第25話 やっぱり最推ししか勝たん 前編


「画面の前の皆さんおはこんばんにちわ、初めましての方は初めまして! 配信探索者の真神英夢です」


 何時ものジャージに黄金のガントレットとブーツ姿の真神さんの挨拶で配信動画が始まる。


「俺は千葉県にある炎の砂漠ダンジョン前にいます。今回は他の探索者や記者も来ていますね」


 真神の背後をカメラが撮すと、多くの探索者が記者に写真を撮られたり、インタビューを受けていた。


「真神さん、配信撮影中失礼します! 真神さんもこの炎の砂漠ダンジョンで目撃されたファイヤーリザードが目的でしょうか?」


 記者の一人が配信撮影中の真神にインタビューを持ちかける。


「ええ、個人的に目的があってね」


 真神は嫌な顔せずインタビューに答え、カメラには手を振って撮影に応じる。


「真神さんは主にソロでダンジョンに挑戦していますが、今回もソロですか?」

「はい、そのつもりです」

「今回は複数の探索者やカンパニーがファイヤーリザードを狙っていますが、自信のほどは?」

「もちろんありますよ。じゃなきゃ、一人でこんなところ来ませんよ」


 記者の質問に自信満々で答える真神。

 真神の声が聞こえた他の探索者はギロッと真神を睨んだり、侮蔑するように唾を吐き捨てる。


「インタビューはここまで、そろそろダンジョンアタックに向かいます」


 記者からの質問にいくつか答えると、真神はインタビューを切り上げてダンジョンゲートに向かう。


 ダンジョンゲートに向かうのは真神だけでなく、老若男女問わず様々な探索者が緊張した面持ちでダンジョンゲートに入っていく。


(真神さん、無理しないでくださいね)


 私はダンジョンに入っていく真神さんの後ろ姿を送りながら祈る。


『しかしめずらしいな、真神さんが他の参加者もいるダンジョンに向かうなんて』

『ファイヤーリザード狙いらしいけど、何かあったのかな?』

『またなんかやらかして、ギルドから罰として依頼受けたとか?』

『ありそう』


 真神さんのチャンネル配信動画では視聴者達が真神が他の探索者と競合してまでファイヤーリザードを狙うのか予想をするコメントが書き込まれていく。


(今回はそういうのじゃないのよ!)


 真神さんがファイヤーリザードを狙う理由を私は知ってるから反論を書き込みたいけど、真神さん本人から口止めされてるので書き込めない。


 なぜ私が真神さんがファイヤーリザードを狙う理由を知っているのかと言うと、それは数日前に私の勤務先である病院に真神さんとDr.ライフさんが来たのがきっかけだった。



 真神さんが来院したその日は普段とかわりない平日の午後だった。


「あのー、面会の手続きをお願いしたいんですが」

「はい、どち………えっ! まっ、真神さんっ!?」


 ナースステーションで作業していた私に声をかけてきたのが何時ものイケボでジャージ姿の真神さんだった。


 唐突な生真神さんの来訪に私は声がうわずり、動悸が激しくなる。


「あれ? 何処かで会いましたっけ?」


 真神さんは自分の名前を知ってる私を怪訝な表情で見る。

 スタンピードの時に助けてくれたのに覚えて貰えないことに少しがっかりする。


「はいっ! 以前スタンピードが発生して逃げ送れた妊婦さんと子供を助けた時に………」

「あー、あの時の! ここの看護師だったんだ」

「はいっ! その節はありがとうございます! あ、チャンネル登録しています! あのご迷惑でなかったらサインと握手してください!」


 後ろの方で婦長がごほんごほんと咳払いしてくるがAKYあえて、空気、読まないだ。

 この後で小言言われるかもしれないが、その程度で最推しである真神さんのサインと握手して貰えるなら納得の行く等価交換だ。


「あー、それはあとでするから、えーっと………何て名前だったかな? あ、特別病棟にいる中西加奈子ちゃんとの面会お願いできないかな?」

「特別病棟ですか………」


 真神さんは苦笑しながら面会のアポを求めてくる。

 最初はファンである私を蔑ろにしてまで会おうとする人がいることにムッとしたが、面会相手の名前を聞いたらそんな気持ちは吹き飛んだ。


 特別病棟、そこはダンジョン由来の特殊な病気に罹患した患者が長期入院している病棟で、そこに入院している中西加奈子ちゃんは私がお世話の担当をしている患者だ。


(そういえばご家族の人が今日明日辺りに外部の人が面会に来るかもって言ってたけど、真神さんのことだったんだ)


「えーっと、中西加奈子ちゃんのご家族のから連絡いってないかな?」

「あ、聞いています! ご案内します!!」


 この後業務があったけど、そんなの後回しだ。私は真神さんを特別病棟に案内する。


 後方で婦長がなにか言ってたけど、きっと更年期障害か何かで独り言を大声で言ってるに違いない。


「ところでさ、面会だけど………この服でも大丈夫? 本当は俺が見繕った最高の衣装でサプライズしたかったんだけど、田吾作の奴が『普段着か、以前コラボして貰ったアケミさんに見繕ってもらえ。絶対にその衣装で行くな! いいな、フリじゃねーからな!!』なんて釘刺されてさあ」

