第3話 ハルト・ソラノイ
「ポンンン――――――ッ!?」
「うわっ、何。どうしたの? 」
朝の宿屋の一室にラムポンの叫びが響く。その声に驚いたシャルがラムポンの手元を見るとその手には今朝の朝刊が握られていた。
「新聞がどうかしたの? 」
「こ、こここ、この記事……! 」
「うん? 何々……『清廉なる誓い、ラグド谷のワイバーン討伐に成功 新メンバー大活躍!』? 」
「裏切りポン!!! 」
「裏切りでは無いでしょ」
「昨日あんなに感動してしんみりしたのにっ……切り替え早すぎないポン!? 」
あーだこーだと喚くラムポンを横目にシャルは朝食のパンを口に運ぶ。
「聞いてるポン!? 」
ふわふわの食感とバターの香りを楽しもうとしていたのに騒音で妨害され、シャルは仕方なく食事を一旦中断した。
「まあ、その気持ちがわからない訳ではないけどさ。もう抜けたパーティのことだし、あまり考えすぎない方がいいと思うよ」
「それはそうポン。でも、すっごい複雑……! 」
顔をクシャッとさせるラムポンに少し呆れつつ、記事の内容が気になったシャルはラムポンが机に置いた新聞を手に取り読み始めた。
――一日前
ラグド谷にワイバーン達の断末魔が響く。マリエルの蔓によって動きを制限されたワイバーンは、ローデの剣とユリアの戦闘用魔術人形の攻撃に為す術もなく次々と屠られていく。オミが投げた爆弾によって最後の一体が倒れたことを確認したローデは剣を鞘に納め、後ろにいる仲間たちに声をかけた。
「討伐完了だ。皆、お疲れ様! 」
「ふう、やっと片付きましたね……お疲れ様です」
『ホント、疲れたわ……数が多すぎるのよ、全く』
いかにも疲労困憊といった様子のユリアは近くの岩に腰掛け、世話用人形にそのゆるくウェーブのかかった麗しいピンクブロンドのロングヘアの手入れをさせ始めた。
「マカロンでも食べますか? ユリアのために持ってきてますよ」
『本当? 流石マリエルは気が利くわね』
ユリアはマリエルが空中から取り出したマカロンを受け取り食べ始めた。その様子を見て少し驚いている男が一人。
「それ、一体どこから取り出したんですか? 」
「コレですか? コレは収納魔術で異空間に収納していたものを取り出したんです」
『やっぱり貴方何も知らないのね』
「ちょっとユリア、ハルトさんは記憶喪失だって言ってたでしょう。そんな失礼な言い方をするのは良くないです」
「あ、あはは……」
(こういう風に庇ってもらえると、異世界から来た事を隠してるのが後ろめたくなるな……)
彼は
一週間前、自室のベッドで眠りについたはずが気がついたら何故かパンツ一丁で路地裏に倒れていたハルトは、偶然通りがかかったローデに助けられ、昨日まで冒険者ギルドの一室を借りて生活していた。そんな彼が何故Aランクパーティに加入することになったのか、時は更に一週間前に遡る――。
「異常だ」
「い、異常? 」
「異常だ。異常としか言えないだろう、こんな結果ァ……」
「なんかごめんなさい……? 」
「疑問形で謝るなよ」
眉間を抑えながらヴェルグレイはそう言った。
「人間の平均量を大幅に上回る上に体外で循環してる魔力、偽装が入ってるせいで詳細がわからないがやたら質の良い付与魔術……イレギュラー過ぎて頭が痛くなるな」
「はあ……? 」
「ピンと来てなさそうだな。マア、記憶喪失つってたもんな。とりあえず簡単なとこから説明するかア、気になった単語があったら言ってくれ」
「気になったのは……魔力と偽装と、あと、付与魔術……ですかね」
「よしわかった、じゃあ説明するか」
ヴェルグレイは持っていた能力鑑定の紙をハルトに見えるように置くと説明を始めた。
「まず魔力。魔力ってのは魔術を行使するのに必要なエネルギーのことだ。俺たちは体内にある魔力管の中を巡っている魔力を使うことで鑑定などの魔術を発動させることができる」
「体内の魔力管……ってことは俺みたいに、ええと……タイガイジュンカン? してる人は少ないんですか」
「少ないどころじゃない。俺が鑑定業始めてから今までの三十年間で魔力が体外循環してるような奴はお前以外に見たことがないからなァ。次、アー、先に付与魔術の説明するか。付与魔術、これは道具に魔術的な効果を付与できる魔術だ。具体的に言うなら武器の切れ味を上げる『斬撃強化』や剣や槍に属性を付与する『属性付与』とかだな」
「属性っていうのは炎とか水とか、そういうやつですか? 」
「オオ、なんだ、えらい察しがいいじゃねェか。その部分の記憶が残ってたりしたか? 」
「な、なんとなくそんな感じなのかな〜、って思っただけです! 」
うっかり日本にいた頃の知識で答えてしまったのを強引に誤魔化す。それをヴェルグレイは少し不思議そうな顔で見ていたがそのまま説明を再開した。
「で、最後、偽装だな。これが一番とんでもないやつでなア……魔術による偽装があると鑑定で正確な情報を読み取ることができなくなる。一応、偽装には特徴があるから、さっきの俺みたいに鑑定のときに気づくことは可能だ」
