マスコット、クビになる〜パーティ抜けたら魔法少女♂のマスコットとして覚醒した件〜
咲先鉈
第1話 マスコットと美少女?
はじめに女神がいた。
その名はリシュテル。彼女は原初の混沌の中からこの世界を、海を、大陸を、そして七つの種族を生み出した。
最も平凡で数が多い人間。
尖った耳と長い寿命を持つエルフ。
猫や犬といった獣の要素を持つ獣人。
鋭い角と優れた膂力を持つ鬼族。
海の中で暮らしている人魚。
炎や水などの物質がヒトの形を成した無形族。
そして、ぬいぐるみのような姿のマスコット族。
七つの種族は女神から賜った『天与職』や後天的に獲得した様々な能力を活用し、今日も互いに協力しながらこの世界で生きている。
「ええ!? 僕がクビ!? 」
酒場にて急に冒険者パーティの仲間からクビを告げられ驚きのあまりラムポンは叫んだ。マスコット族である彼が誇っていた美しい黄色の毛はぶわりと逆立ち、垂れた耳はぴょんと立ってしまっている。
「ほ、本気で言ってるポン? 」
「ああ、そうだ。私の最初の仲間であるお前にパーティから抜けてもらうのはとても心苦しいが……皆と話し合って決めたのだ。どうか理解してくれ」
パーティのリーダーであるローデが申し訳無さそうにそう告げたが、その言葉は混乱しているラムポンの耳を右から左へと通り抜けていった。
「僕の何が駄目だったんだポン……? 」
「それはだな、」
「全部だろう」
「ええ!? 」
「ちょっとオミ、変なこと言わないでください! あなたとラムポンの仲があまり良くないことは知っていますが、そうやって話の邪魔をするのは駄目ですよ」
マリエルがローデを遮ったオミを窘めると、ローデは咳払いをして話を再開した。
「お前の天与職は『幸運のマスコット』というものだったな? 」
「そうポン。近くにいる人がラッキーになるっていうやつポン」
「それで実は……そう、実はだな…………うーん……」
急にモゴモゴと言い淀み始めたローデを見てラムポンは首を傾げた。ローデとラムポンはかれこれ七年の付き合いだ。パーティを組むとなったときには、念の為にと二人で一緒に鑑定師のもとに行ってお互いの天与職を確認したりもした。だのに何故、今更天与職の話になるんだろう、とラムポンは不思議に思ったのだ。
しばらく「あー」とか「えっと」とか言い淀んでいたローデだったが、やがて覚悟が決まったのか、一つ呼吸をして、声を発した。
「実は、お前の天与職である『マスコット』が機能していないみたいなんだ」
「……天与職が、機能していない!?!? 」
ラムポンの今日一番の叫びは酒場の喧騒に飲み込まれてしまった。
「ど、どど、どういうことだポン!? 」
「そのままの意味だ。色々と調べた結果、お前の天与職の『近くにいる人を幸運にする』という効果が一切発動していないと判明したのだ」
「色々調べたって、一ヶ月前の鑑定以外にそんなことされた覚えが無いポン! 」
『それについてはこれを見るといいわ』
取り乱すラムポンを見兼ねてか、今まで黙りこくっていたユリアが――正確に言うのならユリアが抱えている魔法人形が――口を開いた。
「これは……? 」
『これはユリア達がした調査結果の一覧よ。それを見ればローデの言っている意味もわかるでしょう』
ユリアがラムポンに手渡した資料にはラムポンがいるときといないときの戦利品の量や商店街の福引の結果、鑑定師によるラムポンの鑑定結果など様々な調査の結果が細かにまとめられていた。そして、福引の結果などの幸運が大きく関わってくる部分のデータはラムポンがいるときといないときでほとんど変化がなく、むしろラムポンがおらずマリエルがいる時に良い結果が出ているようだった。
