第5話 『黄昏の予言』
すっかり夜も更けた夜の23時。目が覚めてしまった私は、かつての仲間が眠る墓の前にいた。
『ライト・フォーアス』。墓にはそう刻まれている。あの時以来、久しぶりだな。彼女が手入れしてくれているからか、他の墓に比べて一層綺麗に見える。
風のよく吹くこの場所を、君は死に際に指定したそうだな。ただの墓場と言えばそれまでだが、私とよく話した『セントラル』が見えるこの場所を指定したのはいい案だった。あの折れた塔の先、君が目指した『天界』を私も、もう一度見る事が出来たよ。今日はその報告だけじゃあないんだ。
君の娘…。『レスト・フォーアス』が『勇気』を起こした。私は最初、ノーエルがやったんじゃないかと思っていたんだが、どうも様子が違うらしい。君の子供は相変わらず予想もつかない事ばかりする。…これが君が考えていた、子供達の『役割』か?
いや、きっとそこまでは予想してなかっただろう。私が『勇気』の話をする度に笑っていたのは君のほうだ。そんなものが実在するのなら、俺が起こしてやる!と自分の胸を叩いて笑っていたな。
君は誰よりも『役割』にこだわっていた人間だった。自分の『役割』について、人一倍悩んでいた。『勇者』なんて呼ばれてはいたが、誰よりも強かった訳ではない。名高い名剣を持ってはいたが、際立つ戦果を挙げた訳でもない。だが、皆が君の『役割』についてこう言うだろう。『勇者』だと。
…君にはまだ『役割』があったはずだ。なぜ死んだ?あと少し…あと一日だけでも、生きていてくれさえすれば、間に合ったはずなのに…。
ふと、足音がした。振り返ってみれば、それは大きい背の、見慣れた我らの『救世主』だ。まさか君がここに来るなんてな。
「ノーエル君…。まさかとは思うが、墓参りかい?」
一度、視線を外したあと、こちらを見てから答えた。
「ああ…。レストの事を、言いたくて」
そう来ることはある程度、予測出来ていた。君も父親の事は大事に思っていたものな。そして、それと同じくらい、妹の事を思っていたのも。
「それなら私が報告済みさ。…ライトの墓。綺麗だろう?」
ノーエルが隣に並ぶ。大きくなったものだ。父親の背などもう追い越してしまったな。彼はそんなに大きくなかったからな。
「…レストが旅に出るとなると、この墓も手入れされなくなる」
「いや、そんなことはないさ。偉大なる『勇者』の墓だぞ?『エーワンス』の皆に言って手入れさせるさ」
今まではレストが一人で進んでやっていた。彼女はそれしか出来ないから、と他の人に負担をかけさせないようにここまで丁寧に掃除をしていたのだ。ライトを慕っていた『エーワンス』の面子は彼女の意思を尊重して一人でやらせていたが、自分達が出来ると聞けば喜んでやってくれるだろう。
「…偉大なる…『勇者』…か…」
ノーエルの顔が曇った。表には出さないようにしているが、君がそれにコンプレックスを抱いているのはよく知っている。同時に、誇りを抱いているのも。
「私は正直、君がここに来るとは思っていなかった。墓参りは得意じゃないだろう?」
「…墓参りに得意も不得意もあるものか」
そう言いながら、ノーエルは墓に向けて手を伸ばした。冷たいだろう、石を触りながら、何かの温もりを感じている。
「君は得意じゃないものはハッキリと他人に任せる。だから得意じゃないと思っていた」
色んな人からなんでもできる、と思われがちだが彼は父親の影響をしっかり受けている。彼も、『役割』については敏感だ。
「…そうだな。その基準で言えば…」
一度、言葉に詰まった後。俯いた。
ゆっくりと顔を上げると、墓を真っ直ぐ見つめて口を開いた。
「…得意じゃないな。墓参りは」
「はは。かくいう私も、得意じゃないんだ。ここに来たのは…何年振りだったかな」
自棄酒を飲んで以来だったか。あれ以来、酒は一口も飲んでいない。体がこんなになってしまったというのもあるが、もう飲まないと約束したものな。
「ミリルさんは…父さんの事が好きだったのか?」
思わず後ずさった。その言葉に、ほんの少しだけ、いや、かなりドキリと来るものがあったから。
「ど、どうした?急に。もちろん、彼の事は好きだったさ」
「好きな人ほど、ここには来ない。俺はそう思っていた」
…そうだな。確かにそうだ。彼の死を認めたくない。君も、そうだったな。
「…はっきり言えば、惚れていたよ。いい男だった、『勇者』と呼ばれるに相応しい…」
そこは隠してはいけない、そんな気がした。私は今も、彼がくれた『役割』をこなそうとしている。
『大魔導士』の称号を得る為に、私は一心不乱に勉強を重ね、誰よりも魔法について知識を得た。それだけでは足りないと思って古代遺物についての研究も重ね、この星で一番の知識を持つと誰からも言われるような、新しい『大魔導士』になろうとしていた。
それまで、その称号は一番魔法について詳しく操れるというものだった。私には残念ながら魔法を使える才能は無かったが、誰よりも知識を取り入れるだけの頭脳があった。努力と、ライバルを遠ざけられる策謀に長けていた私は『ミリル・アートヴァンス』の名を老齢にして手にする事が出来た。
目標に到達した私には、その後が無かった。知識だけで成り上がりたかった癖に、その先を見通していなかったのは笑いものだろう。自然と私は酒に逃げるようになっていた。
『エーワンス』の一角で、『大魔導士』としての名を威張り散らしながら酒を飲むだけの老害…。あの時の皆にはそう映っていただろう。ただ一人の男を除いては。
「隣、いいか?今どの席も埋まってて…」
語り掛けてきた男は立派な体格でも無く、いまいち覇気を感じさせない冴えない男だった。私は思いっきり睨み返してやった。そうすれば誰もが逃げていくのを知っていたからだ。眼力に自信があったわけではない。きっと、知らず知らずのうちに刻まれた皴が説得力を持たせていただけだろう。
それでも、その男は怯まなかった。平然と隣に座ると、自分の食事をとり始めた。私はもう、気にするのをやめて杯を傾ける事に集中した。
「…あ!!」
突然、男が声を荒げた。私の姿を見て、何か驚いたようだ。
「よく見たら…『ミリル・アートヴァンス』か!?あの『大魔導士』の?!」
「気付くのが遅いんだよ…」
強めに机を叩いてイラつきを露わにした。『エーワンス』に所属しているものならば私の姿を知っていなければおかしい。その為に今まで努力してきたのだ。恐らく新入りだろう、顔も知らない男だ。
「俺!『ライト・フォーアス』!知ってるだろ?『フォーアス』!」
