第19話 ウルダ(19)

混乱している村から、四頭の馬が村を遠ざけるように走った。これ以上、彼らがやれることはない、とサバッダの言葉に、兄であるサヒムはうなずいただけだった。サヒムにとって、不満があるものの、武器がない彼は偉そうに言えない。


それは、守られる人の立場だ、とジャンは以前ジャヒールに教えられた。武器を持たない人、または武器がない人は、弱い人に分類される。単純だけれど、力がすべてだという環境に適している。よって、武器を手に入るまで、しばらくはサヒムはサバッダの言うことを従わなければならない。


「サバッダ兄さん」


ジャンがいうと、サバッダは振り向いた。


「もう眠いか?」

「はい」

「おいで」


サバッダは馬の速度を落とさず、手を伸ばした。すると、ジャンはサバッダの手をとって、そのままサバッダの胸に飛び込んだ。サバッダがジャンを自分の胸にジャンを寄せると、ジャファーはジャンの馬の縄を取った。


一行はしばらく走って、数時間が経った。やがて休憩に馬を止めると、サヒムは自分の馬に積まれている羊の皮でできた水袋を降ろしてバケツに水を注いで、馬たちに飲ませた。


「眠っているね」


サヒムが言うと、サバッダは軽く笑って、ジャファーが敷いた布の上に寝かした。


「疲れたでしょうね。彼はまだ小さいから」

「いつもこんな感じか?」

「いいえ」


サバッダは自分の水筒のフタを開けて、そのままグビグビと飲んだ。


「彼はとてもしっかりしている子どもだ」

「母親は心配しないのか?」

「心配するでしょう。どう見ても、まだ4歳の子どもだから」


サバッダはすやすやとしているジャンを見て、答えた。ジャファーはサバッダが持って来た調理器具で米と干し肉と干しナツメヤシを煮込んでいながらサバッダとサヒムの会話を聞いている。


「文句は言わないのか?」

「どうなんでしょう」


サバッダは首を傾げた。


「僕はジャンの母親のことをあまり分からないから、なんとも言えない。けど、どの母親でも、子どものことになると、心配するに決まっているよ」

「そうだね」


サヒムは水を飲んで、うなずいた。食事ができた、とジャファーが言うと、彼らはうなずいて、ジャン抜きで食事を済ました。


「起こさなくても良いのか?」

「大丈夫だ」


サバッダはうなずいた。


「馬たちも休憩し終えたから、食事の後、そのまま行こう」

「分かった」


サヒムはうなずいた。


「俺にジャンのことを任せろ。ジャンの馬は俺の馬に固定して、引っ張ろう」


サヒムが言うと、サバッダは食べながら、うなずいた。サヒムがジャンを面倒見てくれるならありがたい、とサバッダは思った。


「しかし、まさか俺が知らない間に弟ができてしまったなんて、父さんに会ったら、文句を言ってやる」

「ははは」


サバッダは思わず笑った。


「ジャンは良い子だよ、兄さん」

「それは認めるよ」


サヒムは茶碗に残ったご飯を食べ終えて、水を飲んだ。


「彼は優秀だ。あの暗闇の中、彼は一人で村人を解放してから、俺を助けた。周囲の敵軍はほとんど死んだ。まだ幼いのに、すごい子だ」

「頭が良いからね」


サバッダはうなずいた。


「お兄さん、知ってる?ジャンはいろいろな言葉もできるんだよ」

「彼は言ったな。ただ何語とは言っていなかった」

「アルキア語、イルカンディア語、エルガンティ語、トルピア語、スミルキア語、ミン語、とサイキス語も。読み書きはまだできないけど、話すことぐらいなら問題ないらしい」

「すごいな」

「母親はもっと話せるらしい。読み書きも、できるらしい」

「羨ましい。絶対に頭が良い女性だ」


サヒムが言うと、サバッダもうなずいた。


「俺もそういう女性と巡り合わせたい。出合ったら、絶対に逃がさない」

「ははは。成功を祈るよ、兄さん」


サバッダは笑いながら食器を片付けた。ジャファーも微笑んで、食器を軽く洗って、荷物を片付けた。


準備ができると、サヒムはすやすやと寝ているジャンを抱きかかえて、馬に乗った。サバッダとジャファーがうなずくと、彼らは直ちに出発した。


一刻も早く村に戻りたい、とサバッダは思った。そうすればジャンを休ませることができる。短時間でよくサヒムを見つけて、無傷で助け出した。そのことを思うと、サバッダは鼻が高い。自慢の弟だ、とサバッダは村の人々に言いたいぐらいだ。


