第9話『王国滅亡の危機は彼らのせいです』
地竜グラノラスは孫娘を待っていた。地竜たちの王となって早400年。大鍵穴の奥にいる王へ10日毎に食事を運ぶのは、グラノラスの孫娘の役であり、それ以外の立ち入りは許されていなかった。
前回の食事から2週間が過ぎたというのに、食事が運ばれて来る様子はない。グラノラスは地響きを伴う咆哮を上げ、大鍵穴の外へと向かった。
外へ出たグラノラスは静けさに違和感を感じた。まだ眠っている時間でもないのに、地竜たちの歩く音ひとつないのは明らかにおかしい。
「誰かおらんのか!」
グラノラスが叫ぶと若い地竜が姿を現した。
「食事が運ばれてこぬが孫はどうした?」
「あの、見たわけではないので分かりませんが、恐らく先日の襲撃によって命を…」
「何だと!?」
地鳴りが起こり、怒りと悲しみを伴った咆哮が空気をもビリビリと振動させた。
「他の者共はどうした!?」
「僅かに難を逃れた者を除いて…その…」
「どうした?申してみよ」
「全滅した…と思われます」
怒りの表情を天に向けようと首をもたげたグラノラスの目と、地竜の谷の調査隊に同行していたSランク冒険者の目が合った。
地竜の谷に滞在し調査を続けていた学者や冒険者にも、咆哮や地響きが伝わっていた。ただならぬ様子に偵察に出ていたのだ。
冒険者は目が合うなり血相を変え駆け出した。そして、駐屯キャンプに戻るなり馬に飛び乗った。
「おい!逃げるぞ!荷物は諦めろ!すぐにここを離れるぞ!」
「何があった!?」
「追いていかれたいのか!急げ!」
同時に背後から再び咆哮が上がり、グラノラスが姿を見せた。
「クッ!走れぇぇぇぇぇ!!」
一斉に馬を走らせた。ここは地竜の谷。何があっても油断はするなと伝えてあった。逃げろと言われたら、とにかく逃げることだけを考えて即座に動くように伝えてあった。そうしても守れる保障などない、ここはそういう場所だと伝えてあった。偵察に出る時も、念のためすぐに逃げられるようにしておくようにと伝えてあった。何があったかを聞いているたった数秒の時間が生死を分ける場合もある事を彼は長年の冒険者生活の中で知っていた。そしてその状況は今この時起きていた。
この時、逃げられた数名を除き、調査隊はグラノラスによって全滅した。
冒険者たちは道中の村を駆け抜けながら叫んだ。
「地竜がくるぞ!すぐに逃げろ!」
次の村も、またその次の町も。彼らには、他の地竜たちとは明らかに違う大きさと外見を併せ持つ地竜、それ即ち地竜の王が怒り狂った姿を現した事を持ち帰り、一人でも多くの命を繋ぐ事が絶対的な使命であると考えていた。だからこそ、道中も止まらず休まず、逃げよと叫び伝えながら走り抜けた。
急ぐ彼らの前に、王国と周辺領主の兵軍キャンプが見えてきた。走り続けた馬ももう限界である。兵軍の隊長に知らせて代わりの馬を得るべく、谷を離れて初めて走りを止めた。
「地竜の王が姿を現した!隊長は殿はどちらか!?」
「こちらへ!」
「すまん!それと報告が終わり次第王国への報告へ向かいたいので、馬を用意して頂きたい!」
彼らの報告を恐怖の面持ちで聞いた隊長は、「感謝する」と一言だけを搾り出すと、テントの外へ見送った。
「疲れているところすまないが、王への報告を急ぎ頼みたい」
「あぁ、もちろんだ」
彼はこの時振り向かなかった。代わりの馬に跨がった彼らは、今生の別れを惜しむ事もなく馬の腹を蹴った。
王都までは、早馬を乗り継いで約二日かかる。彼らは馬を乗り換える時以外、走りを止めなかった。疲れていないわけがない。それなのに眠気はなかった。二日目の夕刻、彼らは王都を視界に捉えた。
この日、夜になっていたにも関わらず各地に王命が伝えられた。
ただ一行の王命。そしてそれは、一般の王国民にだけ向けられたものではなく、国内の領主や騎士、末端の兵士に対しても同じものであった。
『自分と大切な者の命を守ることだけを考えよ』
後に「命の王命」と呼ばれ、第15代ラキシア王国国王レミテス、彼が名君と評される事になった由縁である。
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