第11話 ウルダ(11)

宴の日以来、ジャンは正式にジャヒールの弟子となった。村人はジャンを受け入れて、かわいがっている。女性たちはジャンを自分の子どもたちのように彼を見守っている。たまに差し入れをする人もいて、ジャンにとって、とても楽しい毎日だ。ジャヒールの修業が厳しくても、ジャンは問題なくそれを熟している。


「ジャン、おかしらが呼んだよ!」


アブはサマンと一緒にナイフ投げの練習をしているジャンに声をかけた。


「はい」

「今すぐだ!」

「あ、はい!」


ジャンが慌ててナイフを片付けようとしたけれど、サマンは首を振って、すぐさまアブにうなずいた。


「俺が片付けるから、おまえは急いで行って」

「はい!ありがとうございます!」


ジャンは頭を下げてから、アブの元へ走った。サマンは笑いながらそんなジャンを見て、ナイフを片付けた。


「上手くできたか?」


サバッダがサマンに聞くと、サマンはため息付いた。


「ジャンの方が上手で、まとに命中する確率が高い」

「あの子はどうやら小さい時から、普通にナイフ投げしているらしい」


サバッダは自分の腰にあるナイフポーチから投げナイフを出して、的を狙った。そしてナイフを投げると、ほとんど的に命中した。


「コツを教えるよ。こうやって持つと、投げやすい」


サバッダがナイフの刃の先端を持って投げると、的に付けられる印に当たった。サマンはうなずいて、真似して、ナイフを投げた。欲しくも外れた。


「一番難しいのは動く的だ。僕は今になっても上手くできていない。もっと練習しないと、ダメだね」


サバッダがまた手本を見せながら言った。サマンはしっかり見て、また投げた。今回はしっかりと当たった。


「あの時、ジャンはクジャク星を使って、ナイフを投げた」

「ああ、それを聞いた先生は信じられない様子だった」

「でも、先の投げ方だと、毒が自分の指に当たるだろう?」

「そうだ」

「どうやって自分が毒に当たらないようにするの?」

「訓練するしかない」


サバッダはナイフを連続してなげた。それらのナイフが複数の的に命中した。


「ジャンは、その訓練を終えた、ということか」

「多分ね」


サバッダはそう言いながらうなずいた。


「だが、毒は進化し続けるよ。これからもいろいろな毒が出てくるだろう。新しい毒もどこかで出ているかもしれない。俺たちはその知識をこれから学ぶんだ」


サバッダはそう言いながら的へ向かって、歩いた。そして自分が投げたナイフを回収して、腰にあるナイフポーチを入れた。


「毒の前に、まずそのナイフをしっかりと使えましょう」

「はい」

「僕はこれから羊の毛を剃らなければいけない。またな」

「はい、ありがとうございます!」


サマンが言うと、サバッダは微笑んで、手を振った。そして彼の名前を呼んだアミールの元へ向かった。





「ジャンが参りました」


ジャンとアブがジェナルのテントに入ると、ジェナルはうなずいて、近くに座るようにと合図した。ジェナルの前にはジャヒールとサビルがいる。


「アブは外で待ってくれ」


ジャヒールが言うと、アブはうなずいて、外へ出て行った。


「あ、サビルおじい様・・・・


ジャンが言うと、サビルは大きな笑みを見せた。


「ジャンはわしの孫だ」


ジェナルが言うと、サビルは笑った。


「先におじい様と呼ばれたのはわしだよ?」

「血縁的に、ジャンはわしの孫だ」


ジェナルが言うと、ジャンは困った顔している。


「だから、ここに座れ、ジャン」


ジェナルが言うと、ジャンはジャヒールを見てから、素直に座った。


これは命令だからだ。


「ご用件はなんですか、ジェナルおじい様?」


ジャンが聞くと、ジェナルは満足そうな顔で笑った。


「そこにいるサビルさん・・が、おまえに聞きたいことがある」


ジェナルが言うと、ジャンはサビルに視線を移した。


「なぁ、ジャン」

「はい」

「おまえの家族の中に、俺の瞳の色と同じ人がいるか?」


サビルが聞くと、ジャンはうなずいた。


「はい」


ジャンが言うと、サビルは微笑んだ。通りで、二人が始めて出合ったあの屋根の上でジャンはとても落ち着いて、驚き様子を見せなかった。見慣れているからだ、とサビルは思った。


