第10話『地竜の逆鱗に触れた彼らの逆鱗に触れた地竜』

「地竜が来るぞ!早く逃げろ!」


 王都を目指して地竜の王出現の報を運ぶ一団が駆け抜ける。理不尽の理の面々は、そんな様子を酒場で飲みながら窓越しに見かけていた。店内には、誰一人として逃げようと考える者はいなかった。地竜がかつての王都を襲ったのは、もう100年以上前の話である。「他人事」、彼らの反応を説明するのにこれ以上に的確な言葉はなかった。

 町全体でも、念のためと逃げたのはごく僅かで、荷物をまとめて備えた者さえも決して多くはなかった。


「注文の酒6樽、いつも通り店の裏に用意しといたぜ」


 理不尽の酒好き共は、この世界に来てからというもの、酒蔵のあるこの町の酒場で酒を樽買いしていた。となれば、ついでに店で酔っ払って帰るのが彼らアル中の礼儀というものであるらしい。


 酒場にいた誰もが逃げろと叫びながら駆け抜けた一団の事をすっかり忘れた深夜、町を地響きが襲った。その地響きは数秒と待たずに繰り返され、外は騒がしくなっていった。


「おい!大変だ!地竜が隣の村を襲ったらしい!こっちに向かってるってよ!」


 表へ様子を見に行ったマスターが戻るなり叫んだ。店内は慌ただしくなり、客はこぞって逃げ始めた。そんな中、理不尽の酔っ払い共は呑気なものである。魔物集落蹂躙巡りを経た彼らのレベルは揃って400を突破し、矢1本で倒せる地竜は乱獲対象としてしか見ていなかったからである。

 しかしこの様子では看板は時間の問題である。仕方ないと立ち上がろうとした時、光と共に酒場の壁が吹き飛んだ。風通しが良くなった店内から見えたのは、マスターが酒樽を用意しておいてくれた店の裏であった。そこに酒樽の姿はなかった。


 次の瞬間には理不尽の面々は、遥か上空にいた。3人共不機嫌な顔をしている。ここで初めて目視して、地竜がただの地竜ではなくグラノラスであることを知ったが、大好きな酒をやられた彼らにとっては、それは些細な事であった。肉片一つ残さず抹殺する!ただそれだけの事なのだ。


(パルパ)

「地殻津波防止の多重障壁と超密集300本の2段重ね、設置終わった」


(ジュマ)

「付与各種5重掛けOK」


(エミル)

「毒全種塗布、隠蔽、消音、一撃必殺上昇、クリ率上昇、マップ展開ターゲット捕捉」


 孫諸とも同族を大量虐殺され怒り狂う地竜グラノラスと、その原因でありながら酒樽を吹き飛ばされて逆恨み甚だしく怒った理不尽の理。

両者の戦いが、理不尽の高高度爆撃から始まる。


 エミルの親指が立てられ、手がゆっくりと回転していく。完全にひっくり返った後、一瞬浮いたのを確認したところで、エミルの手は勢いよく下げられた。

矢を支えていた2段の障壁が時間差で消える。


 魔物の集落を蹂躙しながら、3人は実験をして遊んでいた。結果、今の理不尽な杖攻撃は各種付与等によって速さも威力も桁違いのものになっていた。

消音付与によって聞こえはしないが、ソニックブームを放つも尚加速した矢が着弾、一瞬遅れて矢が回収される。爆風と砂煙が広がり地殻津波が起こり始めるタイミングで、2段目の矢が大地に突き刺さる。


 多重障壁で囲まれた内側には真っ赤に溶けた大地の姿があった。グラノラスの姿はない。完全にオーバーキルであった。改良前の理不尽な杖でも矢5本もあれば最低でも瀕死に出来ていたところを、その数千倍の威力の攻撃がなされたのだ。


 ジュマの冷却魔法によって溶岩が冷え固まったのを確認すると、パルパは囲んでいた障壁を解除した。とある辺境で小規模な地殻津波を起こして慌てて証拠隠滅をしていた彼らは、最高火力攻撃ではどういうことになるのかも障壁で対策して実験済であった。


(ジュマ)

「これ、アカン奴や」


(エミル)

「今後は、付与はじゃんけんで勝った奴がどれか一つだけな!」


(パルパ)

「矢も一段だけにして、密度も緩めやな」


 実験の際にそんなやり取りが行われていたにも関わらず、酒が絡むとこの始末。まったく、どこまでも救いがたいアル中共である。



 しかしながら今回の一件は、地竜の王消滅の目撃者を多く出しながらも、被害は村3つと町の一画。想定された王国滅亡と比較すると微々たるものであった。とは言え、100名を超える命が失われた事に胸を痛めた国王によって後日石碑が建てられ、追悼の式典が執り行われた。


 加えて国王から、救国の英雄を捜すよう命が下されたが、国王本人も含め国の誰もが、地竜の王を消滅させたのは人知を超えた存在からもたらされた奇跡だったのではと考えている。多くの目撃者の話は一致しており、それ程までに圧倒的な火力と光景だったと言う。

王国の国王という立場上、建前が必要な事もあるのだ。

 尚、魔物の集落と地竜一斉消失事件は未だ未解決のままである。同じ人知を越えた存在によるものと思われた集落跡と地竜の王消滅の跡地には大きな違いがあったからである。

前者が更地化しているのに対し、後者は黒く固まっている。この事から、断定しがたいという判断がなされたのだ。

 地竜の王が暴れた理由は想像に容易いものの、まさか一連の騒動の全てが、酔っ払いのサイコ共によって起きたことは知る由もない。

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