第2話 冒険者達
南大門町の冒険者ギルドには大食堂があるが、冒険者が食堂の次に利用するのは町の西端部に位置する広大な敷地、訓練所だろう。町中で魔術や武術の鍛錬をすれば、訓練の余波で壊れるものもある。
以前は大きな農場だったそこは激しい戦闘訓練で、植える作物もないのに頻繁に耕されている。それは、周辺住民の娯楽の一つになっていた。
「ぶへぇ」
実戦形式の訓練。ついさっきまでナツキと一緒に笑いものにしていた先輩冒険者に、いつも通りナツキは手も足も出ずに負け、服も顔も汚れだらけで倒れていた。
訓練場という名の平坦で広大な土地で、彼女は何度目かの力尽きたアピールをする。ちゃんと段階的に体力の限界感を演出する徹底ぶりだ。実際の体力の限界よりも早めに休みたい。それが彼女の本心だった。
「うわぁ。やば」
「真面目に修行しないからだ。仲間内で変な遊びや、採集クエストばかりしてればそうなる」
「……偏見、反対……」
「妖精なしでも強い人はいる。お前だって頑張れるはずだ」
「……上見すぎです。私は、下に、いるんですよ。サエコ先輩……」
「そうか? すまん。交代だ。少し休め、ナツキ」
先輩冒険者のサエコはナツキの言葉の意味をよく理解できず、首を傾げる。フジノはこの先輩は良くも悪くも純粋過ぎると呆れる。こちらの言い分を耳で聞いても、理解はしてくれない。だから苦手なんだと、改めてそう思う。
フジノは倒れているナツキに駆け寄り、肩を貸して、ナツキのパーティメンバーが休憩している場所に彼女を置いた。彼女がさっきまで倒れていた場所に、サエコの目の前に、フジノは移動する。ナツキの次はフジノの番だ。
「フジノはまた槍か。その刀術はまだ使う気にならないか?」
「申し訳ないですけど。ここじゃあ槍術の練習がしたい、みたいな。刀術はまだ、人前だとちょっと恥ずかしいというか……」
「またいつもの言い訳か。努力は恥じるものじゃない、と何度も。いやわかった。やろう」
「……はい。すみません」
「いい。真剣にやるなら槍でも私は構わないんだ。気にしてない」
流れで訓練に参加するようになって三回目。本当なら慣れた刀術を使いたいが、バグ技で身の丈以上の魔物を討伐した理由に使ってしまってから、人前で使えない。もし使えば実力の低さが露呈し、過去に達成した討伐クエストを自力でやっていない事になる。それは他人の功績の横取りだと判断される、許されざる行為だ。
(槍だって練習はしてるんだ。町じゃしてないけど。今度こそ一発くらいは入れる)
今回も、訓練参加初日に目についた短槍サイズの槍を使っている。この訓練場に槍は二本しか無く、誰も使っていなくて哀れだから使ってやろう、と物相手に思ってしまい手に取ったのが始まり。刃を潰しているとはいえ、見た目は本物そっくりの短槍をフジノは構える。
(短槍……もう一本は長すぎて合わなかったけど。やっぱり、触ってて悪くない)
槍使いはこのギルドでは少数派どころか皆無だ。指導者のいない状況で、独学で実戦レベルまで鍛え上げたら自分は才能があるのかも、なんて甘い気持ちで手にしたのは少し後悔している。だが比べる対象がいないのはいいものだ。
「槍を使うのも三回目か。お前を槍使いといえるか、わからないけど。私はお前が凄いと思うぞ」
「ああ、はい。ありがとうございます」
これからまた負けると思うと自然と短槍を握るフジノの手に力が入る。彼女には戦わなければいけない理由がある。訓練用に作られた短槍を強く握り、気合を入れる。
「今日は前に言ったオート機能を見せる。参考にしてくれ」
訓練の不参加が続けば、大勢の前で行うギルドランク昇格試験と同日に、能力調査という名目で、昇格試験の後に自分より格上の冒険者にボコボコにされるのだ。身内以外の大勢の前で、みっともない負け姿をさらすのは誰だって嫌なもの。
だから、毎週開催される訓練に参加し、大勢の冒険者達と同じ様に、週一の試合形式の訓練で地面に倒れ込む方を選べば、大恥をかかずにすむ。フジノもナツキもそのために訓練に参加している。
「始めるぞ」
「妖精、身体強化」
『了解』
「妖精、オート機能開始」
サエコの纏う空気が代わり、厳格で努力家なサエコの雰囲気が、柔らかくなり、その変化は表情にもでている。手にもつ使い古された木剣を、サエコの体を使う妖精が感触を確認するように振るう。サエコの妖精の名前はナデシコという。以前、フジノはサエコに教えてもらった。
彼女は一瞬で戦闘態勢になり、何度か木剣を振り抜いて風を押し切る音を響かせる。
「じゃあ、フジノちゃん! 今日もボコボコにするねー!」