「それは誰だ?」

「三番目のお兄様」

「ほう。名前は?」


サビルが聞くと、ジャンはジェナルを見て、瞬いた。


「良いよ。エフラド家なら、家族だ」

「はい」


ジェナルが言うと、ジャンはうなずいて、再び視線をサビルに移した。


「ベスタリック・プラヴァお兄様です」

「ほう。他には?」

「おじじ様のお父様です。実家の壁に飾られた絵を見たことがあります。同じ色でした」

「名前は?」

「分かりません」


ジャンが言うと、サビルは微笑んで、うなずいた。


「やはりおまえはわしの身内だ」


サビルは大きな笑みでジャンを見ている。


「身内って?」


ジャンが首を傾げながら聞いた。


「身内とは家族、という意味だ」


ジャヒールが言うと、ジャンはまた首を傾げた。


「どうして?」


ジャンが聞くと、サビルは彼を見て、微笑んだ。彼の目には涙が流れている。


「遙か昔のことで、滅びた一族の末裔が、自分たちの身内を探し続けている」


サビルはジャンを見て、微笑んだ。


「ジャンの先祖の一人は、わしと同じ一族だった。この瞳を見ても、まったく不思議がらないおまえを見て、どうしても気になって仕方がない」


サビルは涙を袖で拭いた。


「うーん」


ジャンは首を傾げた。


「その瞳の色なんて、世界のどこでもいるのでしょう?たまたまお兄様の瞳の色と同じ色だけだと思いました」

「ところが、これは普通ではないんだ」


サビルは言った。


「この瞳の色は、北の民の瞳の特徴だ。しかも、ここまではっきりとした色は、王家だけだ」

「ん?」

「他の民族は、このような瞳の色はない」


サビルが微笑みながら言うと、ジェナルは面白くない様子を見せた。


「だが、ジャンはわしの従兄弟の従兄弟の孫だ。血縁的に、わしの方が強い」

「わしの方だって・・」


二人が言い争い始めると、ジャンは首を傾げた。


「じゃ、ここに私のおじい様は二人ですね!ジェナルおじい様とサビルおじい様ですね。うれしい~!」


ジャンがにっこりと笑うと、ジェナルとサビルは思わずうなずいた。


「だが、おまえはわしの孫だ」

「はい」


ジェナルが言うと、ジャンはうなずいた。


「そしてジャヒールの弟子でもある」

「はい」


ジャンはうなずいた。


「でも、私はサビルおじい様の孫でもありますね」

「ははは」


サビルは豪快に笑った。


「わしも孫の教育に参加したい」


サビルが言うと、ジェナルは口を尖らせて、サビルを見ている。いくらサビルがザヒードの弟でも、力とお金を持っているサビルに喧嘩を売ると、どちらも無傷でいられないからだ。


「あの、宜しいですか?」


ジャヒールが言うと、ジェナルはうなずいた。


「ジャンは私の弟子ですから、彼の教育について、まず私に話して下さい。何がしたいか、どういう教育がしたいか、と」

「何がしたいのか・・」


ジャヒールが言うと、サビルはジャヒールを見て、考え込んだ。


「まず、実戦からだ」


サビルが言うと、ジェナルは眉をひそめた。


「ジャンはまだ4歳だ。早すぎる」

「だが、彼は実際にあの山賊らを殺した。わしの子分らが調べたところで、村から遠く離れていない場所で見つかったのは10体の遺体だった」


サビルが言うと、ジェナルは考え込んだ。


「ふむ。クジャク星で全員死亡しただろう?」

「クジャク星で死んだ山賊らは4人だけだ。それ以外はほとんど投げナイフで、もう一体は首に一突きのナイフで急所を貫いた。さすが、わしの孫だ」


サビルは満足そうな様子で言った。ジェナルはジャンを見て、考え込んだ。山賊を殺せる子どもだったら、羊一匹を殺せる腕を当然ある。あの試験は、ジャンには簡単すぎた、とジェナルは思った。


この子どもは普通じゃない、と。


「人を、始めて殺したのはいつ頃か、ジャン?」


ジェナルが聞くと、ジャンは考え込んだ。


「お祖父様と一緒に住んで、間もない頃だと思います」

「誰を殺したか?」

「うーん」


ジャンは考え込んだ。


「良く分からない人だった」


ジャンは素直に答えた。


「でも、彼は僕たちを殺そうとしたから、殺した」

「相手は敵の兵士か?」

「多分・・、言葉はイルカンディア語でしたから、多分イルカンディア兵士らでしょう」


ジャンは答えた。


「相手はなぜおまえたちを殺そうとしたことが分かったのか?」

「聞こえたからです」

「何を?」

「彼が友達と会話して、賭け事に負けたから、これから憂さ晴らしにしようか、と」

「憂さ晴らしなら殺す以外にもないだろう?」

「そうかもしれない・・。でも、お祖父様は、彼らはこれから近くの集落で若い女性を襲って、暴行してから、その女性の周囲の家族を殺すだろう、と仰いました。その二人は以前も同じことをしましたから、とお祖父様が仰いました」