「……確かに……これじゃあ、天与職が発動しているとは言えないポン……」
「お前はマスコット族であるが故に体が小さく力も弱い。その上、天与職が発動していないとなれば……Aランクであるこのパーティでやっていくのは難しいと言わざるを得ない。どうか、理解してくれ」
そう言ってローデは頭を下げた。伏せられたその表情を見ることはできないが、僅かに震えた声からこれが彼女にとっても苦しい決断であることが伺える。
「……わ、わかったポン。そういうことなら、僕はこのパーティから抜けるポン! 」
ラムポンは努めて明るくそう答えた。
「そうか。……すまない、理解してくれてありがとう」
「……それじゃ僕はもう行くポン! 皆これからも頑張ってポン! じゃあね! 」
「あ……待ってください! この退団金を……! 」
マリエルの制止も聞かずにラムポンは逃げるように酒場から飛び去った。酒場から離れていくにつれ、ラムポンの視界もまたじわりと滲んでいく。七年もの間共に冒険をしてきた友人との別れは彼自身が思っていたよりも辛く苦しいものだった。
「うう……! 」
「どうしましょう……ラムポン、退団金を受け取らずに行ってしまいました……」
「それだけショックだったんだろうさ。アイツ、仲間思いではあるからな。金は全く返さないが」
「ちょっと、ラムポンのお金の話はもうしないって決めたでしょう。引きずらないでちょうだい」
「……」
『どうしたのローデ。ずっと黙っているけど』
「あ、ああ……」
しばらくぼんやりとしていたローデはユリアの声で目をぱっと見開いた。
「大丈夫ですか? 体調が優れないようですが……」
「……そうかもしれないな。すまない、私は先に拠点に戻らせてもらおう。マリエル、ラムポンの退職金は後で彼の荷物と一緒にギルドに届けておいてくれ」
「ああはい、わかりました」
そう言うとローデは席を立ち酒場から出ていった。普段よりも元気がないように見えるローデの背中に他のメンバーたちは僅かな心配を覚えた。
「ローデ、大丈夫でしょうか」
「心配なら見に行ってやればいいだろう」
『ええ、ああいう落ち込み方をしているときは寄り添ってあげたほうがいいわ』
「そういう割には全く動こうとしませんねあなた達……」
「何も食わずに出てったら店に迷惑だからな」
「それはまあ、そうですね。それじゃ、私も拠点に戻ります」
『そう。じゃあまた後で』
ユリアとオミの意見を聞きマリエルは酒場を後にし、残された二人は食事を摂り始めた。
一方その頃。
「ゔう〜〜!! づらいポン〜〜!! 」
ローデたちに別れを告げ酒場から飛び出したラムポンは別の酒場で浴びるように酒を飲んでいた。可愛らしい見た目に反し中々の酒豪であるラムポンは次々と酒を飲み干していく。
「天与職が機能してないって何ポン!? 七年間、何の役にも立たないのに居座ってたとか……うう……ぐす」
「なあ、あのマスコット族大丈夫か……? とんでもない量飲んでるし、うるさいし……」
「でもなんかどっかで見たことあるような……」
他の客がヒソヒソと自分の話をしているのを気にも留めず酒を流し込んでいく。ラムポンはとにかく酔いたい気分だった。パーティを追い出されたのは自分の責任、そう理解はしていてもラムポンの胸の中のもやもやは晴れそうにない。負の感情を酒で誤魔化そうと躍起になっていたラムポンは自身に近づいてくる人物に気が付かなかった。
「ねえ、大丈夫? 」
「ポン……? 」
「ラムポンさん、だっけ? ちょっとお酒飲み過ぎだよ。何かあったの? 」