…嘘だろう、そう思った。こんな男が、かつて世界を救ってきた『名もなき勇者』の一族である訳がない。名乗るだけならタダだ、先祖があやかって名前を変えた可能性だってある。目を輝かせながら語り掛ける男を無視して、私は酒を呷った。
「…あれ?もしかして信じられてない…?」
「当たり前だろ。お前みたいな雑魚が名乗っていい名前じゃない」
実力を見た訳ではないが、そう言い捨てた。こんな奴どう見たって雑魚だ。同じ様な輩を何人も見てきた。その類だ、経験からくる知識がそう結論付けた。
しかし、この男は違った。
「『お前みたいな雑魚』って言い方。良くないな!『お前』呼びがきつく感じるのか?柔らかい言い方に変えたらどうだ!」
「…はぁ!?いったい何の話だ」
その男の目に曇りは無かった。私の事を、まったく物怖じせずに見つめ返せる力があった。
「あんた、『大魔導士』だろ?その『役割』は皆を導ける大事な物だ!もっと人と関われる柔らかさを持ってないと!」
私は立ち上がり、男を見下ろした。元々、背はたいして大きくなかったが座ってる男よりは何とか高かった。その目に精一杯の力を込めて威圧した。
「ガキが説教かい…?大したご身分だね?」
男はまったく、怯まなかった。その事が逆に怖くなってしまうくらい。この男は自分がどうにかなる、という恐ろしさを微塵も感じていない。その事がはっきりと分かってしまう程に異常だった。
「俺がこの名前を継いだのは、きっと意味がある。たぶんだけど、それが俺の『役割』なんだ」
男は立ち上がらなかった。こちらを見上げる目に、一切の曇りが見えなかった。
「皆が『役割』を果たせば、絶対にこの星を救う事が出来る!俺一人じゃ無理だ…。俺と一緒に!この星を救おう!」
さし伸ばしてきた手は、何故だか光り輝いているように見えて、眩しかった。こんな男はいなかった。今までいたほら吹きは皆、自分がこの星を救うんだと『救世主』ぶっていた。それなのにこの男は、最初から力不足だと割り切っている。
「…知ってるだろ。私は戦えない。知識だけで成り上がった、役に立たない『大魔導士』さ。あんた達、冒険者とは『役割』が違う」
「その知識は、現場で役立つ事だって必ずある!何かあれば俺が守ってやる!」
自分の胸を叩いて、そう豪語した男はいつの間にか、とても逞しく見えていた。最初の冴えない印象からは違った、力強い意思があった。
「大丈夫!俺は女を守る事に関しては絶対に手を抜かないからな!」
「はぁ!?何言ってんだい!もう60も過ぎたババアに…」
この名前を手に入れる事に全てをかけていた。この名前を継がせる事が、それが子を残す事と同義なのだと思って男には目もかけていなかった。そもそも、そんな暇自体がなかった私に、初めてお前は女だと言ったのは、君だった。
それから、彼は仲間を集めた。『エーワンス』で燻っている、諦めている冒険家達に片っ端から声をかけて自分の側に引き入れた。
もめごとには積極的に首を突っ込んだ。その度に、強すぎない君は殴られて傷ついた。大した力もない癖に、こんな機会はないからとその足を止める事はなかった。
「分かんねぇのか!!もうこの星は終わりなんだよ!!だから俺はここで酒を飲んで…」
「何言ってんだ!俺よりもこんなに強いじゃないか!きっとそれが君の『役割』だ!俺と一緒に星を救おう!」
「何なんだお前はよ…!」
正直に言って馬鹿だった。星を救う事ばっかり考えて、その為にはどんな事だって惜しまなかった。大して強くなかったはずなのに、気付けば徐々に力を付けて、しっかりとした『勇者』に恥ずかしくない男になっていた。
剣の腕では一、二を争う程。しかし、突出したものではなく、仲間との訓練では度々負ける事もあった。その度に人を褒め、皆を高めていった。彼がくれた『役割』に従うと、自然と事が上手くいった。
君は皆を照らしていた。間違いなく、誰をも輝かせる光だった。
それが『役割』だっただろう。君がいなくなったら、誰が私を照らしてくれる。
「…俺は、父さんが死んだあの日。認めたくなくて、ここで剣を振っていた」
ノーエルが語り始めた。そうだ、そう聞いていた。レストから聞いたのだったか。「父さんが死んだ時、兄さんがどこかに行ってしばらく帰って来なかった」と。酷く心配していたぞ、と言いたかったがここは彼の言葉を待つ事にした。
「ここに来るなと、来ても追い返そうと、…子供の考えだ」
「…わかるよ。その気持ちは」
私がその場にいたのなら、同じ様な事を考えていたのだろう。もっとも、私には彼を追い返せるだけの力なんて持ち合わせていなかったが。
「俺にそんな力はなかった…。『救世主』なんて所詮、名前だけだ」
ノーエルは最後まで、ライトの死を認めなかった。葬儀にすら参列しなかったと聞いている。彼の体はいくら強くとも、心根は普通の人間だった。
「誰にも、そんな力はないさ。あったらそれは神だ。君の『役割』じゃない」
ノーエルは自分の『役割』を最大限こなしている。彼のお陰で、『星の左手』の最下層に初めて到達する事が出来て、父親には超えられなかった壁をしっかりと超えてくれたのだ。ライトはそこまでたどり着けなかった。
十分に『救世主』と呼ばれるだけの仕事はしている。人並外れた力でもって、誰にも出来ない事を一人でしている。君の負担はライト以上に大きいものだろう。
「それに近づかなくてはいけない…。じゃないと、俺は、父さんの子供にすらなれない」
それが最大のコンプレックスだった。ノーエルは『星の左手』最下層に到達したが、それ以上の事はしていない。誰も到達した事がない場所に至ったという点では父親と同じだ。でもそれから、十年以上の月日が経っている。
『星の心臓』が見つからない。目下の大問題だった、あるはずの物が見つからない。確かに、最下層にあるはずなのだ。辿り着いたからには、ノーエルはライトを超えられるはずだった。
「君のせいではないだろう?何か別の要因があるんだ。功に焦る気持ちは分かるが、君はまだ若い。私基準ではあるのだがな?」
ノーエルの肩に手を置く。彼はしゃがんだまま、墓にずっと手を伸ばしている。親子の会話は少しだけ長くなりそうだ。
「私は先に戻るよ。君も…早く戻るといい。長居する場所ではないよ、ここは」
「…そうだな。確かに…その通りだ…」
口では私の意見を肯定しながらも、彼が動く事は無かった。親の前ではどんな人間だってただの子供だ。貴重な我が儘を、私の都合で潰してはいけない。そう思って、私は墓地を後にした。
風が吹いている。あの時と同じ、君が追いかけていた風だ。
『エーワンス』の内部は人でごった返していた。念のため、厳重警戒態勢が敷かれるらしくて、各地に散らばっていた冒険者達を集めているみたい。