「真神さんと言えばジャージですから! そっちの方がいいと私もおもいます!!(Dr.ライフさんグッジョブ! ナイスアシストです!!)」


 病棟に案内する途中、真神さんにドレスコードについて質問され、私は思わず心の中であのピンクアフロのDr.ライフさんに賛辞を送った。


「こちらが中西加奈子ちゃんの病室です」

「なんかこの付近スッゴい暑いですね」


 中西加奈子がいる病室は個室で、近づくだけで熱気に汗ばむ。


「加奈子ちゃん、面会にきた人がいるけど、入っていい?」

「え? 私に面会? 誰だろう? どうぞ」


 私がノックして声をかけると、部屋の中から幼い女の子の声が聞こえてくる。


「おはこんばんにちわ、中西加奈子ちゃん。配信探索者の真神英夢です!」


 入室の許可を貰うと、真神さんは動画と同じ挨拶をして病室にはいる。

 病室は個室で、部屋の中央にベッドがあり、小学生の女の子がいた。

 ベッドの周囲にはストーブなどがおいてあり、少女を暖めている。

 その傍らには両親と思われる男女が汗だくになりながらこちらを見ていた。


「えっ、嘘っ!? 本物の真神さんっ!?」


 加奈子ちゃんは真神さんの姿を見て、信じられないと両手で口を押さえてる。


「加奈子ちゃん、俺のファンなんだって? もうすぐ加奈子ちゃんの誕生日だから、お祝いしていただけないかってご両親からDM貰ったんだよ」


 真神さんは面会にやって来た理由を伝える。

 加奈子ちゃんの両親は涙を浮かべて何度も真神さんにお礼を言ってた。


 因みに加奈子ちゃんが推し配信探索者の真神さんを何故知っているかと言うと私が加奈子ちゃんに布教した。


「死ぬ前に真神さんに会えて嬉しい!」

「おいおい、そんな簡単に死ぬなんて言うなよ」


 加奈子ちゃんは感極まって泣き笑いながら真神さんに握手して貰っている。


「だって、私の病気は特別なモンスターの魔石が必要なんだもん。次の誕生日までにモンスターが見つからなきゃ、私は体の中が凍りついて助からないって先生言ってたの聞こえたもん」


(よし、担当医ぶん殴ろう)


 加奈子ちゃんに聞こえるような場所で言ってんじゃネーヨと心の中で殴るリストに担当医の名前を書き込む。


 加奈子ちゃんの病気はダンジョンがもたらす呪いのようなもので、なにもしないと内臓器官が凍りついてしまう。


 今はポーションやら外から暖めて延命しているが、根本的な解決にはならない。


「加奈子は心配しなくていいのよ」

「ああ、父さんが何とかするから」


 加奈子ちゃんのご両親は必死にフォローするが加奈子ちゃんの耳には届いてない。


「誕生日なんて来なければいいのに」

「それはどうしてだい?」


 加奈子ちゃんは俯いて呟き、呟きが聞こえた真神さんが優しく聞き返す。


「だって、誕生日を迎えたら歳をとるんだよ。歳をとるってことは死に近づくんだよ。死ぬこと祝われても嬉しくないよ」

「加奈子ちゃんはそう思っているのかい? 俺の考えは違うけどな」

「どう違うの?」

「誕生日は生まれてきてくれてありがとうって皆で祝うことさ」


 真神さんは慈愛に満ちた顔で加奈子ちゃんの頭を撫でる。


「ハッピーバースデー、生まれてきてくれてありがとう。ハッピーバースデー、今日まで一生懸命生きてくれてありがとう。ハッピーバースデー、また来年も一緒に祝おう。それが誕生日を祝う理由さ」

「でも私は来年は生きていない」


 加奈子ちゃんは悲しそうに俯いて、涙を流す。


「大丈夫さ、誕生日にはバースデープレゼントが付き物だろ? 俺が未来あしたをプレゼントしてやるよ」


 真神さんはさも当たり前といった感じで、加奈子ちゃんに未来をプレゼントすると豪語する。


「え?」

「俺は最強の探索者だせ。加奈子ちゃんの治療に必要なモンスターぐらいちょちょいのちょいと狩ってきてやるよ」


 真神さんはそう言って自分の胸を叩く。


 後ろで二人の様子を見守っていた両親は抱き合って泣いている。

 そんな中、私は最推しである真神さんの格好いいところを見れて心が癒されていく。


「本当? 約束してくれる?」

「勿論!」


 二人はそう言って指切りをして約束を交わす。


「おっと、もう時間みたいだな」

「あ………」


 約束を交わしてる間に院内に面会時間の終了を告げるアナウンスが流れ、真神さんは加奈子ちゃんに別れを告げて退室する。


「あの………謝礼はいかほど払えば………」

「え、何のことだ?」


 真神さんが退室すると、加奈子ちゃんのご両親が追いかけて話しかけてくる。


「娘を助けるためにモンスターの魔石を取りに行く代金のことです」

「あー、そういうこと? そういうのは全部終わってから話しましょう。俺は家族を救おうとしている人の心につけこんだり、悪用しない主義なんで」


 真神さんは屈託のない笑顔でそう言うと、病院を後にする。

加奈子ちゃんのご両親は真神さんの姿が見えなくなるまで頭を下げて見送っていた。


(やっぱり最推ししか勝たんっ!!)


 私は真神さんの背中を拝みながら心の中でそう叫んだ。


 それから数日後、加奈子ちゃんの治療に必要なファイヤーリザードが出没するダンジョンの情報が探索者ギルドから公開され、今に至る。



(真神さんがファイヤーリザードを倒せますように!)


 動画の画面がダンジョン内に切り替わる間、私はずっと祈り続けた。


 


 

 

 




 

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