第8話 パーティ加入試験

「僕達とパーティを組んでくれないか?! 」

「えっ? え、えぇ……!? 」

 シャルからの急な誘いにキラヴィエは彼女にしては珍しい間の抜けたような戸惑いの声を漏らした。

「僕らは今日パーティを組んだばかりで、丁度治癒魔術師を探してたんだ。もしキラヴィエが良ければ僕らのパーティに、『月下』に治癒魔術師として加入してくれないか? 」

「パーティに……」

 キラヴィエは口を閉じ、シャルの目から視線を逸らした。無音の時間が過ぎ去っていく。

「……一日、考えさせてくれないか」

 暫しの思考の末、キラヴィエは再び目線を合わせてそう答えた。

「今の私には判断が難しい。だから、明日の昼過ぎに冒険者ギルドで会おう。そこで私の結論を話させてくれ」

「わかった。明日、待ってるよ」

 キラヴィエの返答にシャルは頷いた。その様子を横から見守っていたラムポンが声を上げる。

「話が終わったなら、早いうちにここを離れるポン」

「そうだね。……ああ、そうだ。送ってくって言ったけど、キラヴィエはこの後何処に行くの? 」

「この後は実家……アズクラーピア病院に行く予定だ」

「わかった。それじゃあ僕らも病院まで着いてこう」

「了解ポン」

 目的地を確認し三人は歩きだした。


 約三十分後、三人は無事アズクラーピア病院へと到着した。入り口の扉の前に立ったキラヴィエは振り返り、二人に礼を述べる。

「ここまで付き添ってくれてありがとう。気をつけて帰ってくれ」

「うん、じゃあね」

「また明日ポン! 」

 手を振りキラヴィエは建物の中に入っていく。二人もその場から立ち去ろうと振り返り、一歩踏み出したその時、

「シャル・フェリエル、か? 」

「うおっ……!?」

 音もなく二人の背後に立った誰かが話しかけてきた。シャルは驚いて少し飛び上がった勢いのまま距離を取り、振り向いた。

「む……すまない、驚かせてしまった」

 白衣を羽織った白い髪の男性は深い緑色の瞳を一瞬丸くしたかと思えば、すぐにシャルを驚かせてしまった事に素直に謝罪をした。

「ええっと……」

「俺はクラウス・アズクラーピア、と言う者だ」

「あ、もしかしてキラヴィエのお兄さんポン? 」

「ああ、そうだ」

 ラムポンの言葉にクラウスは首肯する。

「丁度君に渡す物があったんだ」

「僕に? 」

「ああ。ヴェルグレイさんからの頼み事でね」

 そう言いながらクラウスは薄い封筒をシャルに手渡した。ヴェルグレイの名前でピンと来たのか、シャルはあ、と小さく声をあげる。

「それって、体外循環の? 」

「ああ、魔力の体外循環に関する資料だ。……と、言っても、この薄さを見てもらえばわかると思うが病院うちにはあまり有用な情報は残っていなかった。力になれずすまない」

「いや、そんな、調べてもらえるだけでありがたいので! 」

「そうか。……そう言えば君達はキラヴィエと一緒にここまで来てくれたようだが、友人なのか? 」

 思い出したかのようにクラウスは二人にそう尋ねる。困ったように口を閉じたシャルは暫く考えた後に答えた。

「……友人と言うほどでは無いです。今日偶然出会って、助けてもらっただけなので。でも僕はキラヴィエと友達になりたいと思っています」

「そうか」