ジャンが答えると、ジェナルたちは考え込んだ。


戦争中だと聞いたけれど、実際にアルキアを支配するためのイルカンディア人兵士らがアルキア人を虫けらのように殺しているようだ。負けた国の民はそのような扱い方は普通だ。それは誰のせいでもなく、負けた自分たちが悪いんだ、とジェナルたちはそう認識している。


「では、どうやって殺した?」

「二人とも?」

「ああ」


サビルは優しい声で尋ねた。


「うーん」


ジャンは考え込んだ。


「短剣で刺した」


ジャンの答えを聞いた全員は険しい顔した。けれど、そのあと、サビルは微笑んだ。ジャヒールはその微笑みの意味を理解している。


サビルはジャンのことを欲しがっているだ、と。


「じいさんは、彼らを刺すように、と命じたからか?」

「はい」


ジャヒールが聞くと、ジャンはうなずいた。


「怖くなかった?」

「うーん、よく覚えていません」

「そうか・・。だが、おまえはまだ下手だ。よくも大きな男二人を殺したな?」

「うーん、下手は仕方がないと思います。あの二人がなぜ死んだか、多分緑色の蛇さんの毒を短剣に塗ったからでしょう」


また毒、とジャヒールは思った。毒を使えば、相手を楽に殺すことができるだろう。けれど、緑色の蛇はいろいろな種類があるから、どの蛇だったのか特定できない。


「緑色の蛇は、アルキアでもたくさんいるのか?」

「はい」


ジャンはうなずいた。


「その毒はどこで調達するのか?」

「調達?」

「準備、備えることだ」


ジャヒールが言うと、ジャンはまた考え込んだ。


「うーん、行く途中で、畑で緑色の蛇を見かけたから、捕まえました。そして、侍従が、その蛇さんのお口から、毒を抜きました」

「その生の毒を、そのまま使ったのか?」

「はい」


ジャンはうなずいた。


「本当は、彼らを殺すつもりはありませんでした。でも、二人の会話を聞いたお祖父様はとても怒った顔をして、彼らの会話の意味を教えました」

「それで、殺した?」

「はい」


ジャンはうなずいた。


「おまえは、戦争とはどういう意味か、知っているのか?」


ジェナルが聞くと、ジャンはまた考え込んだ。


「うーん、私は戦争に出たことがないので、良く分かりません。しかし、お祖父様から聞くと、戦争は正義と正義のぶつかり合いだ、と教えられました」

「正義?」

「はい」


ジャンはうなずいた。


「強い側が勝ったら、それは正義となります。負けたら、悪となります。お祖父様はそう仰いました」


ジャンが言うと、彼らは再び険しい顔になった。


「その言葉の意味を理解しているのか?」


ジェナルが聞くと、ジャンは首を振った。


「あまり良く分かりません」


ジャンは素直に言った。


「でも、私は彼らに勝ったから、私の正義が正しかった、と思います」

「おまえの正義?」


サビルは興味津々と聞いた。


「うーん、私たちを殺そうとしている人は悪魔だ、と思います」

「なるほど」


サビルはうなずいた。


「間違ってはない・・」


サビルはそう言いながらうなずいた。


「が、正しくもない」


サビルが言うと、ジャンは首を傾げた。


「良いか、ジャン」

「はい」

「戦争は正義と正義のぶつかり合いなどと言っているのは、表側の人達だけだ」

「表?」

「そうだ。向こうにいるおまえのじいさんも、じじいも、父親も、そして周りにいる人々も、恐らく表の顔・・・を持っているから、そう言った」

「良く分かりません」


ジャンが言うと、サビルは微笑んだ。


「今は分からなくても良い」


サビルはジャンをまっすぐに見つめている。


「だが、一つだけ言えるのは、殺す時に、心はいらない」

「ん?」


ジャンは首を傾げた。


「では聞こう。おまえはアブとサマンを殺そうとした山賊どもを殺した時に、何を思った?」

「うーん、覚えていません」

「その通りだ」

「ん?」

「恐らくおまえは、一人でも多く山賊どもを倒さなきゃ、投げナイフを外してはいけない、とか思っただろう?」

「多分・・」


ジャンはうなずいた。


「そしてアブのカバンを開けたときに、あの毒瓶を見つけて、ジャバジャバと使った」

