第12話 ウルダ(12)

「良い剣だな」


アブはジャンの手にあった剣を褒めた。


「はい、サビルおじい様から頂いた物です」

「ほう、珍しい」


アブが言うと、ジャンは首を傾げた。


「そうですか?」

「ああ」


アブはうなずいて、訓練を終えたサマンに手を振った。


「お帰り。あの剣は?」


サマンが聞くと、ジャンはにっこりと笑った。


「サビルおじい様から頂いた物です」

「ジャンには結構大きな剣だね」

「はい」


ジャンはうなずいた。


「ジャヒール先生から、この剣の使い方はアブ兄さんに聞くように、と言われました」

「分かった」


アブはうなずいた。そして近くにある丘に示しながら、三人が歩いた。その丘から羊たちに囲まれているアミールとサバッダが見えた。他の若い男性らもいっしょけんめいに羊を捕まえて、毛を刈り取る姿が見えた。


「あの袋は?」


サマンが聞くと、ジャンは袋の紐を解いた。


「葡萄だ、と言われたけど、・・あっ、別の袋もあった」


ジャンは袋の中から小さな袋を出した。知らない文字で書かれている袋が二つあった。アブはその袋を取って、文字を読んだ。


「投げナイフ、と書いてある」

「わーい!」

「もう一つは、これは・・」


アブの顔色が険しくなった。


「これは預かっておく。先生と話さなければならないんだ」

「ん?はい」


アブはその袋を懐に入れた。


「他は?」

「葡萄ですね」


ジャンは新鮮な葡萄を取り出して、笑った。


「葡萄か、良いな、ジャン」

「皆で食べるように、と先生に言われました」


サマンが言うと、ジャンは笑って一粒を口に入れた。そしてアブとサマンにも分けて、三人が美味しそうに甘い葡萄を食べた。しばらくすると、アミールとサバッダが仕事を終えて、丘の上にいるジャンたちの元へ向かった。アブはジャンの剣を持って、軽く剣舞を見せた。アミールとサバッダが彼らに合流すると、アブは舞いをやめて、また葡萄一粒を口に入れた。


「新しい剣か?」


アミールはジャンが差し出した葡萄を取って、口に入れた。


「いや、これはジャンの剣だ。半月刀で、サビル叔父さんからもらった」

「ほう。俺の剣と形が少し違う。俺も半月刀だけど」


アミールが自分の剣を抜くと、明らかに形が違うことに気づいた。


「あの剣は、シャムシールというらしいです」


ジャンが言うと、アミールたちは興味津々と剣を見ている。サバッダも剣を抜いて、アブの手にあるジャンの剣を見て、ふむふむとうなずいた。アブたちの武器と比べたら、ジャンの剣はとても細い。