 クラウスは短い言葉を返した。表情は一切変わっていなかったが、シャルにはその言葉にある種のあたたかみがあるように感じられた。

「じゃあ、僕らはこれで」

「資料ありがとポン! 」

「ああ」

 一言告げて去っていく二人の背中をクラウスは一瞥し、自身も病院の中に戻っていった。


「さて、もらった資料を確認しよっか」

「早く開けるポン〜」

 病院を離れて少し経った頃、二人はクラウスからもらった封筒を確認しようとしていた。歩きながら封筒の端をバリバリと破り、シャルは中身を取り出した。

「なになに……」

 一切の乱れなく等間隔でまっすぐ並んだお手本のように綺麗な文字を目で追う。

 書かれていた内容はクラウスが言っていた通りあまり多くはなく、その内容は、

『約七百年前に一度だけ魔力が体外循環している四百歳のエルフの患者がアズクラーピア病院に訪れた』

『体外循環の原因は魔力管を持たない患者に親族が大量の魔力を貸与したことだと考えられる』

『魔力貸与による患者への悪影響は見られなかった』

『体内循環と同じく体外循環の魔力にも活性化現象を確認できた』

 と言ったものだった。一通り資料に目を通した二人は拍子抜けといった様子で顔を見合わせた。

「うーん、もうちょっと魔法少女のことがわかるんじゃないかと思ってたんだけど……」

「僕らとは結構状況が違うポンね……まあ、危険が無いっていうのと魔力が活性化することがあるっていうのがわかっただけでも収穫ポンね」

「そうだね。状況が違いすぎるから信用しきれない部分もあるけど、十分な収穫だ」

 資料を封筒にしまい直しながらシャルは自分を納得させるようにそう言った。彼の残念がる気持ちが滲み出したその言葉を聞いてラムポンは首を傾げた。

「なんだか、随分落ち込んでるポンね? 」

「……まあ、ちょっとだけね。……ちょっとだけ魔法少女の魔力が呪いに効くとか、そういう感じの情報が出てくることに期待しちゃってたからさ」

「……ポン」

「ま、まあ! そんな簡単には行かないよね。やっぱりコツコツやってかないと! 」

 少ししんみりとした雰囲気を切り替えるためにシャルはわざと明るく言い放つ。

「……そうポンね! 一歩一歩進んでいくのが、きっとベストポン」

 そうラムポンも明るく返す。

「という訳で、冒険者ギルドに行って依頼を受けるポン! 」

「そうだね、今やれる事をやらないと! 」

 再び前を向いた二人は冒険者ギルドへの道を元気よく駆け出した。



 翌日。

「ふぁ……」

「またあくびしてるポン」

「うん……昨日寝るのが遅かったからかも」

「意外と薬草の採取に時間かかっちゃったからポンねえ」

 ラムポンに言われて眠気を誤魔化すようにシャルは目を擦る。二人はキラヴィエとの約束のために冒険者ギルドへと向かっていた。

「あー、眠い……シャキッとしなくちゃ」

「ミント飴でも食べるポン? 」

「いいの? じゃあ貰おう」

 ラムポンはカバンから小箱を取り出す。魔術による細工が施された箱の蓋をカパリと開くとその中には色とりどりのキャンディが詰め込まれており、その中からラムポンは一つの飴を取り出しシャルに渡した。シャルが緑色の包装を開き白い飴を口に入れれば、スーッと爽やかな風味が広がり眠気が飛んでいく。