パッチリとした真赤な眼が心配そうにラムポンの顔を覗き込む。剣を携えているのを見るに恐らく剣士だろう。艷やかな黒髪で右目を覆い隠した華奢で小柄な短髪の剣士――ラムポンはこの人物に心当たりが無かった。
「隣、座るね」
そう言って見知らぬ剣士はラムポンの隣に座った。
「んん……なんで、僕のこと知ってるんだポン……? 」
「なんでって、ラムポンさんは結構有名だよ? Aランクパーティ、『清廉なる誓い』のメンバーなんだから」
「ゔう――――っ!! 」
「わ、きゅ、急にどうしたの。パーティの人達と喧嘩でもした? 」
急に呻きだしたラムポンを見て剣士は僅かに目を見開く。少々慌てながらもラムポンを落ち着かせようと剣士は優しく語りかける。
「なんかあったのなら、僕に話してよ。ほら、他人に話すと少しだけ気が楽になったりするでしょ? 」
「……それじゃ、僕の話を聞いてくれるポンか? えーっと……」
「あ、名前言ってなかったね。僕はシャルだよ」
「シャル、ポンね。覚えたポン」
「それでラムポンさんはどうして落ち込んでたの? 」
「実は…………」
「なるほど、天与職の効果が発動していなかったせいでパーティを追い出されちゃったんだ」
「そうなんだポン……」
「なるほど……それは辛いね。天与職が使えてないって中々聞かない話だけど滅茶苦茶キツイだろうし、もし僕がそうだったらラムポンさんとおんなじ気持ちになる気がするよ」
「わかってくれるポン!? うう……シャルは良い奴ポンね……」
「ふふ、そんなこと言われたら照れるなぁ」
さっきまでの陰鬱な気分が僅かに晴れたような心地でラムポンは一杯の酒を飲み干した。
「ぷは! 話したらちょっと落ち着いたし、今日はもう帰るポン」
「あれ、もう行っちゃうの? 」
「ポン、シャルのおかげで気持ちの整理が出来たし、明日からは切り替えてやってけるようにさっさと帰ってさっさと寝るポン! 」
「そっか。まあいいや、今度また話そうね」
「今日はありがとポン、また今度! 」
スッキリとした気分でシャルに別れを告げたラムポンだったが、いざ会計を済ませようというときにあることに気がついた。
(僕……今金無くね……!? )
前述の通り、ラムポンは酒豪だった。毎日のように酒場で大量の酒を飲む生活をしていた彼は金を貯めることができず、いつもローデやオミに借金をしていた。故に今のラムポンには金が無いのだ!
「あのぉ……お客様? お会計、5050レルグですが……」
「ああ、えっと……ポ、ポーン……」
「? 」
「ちょ、ちょっと待ってほしいポン」
「……もしかして、お金を持っていないんですか? 」
「そ、そんなことな! な、な〜…………あっ! 」
酒代が払えないという絶体絶命のピンチの中、ラムポンは光を見つけた。
「ちょっと待ってくれポン! 」
そう言ってラムポンが向かったのはシャルの所だ。シャルはさっき別れを告げたばかりのラムポンが戻ってきたのを見て、不思議そうな顔をしている。
「シャル、お願いだポン! 僕にお金を貸してくれポン! 」
「は? 」
「僕を、助けてポン! 」
ふわふわの体を曲げて頭を下げ助けを請う。酷く惨めだが仕方ない、今ここで誠意を見せずにいつ見せるというのだ。シャルの視線が痛いくらいに刺さったがラムポンは頭をあげなかった。
「お願いしますポン……」
「……いくらなの? 」
「5050レルグ」
「ごっ……!? す、すごい飲んだね」
「た、頼むポン、何でもするから! 」
「……まあ、いいよ。僕が代わりに払う」
「ホ、ホントだポン? ありがとうだポン! 」
呆れたようなシャルの表情に気づいているのか、いないのか、ラムポンは無邪気に喜んでいる。それを横目に一気に飲み物を喉に流し込んだシャルは席を立ち、自分とラムポンの分の会計を手早く済ませた。