サエコの妖精、本人と正反対の緩さと明るさを持つナデシコの、鋭い剣さばき、フジノは木製の槍を、互いの間に壁を作るイメージで構えて懸命に受け止め、流し続け、隙をうかがう。力任せ気味なサエコの剣がより鋭くなった様な感覚だ。
正直、サエコの運動神経はあまりよくないらしく、生涯一人であったなら、鍛えたとしてもここまで強くなれなかったと、フジノは聞いた。しかし、オート機能を用いて自分の体を妖精に貸し与えて、自分の体の最適な使い方を妖精に教わり、サエコはここまで強くなることが出来たらしい。
サエコ達の連打は重く、徐々にフジノの防御は崩れかかっている。刀を使いたくなくて始めた槍だが、当然、修練不足。バグ技に頼る事が多いフジノが、ひたむきに努力を重ねているサエコ達に勝てるわけがなかった。
フジノの防御が完全に崩れた瞬間、いくつもの衝撃がフジノを襲う。脇腹、顎、首、左右どちらが攻撃されたかもわからなくなる量の鈍痛。ラッシュが終わる頃には崩れ落ち、立ち上がる気力も湧かなかった。
「やあっ、と! 私の勝ちだね。前より上手だったよ。次回もがんばろー!」
「……あざ、ましたぁ……」
体力の限界まで戦ったフジノは立つのも面倒で、そのまま目を閉じて誰かが運んでくれるのを待つことにした。別に槍が好きな訳では無いが、褒められて悪い気はしなかった。褒めたのがこの純粋さの塊みたいな存在なら、尚更だった。
フジノの意識がはっきりした時、側にナツキがいた。ナツキのパーティメンバー二人も少し離れた所で休んでいるようだ。
「ん。起きたかフジノ。残念だったね。グロリアと先輩の試合おわったよ」
「ああ、終わっちゃったか」
「終わったよー。妖精で一回、自分自身で二回戦目。で、やっぱりあの子に勝てなかった」
サエコと出会って日は浅いが、努力している様子を一度だけ見たことあるフジノとしては単純に悲しい事実だ。凡人が妖精によって魔術を扱えるようになる妖精持ち。いわばサエコはフジノにとって努力を重ねた場合の結果なのだ。やはり、何度やっても生まれついての魔術師には勝てないのが現実らしい。
ナツキのパーティメンバーのグロリアは外からの移住者。妖精という補助も必要ない純粋な魔術師だ。使える魔術の種類や規模、練度も含めて比べる意味もないほど、私達より優れている。
グロリアは良い子だし、あの子なりの苦労があるのは知っているけど、羨ましい気持ちは消せないものだ。
「先輩が今日なんて言ったかわかる?」
「……次こそ負けないんだから。とか」
「それは妖精のほうだって。先輩は、もっと頑張るから次は負けない。だって」
「ほんと、苦手だなあ。あの人」
「私は好きだけどね」
「はあ? バカにしてるのに?」
「そうだよ。あんたは違うの?」
フジノがどう返すか返答に悩んでいると、カランカランと甲高い音が、町の中心側の方向から響く。休憩の合図だろう。ふとグラウンドを見るとサエコは倒れ込んで休んでいるが、グロリアは他のパーティメンバーと楽しげに会話してるのがわかる。
「次は魔術の訓練だっけ。自由参加だし、帰って休むわ」
「そうだね。私も帰るよ、山に」
「また山籠り? 好きだねぇ」
「努力してるとこ見られたくないの」
「別にそれは否定しないけど。山にばっかいると、いざって時に怪しまれるよ」
「そん時考えるから、大丈夫」
訓練場にいる冒険者達の多くが、一箇所に集まっていく。ナツキの様に魔術を扱えない人や、採集や雑用などのクエストをメインにしている冒険者はここで帰るのが、いつもの流れ。そして訓練を受けるべき妖精持ちのフジノが山に行くのもいつもの流れだった。
フジノは双子山に向かって進み、訓練場をあとにし、甲高いあの音から離れていった。
ナツキは双子山へ行った頑固者を、困った人を見るような顔で眺めていた。
「フジノちゃん、また山ですか?」
「ああグロリアじゃん。そうだよ。帰っちゃったよ、山にね」
誰にだって人に隠したい秘密はあるだろうけど、そろそろ周りの人間がその秘密を知りたがっている事にフジノは気付いているのだろうか。
イワザルを始めとした格上殺しを成し遂げた理由は一切秘密。どんな対価を提案しても教えないの一点張り。嫉妬が憧れを上回るのも早いだろう。フジノの同期はすでに嫉妬でいっぱいだ。訓練場で向けられるその視線を、あの子は気にしてないみたいだけど、大丈夫だろうか。
「いつも一人とか、事件起きたら第一容疑者、ほぼクロ確定だぞ。わかってんのかなー、あの子」
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