「うーん……それだけ聞くとあまり大変な感じはしませんけど……」
「マア、これだけならな。問題は偽装そのものではなく、偽装の使い手にある。俺の知る限り、偽装を扱うことのできる奴はこの世に三人しかいない。そして、その三人は全員裏社会の人間だ」
「! 」
裏社会、その言葉を聞いた瞬間ハルトの背中に冷や汗が伝う。
「つまり……俺はヤバいことに巻き込まれつつあるかもしれないってことですか……!? 」
「そういうこった」
「いっ、嫌だ!! 死にたくない!! 」
「落ち着け、死ぬって決まった訳じゃねェンだから。お前が危ない目に遭わないように、俺の方でも色々考えてある」
「そう、なんですか? 」
「オウ。お前にはローデのパーティで冒険者としてやっていってもらおうと思ってる」
「ぼ、冒険者!? 別の理由で死にそうですけど……って、ローデさんというのは? 」
「覚えてねェか? お前をここまで連れてきた茶色のショートヘアの奴だよ、あの青い目の。アイツの天与職は『守護騎士』で腕も確か、パーティメンバーも全員優秀だからお前が危険な目に遭うことは無いだろう」
「そうなんですね……少し安心しました。ところで、天与職っていうのは一体? 」
「産まれたときに女神リシュテルから授かる能力のことだ。……後でアデラスに幾つか本を持っていかせるからそれでこの世界のことを勉強しろ。わからなかったら俺以外に聞け! 」
「は、はい」
そうしてハルトの清廉なる誓いへの加入が決まったのだった。
(収納魔術っていうのがあるのは知らなかったな。まだ勉強が足りてないや……)
「よう、お疲れさん」
「わっ! オ、オミさん」
急に背中を叩かれハルトは肩を跳ねさせる。その様子を見たオミは紅色の目を一瞬見開いた後、思いっきり深紫のハーフアップを揺らしながら笑った。
「ハハハ! 驚きすぎだろ。ボーっとしてたみたいだが、何か気になるものでもあったか? 」
「いえ。ただ、まだわからないことが多いなと思って……」
「そうか。……まあ、それは段々慣れていけばいいさ。それよりも傷の治療をするから左手を出しな」
「左? あっ、切り傷……いつの間に」
オミは懐から小瓶に入った薄緑色の塗り薬を取り出すとハルトの手の傷に塗った。すると、たちまちその傷は癒え消えてしまった。
「凄い……もう治ってる! 」
「他に痛む所はないか? 」
「はい、大丈夫です。それにしても凄いですね、その薬」
「ハハ、まあな。自分で言うのもなんだが、俺の作った薬は他の『薬師』の薬よりもかなり高品質なんだ」
「『薬師』っていうのは……オミさんの天与職でしたよね。それで戦闘中に使ってた爆弾は後天的に獲得できる能力、で合ってますか? 」
「ん、合ってる。どうした急に」
「ああ、いや……ただの確認というか、復習というか……自分は勉強したことをちゃんと覚えられてるのか、少し気になって」
「勉強ねぇ、お前も大変だな。じゃあ、後天的に能力を獲得する方法はわかるか? 」
「え? あー……」
急にオミに問題を出され、ハルトは考え込む。数日前に読んだ天与職や能力について書かれた本の内容を必死に思い出し答えを口にする。
「ええっと、後天的な能力は魔力管が活性化することで獲得することができるもので、代表的な活性化の方法は天与職及び能力の使用、で合ってますかね? 」
「正解だ、ちゃんと覚えられてるじゃないか! 」
「いや、そんな……まだまだです」
「そんなに謙遜すんなよ、お前はよくやってる。今日の支援も初めてにしてはよくできてたしな。あのレベルの付与魔術が使える奴はそうそういない。ローデも褒めてたぞ? 」
「そ、そうなんですね……ところで、そのローデさんはどこに? 」
「向こうでワイバーンの解体やってるよ。お前も解体やってみるか? 」
「解体……やってみたいです! 」
「よし、それじゃ行こう。あっちだ」
そうして二人はオミが指さした方向へと並んで歩きだした。
「へぇ、流石Aランクパーティ。五十体以上のワイバーンを倒しちゃうなんて凄いね」
「うん、すごい……何呑気に読んでるポンー! 」
「結構面白い記事だったからつい読み入っちゃった。にしてもこの写真よく撮れてるねぇ、腕のいい念写師がいるのかな」
「ぐぬぬぬ……こうなったら僕らも今すぐパーティ組んで超強くなって有名になるポン! 」
荒れてるラムポンを無視してのんびりパンを頬張りながらシャルは読み終わった新聞を畳んだ。
「そうと決まれば! さっさとギルドに行ってパーティ登録を……! 」
「やる気があるのは良いことだけど、今日は無理かな。帰らなくちゃだし」
「ポン? 帰るって、どこに? 」
自身の荷物の入ったカバンを肩にかけ出発しようとしているシャルにラムポンは問いかける。シャルはラムポンの方を見て笑顔で答えた。
「もちろん姉さんのとこだよ! 」
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