第2話 鑑定、魔法少女
ベルクライン王国は王都カルフィエ、多くの人で賑わう大通りで冒険者ギルドは今日も元気に営業している。珍しく人の少ないギルドの受付で一人の若者が受付嬢に絡んでいた。
「ねえいいでしょレグメリカちゃん! 俺とご飯行こーよ、ね? 」
「こ、困りますにゃ! 」
チャラチャラとした冒険者にナンパされレグメリカはすっかり困ってしまい、その三毛猫の獣人と水の無形族の特徴の混ざった自慢の猫耳も平たく伏せっている。
「ええー、いいじゃん。なんで駄目なの? 」
「ワタシはまだ仕事が……」
「大丈夫だって、ほら見なよ。今日は全然冒険者がいないし、レグメリカちゃんが少ーしいなくなっても問題無い無い! 」
「いや、ですから……」
「ほら、あの面倒くさいアデラスが来る前にさっさと」
「おや、誰が面倒くさいのですか? 」
「そりゃ、アデラ……ギャア、アデラス! 」
「こんにちは、パナンさん」
音もなく現れにっこりとワインレッドの瞳を細めるアデラスを見て、冒険者は小さな悲鳴をあげる。
「随分お話が盛り上がっていたようですが、どうかなさいましたか? 」
「い、いやあ……しっ、失礼しました!! 」
逃げるようにギルドから飛び出していく男を見てアデラスは小さく笑い、瞳と同じ色の低い位置で一つ縛りにされた髪を揺らした。
「ネズミのように逃げていってしまいましたね」
「すみません。今日もお手を煩わせてしまいましたにゃ……」
「気にしないでください。それにしてもパナンさんも根性がありますね、レグメリカさんへの食事のお誘いも今日で十回目です」
「にゃにゃ……あの人を相手するとすごく疲れますにゃ……」
「大変ですね、ですがもう少し頑張ってください。もうすぐ冒険者が二人来るでしょうから」
「それは……魔眼でみたんですかにゃ? 」
「いいえ、ただの予想です。気になるなら確かめてみてはどうでしょう」
アデラスの言葉を聞き、ぐったりとカウンターに突っ伏していたレグメリカは体を起こした。ピンと耳を立て神経を集中させるとレグメリカは確かに二人、何か大きなものを引きずっている人と浮遊している人が冒険者ギルドに向かってきているのを聴きとった。
「荷車を引いてる……随分な大荷物ですにゃあ」
「荷車、ですか? そんな大荷物になるような依頼じゃなかったはずですが……」
「こんにちは! 」
アデラスが首を傾げたタイミングでギルドの扉が開かれた。そこに立っていたのは荷車を引いたシャルとラムポンだった。
「こんにちは、シャルさん、ラムポンさん。その荷車に積まれているのは素材ですか? 」
「そうです、ちょっと運ぶのを手伝ってもらっても良いですか? 」
「ええ、もちろん」
荷車に積まれた三つの大きな袋をシャル、アデラス、レグメリカが一つずつ持ってギルド内のカウンターに運ぶ。
「よいしょっと……素材はこれで全部ですかにゃ? 」
「はい、換金してください」
「換金の前に袋の中身を少し拝見してもよろしいですか? 」
「いいですよ……あ、でも少し生臭いかもしれません」
「生臭い、にゃ? 」
アデラスが袋の口を縛っていた紐を解くと、シャルが言った通り袋の中から生臭い匂いがしてきた。
「これは……ゴブリンキングの肝ですね。もしやスライムの討伐中に? 」
「そうなんです。スライムを倒した少し後に現れて……」
「成程、それは災難でしたね。ふむ……肝のサイズや他の素材を見るにおそらく体長3メートル程のCランク個体でしょう」
「な、なんで見るだけでそこまで……!? 」
「八年もここで働いていたら嫌でもわかるようになりますよ。このゴブリンキングはシャルさんが倒されたのですか? 」
「あー……一応、二人で倒しました」
頭の中に謎の変身やとんでもない威力の斬撃などが過ぎったシャルだったが、二人を混乱させるまいと少しぼかして答えた。
「なるほど、お二人で……確かシャルさんはEランクでラムポンさんはDランクでしたね? 」
「そうポン」
「ふむ、でしたら、シャルさんは今回のゴブリンキング討伐をもってDランクへ昇格となります」
「えっ、昇格!? 」
思わず驚愕が声に出る。思いがけない昇格にシャルは純粋な嬉しさ半分、原因不明の変身の力で昇格になって良かったのかという不安半分、というなんとも微妙な気分になった。
「素材の換金をしている間に冒険者証の更新も行いますので、冒険者証を渡して貰えますか? 」
「冒険者証……あ、あった。お願いします」
「お預かりします」
「それから、僕とラムポンの能力鑑定もしてもらいたいんですが……大丈夫ですか? 」
「能力鑑定ですね、かしこまりました。鑑定師のいる場所まではあちらのアデラスが案内致しますので、ついていってください」