「本当にありがとう、助かったポン」
「そう。それじゃ、行こうか」
「え? どこに行くポン? 」
「宿だよ。その感じだとラムポンさん、宿に泊まるお金もないでしょ」
「……あ! 」
金が無いなら宿にも泊まれない、と今更気が付き声をあげたラムポンを見て、シャルは微笑んだ。
「これも何かの縁だからね、一日だけ泊めたげるよ」
「……もしかして、シャルってめちゃめちゃ良い奴ポン……!? 」
「アハハ! ま、タダじゃないけどね。何でもする、だったっけ? 」
「もちろん! 約束は守るポン」
「じゃ、明日のスライム討伐を手伝ってもらおうかな。素材の回収と荷物持ち係で、どう? 」
「えっ、いいけど……それだけポン? 一ヶ月パシリとかじゃなくていいポン? 」
「いいんだよ、これで十分だから。さ、宿に行こう。安いとこだけど我慢してね! 」
――次の日
清々しい朝日を浴びながら二人は王都カルフィエの西にある森へと向かっていた。
「ぐぅ……頭が……痛いっ! 」
「そりゃあ5050レルグ分の酒をあんな勢いで飲んだら頭も痛くなるよ」
「返す言葉も見つからないポン……」
そう言いながらもふらふらと飛ぶラムポン。辛うじて吐き気などはなく、頭痛だけで済んでいるのが救いだろう。
「もうすぐスライムの目撃地点に着く……僕が倒すから、ラムポンは後ろに下がっておいてね」
「了解ポン。そういえば、スライムって何体位いるんだポン? 」
「冒険者ギルドからの情報だと十体位らしいね」
「け、結構多いけど本当に大丈夫ポン!? 」
「だーいじょうぶだって! 剣の腕には自信があるんだ」
自信ありげに笑ったシャルは腕をグッと曲げてアピールするようなポーズを取る。
その瞬間、カサリという小さな物音がシャルの耳元に届いた。
「っ下がって、スライムだ! 」
「ポン!? 」
シャルは物音のした茂みからラムポンを庇うように立ち、腰の剣を抜いた。茂みから出てきたのは案の定スライムで、プルプルとした体を持ったその水色の魔物達は今にもシャルの方へ突進してきそうなほど殺気立っている。
『――!! 』
(このスライム達、随分気が立っている……何だか変だな……)
微かな違和感を持ちつつもシャルは剣を握り直しスライム達の群れに弾丸のように突っ込んだ。その速度に反応できなかった数体のスライムが斬られる。辛うじて反応できた個体も気がつけばシャルの鋭い剣技によって細切れにされていた。周囲に敵影がないことを確認し、シャルは剣の汚れを振り払い鞘に納めると、ふうと息を吐いた。
「とりあえず、七体。残りは別のとこにいるのかな……」
「…………あれ!? もう片付いたポン!? 」
一瞬の出来事に呆気にとられていたラムポンはハッとして叫んだ。低級モンスター代表などと揶揄されるスライム相手とはいえ、数秒の間に七体を仕留めるというのは常人のなせる技ではない。シャルの実力に驚いているラムポンを見てシャルは得意気に笑った。
「さっき言ったでしょ、剣の腕には自信がある、って! ほら、次はラムポンの番だよ。素材を回収して」
そう言ってシャルは回収用の容器をラムポンに手渡すと、自身は近くの木の下に座り込み休憩し始めた。
「よいしょ……回収するのは良いけど、飛び散りすぎポンね」
「そうなんだよ〜、早く倒そうとするといっつも飛び散っちゃって困るんだよね」
「でも、あの剣技は凄かったポン! 天与職の『剣士』しか使ってなくてあのレベルってことは他の能力を手に入れたら、きっともっと凄くなるポンね」
「んー……それは、難しいかな」
