第4話 帰宅
徐々に高く昇っていく日に照らされながら、王都と南の港町を結ぶ街道を歩いていく。
「あづ――い……シャルぅ、まだ着かないポン?」
「もう少しだよ。ほらあそこ、あそこにちらっと見えてるのが僕の家」
「へえ、おっきいポン……」
「ほら、しっかりして! あと一息だよ」
シャルはすでにヘトヘトになったラムポンに発破をかけつつ早足でどんどん歩いていく。その軽やかな足取りからは家に帰れる喜びが感じられる。
「よし、到着! 」
弾むようなシャルの声に顔を上げたラムポンの視界いっぱいに真っ白で豪奢な屋敷が映った。
「はあ、やっと休めるポン……」
「体力無いなあ……というか飛んでるだけでも疲れるものなの? 」
「そりゃ疲れるポン! 飛行には集中力が必要なんだポン」
二人でそんな会話を交わしながら屋敷の扉を開く。
「ただいまー。帰ったよ、ネリエさん! 」
そう声をかけると家の中からバタバタと忙しなく人が動く音が聞こえてきた。しばらくすると額の左側に白い角が一本生えた大柄な鬼族の女性が現れ、勢いよくシャルに抱きついた。
「おわっ!? 」
「おかえり、シャル! 元気そうで何よりだよ」
「あ、暑いよネリエさん……それに大げさ。二、三週間会ってなかっただけなのに……」
「アラ冷たい、すっかりクールになっちゃって! 冒険者の仕事の調子はどうだい? 」
「大変だよ、でも多分僕には合ってる。友達もできたしね」
「いいじゃない! 友達ってのはその人? 」
「はじめましてポン! 僕はラムポン ポン!」
友達と言われたことに内心喜びながらラムポンはネリエに元気に自己紹介をした。それを見たネリエは嬉しそうに微笑んだ。
「そっかぁ、シャルにもお友達が……友達が、できたのね……っ! 」
「なんで泣きだしたの? 」
「成長感じちゃったのよっ! 」
感動のあまり涙を流すネリエに困惑しつつシャルは姉の様子をネリエに尋ねた。
「ネリエさん、姉さんの調子はどうかな? 薬とお土産持ってきたから渡したいんだけど」
「ぐす……今朝見た感じだと結構調子良さそうだったよ。リリもシャルに会いたがっていたし、直接渡してあげて」
「わかった。じゃあ、渡してくるよ。ラムポンも一緒に来て」
「了解ポン」
歩きだしたシャルの後ろをふわふわとラムポンが追いかける。
階段を上ってすぐ、右手側の部屋の戸をシャルが優しくノックする。
「……はーい」
部屋の中から弱々しい返事が聞こえる。
「……姉さん、ただいま」
「あ、シャル! 入っていいよ」
先程までとは違う明るく取り繕うような声にシャルは少し眉根を寄せたが、すぐに表情を切り替え部屋の戸を開いた。
「おかえりー! 帰ってきてくれて嬉しいよ! 」
「ただいま、はいコレお土産」
「え、お土産!? やった、ありがとう!」
ベッドの上のリリに近づきシャルは小さな紙袋を手渡した。ワクワクしながらリリが覗いた袋の中には柔らかな赤色のシュシュが入っていた。
「可愛い〜。王都で買ったの? 」
「うん、姉さんに似合うと思って。魔力付着が無いのは確認してあるから、今つけても大丈夫だよ」
「ホント? じゃあつけちゃお」
リリは少し辿々しい手付きで真っ黒な長髪を一つに束ねシュシュをつけた。
「どうかな? 似合ってる? 」
「似合ってるよ。やっぱり姉さんは赤が合うね」
シャルの褒め言葉で上機嫌になったリリが笑う。その時、ようやくリリがラムポンに気がついたらしく目をパチクリさせた。
「あれ、そっちの人は……」
「ああ、紹介するよ。僕の友達の」
「ラムポン ポン、よろしくポン! 」
「わぁ、友達! ラムポンさんっていうのね。はじめまして、あたしはシャルの姉のリリ・フェリエルです! よろしくね」
より一層明るい顔でリリが笑う。弟に友人ができたことがそれほど嬉しかったのだろう。
「ラムポンさんも冒険者なの? 」
「そうポン。まあ、シャルほど強くは無いポンけど……」
「そうだとしても凄いよ! ラムポンさん、これからもシャルをよろしくね」
「もちろんポン! 」
「……目の前でそういうやり取りされるとなんかむず痒いな……」
にこやかに会話をする二人の横でシャルは一人、微妙な表情で頬をかいた。その様子を見て更に愉快そうにコロコロと笑う二人にシャルはため息をついた。
「はあ、あんまりからかわないでよ」
「なぁに? シャルくん、怒ってるのー? 」
「怒ってるポンー? 」
「あのさぁ……いや、いいや。姉さんの薬はこっちに置いとくよ」
「ん、ありがとね」
ベッドの脇のテーブルにシャルが薬を置くと後ろから戸の開く音が聞こえた。振り返るとそこに立っていたのはネリエだった。
「お話中ごめんね、シャルとラムポンくんはご飯食べていくの? 」
「うん、食べてくつもり」
「そう、それじゃ二人の分も張り切って作っちゃうわね! 」
「せっかくだし、僕も作るの手伝うよ」
「僕も手伝った方がいいポン? 」
「ラムポンは待ってて」
「了解ポン! 」
その返事を聞いたネリエとシャルはラムポンとリリを残しキッチンへと向かった。
「……あーあ、行っちゃった」
「ポン? 」
リリが小さく零した言葉にラムポンは首を傾げる。
