する方法だ。魔術を使うより効率がいいらしい。
発見される遺体の状態には差異があり、少なくとも三年前から埋められ続けていたと推測されている。
関係者以外に口外してはいけないが、冒険者ギルドが主体で捜査する性質上、所属している冒険者は関係者の身内のようなもの。知らないものは、ほとんどいない。
冒険者ギルドが出した結論としては、生態系の乱れを利用した死体遺棄だと判断された。天敵が減ったヤマイヌが数を増やして、広範囲で餌を求めるようになり、犯人の証拠隠滅に利用された。
冒険者ギルドは天敵が減った理由は突き止められず保留としているが、フジノは生態系が乱れた原因を知っている。他ならない自分自身だ。バグ技の強さに酔って、山で暴れていたのだ。
六年前。十歳のフジノは、家庭や学校など日常生活で溜め込んだストレスを定期的に山で発散していた。今よりも更に無邪気で、魔物の処理も雑で、天敵を倒して餌だけ残していく彼女はヤマイヌの増殖に貢献していたのだと、今回の事件でようやく繋がった。
「山には行く。来週と再来週は、試合形式の訓練ないし」
「そりゃそうでしょ……いかれた殺人鬼にあったらどうするの? あんた」
「返り討ちにするよ」
「……冗談だよね? さすがに」
自分の身勝手が今回の事件を招いた事に対する責任感は一応あるが、発見された人達はわかっているだけで十人はいるが、全員地元の人間じゃない。遺体遺棄の現場に遭遇しなければ攻撃もしないタイプだろうとフジノには確信があった。
「じゃあ、行ってきます」
「もう、知らん! 一回、痛いめ見てこい。死なない程度にな!」
「大丈夫だって。山は私の家だからね」
フジノ自身、魔物をバラバラにして埋める時に、もしも人が見てしまったら、と想像したことがある。見られなければ攻撃なんてしたくないのだ。実行したこともする予定もないが、殺人鬼の思考が少し理解できる自分がいる。なぜか、いるのだ
(考えるだけ無駄だ。みんなにもあるはずだ。誰かに殺意を抱く瞬間が。私はおかしくない)
それにここまで心配される必要など私にはないのだ。私は強い。ここの冒険者達が束になっても苦戦するイワザルの群れや、危険な魔物にだって勝っているのだから。
山をうろつく殺人鬼もそうだ。どうせ、敵じゃない。見た目はあれだが、私の技は防ぐことも避けることも出来ない。人に向けたことはないが、必要ならやるだけだ。
フジノは冒険者ギルドを出て山に向かう。双子山の奥深くの名も知らぬ儀式場を目指して。
双子山の奥深く、日も傾いて、赤くなる頃。洞窟がある儀式場に到着して、いつものように一対の石造りの柱の真ん中を避けて場内に入り、礼をするフジノ。羽織を脱いで荷物と一緒に置き、刀と手作りの槍をもって修行を始めようとする。
不意にフジノの背中に衝撃が走り、前によろめいて思わず手をつこうとするも、うまく力が入らない。焼けたように熱い背中に、脳内に無機質の中に焦りを感じる、うるさい声が響く。視界の端に自分の背中から地面に落ちていく岩が一瞬見えた。
『フジノ様。オート機能の許可をください。敵です』
すぐに戦う準備を整えようと体を動かし、敵と向き合おうとするフジノだが、敵はその一瞬を見逃さなかった。一気に間合いを詰めてくるのが、見なくてもわかる。とっさに構えた手作りの槍は一撃で壊された。
「妖精。風の魔術、打撃に合わせろ」
「妖精! ステータス画面を」
『了解』
フジノが攻撃体制を終えるよりも早く、敵はフジノの目の前まで距離を詰めていた。フジノが信頼する画面投げも、画面に触る前に攻撃されては発動できない。
心臓部に一撃、そこから腹部に風の魔術でフジノは宙へ飛ばされる。身体強化が無ければ即死の一撃。彼女が飛ばされた先は山の坂だ。儀式場は崖になっているため、転がり落ちるどころか、落下の衝撃で即死だろう。緩衝材になりうる程、木々は密着していない場所だ。
空を飛び、地面へと勢いよく落ちていくフジノは考えていた。地面までの高低差のせいか滞空時間が長く、落下まで考える時間はあったが、こんな高さはグロリアの訓練でも無かった。何か解決策はないかと回らない頭で考えようとするが混乱状態で、今の彼女は難しいことは考えられない。命の危機に策を出したのは妖精だった。
『フジノ様。最大サイズの画面を出し続けますので、全てに触れ続けてください』
「な、なに?」
『出力した画面を重ね合わせて球体を作ります』
「な、え。どういうこと」
『両手を前に出して。じっと、してください』
言われるがままに、両手を伸ばすと、様々な画面が両手の位置に現れ続け、一枚の薄い水色の妖精の板は、何重にも重なって厚みを増していく。予想通り、木の隙間を通過してもうすぐ、地面と接触間近というタイミングで妖精の声が響く
『体を丸めて。動かないでください』
フジノは言われたとおりに、体を小さく丸めて、衝撃に備えた。ただ怖かった。命の危機に過去を思い出して奮い立つとか、そこから解決方法を思いつくこともない。彼女はただ、怖さに震えて屈し、助けてくれる何かに縋るしかできない弱者だった。
妖精はフジノの体と地面の隙間に、重ねた画面を挟んだ。柔らかさを付与された画面達は、彼女の体を潰そうとする力から守り、四度目の衝撃で彼女が気を失ったと同時に消失した。
フジノが目を覚ますと、体はずぶ濡れで、視界は黒ばかり、すっかり夜になっていた。
(寒い……)
双子山の儀式場と違って、頭上の星の光もよく見えない。だが、遮る黒い影を見て、それが木の葉だと納得する。フジノは起き上がろうとして、思い通りにならない自分の体に気付く。痛くない所を探す方が早いほど、体は重い。水に流されて、かすかな風すら以上に冷たく感じる。
「妖精……ここは?」
ダメージと疲労、水分を含んだ服で動こうとしない体を無理やり動かして、川らしき場所から陸に上がる。湿った石でゴツゴツした地面が、打撲した背中に追い打ちをかけるので、何度か横に転がって、落ち葉らしき感触がある場所で止まった。
フジノはこの期に及んで、妖精を頼らないという意地をはる気はなかった。死にたくない。その思いは南大門町での暮らしの中で形成された価値観を無視して、生き残るための最善を彼女にとらせた。
「妖精? 妖精さん?」
しかし、頼ろうとした存在の声は聞こえない。大小関係なくあらゆる危険に遭遇する度に、勝手に発言するお節介な妖精が反応しなかった。フジノの頭に、過去に学校で習った知識が蘇る。
――妖精システムは基本的にこの国でしか使えません。人の住処から離れすぎると使えなくなるらしいので、どこまで遠出するかは必ず、自分の妖精と相談してからにしましょう――
「どうやって、帰ればいいの……」
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