やっとの事で受付まで辿り着くと、呼び鈴を鳴らして人を待った。こんな騒がしさは初めてかも。ベクルが私の手をぎゅっと握ってくれている。
「あ…!フォーアスさん!…と」
「あのさ。ちょっと聞きたいんだけど…私が残した装備って、まだあったりする…?」
「わー!『心眼の剣聖』再び!ですか!?もちろん!残してありますよ!!」
受付の人は両手を合わせて喜びを露わにすると、奥まで走っていった。そう、そういう事になった。
私が旅に出る事を勝手に了承してしまったのだけれど、ベクルの方も何かを覚悟したみたいで、すぐに「私も行く」と言ってくれた。あれから申し訳なさそうに目線も合わせてくれないけれど、彼女が一緒なのはとてもうれしい。
「使え…って言ったのに。なんで残してるんだか」
「きっと戻ってくる、ってみんな思ってたんだよ。ベクルも皆から尊敬されてたからね」
「…昔の使いまわすより、新調した方がよかったかもね」
少し顔を赤らめながらもそう言った。『フラムベルク』を手放してないあなただから慣れてる装備の方が絶対いいよ。私はそう思った。
「聞いたか!?『ドラゴニア』の方に竜が飛んで行ったって!」
「竜って…滅亡の象徴だろ?そんなのが現れたなら、この星も終わりだな」
大声で話す冒険者達の声が聞こえる。竜にまつわる話ならいっぱいある。『ドラゴニア』にはすごい竜が眠っていて、それが目覚めると星が滅ぶ…らしい。
御伽噺の一種だから気にしてはいなかったけど、皆の不安を煽るには十分なんだろう。大きな魔物が空を飛んでいたなんて最近、聞いたような気がしたけれど、きっとそれが竜に見えたって話なんだ。
「『救世主』がいるんだから俺達は大丈夫だよ!あの人より強い生き物なんていない!」
「…逆にさ、『救世主』でも敵わなかったら、どーすんだよ」
「そんな事考えられるか!?ついさっきのあの戦いを覚えてるだろ!?」
「ついさっきって、もう昨日…一昨日?の事だよ」
ノーエルの名前はこういう時に強い。信じている人は多い、あの人なら、この星を救えると。
それと同時にこう考える人も多い。あの人で救えなかったら、誰が救えると。
「竜…か…。小っちゃいのなら私も戦った事はあるけど」
「へー。流石ベック!どれくらいの大きさだった?」
「うーん…この建物よりちょっと小さい…くらいだったかな?」
『エーワンス』はそれなりに大きい建物で、何百という人が入ってもびくともしない所なんだけど…。少し小さいくらい、か。
滅びをもたらす竜はもっと大きいらしい。山ほどある大きさなんてよく言われてきたけれど、ミリルさんが言うには噴水広場と同じくらい、とも言っていた。それでも十分大きいけれど。
「お待たせしました!ベクルさん!装備一式、きっちり手入れして残しておきましたからね!」
防具の類に詳しくない私から見てもピカピカに手入れされた、光沢が美しい胸当てと篭手だ。
そこまで重装備じゃないのは、彼女の戦い方にある。一瞬の隙をついて、一閃の突きを浴びせて勝つ彼女のやり方では可動域が多い方がいい、という解説をミリルさんから聞いていた。
「ほんとに手入れしてるし…。まぁ有難いけど、使ってくれた方が嬉しかったんだからね?」
「いえいえ、皆信じてたんです。絶対に帰ってくるって!」
屈託のない笑顔を向けてくれる受付の人に対して、ベクルは顔を赤らめっぱなしだった。
「『救世主』がいるってのに…ったく」
少し乱暴に装備を抱えると、私の手を引いて歩き出した。むずかゆいものがあったみたい。早足で歩いていく速度に合わせるのは大変だったけど、貴重なものが見られた瞬間だった。
そのまま向かったのは『小さな翼』が係留されている発着場だ。ここに集合、という話になっていた。時間を確認すると、昼の5時くらい。明るい陽射しが眩しい、船を直接見るのは久しぶり…かもしれない。遠くで見る事は何度もあったけど、こんな近くで見るのは久しぶりだ。
旅立ちに際して、荷物の運搬が行われている。ひっきりなしに人の出入りがなされていて、あれだけの荷物を抱えて本当に空を飛ぶのかと思う程。お父さんと同じ船に、ようやく乗れるんだ。そう思うと少しだけ、気分が高揚するのを感じた。
「おー!ベクルにレスト!ようやく来たな」
「ようやくも何も、時間通りでしょ。あんたは何やってんの」
ペスケは書類の山を築いていた。何故か、外で。恐らくこれから搬入するであろう荷物の木箱を机にして、何かを一心不乱に描いていた。
「スケッチだ。城の方で描きたかったんだが、紙がないと言われてなー。ほら!よくかけているだろう!?」
見せられた紙には、臓物と思しき物の中に未消化の食べ物が入ったおぞましい絵が描かれていた。ベクルはそれをちらりと見た瞬間、『フラムベルク』で紙の真ん中を突き飛ばした。
「あー!!何をするんだ!!折角上手く描けたのに…」
「見せられる前に突き飛ばすべきだったわ。ごめんなさいね」
「え…えーっと…解剖図…?みたいなの?図書館で本を探してた時に似たようなのを見た事があるけど…」
ペスケは手を叩いて喜びを露わにした。
「そう!その通りだ!面白い事が分かったんだぞーベック!あいつら、草食だったんだ!」
「その呼び方辞めないと今度は頭に穴開けるよ」
「なんだよーそんなに嫌だったのか?まぁその話はいい。面白いのはこの次だ、あいつらが食ってた草…地上のものとほぼ同じという事が分かったのさ!」
あいつら…。たぶん、最近解体していたのというと三尾白狼の事だ。でも別段、面白い事でもなんでもない気がするけれど。
「そりゃ、地上に降りてきたんだから地上のもの食うでしょうよ。何が面白いっていうの?」
「結論を急ぐなよ。ベクル、お前が一突きで倒したあいつからこの事が分かったのさ」
ベクルが倒した…っていうと、『天界』から降りてきた直後だ。あの暴れようから、地上の物を食べたとはとても考えにくい。
「他のヤツも解体して、しっかりと裏付けをとった。あいつらは『天界』で同じ物を食べている」
「…地上と同じ植生をしている…?『天界』は地上と変わらない…とか?」
「現状、その可能性が高い。『天界』でしか存在しない草花が存在するかとも思ったがむしろこっちの方が面白い」
『天界』は予言に記されている以上の事は、あまり情報として残されていない。そこにはこの星を救う何かがある。くらいしか分からない。あとはお父さんが残してくれたスケッチくらい。多少の緑は見えたけれど、どんなものがあるかは仔細にはわかっていない。ミリルさんならもうちょっと詳しいかもしれないけど。
「お二人共!来たんですね!こっちでーす!」
船の甲板から声が響く、手を振っているのはリオンだ。奥のほうに指示を出しているような人が見える。あの人は見た事がない。