「え? 」
ラムポンは思わず手を止めシャルの方へ顔を向けた。その視線に気づいたシャルは「こっちを見るな」と言いたげに手を振り、顔を背けた。二人の間になんとも言えない沈黙が流れる。先程までとは打って変わってラムポンは一言も言葉を発さずに素材の回収を進めていく。
「……あー、実はさぁ」
先にしびれを切らしたのはシャルの方だった。
「僕、呪われてるんだよね」
「呪い、ポン? 」
「三年前、僕の住んでいたロビホー村にドラゴンが現れたんだ」
「! それって『ロビホーの災厄』ポン!? 確かほとんどの村人が助からなかったっていう……」
「そう。ほとんど、というか、僕と姉さん以外の人は助からなかったんだ。そして、生き残った僕と姉さんは『悪竜の呪い』を受けた」
すっかり素材回収の手を止めてしまったラムポンは静かにシャルの話に耳を傾ける。言葉を紡いでいくシャルの表情は前髪に隠されてしまって見えなかった。
「悪竜の呪いは体内の魔力の通り道である魔力管に作用するんだ。僕の呪いは軽度のものだったから、魔力管の活性化とそれに伴う能力の獲得ができなくなるだけで済んだ。でも姉さんの呪いはすごく重くて、魔力管が完全に機能しなくなってしまった」
「魔力管が機能しないって……それじゃあ、天与職も使えないポン! 」
「それだけならまだ良かったよ。姉さんの場合、それに加えて魔力管に魔力が触れるだけで強い痛みが走ってしまうんだ。そのせいで治癒魔術とかを使った治療が受けられないし、植物魔術で作った魔力を多く含む野菜なんかも食べられない。……普通の暮らしを送ることができないんだ……」
「シャル……」
「だから、僕は冒険者になった! 冒険者になったら、もしかしたら、姉さんの呪いを解くための手がかりが見つかるかもしれないからね。お金だって稼げるし」
シャルは明るくそう言い放ち、服の汚れを払いながら立ち上がった。
「よし、休憩はここまでにして残りの三体を探そう! 」
「そうポ……あっ、まだ素材回収できてないポン! 」
「いいよ、僕も手伝――ガッ!? 」
「!? 」
ドン、という音と共に地面が揺れシャルの体が宙を舞う。人間を吹き飛ばす程の異常な衝撃、それを発生させたのは石で出来た巨大な棍棒を持った紫色の大男――否、魔物だった。
「ゴ、ゴブリンキングポン……! 」
「はっ……は……ゴブリン、キング……? 紫色のゴブリンなんて、聞いたこと……」
「紫色のゴブリンは稀に発生する異常個体で、魔物も人も見境なく襲うやつなんだポン!! 」
「……! スライム達の気が立ってたのは、コイツのせいか! 」
『グオオ――――――ッ!! 』
ゴブリンキングがあげた雄叫びで周囲の木々が揺れる。相手はシャルと戦う気満々のようだ。
「や、やばいポン……! 」
「っ逃げよう、僕じゃコイツを倒せない! 」
「了解ポン! 」
シャルの冷静な判断で二人はゴブリンキングから逃げ出した。しかし相手がそれを良しとするはずもなく、木々を薙ぎ倒しながらゴブリンキングが二人を追いかける。
「くっ、見た目の割に速いポン! 」
「ハア、ハア……何とか、逃げないと……! うわっ!? 」
「シャル!? 」
「痛、ッ……! 」
運悪く木の根に躓いたシャルは上手く受け身を取る事ができず地面に勢いよく転がった。そのせいで足を挫いてしまったのだ。身動きをとれなくなったシャルとゴブリンキングの距離はどんどん縮まっていく。
『グアア――! 』
逃げるための足を失った哀れな獲物を嘲笑うかのような咆哮が森の中に響く。
「シャ、シャル、しっかりするポン! ゴブリンキングが……! 」
「……ラ、ラムポン……逃げて……! 」