「サバッダ様」

「ああ」


ジャファーが言うと、サバッダはうなずいた。別の方向から、見知らぬ団体が現れた。


身なりから見ると、商人ではない。旅人か、山賊か、とサバッダが思った瞬間、彼らは剣を抜いた。


「山賊だ!」


サバッダの言葉で、今まですやすやと眠っているジャンが目を覚ました。


「大丈夫だよ、ジャン」

「あ、サヒム兄さんでした。あれ?」


ジャンが混乱すると、サヒムは笑った。このような緊迫するはずの時に、なぜか彼は余裕に思った。


「自分の馬に戻るか?」

「うーん・・」


ジャンはサバッダとジャファーを見てから、武器を抜いた山賊らを見ている。


「一人、二人、・・10人、20人?」

「正確には24人だ」


サヒムが言うと、ジャンはまた暗闇で見えた武器の数を見ている。


「兄さんは、このまま走ったら、大変ですか?」

「いや、特に問題ない」


サヒムは首を振った。彼の心の中に、ジャンが何を考えているのか知りたくなって、わくわくしてきた。


「なら、私をしばらく固定してください」

「固定って?片手でおまえを落ちないようにすれば良いのか?」

「はい」

「良いよ」


サヒムは微笑みながら言った。ジャンはサヒムを見て、そのまま立って、周囲を見渡した。


サバッダとジャファーは騎馬戦をやっている間に、サヒムとジャンは少し離れている方向へ走った。数人の山賊らが追ってきた、とジャンは思って、胸のベルトから投げナイフを引き抜いて、投げた。


ナイフは全部5本だ、とサヒムはチラッと見た。


一人、また一人、とサヒムは確認した。実に高度な技術で、極めて難しい技だ。止まっている相手なら数ヶ月間の訓練した人ならできるだろう、とサヒムは思った。けれど、動いている相手で、自分も不安定なところにいるにも関わらず、ナイフが命中したことは非情に難しいことだ。サバッダでさえその技ができるかどうか、とサヒムは確信を持てない。けれど、彼が確信したのは、この4歳児は問題なくできることだ。


「ナイフは後三本だね。どうする?」

「うーん」


サヒムが言うと、ジャンは考え込んだ。できるだけサバッダたちと遠くへ離れないようにしたい、とサヒムが言うと、ジャンはうなずいた。


「兄さん、ちょっとぐるりと回ってくれますか?」

「どの方向へ?」

「ここからサバッダ兄さん方向へ回って、ぐるりと走り越して、横切って、サバッダ兄さんとジャファーさんの馬と逆方向へ、さっきまで走った道へ戻る」

「馬に負担が大きそうだね」

「なら、私の馬の縄を切って下さい」

「良いのか?」

「はい。兄さんは武器を持たないから、一人にできません」


ジャンが言うと、サヒムは微笑んだ。痛いところに突かれた、とサヒムは思った。


「分かった。馬の縄がサドルに繋いであるから、おまえは斬って」

「分かりました」


サヒムが言うと、今度はジャンは再び座って、向きを変えた。ジャンは短剣を出して、サヒムの脇からそのまま馬の縄を切り落とした。軽くなったサヒムの馬はスピードを出して、ジャンの言う通りにサバッダたちに接近した。そしてジャンは再び立って、敵を見渡した。ジャンは敵から視線を変えずに、ベルトから投げナイフを抜いて、投げて、命中した。