「部屋が空いてるから案内したいんだと。私の部屋に箱詰めでも構わないって言ったんだけどな?」
空の旅は長旅になる。それぞれに部屋が割り振られていて、思い思いに過ごす事が出来るそうだ。ミリルさんからそう聞いていた。今は大分、大所帯だから空いてる部屋はないって言ってた気がするんだけど。
「あんたと一緒だけは勘弁して。絶対安眠できないし」
「ははは!そうだなぁ。一度遊んでやった時にも―」
『フラムベルク』は音もなく、ペスケの髪の一部を突き飛ばした。
「…はっ、悪かったよ。あの時も謝っただろ?」
ベクルは私の手を引いて、早足で船の中へと進んでいった。手に力が入って、ちょっと痛い。
「まったく…。面白いと思ったんだけどなー?」
ペスケは笑いながら、私達の後をついていった。
船の甲板には皆に指示を出している人物が二人いた。一人はリオンだ。『朝露の魔術師』という言葉がよく似合うほどに爽やかな顔をした青年だ。
もう一人は…知らない子だ。遠くからでは顔がよく分からなかったけど、よくよくみると幼さを残した十代後半くらいの子供だ。でも、その声には一段と張りがある。
「もっと丁寧に槌を振れ!俺の船だぞ!?これ以上壊したら許さないからな!!」
「レストさん!ベクルさん!ようこそ、我らの『小さな翼』へ…」
「俺の『小さな翼』だ!!これは!俺の船だ!!」
掴みかからんとする勢いでリオンに叫んだのは背丈は普通の、工具をあちこちにぶら下げた作業服を着た男の子だ。…たぶん、だけど。名前を知っているのかもしれない。
「だからこいつ嫌いなんだよ…」
後ろでペスケが静かにつぶやいた。元気があっていいと思うけど。
「キャプテン…。その…この船は皆ので…」
「はっ!俺が手直ししないとこの船は動かないんだ!俺が貸してやってるのさ!」
「ラウド、吠えるのもそこそこにしな。場合によっては力で黙らせるよ」
「いいぜ?親父がいなくなった今、俺以外にこの船を直せる奴はいない!やれるもんならやってみな!」
ベクルの脅しにも微塵も動じてない。流石は兄さんが見込んだ人だ、ロップはちょっと怖がってるけど。
「だいたい!もう部屋は空けらんないって言ったのに倉庫を一個潰すなんて話聞いてないんだぜ!?一体どこの誰を…」
「あっ、えっと…たぶん私です」
自分の事だと思ったので手を上げて発言した。小さいから、こうしないと気付いてもらえないと思って。
少年は私に視線を移すと、しばらくポカンと口を開けたまま言葉を出さなかった。上げたままの手をペスケがそっと抑えたので静かに下げた。
「レスト・フォーアスです…。兄さんが…ノーエルがいつもお世話になっています」
話には聞いていた、彼がきっと『キャプテン・ラウド』だ。空を飛ぶ船はこの星で唯一の移動手段。遠くへ行くときはこの船が無ければ時間がかかりすぎる。『星の左手』と『カントリーヒル』はほぼ星の真逆に位置している。この『小さな翼』は一つの生命線だ。
「…え?ノーエルの…いや、子供はいないって言ってた…」
「あはは…。身長のせいで幼く見られがちなんだけど、六つ離れた妹です」
「人の話聞いてた?ちゃんと最初に兄さんが、って言ってただろ」
「いや!だって!!兄妹だったとしたら全然似てない…」
よく言われる。背丈も違えば顔だって似てない。ミリルさんが言うには私は母親似で、兄さんはお爺さん似らしい。
「え!?あの不愛想のノーエルの…妹が!?こんな…こんな…!」
信じられない、といった様子で私の事を見ている。もしかしたら、兄さんも妹がいるって話をそんなにしてなかったのかも。必要最低限の事しか言わない人だから。
「こんな可愛い人だったなんて…?!」
…あれ?
「お、俺!『ラウド』って言います!!歳は16で…えーっと…ノーエルが32って言ってったっけ…だから多分にじゅう…」
「なっ!?駄目ですよ!!レストさんは僕が貰うって…!」
「誰の物でもないんだよ馬鹿男共!近寄るな!」
手を掴もうとするラウドに割り込んで、ベクルが体で塞いでくる。ベクルの大きな体は私の視界を塞ぐには十分だ。
後ろにいたペスケがちょっとだけ服の裾を引っ張って後退を促した。よく分からないけど離れたほうがいいみたい。
「あっ!そうだ!部屋が足りないからよかったら俺の部屋に!」
「何を言ってるんですか!?僕だって同じ事考えたけど…!それを我慢して!」
「騒がしいな。どうした」
後ろの方から聞き覚えのある声がした。振り向くと、ノーエルとミリルさんが並んで歩いていた。
「ノーエル!!妹がいるって話はどっかで聞いた気がしたけれど、こんな可愛い…いや!綺麗な人だって話は聞いてなかったぜ!?」
「言ってなかったからな」
「少しくらい自慢してもよかったんじゃないのか?君の妹だろう」
ノーエルは顎に手を当てて少し考えた後、真っ直ぐにラウドを見つめて答えた。
「兄という立場上、贔屓目に見てしまう所はある。自分で見て自分で判断するのがいいだろう」
兄さんは相変わらずだなぁ。
「分かった!是非とも!妹さんを俺にくれ!!それが俺の判断だ!」
「レストの事はレストに任せている。俺に要求せず、本人に言って答えを貰え」
「こんな時まで『救世主』ぶらなくたっていいんだよ!!馬鹿言うなの一言で十分だろ!!」
ベクルは強い口調で怒った。兄さんはいつだって真面目だ。
「うーん…でもラウド君若いからきっと私よりもいい人に出逢うよ」
「レスティも真面目に答えなくていーのっ!!」
可愛い、綺麗は言われ慣れている。生まれてこの方、ずーっと皆に言われてきた。きっとそこしか私には褒められる場所が無いのだろう。毎日、鏡を見て出来るだけ崩れないように整えている。今の所、私が役立つのはそれくらいしかないから。
「そうですよ!キャプテン!君は若い!ここは歳の近い僕が…」
「ははは、モテモテだなレスト君」
「兄貴は全然冴えないから対比で良く見えるんだろ?もっと顔が良ければ完璧な『救世主』だったのになぁ?」
「…容姿は星を救うのに関係はない。あったとしたら、俺がそれを満たせなかっただけだ」
「あー!もう!何で兄妹揃って馬鹿野郎の一言が言えないかなぁ!?」
「そうだ、レスト君。試しに今、一番好きな人を選んでみるといい。…えーっとノーエルを除いてな」
ノーエルを除いて…。まぁ兄妹だから、って理由を抜きで選べって事なんだろう。そうだなぁ…それで言うとなると…。
――「……えっと…。ベック…かな…」
答えは自分の中で決まっていたのに顔に熱が入る。改めて口にすると恥ずかしい、っていう事なんだろう。ベクルも、たぶん同じくらい顔を赤くして目を逸らした。