「はい……えっ、アデラスさんが二人? 」
シャルは驚き、二度見した。何故二人いるのか困惑しているとアデラスが口を開いた。
「おや、知りませんでしたか? 私もアレも機巧人形ですよ」
「結構有名な話ポン」
「は、初めて知った……」
衝撃の事実に戸惑いつつもシャルとラムポンは二人揃って案内役のアデラスの後ろをついていった。
救護室や素材倉庫など様々な部屋の前を通りすぎていき、到着したのは廊下の突き当りだった。
「着きました。こちらの部屋で鑑定を行いますね」
「あの……ギルドマスター室って書いてますけど……」
「はい、今ギルドにいる鑑定師はギルドマスターであるヴェルグレイだけですので」
「うぇ、なんか嫌ポン! 」
「それなら日を改めますか? 三日後なら他の鑑定師もいますが……」
「……いや、大丈夫です」
二人から了承を得られたことを確認してアデラスは重厚な扉を開けた。そこにいたのは、椅子の背もたれに寄り掛かり居眠りをしている黒い二本の角を持った鬼族の大男だった。
「マスター、鑑定をお願いします」
「アア……? 面倒だな……」
「そういうこと言ってないでちゃんと働いてください」
「オウオウ、わかったから……で、その二人を見りャいいのか? 」
気怠げに椅子から立ち上がった冒険者ギルドのマスター、ヴェルグレイは灰色のオールバックを雑に整えながら大股でシャルの方へ近づくとその顔を覗き込んだ。
「ン……? 坊主、アー、シャルだったか。お前二週間くらい前に鑑定受けてねェか? ラムポンも、俺の担当では無かったが、一ヶ月くらい前に受けてたよな? なんでまた鑑定受けに来たんだ」
「えっと……少し話しづらいんですが、今朝スライムの討伐に行った時僕とラムポンが、こう……なんか、急に光に包まれたかと思えばドレス姿に変身してしまって……」
「良くない茸でも食ったのか? 」
「と、とにかく見ていただきたいんです! 」
「……マ、鑑定してやろう」
俺よりも医者の方が必要だと思うが、とこぼしつつもヴェルグレイは二人を客人用のソファに座らせ、自身はその向かいのソファに腰を掛けた。
「では、私はこれで――」
「オイ、何戻ろうとしてんだアデラス。お前も立ち会え」
「ええ……いいですけど」
アデラスは出ていくために半分開けた扉を閉め、ヴェルグレイのソファの横に立った。鑑定結果を書き留めるための紙を用意し、準備は整ったようだ。
「それじゃ見るが……準備はいいか? 」
「はい! 」
「大丈夫だポン! 」
「オウ、威勢がいいなア」
最終確認をしたヴェルグレイは二人をじっと見つめ、自身の天与職である『鑑定師』の能力を使い二人の能力鑑定を始めた。読み取った情報をどんどん手元の紙に書き込んでいく。
一通り書き終えたところで情報を読み返しヴェルグレイは気づいた。
「コレ、多分前回の鑑定と何も変わってないな」
「ええ! 変わってないポン!?」
「見せてください…………確かに、ほぼ変わっていません。変わったのも魔力量が僅かに増えている位で、お二人の言っていた、変身? とはあまり関係が無いかと」
「そんな……」
「気を落とすのはまだ早いぜ。そのよくわからん変身をした後のお前達を鑑定することで何かわかるかも知れねェ」
結局原因がわからないのかと肩を落としたシャルを見兼ねてかヴェルグレイが励ますようにそう言った。
「確かに! ……でも、よく考えたら僕ら、変身の方法知らないな……」
「それもそうポン。うーん、どうすれば……」
「そうですね……まずは、変身した時の感覚を思い出してみてはどうでしょう。魔力の流れ方、音や匂い、熱の感じ方などを忠実に再現することができれば、もう一度変身できるかもしれません」
「感覚……」
アデラスの助言を受けてシャルは目を瞑り、自身の精神を研ぎ澄ませていく。光の濁流に飲み込まれたときの皮膚から感じた熱、自身の体とそれ以外の境が無くなって魔力が混ざり合うような感覚を、体に思い出させる。
(少し……
「シャル、どうポン? 」
「うん……いける、気がする」
ソファから立ち上がったシャルのそばに飛んできたラムポンと目を合わせるとシャルは一気に空気を吸い込んだ。
(魔力を、受け止める! )
「変身ッ! 」
『CHANGE!』
シャルの声に呼応するようにあの日聞こえた声が再び響き、金色の光が流れてくる。部屋中が黄金で満たされ、それが消える頃にはシャルは可憐な姿に変身していた。
『成功ポン! 』
「ほ、本当に変身してやがる」
「驚きですね」
「あ、あまりジロジロ見ないでください……まだちょっと恥ずかしいので」
「そんなら、チャッチャと鑑定終わらせよう」
ヴェルグレイは再び二人の能力鑑定を始めた。その結果が先程までとは大きく違うのは彼の表情やペンの走らせ方を見れば一目瞭然だった。