「はぁ!? 何言って」
「僕は、動けないから。ラムポンが逃げて、この事を冒険者ギルドに伝えて……! 」
「そんなの……! 」
「早く! 」
自分を置いて逃げてくれとシャルが叫ぶ。選択を躊躇うラムポンだが、そうこうしている間にも敵は近づいてきている。
「早く!! 」
「……わ、わかったポン! 」
覚悟のこもったシャルの叫びに、ラムポンはシャルがここから動く気がないことを察し、自身も覚悟を決め頷いた。
「行くポン! 」
「えっ? 」
ラムポンはその小さな体で風を切りながらゴブリンキングの方へ飛んで行った。
「ちょっと、何でゴブリンキングの方に行くの!? ねえ、逃げてよ! 」
「どりゃ! 」
『グワッ!? 』
そしてゴブリンキングの顔に飛びつくと、ゴブリンキング驚いたのか走るのを止めて、顔に引っ付いたラムポンをはがそうと暴れ始めた。
「うわっ、ぐ、ぐぅ……は、早く逃げるポン、シャル! 」
「な、なんで……逃げないの!? 昨日会ったばかりの奴のために犠牲になる必要は……」
「そっちこそ! 会ったばかりなのに金を無心するような奴に命賭けちゃダメポン! だから……ぎゃっ! 」
「ラムポン!! 」
必死にしがみついていたラムポンをゴブリンキングが片手でつかみ、顔から剥がす。邪魔をされて気分を悪くしたのかゴブリンキングはラムポンを握り潰そうとしている。
「が、ぎゅ、ぅ……! に、にげ……きゅぅ! 」
ミシミシと体が軋む音が聞こえる。ここまでか、と思うと同時にラムポンの脳内に沢山の記憶が流れてきた。父、母、姉、双子の妹と弟。故郷の友達にかつての仲間たち。暖かい走馬灯が頭の中を流れていく――。
「ダメだ!!! 」
今にも殺されそうなラムポンを見て、気がついた時にはシャルは走り出していた。足は今も酷く痛む。ただ、それでもシャルは走った。
「死んじゃダメだ! ラムポン! 」
「に、にに、にげ……」
「逃げるなんて、出来るわけないだろう! 」
「しゃ、る」
『グアアア――――!! 』
ゴブリンキングが棍棒を握った手を振り上げる。シャルを攻撃するつもりだ。だが、シャルは退かなかった。
「僕は、あなたを、見捨てたくない!! 」
その瞬間、辺りに光が満ちる。眩い金色の光の粒が濁流となってシャルを飲み込み、体が浮上していく。
「はっ、な、何? 何!?」
「何コレポーン!? 」
「えっ、ラムポン? 一体どこに」
『CHANGE!』
「えっ、誰!? 」
謎の声による合図をきっかけにシャルを包み込んだ光がシャルの意思を無視してどんどん変化していく。ドーム状に体を包んでいた金色の光がシャルの服や髪を覆う赤い光へと変わり、地味だったシャルの服は赤と黒を基調とした派手なドレスに、短い黒髪もポニーテールへと変化した。そして最後、周囲に残った金色の光はシャルの胸元に収束し、可愛らしいロゼットとなってシャルの変身は完了した。
「な…………なんだこのフリフリはァ――――ッ!?!? 」
光が消え地に足がついたシャルは自身の現在の姿を認識した瞬間そう叫んだ。
『わぁ! 急に叫ばないでほしいポン! 』
「え、ラムポン? どこにいるの!? 」
『ここポン! 』
「あ、このロゼットか。……何故ロゼットに? 」
『わかんないポン……』
なんとも可愛いらしいドレス姿になってしまったシャルとロゼットになってしまったラムポン。何の説明も無しに起こった急激な変化に二人は戸惑っていた。
『とりあえず動くことはできるポン? 』
「できるよ。さっき挫いた足も何故か良くなってる、けど、ヒールが高すぎ! 髪の毛も長すぎで頭がなんか重い……! 」
『結構動きづらそうポンね……』