「いや!同性は無しでしょう!?レストさん!!目の前に男の中の男…『キャプテン・ラウド』が…!」
「ふ…ふふ!僕はレストさんの意見を尊重しますよ…?待っててください…いつか必ず振り向かせてみせます…!」
「はいはい!この話ここで終わり!!厨房行こっ!ご飯作るよ!!」
ベクルは足音を強めに、ずんずんと歩き出していった。私も行かないと、何かお手伝いしないと、そう思って少し後ろをついていった。
「怒られてしまったな…。からかいが過ぎたか、この歳で情けない」
「ミリルさんは悪くない。レストも、相手を見つけなければいけない歳だ」
「おっと?その言葉そのまんま自分に刺さるぞ?『救世主』サマ?」
「……俺は、いい…」
去り際に聞こえた言葉は、ほんの少しだけ絶望が混じっているような気がした。
「………俺に子供は…必要ない…」
船の中に広がっていた厨房は食材の匂いで溢れていた。色とりどりの野草、野菜、お肉。卵もいっぱいある、牛乳もあった。ひと際大きな箱を開けるとなんだかひんやりする。この箱の中で食材が冷やされているようだ。きっと長持ちさせる為に必要なんだろう。冷たい牛乳はあんまり飲んだことがないな、もしかしたら美味しいかもしれない。そう思ってこっそり二本…三本入れてみた。そうしなくたって誰かが入れるだろうから私達のものだとわかるように既に入っているお肉の奥に隠すように入れた。
トントントンと包丁が刻む音がその場に響く。小気味いいこの音、なんだか懐かしいな。それにしたって何だかちょっといい匂いが…するような。
大きめの鍋が火にかけられている。ベクルがこの船に着いたのはついさっきの筈だ、こんな早く仕込みが終わっている訳がない。気になって思わず蓋をずらして中身を確認した。シチューだ。野菜がごろごろ入ったすごい美味しそうな…。
「あっ!レスティ!!それは…」
「ベック、これベックが作ったの?それにしては…」
もう何時間も前から仕込まれていたような完成度だ。でも切り方や野菜の選び方、匂いに至るまで嗅いだ事がある。ほぼ間違いなくベクルが作ったものだ。
「いや…。違うのよ。それは…あいつが…」
「私が教えたんだよ。年上として、出来る事を増やしてやろうと思ってね」
ペスケがふらふらと近寄ってきた。顔は何やらにやにやしている。
「ちょっとはアレンジしようとは思わないのかー?その様子じゃ教えたままでレシピ変えてないだろ」
「うるさい!これが美味しいってレスティが言ってるからこれでいいの!」
いまいち要領が掴めないでいると、ペスケは壁にかけられたお玉でシチューをすくってこちらに差し出した。
無言で見つめてくるので思わずお玉を受け取って恐る恐る口に運ぶと程よい温度に染み渡る甘さ…。間違いなくいつものシチューだ。ベクルが作ってくれる、いつもの。
「美味しい!美味しいよ!ベック!」
ベクルは何故か苦い顔だ。ペスケはけらけら笑ってる。どうにも状況が分からない。
「だってさ!ベクル!良かったなぁ!」
「ほんとうるさい…!早くテーブルにつくかどっか行って!」
はいはい、と言った感じで手を振ってペスケはテーブルへ向かった。何かおかしい事でもあったのだろうか?もう一度、まだお玉に残ったシチューを啜るとやっぱりいつもの味がした。
パンの焼き目を見つめていると、人の気配をまばらに感じた。厨房のすぐ傍に食堂がある。そこに集まったのは私達含めて十数人。この船はあまり大きくないから多くの人は載せられない。ほんとうなら何百人といた方が冒険は楽になるのだろうが、それが出来ないからこの星は未だ危機の最中だ。
この程度で星を救えというのも馬鹿げた話なのだろうか。でも、私達はこうするしか出来ない。戦える人数は限られている。だからこそ、お父さんは英雄と呼ばれた訳なんだけど。
「レスティ、焼けてる」
「…あっ!ごめん!」
トングでパンをとって大皿の上に載せていくとかなりの量になった。みんなで食べるのだからこれくらいは必要になるのだろう。
いつもより重いから、と大皿に向かって覚悟を決めて手を伸ばすとベクルが手で制して、片手で軽々と持ち上げて見せた。バランスもまったく崩れてない。彼女の腕の動きの精密さは何気ないようで凄みがある。
「うーん…いつもとは違う!何だかいい匂いがするような気がするぜ…!」
「気のせいだ。何ならその鼻の中を開いて中身を見てやろうか?」
「何だと!ペスケ!あのレストさんが厨房にいるんだからいい匂いも二倍増しくらいになるだろうが!!」
「お前なー!この船じゃ私が一番上だぞ!?呼び捨ては…っと今回は『大魔導士』サマがいるから二番目か」
「はは、私の事は気にするな。身体年齢は10歳かそれ以下だ」
テーブルは賑やかだった。こんなに騒がしい食卓は初めて。多くても四人しかいなかったから。『エーワンス』のあそこより騒がしいかも、それだけここには活気のある人が集まってるんだ。
料理を並べ終わると、空いている椅子に向かう。そこはノーエルの隣だった。久しぶり…いや初めてかもしれない。私はよく、お母さんの隣に座っていたから。ノーエルはお父さんの隣に座っていて…。
「…レスト。牛乳は取らないのか?」
………。
「……へ?あっ、あっ!そうだ!そうだった…」
覚えててくれたんだ、私の事なんか見てないと思ってた。食事中もずっと何か考えてるような難しい顔ばっかりしてたから。いつも飲んでるの、知っててくれたんだ。
箱の中、お肉の奥。隠していた牛乳を三つ、取り出して持ってきた。一つはベクルに、もう一つは…。
「…は、はいっ!兄さん…」
飲んでいた所を見た覚えが無い。飲み物といえば水でしょっちゅうそればかり飲んでいた記憶がある。でも、きっと兄さんも好きなはずだ。父さんだって好きだったんだから。
ずっと、何かを我慢しているような気がしていた。だから私は、同じ船に乗れるようになった時にいつかこうしようと考えてた。
「……ありがとう」
顔は固いままだ。それでも受け取る手に逡巡はなかった。蓋を開けると、ぐいっと一回、呷って飲み込んだ。
「意外…いつも水ばっか飲んでたから」
「きらって飲まなかった訳じゃない。ただ、飲まなかっただけだ」
「一族の血だな。ライトも酒よりこっちがいいぞ!とよく私に勧めてきたなぁ」
ミリルさんが懐かしむように空を仰ぐ。そういえば、聞きたかった事がある。
「ミリルさんって、昔はお婆さんだったんですよね?私は覚えてないんですけど…」
「ああ、君が覚えてないのも無理はないかな。家にはあまり寄らなかったから…」
「16年前だったか…『時戻しの秘薬』を飲んだって聞いたな」
ペスケがパンを頬張りながらフォークでミリルさんを指した。