「なるほどなア……」
「何かわかりましたか? 」
「そうだな、大きく変化している点は三つ。一つ、お前の身体能力と魔力が大幅に上昇している。二つ、お前自身に光属性が付与されている。三つ、魔力が体外循環している。そして、これらの変化はその服によってお前に与えられた――『魔法少女の加護』によって起こっている」
「魔法、少女……! …………少女じゃないのに? 」
「そこは深く考えなくていいと思うが……とりあえず説明するぞ」
ヴェルグレイは一つ咳払いをすると二人への説明を始めた。
「一つ目はそのままだから割愛するとして……二つ目、これはお前の体及び手にした武器が光属性になるというものだ」
『体も光属性ってことは、パンチとかキックも光属性ってことポン? 』
「そういうことになる。光属性には魔物の攻撃から身を守る効果もあるから、打たれ強くもなってるだろう。で、最後の三つ目だが……わからんッてのが正直なとこだ」
「うーん、僕も全然ピンとこないな……そもそも魔力って体内で循環するものですよね? 」
「アア、そうだ。とりあえず体外循環の件についてはアズクラーピア病院に聞いてみよう。あそこなら何かしらの情報を持ってるかもしれんからなア。他に聞きたいことはあるか? 」
「いえ、もう十分です。ありがとうございました! 」
『ありがとうございましたポン! 』
二人は礼を言うと変身を解除し、部屋から出ていった。
シャルとラムポンが退出した部屋でヴェルグレイはため息を吐いた。
「ハア、体外循環なア……」
「一週間ぶり、二度目ですね」
「なァんでこんな珍しい奴らがこの短期間に来るんだか……アデラス、シャルとラムポンのことも、ハルトのこともちゃんと見ておけよ」
「言われずとも、仕事はちゃんとやりますよ」
そう言ってアデラスもギルドマスター室を後にした。
「戻りました、レグメリカさん、と……あー……受付の方のアデラスさん! 」
「普通にアデラスで構いませんよ」
「す、すみません……さっきまで一緒だったせいか、どうにも変な感じで」
「更新と換金は終わったポン? 」
「もちろんですにゃ! まずは報酬をお渡ししますにゃ。こちらが討伐報酬と素材の換金分合わせまして80000レルグですにゃ。そして、こちらがシャルさんの冒険者証となりますにゃ! 」
レグメリカから受け取った報酬の入った麻袋とDランクと記された冒険者証にシャルの顔が綻ぶ。
「随分嬉しそうポンね、顔がゆるゆるポン! 」
「嬉しいんだから仕方ないでしょ? まあ、ちょっと思うとこが無いでも無いけど……まさか冒険者になって二週間でランクを上げられるだなんて思ってなかったからさ」
「それからラムポンさんにはこれを」
「ポン? 」
「『清廉なる誓い』からの退団金とその他お荷物です」
「あ……そのカバン……」
ラムポンの前に差し出されたのは少しくたびれた黄色いカバンだった。それはラムポンが故郷から旅立つときにもらった大事なプレゼントで、今までの彼の旅に寄り添い支えてきてくれた宝物とも言えるものだった。
「昨夜、マリエルさんが届けてくださいました。カバンの中に退団金500000レルグとブラシなどの私物が入っているとのことです」
「……ありがとうポン」
カバンを受け取りギュッと抱きしめる。不器用な縫い跡をなぞれば、昔このカバンが破れてしまったときにローデと二人で苦労しながら修理したときの記憶が蘇る。もう別れてしまったが彼らは確かに仲間で友だったのだ、とラムポンはそう思った。
「ラムポン? どうかした? 」
「……いや、何でも無いポン! さ、行くポン! 」
「え? あ、うん」
カバンを肩にかけ上機嫌で進み始めたラムポンを少し不思議に思いながらシャルもラムポンの後ろを歩いていく。
「ねえ、シャル。僕とパーティ組まないポンか? 」
ギルドを出たところでラムポンが言った。
「別にいいよ、というか魔法少女のこともあるから組もうと思ってたけど、どうしたの? やけにテンション高いね」
「うーん、なんというか、覚悟? 気持ちがしっかり定まったというか……踏ん切りがついた、みたいな感じポン」
「へえ」
空を見上げれば日がもう半分以上沈み満月が顔を出してきている。怒涛の一日ももうすぐ幕が下りる。
「昨日はシャルに宿のお金を出してもらったし、今日は僕が宿代払うポン」
「え、いいの? やったー! じゃあちょっといいとこに行こう、ベッドが固くないとこ! 」
そんな賑やかな会話を交わしながら二人は進む速度を少しだけ上げた。
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