第11話『現実だから出来る事』

 近年、ゲームの進化が目覚ましいとは言え、やはり架空の世界で架空のアバターを操作するには限度がある。

 例えば、ゲームの中で料理をしようとしても、レシピの範囲には限度がある。卵焼きひとつをとっても、ただ全卵のまま混ぜて焼くのではなく、卵白を分けて淡雪に立てて使いたい。昆布出汁を使いたい。産地にも拘りたい。そういった他のレシピや拘りを考えても、それがプログラムになければ出来ないのだ。


 弓道やアーチェリーをしていてもゲーム内では当たらなかったり、居合いや剣道をやっていてもゲームでその技術が活かせるわけではない。ましてやほんの僅かに手首を返すような動作や、インパクトの瞬間だけ拳を握るといった操作がゲームで再現されるのはまだまだ先の話であろう。

 目線で何を捉えているかを繊細且つ瞬時に読み取る媒体、微々たる動きや筋肉の伸縮などを緻密に読み取る媒体がなければ、仮にプログラムだけがあっても活かすことは出来ないのだ。



 理不尽の面々は、生身の人間であり、だからこそゲームプログラムに無いことでも出来る。例えばパルパは機械の扱いに長けて、金属や木材等の加工はお手の物である。ジュマは様々な楽器を演奏したかと思えば、理系で数字に強い。エミルもまた、絵やデザインは朝飯前でいながら、モデルのような美貌を持っている。


 つまり、理不尽の面々は気付いていた。理不尽な杖攻撃はゲームの中では出来なかった攻撃だ。それがレイドボスでさえも圧倒的にオーバーキルにとってしまう攻撃として現実となったのは、この世界が現実世界だからに他ならない。

 この世界でやろうと思えば、ダンジョンを町の者総出で埋めてしまうことも出来れば、全方位から森に火を放ち、丸ごと焼き払う事もできる。


 彼らは気付いていた。これがどれだけ危険であり、どれだけ有効に使える事か。そう、気付いていたのだ。


 拠点に戻った明け方。エミルの部屋の前には、にやけ顔のパルパがいた。

そっとドアを開けて、酔い潰れて眠るエミルに近付く。

「ガシィィィン!」

「ギャア!!」

 大きな音と共に悲鳴が響いた。


 そう、彼らは気付いていた。パルパは寝ているエミルに悪戯出来る事に気付いていた。

 エミルもまた、パルパの考えそうな事が現実に可能な事に気付いていた。


(ジュマ)

「どうした!?」


 音と悲鳴に駆け付けたジュマが2人の様子を見てため息をついた。


(ジュマ)

「そう言うのは良くないな…」


 そう呟いたジュマが、天井裏から現れた事に、パルパもエミルも気付いていた。



 正座するパルパとジュマを、エミルは酒を飲みながら見下ろしていた。


(エミル)

「何か言うことは?」


(パルパ)

「ありません…」


(ジュマ)

「3人の関係が取り返しの付かない事になるところだったと…」


(エミル)

「そうだよな?じゃあこれからどうしたら良いと思うんだ?」


 パルパとジュマが互いの顔を見て頷いた。


(パルパ&ジュマ)

「3Pに…」


 強烈な回し蹴りが、パルパとジュマの顔面にめり込み、この日の2人の意識は消失した。


 エミルは気付いていた。

2人が、実際に寝ている時に到達していたとしても、何だかんだと何もしなかったであろう。

 もし襲う気なら、本当に襲えるだけの力がある奴らだけに、今回の事も、この世界に来て、どこかホームシックを感じているであろう事を案じたあいつらなりの、おふざけが過ぎたコミュニケーションであったのだろう。そう、最初から気付いていた。


 パルパとジュマの2人は気付いていた。怒りながらも、エミルの目も口元も笑っていた事に。それを見て、2人は頷き合い、仕上げの大ボケをかましたのだった。

そして2人は気付いていた。


その割に…


回し蹴りに躊躇いも手加減もなかった事に…。

 

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