「それが無けりゃ今頃100くらいって話だ。でもそんな薬があんのなら…」
――「ペスケ。それ以上言うな」
ノーエルが少しだけ、語気を強めて言った。それだけで回りの空気にピリッと亀裂が入りそうな。
ミリルさんは慌てて咥えていたパンを咀嚼して飲み込むと笑顔を作って机を叩いた。
「ノーエル君。私は気にしてないさ。ライトに飲ませればよかっただろ、という話だろ?」
『時戻しの秘薬』、名前とそれを飲んだミリルさんから察するに服用した者の時間を戻す物のようだ。そんなものが存在したなんて聞いた事もなかったけど、もしお父さんが飲めば…。病気になる前の体に戻れたかもしれない。そうすれば、お父さんは今も…。
「私が未熟だったばかりに、完成に間に合わなかったのさ。試作も材料が少なくて碌にできなかった。服用の副作用だって…飲むまで分からなかったしな」
16年前というのが本当なら、今のミリルさんはもっと歳をとっているはずだ。でも今、目の前にいるミリルさんは自分で言った様に10歳かそこらの少女にしか見えない。きっとそれが副作用なのだろう。
でも、何故16年前なのだろう。お父さんが死んだのはそれより前だ。兄さんが10歳くらいの頃だから…6年の時間が空いている。もちろん、完成に間に合わなかったと言っているからそれだけ時間がかかってしまったのかもしれないが。
「それより!予言の話をしよう!過去の話よりこれからの話だ!」
「予言も過去の話だと思うけどな」
「ペスケさん…ちょっとは人の話を聞きましょうよ」
リオンがそっと窘めるとペスケはむっとしながら口を閉じた。
「大事なのはこれから先、何をすればいいか、という事だ。予言にはそれが記されている」
「正直信じてないんだよなぁ。曖昧なもんが多いし、何より一番に…」
ペスケは言いながら視線をラウドへ向けた。明らかに嫌な物を見る目だ。
「そこのそいつが予言の一番大事な部分を担ってるのが気に食わねぇ」
視線を信じるのなら、そこのそいつはラウドの事だろう。これまで何度か予言については断片的に聞いていたけれど、はっきりとその全容を聞いた訳ではない。聞いた所で、私に力になれる事なんて少ないし。小さい頃にお父さんから話をしてもらった事があるようなないような…。その程度の記憶だ。
そして、その全てでラウドについて聞いた事は一度もない。『フォーアス』については血をひいているから何度も言われたけれど。それよりも重要な事なんだろうか。
「はっはっは!何を隠そう!この俺こそがラウドの名と血を継ぐ男…!予言に記されていたちょうど千代目の男なのだ!!」
「正確には千十八代目だけどな。まぁ大雑把に言えば千代目だろうよ」
ペスケはすっかり呆れていた。きっと何度も同じ事を言われているのだろう。うんざり、という言葉が似合う程に声に覇気がなかった。
「千代目、というのが重要なんですか?」
「うむ。『黄昏の予言』には「ラウドの名を継ぐ者、千代の後に『星の心臓』が現れる」とある。要は彼が千代目以降の男だから『星の心臓』があるだろう、という事さ」
予言には確か、『星の心臓』を使う事で『天界』に行けるとあったはずだ。この記述はかなり重要なものに違いない。ミリルさん達から聞かなかったのも、もう既に予言として達成されているものだから聞くことがなかったのだろう。でもそうなると…。
「でも結局、『星の心臓』は見つかってないと…。私はこいつがラウドの名を勝手に継いでる不審者じゃねぇかなって思うんだがな」
「馬鹿言え!!誰のお陰で船が直ったと思ってるんだ!?この技術は一子相伝!間違いなく直系の血をひいた子孫さ!」
「その点に関しては信じていいと思いますよ。実際、彼がいなければまともに動かすのも難しいんですから」
「リオン!お前、中々分かってるじゃないか…!ま、多少持ち上げた所でレストさんは俺の物だがな!」
リオンは物凄い渋い顔をしたが、何かを飲み込んで平静を取り戻した。
「…『星の心臓』が現れる。って変な書き方よね」
ベクルがパンをかじりながら疑問を口にした。
「何かおかしかっただろうか?『星の左手』に出る事も分かっている、だから私達も何百年も前から調査を…」
「だって、『星の心臓』は船を『天界』まで飛ばす為の物でしょう?そんなものが死にかけの星に生まれるの?」
この星はやがて死に行く定めらしい事は『黄昏の予言』自体が示している。このまま放っておけば『永遠の黄昏』が訪れて星が死ぬ。それなら、船を『天界』まで導く物が死にかけの星に生まれるのだろうか。ベクルはそう思ったらしい。
「実際見つかってねぇんだからな。そんなもんはない、って結論付けるのが適切な気がするわ」
――「…『星の心臓』はある」
これまで黙っていたノーエルが静かに口を開いた。視線が集まる、ノーエルの元に。
「へー?根拠を聞かせて貰おうじゃないの」
「俺はそう信じているだけだ」
ペスケは机を軽く叩いた後、やれやれ、と言った様子で手を左右に振った。
でも、ノーエルの言葉には何か説得力がある。この人がある、と言えばあるような気がする。お父さんの血がきっと、そうさせている。
「まぁ予言にあった『勇気』を使える『勇者』も現れたからな。間違いなく、今の時代に星を救う鍵があるはずだ」
「…?予言に『勇気』について記述があったんですか?」
『フォーアス』についてはあれこれ聞かされていたが『勇気』については聞いていない。『フォーアス』の一族は『勇気』が使えるくらいは知ってるけど、星を救うのに必要だったとは聞いてなかった筈だ。
「あぁ。『勇気』自体の証明がされてなかったからな。記述も実に曖昧で…」
「確か…「風の足跡を辿れる者だけが『勇気』を手にする」…だったか意味が分からないんだよなぁ」
風の足跡…。普段、私が感じているあれだろうか。でもあれくらいなら皆、目にしたことはあるはずだ。カントリーヒルはただでさえ風の多い土地柄だし。
きっとカントリーヒルの何かに関係する事なんだろう。どこかに隠してあるとか…だとしたら、私は見つけた覚えはないんだけど。
「レスティはよく風を見てるよね。何か覚えはない?」
ベクルは私の事をよく見ている。よく会話の途中に上の空になってしまう時があるのを知っているだろう。そんな時はよく「風を見ていた」と答えていた。
「覚え…ハッキリとは言えないんだけど」
突然、肩に手を置かれる。その手の主は追わずとも分かっていた。
「レスト。お前は俺にはない感覚を持っていた。自信を持って言え」
『勇気』を使った時のあの感覚。ノーエルはその事を言っているのだろう。だとしたら、風の足跡が迫ってくるあの感覚も…?