「どうポン? 」

「いい感じ。ありがとう」

 カラコロとシャルは口の中で飴を転がす。飴が溶けて小さくなった白い粒を飲み込む頃には二人は冒険者ギルドに到着していた。

 ギイと扉を開け建物の中に入ってすぐ、二人は受付でアデラスから何かを受け取っているキラヴィエの姿を見つけた。

「キラヴィエー! 」

「ああラムポン、シャルも、早かったな」

 ラムポンに大きな声で呼びかけられ、昨日とは違う冒険用の動きやすい服に身を包んだキラヴィエが振り向く。

「ごめん、待った? 」

「いいや。ちょうど良い時に来てくれた」

 そう言う彼女の手には一枚の依頼書が握られていた。二人にも見えるようにキラヴィエは依頼書を広げ、目の前のテーブルに置いた。

「これは……ブラッドウルフの群れの討伐依頼? 」

「そうだ。君たちには私のパーティ加入試験の試験官としてこの討伐に同行してもらいたい」

「パ、パーティ加入試験ポン!? 」

 キラヴィエの言葉に反応してラムポンが素っ頓狂な声を上げた。そのリアクションにキラヴィエは怪訝な視線を向ける。

「そんなに驚くことか? 」

「や、なんていうか、その返答はまるで想定してなかったというか……急に小難しい雰囲気になってびっくりしたというか」

「えっと……確認なんだけど、試験をしたいってことは、キラヴィエは僕らのパーティに入る意思はあるってことだよね? 」

「もちろんだ」

 キラヴィエは頷く。

「だが私に入る意思があったとして、昨日の件だけで私が君達の求めている役割を果たせるのかどうかが十分に伝わったとは考えられない」

「それで、試験を? 」

「ああ、実力の認識に齟齬があるとトラブルに繋がる可能性があるからな」

「なるほど、わかった。そういうことなら試験をしよう」

「僕も賛成ポン! 」

「ありがとう。それじゃあ、早速出発しよう。試験と依頼の詳細は歩きながら説明する」

 二人の同意を得られたキラヴィエはスタスタと歩き始める。その後ろを追ってシャルとラムポンもギルドを出て、三人は王都の北の森へと向かった。


「それでは、まず依頼の内容を確認しよう」

 先に言った通り、キラヴィエは歩きながらシャルとラムポンへの説明を始めた。

「討伐対象はブラッドウルフの群れ。昨日王都北の森にて一匹のブラッドウルフが目撃され、冒険者ギルドに依頼が来たらしい」

「僕はブラッドウルフについてよく知らないんだけど、一匹しか目撃されてないのに群れの討伐依頼が出されるのは普通なの? 」

「ブラッドウルフは魔物の中でも特に仲間意識が強くて、基本群れで行動するからポンね。『一匹見たら百匹いると思え』ポン」

「なんだか虫とか鼠みたいな扱いだな……」

 頭の中で虫のように群れる大量のブラッドウルフをイメージしてしまったのか、シャルは苦い表情を浮かべる。キラヴィエはその表情を横目に話を続ける。

「まあ、百匹は言い過ぎだが三十匹はいるだろうな。冒険者ギルドの定めたブラッドウルフの危険度ランクはE、最低ランクだ。しかし、奴らは非常に数が多く連携も取れている。故に群れ単位で見た時の危険度ランクはD相当だろう」

「なるほど、難しそうだね」

「討伐の際私はシャルを支援しながら戦う。君達には戦いの中で、私が十分に役目を果たせる人材なのかを見定め……ん? 」

「急に立ち止まってどうし、わぁあ! 急に走らないでポン! 」

「ちょっ、どうしたの!? 」

 何かに向かって一目散に駆けていくキラヴィエに戸惑いながらも二人は彼女を追いかける。草むらに入ったキラヴィエはしゃがみ込み何かを見ている。

「一体何が……えっ、人……!? 」

「大丈夫か!? 」

「あ、ぁ……やっと、助けが……」

 そこには肩から血を流した赤い髪の鬼族の男性が倒れていた。その服装や傍らに落ちている矢筒などを見るにこの森で狩りをしていたようだ。

「すまない、傷に触るぞ」

「ぐっ!? うぅ……! 」

 キラヴィエは男性の左腕の袖をまくり、傷を確認する。

「……なるほど、ブラッドウルフに噛まれたのか」

「あ、ああ……そうだ、俺は、俺たちは奴らに噛まれて、血を吸われて……もうダメだ……」

「そんな悲観的になる必要は無い。この程度の傷なら魔導補助液と治癒魔術で治せる」

 そう言いながらキラヴィエは空中から魔導補助液の入った小瓶を取り出した。

(……! キラヴィエは収納魔術も使えるのか)

「少ししみるぞ」

 キラヴィエは遠慮なくその透明な液体を患部にかけた。当然男の顔は苦痛に歪む。魔導補助液をかけ終わるとキラヴィエはすかさず傷口に手をかざし治癒魔術による治療を開始した。淡い魔力の光が傷口を包み、組織はどんどん再生していく。十秒もかからずに傷は癒え、キラヴィエは傷周辺の様子を確認してから手を離した。

「よし、これでもう大丈夫だ。しばらくは痛むだろうが、魔導補助液を使ったからすぐに良くなるだろう。動かせるか? 」

 男は上半身を起こし、軽く腕を動かす。少し痛んだのか一瞬顔を顰めたが、それよりも無事助かったことに安堵したらしく男はほうっ、と大きく息を吐いた。

「ああ、大丈夫だ……助かったよ。ありがとう」

「礼には及ばない」

「それよりも、どうしてこんなとこに倒れてたんだポン? ブラッドウルフに噛まれてみたいだけど……」

「あッ……そうだ、君達! 頼みたいことがあるんだ! 」

 ラムポンの言葉にハッとした男は急に声を張り上げる。

「どうか、どうか……俺の仲間を助けてくれないか!? 」

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マスコット、クビになる〜パーティ抜けたら魔法少女♂のマスコットとして覚醒した件〜 咲先鉈 @fire144

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