「というか、この服は何なの!? 丈短いのに袖長いし、やたらふわふわでフリフリだし、リボンとか装飾多すぎじゃない? なんか恥ずかしいな……女の子になっちゃったみたいだ」
『…………うん? ……もしかして、シャルって男……!? 』
「……女だと思ってたの!? 」
ひどい勘違いをされていたと知り思わずシャルは叫んだ。
「女ではないでしょ、どう見ても! 」
『いやあ……顔も名前も可愛くて小柄だったから女の子だと思ってたポン』
「確かに顔と名前はちょっと可愛いし小柄だけど、骨格とか声とかはしっかり男でしょ!? 」
『ちょっとボーイッシュな女の子なのかと……』
「そんな風に思ってるのラムポンだけだよ! 」
『グオ――――! 』
「っ! そうだ、ゴブリンキング……! 」
背後から聞こえたゴブリンキングの声に振り向くと、ゴブリンキングの棍棒がシャルに迫っていた。それを認識したシャルが回避行動を取る前に空中で棍棒が壁に当たったかのようにピタリと止まった。
『っ! ッ!? 』
「な、何コレ、障壁……? 」
『シャル! 剣を見るポン! 』
「剣? うわっ、なんか光ってる!? ……いや、もしかして、光の属性付与……? 」
『僕もよくわかんないポン。でも、剣に属性付与がされているのならゴブリンキングを倒せるかもしれないポン! 』
「ゴブリンキングを……!」
光の属性攻撃は全ての魔物の弱点をつくことができるものだ。本当に剣に光の属性が付与されていたら――眩い光を放つ剣に二人は希望を見出した。
「やってみよう」
シャルは剣を構える。そして未だ棍棒を障壁に打ち付け続けるゴブリンキングに向かって剣を
ザシュッ
『グギャアアアアアア!?!? 』
振られた剣から飛んでいった斬撃がゴブリンキングの体を真っ二つに斬り、その命を断った。しかし斬撃はそこで止まらずゴブリンキングの後ろの木々もバッサリと縦に真っ二つにしてしまった。
「えっ」『えっ』
思わず溢れた二人の声がハモる。ドン、とゴブリンキングの死体が地面に倒れた音で呆然としていたシャルは現実に引き戻される。
「き、切れすぎでしょ……」
血に濡れた地面に横たわるゴブリンキングの巨大な死体、縦に切れてしまった木、自身の格好も含めて現実離れしたこの異常な光景に目眩を感じてシャルは座り込んでしまった。
『大丈夫ポン? 』
「大丈夫じゃない……ちょっと休憩しないと…………この服どうしよう」
『あっ、そういえば戻り方知らないポン』
「うーん、念じたら戻ったり……しないか」
『僕を服から取ってみたらどうポン? 』
「おお、ナイスアイデア! 」
ラムポンの言ったとおりに胸元のロゼットを外すと、ポンと軽快な音をたててシャルの服装とラムポンが元の状態に戻った。慣れた服に戻り、髪もいつも通りの短髪になったのを見てシャルはほっと息を吐いた。
「なーんか凄い疲れたポン。僕は何もしてないのに……」
「そんなことないよ。あの時、ラムポンがゴブリンキングに突っ込んでいってくれなかったら、僕は今頃アイツのおやつだっただろうしね。そうだ、体は大丈夫? 」
「あ、そういえば……全然痛くないポン。うーん、あの変身が関係あるポン? 」
「さあ……一体何なんだろうね、アレ。……うん、考えるのは後にしてゴブリンキングを解体しよう」
「そうするポン」
謎の光に包まれて変身するという奇怪な現象。二人はそんな頭が痛くなるような訳の分からないものの原因を見つけるのは一度諦めて、目の前の大きな戦利品の方と向き合うことにした。
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