「…普段から、風の足跡が見えるの。大した事じゃないんだけど…」
ペスケは思わず目を見開いていた。ミリルさんが机を叩いて立ち上がった。
「大した事もあるか!?何故それを言ってくれなかった!!」
「え?だ、だって。みんな見えてると思って…」
草が風に靡いて倒れる様はみんな見えているはずだ。私はそれを風の足跡と例えたけど、そんなの感性の問題だ。きっと、誰か同じ事を考える人が何人もいてもおかしくはない。
「父さん達には言ったのか?」
「う、うん…。笑って「凄いな」って言ってくれたけど…」
予言にあったのなら、私がどこかで聞いて、『勇者』の真似事をしていると思って聞き流したのかもしれない。私がそういうのに憧れを持っていると知っていたから…。
「…そうか」
ノーエルは視線を外して、どこか遠い所を見ていた。お父さんから何か、聞いていたのかも。
「具体的にはどう見えるんだ?『勇気』を使う時に見えたりするのか?」
ミリルさんが距離を詰めて聞いてくる。別に隠していた訳じゃないんだけど、言わなかったのは悪い事だったみたい。
「え、えーっと…。風の足跡が迫ってくる感じで…」
「迫ってくる?見えているのか?!なら最初に言ってくれれば…!」
「ミリルさん、落ち着いて…。レスティ、どう感じていたの?」
「うぅーん…でも、私にもよく分からなくって…」
感覚、でしか感じた事がない。どう説明すればいいのかはそう感じた、としか言いようがない。言葉ではどうにも表せないような気がしていたのだ。
「…普通に考えれば、足跡が迫る、という表現はおかしいな。それなら足音、じゃないのか」
「見えてるのなら迫ってきてもおかしくないけど…。目の前に来ているの?」
私は首を振った。そうじゃなかったから。目で見えている訳じゃない、そこにある訳じゃない。でも、確かに迫ってくる感覚があった。
「見えてる訳じゃないけど…。でもでも、そうとしか言えなくって…」
自分でも何を言っているのか分からない。見えてる訳じゃない、思い返せば、何故、そう表現したのかが分からない。でも、何かが迫ってくるのは確かで…。
「…見えない何かが迫ってくるのなら、跡ではなく音が正しいはずだ。感知しているのなら尚更な」
「……ご、ごめんなさい。兄さん…。やっぱり私、駄目だよね…」
「お前を責めている訳じゃない。ただ、力の使い方を知りたかっただけだ」
でも、兄さんの言う事は正しい。迫ってくるのなら足音が正しいはずだ。心のどこかで、昔に聞いた予言の一部を復唱していたのかもしれない。この感覚を正しく伝えられれば、兄さんだって使えるようになるかもしれないのに。
「…昔から、と言っていたな。子供の頃から感じていたのか?」
「はい…。風を追いかけるのが好きで…。そのせいでよく転んでたんですけど…」
ミリルさんは顎に手を当てて考え込んだ後、絞り出すように声を出した。
「…可能性ではあるが、『魔力』に対する感応性が高いのではないだろうか」
「記憶を読み取ってるとかそういうのか?まーそれならあるかもな」
記憶…?確かに、誰かの記憶が流れてくるような感覚は何度も覚えている。それは夢だったり、現実だったり、場所は様々だ。
大概は空耳だったり、空想だったりの言葉で片付けていた。ふと物語を閃くというのは誰にでもあるありきたりな事だ。でも、それが、誰かの記憶だったのなら。
「『魔力』は記憶を持つ。彼らもまた、生き物だからな」
「生き物って言ってんの『大魔導士』サマだけだぜ?確かに記憶を持ってるらしいけどなぁ」
「古代にあった深魔導の考え…ですよね?全ての物体に『魔力』は介在していて記憶を持つ…」
そういう学問では有名らしい。私は今まで聞いた事が無かった。魔法だって得意ではなかったし、『魔力』を使う、という行為さえ意識してできるほど器用ではなかった。
「そうだ。彼らは生きているからこそ、私達の言う事を聞くしその度に力を変える」
「純粋なエネルギーとしては性質が変化しすぎるから生き物…ねぇ」
「時に人に共感し、力を貸す事もあれば…人を選び、順応しないのが『魔力』という生き物だ」
口にしながら自分の右手を見ているミリルさんの目はどこか、寂しそうだった。魔法を使えない『大魔導士』として、思う所はいっぱい、いっぱいあるだろう。
「今度は悪魔学の話か…。その観点から言えば『勇気』の説明だってつくだろうけどさ」
「悪魔学?怖そうな話だけど…」
専門家からは専門用語が次々と出てくる。私にはわからない事ばかりで追いつくので精一杯だ。
「『魔力』は人を選ぶって言っただろ?『魔力』が強い共感をした時に『勇気』が起こるかもしれないって話さ」
「…要は人と同じさ。力を貸したい、と『魔力』が感じたからこそ特別な現象が起きる…『魔力』にも感情があるんじゃないかという学問だよ」
強い共感…その場にいる皆が力を貸したい、そう思ったからこそ起こる『現象』…。『奇跡』と紙一重の物なのかもしれない。
「まるで『奇跡』ですね」
「遥か昔に人はそう言ったそうだ。『奇跡』の事を『魔法』ってな」
「どっちも分からない事だらけだ。だけど起こるには必然がある。条件が揃ってなければ起きないものだ」
『勇気』にも条件がある。どれも似たようなものなんだろう。簡単には起こせないからこそ、必然にしようとする。その為の手段の一つが『魔法』だ。きっと『勇気』も、解明されれば自由自在に起こせるようになる。今は神秘的な『現象』として置かれているけれど。
今だって私は何で起こせるのか分かっていない。もう一度、再現しろと言われても不可能だろう。
兄さんと一緒なら、まだわからないけれど。
「しかし、記述通りに力を得た今なら、あの予言には確信があったと言える。『勇気』は星を救うのに必要なんだ」
「…本当に?適当言ってたりしなーい?」
『勇気』はただの現象だ。例えば、雷雲があると雷が落ちるみたいにたまたま私が雷雲になれる資質があっただけ。いつ、どこに雷を落とせるかなんて私には制御できない。そんな不確かな物が、将来に星を救うと誰が予言できるだろうか。
それでしか止められない敵がいるならわかる。でも、今はそんな敵はいない。私たちは世界を滅ぼす魔王と戦っている訳ではないし、予言にもそういった存在は書かれていないはずだ。
「他の古文書からも『勇気』に関しては曖昧だった。ただ、入手の手段について書かれたのは予言だけだ」
「…確かに。私が調べた限りでも、『勇気』を手にするなどと書かれたのはあれだけだ」
ミリルさんが言うのなら本当にそうなのだろう。この星であの人よりも知識がある人はいない。
「必要なかったのなら入手方法なんて記さない。あの予言は星を救う為の方法だけを書いてるはずだからな」
詳しくは分からないけれど、そういう事らしい。ちんぷんかんぷんの顔をしているとベクルがこちらにそっとシチューのおかわりを渡してくれた。
「現状、それを否定する材料もない…。星が死につつあるのは事実なのだから」
かつて栄華を誇った街並みと、確実に現在の人々には浮かせる事が出来ない『天界』の存在。今ではわからないくらい昔に比べたら、死にかけの星な事は間違いがないようだ。
私は話にしか聞いた事がないから分からないけど、古代の時計は12時までしか表示されてないらしい。今のこの星には、一日に24時間が流れている。昼の日の24時間と夜の日の24時間、昼の日と夜の日が交互に来るのが普通だ。昼の日はずっと明るいし夜の日はずっと暗い。でも、聞いた話ではかつて昼と夜が一日の中にあったらしい。そんな事はとても想像できないがミリルさんが言うにはそれが一番の証拠、という事らしい。星と星の位置関係は昔から変わってないからなんとか…難しくて私にはよく分からなかった。
「『滅亡予報士』の書いた『黄昏の予言』ね…。私は信じてないけど」
ベクルは明確に疑いの目を向けた。書いてる人の名前なんて知らなかった、私の知らない事ばっかりだ。
「…あ、あぁ…。レスティ、小難しい話ばかりしてるけど無理に覚える必要は…」
「そうそう。こんなのはスキものだけ聞いてればいーの。私達の『役割』だからな。強いて言うなら…かっこつけた言葉以外は聞き流せ」
「僕も、無理に話を合わせる必要はないと思います。とりあえず、この星が危ないっていうのと…」
「俺が!星を救う最重要ピースだという事だけ覚えてればいいぜ!!」
ラウドは突然、立ち上がって声高に叫んだ。よく分からない姿勢で。
「ううん。私もちゃんと勉強してれば、って思ったし。話を聞くのは嫌じゃないよ」
ずっと薬草摘みで満足していた、そんな自分がいたからこそ、その言葉が出た。ミリルさんだってあんなに勉強を勧めてくれたのに、これだけが私の『役割』だとばかり思っていたから。
「……外が騒がしいな」
ノーエルは呟きながら立ち上がると、食べ終えた食器をそのままに外へと向かった。言われてみれば、確かに。何か騒いでいるような気がする。これは風か…何か…。
――風?