一人が馬から落ちると、他の山賊たちはジャンたちに目を付けた。


「あと二本だね」

「はい」


サヒムが言うと、ジャンはうなずいた。さぁ、どう出るか、とサヒムは楽しくて仕方がない。


ズサッとジャンはまたナイフを投げた。あと一本だ、とサヒムはそう思いながら、残りの一本も投げた。


命中した。しかし、ジャンの手元に、もうほとんど投げナイフは残ってない。


「どうする?」

「そのままにしてください。相手がこちらにごっそりと来るように釣ります」

「それで良いのか?」

「はい」

「分かった」


サヒムはうなずいて、馬を操って、サバッダたちを追い越して、逆方向へ走った。驚いたサバッダたちはさっさと相手を倒して、逆にジャンとサヒムを追いかけた。


そう見ているジャンは真剣な顔で追ってきた敵を見ている。


「兄さん、手を離して」

「落ちるぞ?」

「大丈夫です」

「分かった」


サヒムが手を離した瞬間、ジャンは素早くサヒムの肩に登って、そのまま風に乗って、素早くシャムシールを抜いて、追ってくる山賊の頭をシャムシールで斬った。あまりにも突然なことで、サヒムだけではなく、サバッダとジャファーも驚いて、目を疑った。


ジャンはそれだけで止まらず、走っている馬の上から、近くにいる山賊の馬に飛び移って、シャムシールを振り降ろした。サバッダは焦って、次々と敵を斬りつけた。けれど、敵も勝ち目がないと分かったらしく、そのまま違う方向へ行こうとした。


その時だった。


ジャンは死んだ山賊を武器を奪って、そのまま投げた。


命中した。


馬の上に死んだ山賊が落馬すると、ジャンは素早く馬の縄を取って、馬を走らせた。そしてまた飛び込んで、サヒムの近くに近づいた山賊を斬り捨てた。


その騎馬戦の技術は半端ない、とサヒムは息を呑んで、思った。


本当に4歳児なのか、と彼は目を疑った。ジャンはサヒムを追い越して、逃げ遅れた山賊一人の馬に飛び移って、驚いた山賊が何かを言う前に、シャムシールの餌食になって、絶命した。


「サヒム兄さん!大丈夫?!」

「ああ、問題ない!」


サヒムが大きな声で返事すると、ジャンは微笑んだ。サヒムが手を伸ばすと、ジャンはシャムシールを背中にある鞘に入れて、すぐにサヒムの手を取って、飛び移った。


「わ!」

「もう、びっくりしたじゃないか!」

「ごめんなさい」

「ははは!」


サヒムは笑って、ジャンを抱きしめた。サバッダとジャファーは二人を見て、安心したかのように、うなずいて、近くに敵がいないかと探した。もう安全だと分かったサバッダは、口笛で知らせた。すると、サヒムは馬を止めて、ゆっくりとサバッダの元へ向かった。


「ジャン! 大丈夫か?!」


サバッダが心配そうな顔で近づくと、ジャンはうなずいた。


「大丈夫です」


ジャンが言うと、サバッダは安堵した様子でいた。


「でも、おなかが空いた・・」

「分かった。後で食事を用意するから、しばらくそこにいて。ジャンの馬を探すから」

「はい」


サバッダが言うと、ジャンは素直に返事した。実際に、彼のおなかからグ~グ~と音が聞こえているぐらいだった。


「そのシャムシールは、父さんから?」

「いいえ。サビルおじい様から頂きました。小さい時に使った武器だ、と仰いました」

「良く使い熟したね」

「アブ兄さんが教えてくださったから、使えるようになりました」

「アブって、・・アブ・エフラド?」

「はい」


ジャンはうなずいた。


「そうか」


サヒムはジャンを抱きしめて、しばらく考え込んだ。エフラド家にとって、ジャンもとても大切な子どもだということだ。先ほどの戦闘を見れば、ジャンの優秀さが一目瞭然だ。


タレーク家にとって、そしてエフラド家にとっても、ジャンの存在は大きい。間違いなく、両家はジャンを欲しくてたまらないだろう、とサヒムは思った。


「ふあ~」

「眠いなら、少し寝て。ご飯ができたら、起こしてやるから」

「はい、むにゃむにゃ・・すー」


睡魔に勝てないジャンを見て、サヒムは微笑んで、ジャンを自分のマントで包み込んだ。そしてサバッダとジャファーが戻って来るまで、静かにその場にいた。

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