「あ……聞こえてた? 」
「聞こえてたポン。……リリはシャルとまだ話したかったポン? 」
「まあね……せっかく久しぶりに会えたんだから、もうちょっと話したかったかな」
「それなら今呼び戻して……」
「ああ、いいの! 気にしないで。代わりにラムポンさんの話を聞かせて、冒険の話を」
明るく笑うリリを見て、シャルを呼び戻そうと戸の方へ向かっていたラムポンはベッドの近くへと戻り、椅子に腰をおろした。
「冒険の話、ポン……むむ……話そうと思うほど面白い冒険の話ってのも中々無いものポンね……」
「そうなの? うーん……それじゃ、シャルと初めて会った時の話はどうかな、二人がどこで出会ったのか気になるし。聞かせてくれる? 」
「なるほど、じゃあその話をするポン! コホン……」
ラムポンはやや大げさに咳払いをしてシャルに会った時の話を話し始めた。
「実は、僕とシャルが最初に会ったのは一昨日なんだポン。色々あって酒場でやけになりながらお酒を飲んでた僕にシャルが話しかけてきてくれたのがきっかけポン――」
約一時間後。ラムポンとシャルの話で盛り上がっていた二人の元へ完成した昼食を持ってシャルが戻ってきた。
「あ、おかえりポン! 」
「おかえりー! 」
「ただいま、お昼ごはん持ってきたよ」
そう言ってシャルはテーブルに食べ物の乗ったトレイを置いた。トレイの上には三人分のロールパンとスープが乗っていた。焼き立てのパンとたっぷりの野菜が入った彩り豊かなスープの組み合わせはシンプルながらも非常に魅力的なものだ。部屋の中に誰かの腹の音が響いたが、それが誰のものかなど三人は気にしていなかった。
「いただきます! 」
三人はそれぞれの食事に手をつけた。
「んー! ふわっふわポン〜! 」
「やっぱりネリエさんのパンは美味しいや」
「ふー、ふー」
フワフワのパンを頬張る二人の横でリリが暖かなスープを口に運ぶ。その体に染み入るような優しい味に思わず頬も緩む。
しばらく夢中で食べていた三人だったが、途中思い出したかのようにリリがシャルに話しかけた。
「そうだ! シャル、魔法少女? になったんだって? 」
「んぐっ」
スープを飲んでいる最中に急に魔法少女の話題を振られ、シャルは噎せた。
「ゲホッ、ゲホゲホ……なんで急に……あー、ラムポンに聞いたの? 」
「うん。なんかよくわからないけどドレスに変身できるんでしょ? 面白いね! 」
「面白くはないよ、あのドレスは可愛すぎて僕には合わないし」
「今ここで変身できないの? 」
「あー、」
いいよ、という言葉が口から出かかったがシャルは昨日の鑑定のことを思い出し、慌てて口をつぐんだ。
魔法少女の状態になると魔力が体外循環する。その状態でリリに近づけば、リリの体に魔力が触れて呪いによる激痛がリリの体を襲うだろう。
「……無理かな、ちょっと危ないし恥ずかしいし」
「そっかー、ちょっと残念……」
凪いだ瞳でリリは言う。呪いを受けてからの三年、苦痛に満ちた生活の中でリリの心に積もっていった諦念が真赤な瞳から薄ら透けて見え、シャルは心臓を刺されたような心地になった。
「いつかきっと見せるから、待ってて」
(いつか、呪いが解けたなら……)
柔らかく笑いながらもその拳は固く握られていた。
「ふー、美味しかったポン……」
食事を終え、ラムポンは満足げに呟いた。そのすっかりリラックスしきった様子にリリは眉を下げて笑う。
「ふふ、そういう風にくてってしてると、ラムポンさん、ぬいぐるみみたいだね」
「あー。ハハ、確かに」
「どこがポン」
ぬいぐるみみたいという評価が気に入らないのかラムポンは顔をしかめる。
「そう言えばシャル、明日の特訓の許可は取れたポン? 」
「もちろん。さっきネリエさんに言っておいたよ」
「特訓? 」
「うん特訓、魔法少女のね。今日は休んで、明日は特訓。そして明後日には王都に戻る予定」
だから、とシャルは話を続ける。
「だから、今日はたくさん話してもいいかな? 姉さんに聞いてほしい話がたくさんあるんだ! 」
にっ、とシャルは年相応の笑みを浮かべる。その笑顔につられるようにリリもにこりと明るい笑みを浮かべた。
「もちろん、色々聞かせてよ! 」
二人の笑顔を見てラムポンもほっと息を吐く。先程から度々固くなる二人の雰囲気がすっかり柔らかくなったことに安堵したらしい。
(二人共笑ってる……ちょっと安心したポン)
「それじゃあまずは……冒険者ギルドに初めて行った時、僕に絡んできたCランクパーティの人達が受付のアデラスさんに半殺しにされた話してもいい? 」
「初手にする話じゃなくないポン!? 」
「ほ、他の話は無いの? あんまりバイオレンスじゃない感じの……」
「他か……散歩してたらマンドラゴラの群生地に迷い込んだ話とかは? 」
「それもちょっとバイオレンスな気がするけど!? 」
「そんな事無いよ! 鼓膜がちょっと破れただけ」
「十分バイオレンスポン! 」
そんな賑やかな会話が日が暮れるまで屋敷中に響いていた。
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