私が風を感じるはずがない。だってここは船の中で…。吹くはずがないもので…。
嫌な予感がした。私は気づいたら走り出していた。
「レスティ!どこ行くの!?」
後ろから皆が追いかけてくる音がする。それよりもやかましいくらい、風の音がする。私が感じるはずはない。だって、皆は誰も風が吹いてるなんて言ってなかった。だとしたら、この風は私にしか分かってない。
よくない気がする。今まで、こういうのは自分からだった。上手く言語化できないけど、外からくるのはおかしい。これは異常な――。
「うわあああああああぁっ!!?」
誰のものかわからない悲鳴が耳に響いた。やっぱり、外だ。
急いで甲板に出ると、ノーエルが『陽光灼蘭』に手をかけていた。まだ抜いてはいない。遠く、遠くの空を見ている。
「竜だ…!!『滅竜』だー!!」
視線の先を追うと、そこには遥かに大きな影があった。
まるで島かと思うほど、巨大な体躯は上空を凄まじい速度で飛んでいた。
遠くて分からない、分からないけど。
『私を見ている』
そんな気がした。
「落ち着け。奴の視線はこちらに向いてない」
「おいおい!マジかよ!?御伽噺の存在がまたもやかよ!?」
「ほ、本当にこっち見てないんですよね!?信じますよ?!ノーエル!!」
「私からも見えてる!気づいてないか…、それとも気にもかけてないか…」
御伽噺の存在、『滅竜』。この星を滅ぼすために生まれたらしい。その躰は全身真っ黒に輝いていて、空を飛ぶと周囲の光を滅ぼしながら黒い尾を引いていくらしい。
今、飛んでいる何かはその通りだった。伝えられている絵のように漆黒の線を描きながら、西の方へと向かっていった。
『ドラゴニア』の方だ。確か、『エーワンス』でそんな話を…。
「あいつ!俺の船にぶつかったやつか!?あの野郎!!今からでも飛んで追いかけて…」
「キャプテン。冷静になれ、あの速度はもう追いつけない」
ノーエルはもう構えを解いていた。『滅竜』がもう、小さな粒になるほどに遠くなったからだ。
「俺の船に不可能はねぇ!!飛んでみねぇとわからねぇだろ!!」
今にも走り出しそうなラウドをベクルが片手で押さえつけている。
「予言の記述にはなかったぞ…。『滅竜』については…」
ミリルさんは顔を青ざめていた。
今まで聞いていた話から考えても、何か強大な敵が現れる、という事は聞いてこなかった。『永遠の黄昏』なんていう曖昧な言葉ではあったが、それが滅びを与える『敵』なのか、それとも、そういう『現象』なのか。
「まさかまさかだな…。こりゃあいつ滅んでもおかしくないな!」
「ペスケ!!あんたねぇ?!」
ベクルは片手でラウドを押さえながらペスケに向けて手を伸ばした。ひらりとその手を躱すとペスケはまるで楽しむかのようにけらけら笑っていた。彼女からしたら今までありえないと思っていた事が連続して起きるから楽しくてしかたないのだろう。
「レスト。聞きたい事がある」
ノーエルが私を静かに見下ろしていた。私にできる事なんて少ないのに、思わず追いかけてきてしまった事を怒っているだろうか。でも、何だか嫌な予感がした。間違ってない…。そう思いたかった。
「な、なに?兄さん…」
「お前は一番に俺の事を追いかけていた。それも、俺が走り出すよりも早く」
…どういう事だろう。言っている意味がいまいち掴めない。
「俺は大声が聞こえたから歩いていくつもりだった。だが、お前が走って追いかけてくるのが聞こえた。只事じゃない気配を感じて、お前を置いていくつもりで走ったんだ」
「そ、そうなの…?」
兄さんの足を考えれば私を置いていくなんて訳はない。この星で一番…、『滅竜』を見てしまったから、断言はできないけど、人の中では早いはずだ。
「質問する時にいちいち自分の中身を証明しようとすんの『救世主』サマの悪癖だぜ?回りくどいから単刀直入に言いな」
「…何か感じたな?あいつの気配か?」
「……うん」
私は正直に頷いた。正確には、『滅竜』を感じた、ではなく何かの気配を感じた、だけど。
「レストが何かしらの才能…。いや、資質を持っているのは確実か…」
「…俺には無いものだ。確かに、お前は持っている」
言うべきだろうか、いや、ここまで言われたのなら、言うべきだ。
「…あっ!あの!」
私が声を出すと、皆が視線を向けてくる。どうにも慣れない感覚だ。注目される、というのは、私には向いてない。
「…あの人…?たぶんだけど、私の事を見てた…」
口から出たのはそんな、情けない言葉だった。どう考えても人ではないのに、私よりも目のいい兄さんやベクルもこちらを見てない、って言ったのに。確信も持てない癖に口に出してしまった。
「なんたって滅びをもたらす竜で『滅竜』だからなぁ。『勇者』は天敵なんじゃないのか?」
「…一部の古文書には、何度か『滅竜』を『勇者』が破り、中には共に戦った者までいるという記述があったな」
「信憑性は?」
「…ある訳がないだろう。だが…まぁ、『勇気』が有効である事は間違いはない」
もし、あんなのと戦う事になってしまったら。そう思うと、どうにも不安になってしまう。
兄さんが負けるはずがない。そうは思うのだけれど。
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