「あ、はい」


ジャンはうなずいた。毒のにおいがしたあの瓶を開けて、ナイフをどっぷりと入れて、山賊らの方へ投げた。


「ダメでしたか?」

「ダメとは言っていない」


ジャンが聞くと、サビルは首を振った。


「だが、あの毒は一滴でも効果がある」

「あ、使いすぎました」


ジャンが言うと、サビルは微笑んだ。


「あとでアブ兄さんに謝ります」


ジャンが言うと、彼らは全員首を振った。しなくても良い、と。


「わしが言いたいのは、毒のことではない。先ほども言ったように、戦争は正義と正義のぶつかり合い、という台詞は、表にいる人々の一般的な台詞だ」

「はい」

「だが、本当の殺しは、正義と悪とは関係ない。これからおまえが習うのは「命令」と「依頼」という理由だけで人を殺すことだ。表では片付けられないことを、裏で片付ける。これは「裏」という意味だ」


サビルが言うと、ジャンは瞬いて彼を見ている。


「何も考えなくても良いのですか?」

「そうは言ってない。相手をどうやって殺すか、考えないとダメだよ?それに、どうやって相手に返り討ちされないようにするか、ちゃんと考えないと、無駄死にするだけだからだ。それ以外の余計なことは、殺しが終わってからにすれば良い」

「ふむふむ」


ジャンはうなずいた。


「分かりました」


ジャンは改めて、姿勢を正しくした。


「ジャヒール先生がそう命じたら、やります」

「わしの弟子にならないのか?」

「ごめんなさい、私は決めることができません」


ジャンは首を振った。


「ジャヒール先生は私の先生です。ジャヒール先生がサビルおじい様の弟子になっても良いと言ったら、なります」


ジャンが正直に答えると、サビルは微笑んで、うなずいた。


「分かった」


サビルは微笑んで、持って来たカバンの中から一本の剣を取りだした。


形が曲がっているような剣だ、とジャンは思った。


「これはわしが気に入った物でね、名前はシャムシールと言う半月刀だ。小さい時に良く使って修業した物だ」


サビルはその剣を鞘から抜いて、ジャンに見せた。手入れされている、とジェナルたちは思った。状態が良い。


「これはおまえにやる」


サビルは再び剣を鞘に入れて、そのままジャンに渡した。困ったジャンは剣を持って、ジェナルを見上げている。


「抜いてごらん」

「はい」


小さめとはいえ、ジャンの身長と同じぐらいの剣だった。ジャンの小さな手でその剣を抜くと、サビルは大きな笑みを見せた。


「どうだ?」

「とてもきれいな剣です」

「その半月刀の形はどう思う?」

「初めて見ました。山賊たちの武器とも違います」


ジャンは素直に答えた。そしてその剣を置いて、自分の短剣を見せた。形が全然違う、と。


「あの短剣はしばらく使わないようにしなさい」


ジャヒールが言うと、ジェナルとサビルはうなずいた。


「どうしてですか?」


ジャンは自分の短剣を見て、鞘に入れて、再び腰に付けた。


「しばらく投げナイフとシャムシールの訓練するからだ」


ジャヒールが言うと、ジャンは瞬いて、静かに剣を鞘に入れた。


「分かりました」


ジャンは剣を両手で持って、うなずいた。


「サビルおじい様、ありがとうございます」

「ははは、大いに頑張れ、ジャン!」

「はい」


ジャンはうなずいた。


「そうだ。これもおまえにやろう」


サビルが一袋の葡萄を差し出すと、ジャンの顔に大きな笑みが見えた。


「ありがとうございます!」

「ははは。再び会う日まで、その剣を上手に使えるようにしなさい」

「はい、がんばります」


サビルは微笑んで、うなずいた。ジェナルがうなずいてジャヒールに合図を出すと、ジャヒールはうなずいた。


「ジャン、もう戻って良い。葡萄はアブたちと仲良く食べてね」

「はい」

「アブにその剣の使い方を聞きなさい」

「はい」


ジャンは立ち上がって、うなずいた。ジェナルとサビルに丁寧に挨拶してから、外へ出て、ずっと外で待機しているアブと一緒にサマンが待っている所へ向かった。

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