「イスタ婆様の一族の剣かもしれない。爺様と結婚したときに、いろいろな荷物を持って来た、という話は聞いた」


アブが言うと、彼らはうなずいた。アブの祖父は二人の妻を持っていた、という話は有名である。第一夫人はアブの父親の母、シャナ。そして第二夫人はサビルの母、イスタだ。


「残念ながらイスタ婆様はもう亡くなった。シャナ婆様も最近はぼけてしまったから、詳しい話は聞けない」

「ふむ」


アブが言うと、アミールたちは考え込んだ。


「おまえの父さんが戻って来たら、聞けると思ったけどね」

「いつ戻るか分からない親父だ」


アミールが言うと、アブは苦笑いした。


「まぁ、とりあえず、シャムシールの使い方は俺が教えるよ、ジャン」

「はい」


アブが言うと、ジャンはうなずいた。


「サマンも一緒に訓練すれば良い」

「はい」


サバッダが言うと、サマンはうなずいた。彼らの中で、サマンは一番下手だからだ。恐らくジャンの方が上だ、とサバッダは思った。けれど、そのことを口に出さなかった。


「ところで、奴隷の焼印はいつ頃消す?」


サバッダが葡萄をつまみながら聞いた。


「明日」


サマンは葡萄を食べながら言った。


「とても痛いと聞いたから、耐えてがんばれよ」

「ああ」


アミールが言うと、サマンはうなずいた。


「この焼印さえなくなれば、これからどこへ行っても、ビクビクしなくても済む」

「そうだな」


サマンがそう言いながら、また葡萄を口に入れた。結局彼らは夕飯の時間までずっとその丘の上で会話しながら葡萄をつまんだ。





翌朝。


羊の乳を搾ったあと、ジャンたちは朝ご飯を食べた。


「ジャン、先生が呼んでいる」


ヤカンを持って来たサバッダがそう言いながら、次々と仲間の茶碗に紅茶を注いだ。ジャンはうなずいて、紅茶を飲んでから、急いでジャヒールの所へ行った。


「来たか、ジャン」

「はい」


ジャンはうなずいた。


「これをしっかりと保管しなさい。旅をするときに持って行くと良い」

「はい」


ジャヒールは懐からサビルからもらった袋をジャンに渡した。


「これはなんて書いてあるのですか、先生」

「毒だ」


ジャヒールは即答した。


「一滴でもラクダどころか、村全体が死ぬほどの猛毒だ」

「えっ!」

「この毒は、大陸の南にあるしましま蛇の毒と黒蛇の毒と水クロカタという植物の毒を混ぜた物で、名前は女神の微笑みだ」


ジャヒールはジャンをまっすぐに見て、そう言った。


「・・とても猛毒だ。取り扱いには注意してね」

「はい。気を付けます」

「ああ」


ジャヒールはうなずいた。


「でもなんで女神の微笑みと言う名前なんですか?」

「その毒に犯されると、微笑みながら死ぬからだ」

「・・・」


ジャンは瞬いて、また手に持った毒を見ている。


「それを保管してから、サマンを広場まで連れて帰なさい」

「はい!では、失礼します!」


ジャンは足早く走って、自分のテントへ向かった。そしてしばらくしてから、彼は片付けているサマンを見つけて、そのままサマンの手を引いて、村の広場に向かった。


「来たか」


ジャヒールが言うと、サマンとジャンはうなずいた。後ろからアブたちが見えていると、ジャヒールは無言でうなずいただけだった。


「上着を脱いで、その机の上に仰向けになれ。ジャン、サマンの服を受け取って」

「はい」


ジャヒールの指示通り、サマンは上着を脱いでジャンに渡した。そして緊張しながらジャヒールが用意した机の上に仰向けになった。数人の村人が来て、うなずいた。彼らの手には燃えているコンロと鉄のコテがある。


逃げた奴隷を隠せるのは小さい時だけだ。もうすぐ成人になるサマンのためにも、奴隷の焼印を消すしかない。けれど、元々奴隷の焼印は熱く焼かれた鉄を肌に当てた物だから、かなり深い。ようするに、簡単に消せない物だ。焼印を消すには、焼印よりも大きな別の鉄のコテを使って、その焼印の上に重ねるしかない。


「これを口に咥えろ」

「はい」


ジャヒールがハンカチを数枚をぐるぐるにしてサマンに渡した。サマンは素直にその布を口に咥えた。すると、数人の男らがサマンの手と足を押さえて行くと、ジャヒールは赤く燃えている鉄のコテを取った。


「怖いなら目をつむっても良いよ」


ジャヒールが言うと、サマンは緊張しながら首を振った。


「分かった。じゃ、行くよ。耐えろ!」

「んぐぐぐぐぐ!」


熱い鉄のコテがサマンの胸にある印の上に当てられると、サマンの目から涙がこぼれた。あまりにも痛かったからか、熱かったからか、サマンは涙ながら必死に耐えた。そのプロセスは二回に行われて、元の焼印がきれいに見えなくなった。


「よく頑張った」


ジャヒールは鉄の棒を片付けながら言うと、サマンはただ瞬いただけだった。彼の体を押さえた男らはサマンの口からハンカチをとって、傷口を丁寧に薬で塗った。


「今日は休んだ方が良い」


一人の男が言うと、サマンはうなずいて、頭を下げた。サバッダとアミールはサマンを起こして、そのままテントへ連れて行った。ジャンも瞬きながらアブと一緒にテントへ向かった。


「ジャン、サマンの服を片付けてから、水を持って来てくれ」

「はい」


ジャンはサマンの服をかけてから、すぐさまバケツを持って、井戸へ向かった。井戸では服を洗っている女性らが大勢いて、彼女達はジャンのために水を汲んできた。


「アブ兄さん!」

「そこに置いて」

「はい!」


ジャンが戻って来ると、アブはその水にタオルを入れてからサマンの顔と体に当てた。


「サマン兄さん、大丈夫?」


ジャンが聞くと、さっきまで涙を流したサマンはなぜか微笑んだ。


「ああ、問題ないよ。めちゃくちゃ痛かったけど」


サマンが言うと、アミールは微笑んで、うなずいた。


「サバッダ、ジャンを連れて、エラサ婆さんを手伝いに行って。屋根がどうのこうのと言ってたから、見に行った方が良い。俺はこれからサマンの薬を取りに行く」

「分かった」


サバッダはそう言いながらジャンの手を引いて、外へ出て行った。


サバッダがジャンを連れて行った場所はエラサという女性のところだった。彼女は二人を歓迎して、ジャンたちに屋根の修理を頼んだ。サバッダが屋根の上まで行くと、大体悪いところが分かった。


「おまえは下で婆ちゃんと一緒にいて。修理は僕が一人で十分だ」

「はい」


ジャンはうなずいて、下へ降りた。エラサは笑って、ジャンと一緒に庭へ向かって、いろいろな植物の世話をした。エラサとジャンが植物に夢中している間に、仕事を終えたサバッダは降りて、いっしょけんめいに鉢植木に水やりしているジャンを見て、笑った。サバッダが屋根の修理し終えたことにエラサに告げると、エラサは嬉しそうにうなずいた。そして、ジャンが気に入った花の苗を鉢植木ごと渡した。


御礼に、と。


ジャンは嬉しそうにその鉢植木を受け取って、頭をさげて、礼を言った。そして二人がエラサの家を離れて、訓練所へ向かった。ジャンは鉢植木を置いて、周囲を見渡す。


「なぁ、ジャン」

「はい」

「おまえはどうやって動いている山賊にナイフを投げた?」


サバッダが聞くと、ジャンは首を傾げた。どうやら質問の意味が分からないようだ、とサバッダは思った。


「質問を変えるね。おまえは、アルキアでどうやって投げナイフの練習したの?」

「普通に、走りながら投げるだけです」


ジャンはそう言いながら、懐から投げナイフを出した。そして彼は素早く走りながらナイフを投げた。


ズサッ! ズサッ!


そして高く飛び込んで、また投げた。全部的に命中した。


すごい、とサバッダは素直に思った。


「なるほど」


その声が聞こえた瞬間、ジャンとサバッダは後ろへ振り向いた。ジャヒールと警備隊の隊長であるサバッダの兄、サフィードと一緒に現れた。


「ジャン、紹介する。こちらはサフィードさんだ。警備隊長で、サバッダの兄だ」


ジャヒールが隣にいる男性に紹介すると、ジャンは姿勢を正しく、丁寧に自己紹介した。サフィードも微笑んで、うなずいた。


「噂通り、礼儀正しい子だ」


サフィードが言うと、サバッダは誇らしげに笑った。


「僕の弟だからね」

「ははは、なるほど」


サバッダがいうと、サフィードは笑った。


「後で父に言っておくよ。タレーク家に新しい子どもができた、と」

「そうして下さい」

「ははは、分かった」


サバッダが言うと、サフィードは笑ってうなずいた。そして小さなジャンを見て、手を伸ばした。


「サバッダの弟は俺の弟でもある。よって、俺たちは家族だ。これからもよろしくな、ジャン」

「はい」


ジャンは瞬いて、体が大きなサフィードを見て、手を伸ばした。サフィードは笑って、ジャンの手をそのまま引っ張って、腕の上にそのまま抱きかかえて、的の方へ歩いた。


「これだと、毒がなければ、急所に当たらない限り相手は死なないな」


サフィードが言うと、ジャンはうなずいた。


「でも、おまえの動きが良かった」


ほとんど命中だ、とサフィードは思った。これで毒に塗られたナイフなら、間違いなく、相手は死ぬ。


「サビル様から剣をもらったって?」

「はい。でも、テントの中に置いたままでした。大きいから、持ち運びにくくて、どうしようか、と思います」

「そうか・・」


サフィードはそう思いながらジャンの顔を見ている。


「背中に固定するか?」

「できるんですか?」

「できるさ。俺のお古なんだが、そのようなベルトがある。あとで取りに行こうか?」

「はい、お願いします」


ジャンは丁寧に御礼した。


「かわいいな」


サフィードは笑いながら、ジャンの腕を見ている。細い腕だ、とサフィードは思った。


「ジャン、おまえにとって今必要な訓練は技ではなく、腕を鍛えることだ、と俺は思う」

「腕?」

「そう、この部分は腕というんだ」


サフィードはジャンの腕を触れて、説明した。


「この腕を強くしなければ、ナイフの無駄遣いだよ。投げても相手は死なない。なぜなら、攻撃が軽いから、与えたダメージは浅い」

「どうしたら良いですか?」

「毎日練習するしかない。サバッダたちと一緒に羊と追いかけっこして、水を汲んだり、そういう日頃の訓練は意外と結構良い結果に繋がるよ」

「はい」


ジャンはサフィードを見て、うなずいた。


「さって、そろそろ行こうか?」

「ん?」

「サビル様を見送る。南へ行くんだって」

「あ、はい。でも、エラサおばあさんからいただいた鉢植木がそこに置きぱなしで・・」

「鉢はあとで取りに行けば良い。ここだと誰も鉢植木を盗む人はいない」

「はい」


ジャンの答えを聞いたサフィードは笑って、そのままジャヒールたちと一緒に広場へ向かった。

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