第9話 ウルダ(9)
結局ジャヒールたちはその村に三日間も過ごした。サマンの熱が下がるまで、サビルはジャンをいろいろな所へ連れて歩いて、ジャンのための服や靴などを大量に買った。そして、ジャンにねだられて、ラクダの形のおもちゃも買った。マグラフ村に帰る日になると、荷物が増えてしまったため、ジャヒールとアブが山賊から奪った馬の中から5頭をラクダ7頭に交換した。
「忘れ物はないか?」
ジャヒールが聞くと、全員自分の荷物を確認して、大きな声で返事した。
「ジャン、今度会ったら、わしのことをおじいさんと呼んでな」
「はい、
ジャンが言うと、サビルは嬉しそうに笑った。
「また来て下さいよ」
「ジャヒール先生が良いと言ったら、行きます」
ジャンの答えで、ジャヒールは苦笑いした。
「たまにこの辺りまで行くから、その時に一緒に行けば良いだろう?」
「はい」
ジャヒールが言うと、ジャンはうなずいた。
「元気でな、ジャン」
「おじい様も、お元気でお過ごし下さい」
ジャンは微笑んで、頭をさげた。
「美味しい葡萄とナツメヤシを頂きました。ありがとうございました」
ジャンが言うと、サビルはジャンを抱きしめて、ラクダの上に乗せた。ジャヒールも馬に乗って、一行がゆっくりとマグラフ村へ向かった。
「先生」
「はい?」
ジャンが呼ぶと、近くで馬に乗っているジャヒールは返事した。
「サビルおじい様がいる村はなんていう村でしたか?」
「オグラット村だ」
ジャヒールが答えると、ジャンは振り向いた。
「オグラット村からマグラフ村まで、大体何日間ぐらいかかりますか?」
「今のマグラフ村なら、三日から四日ぐらいだ」
「遠いですね」
「近くはない」
ジャヒールはうなずいた。
「・・が、さほど遠くもない」
「うーん、良く分かりません」
ジャンは首を傾げた。
「マグラフ村は移動するからだよ」
アブが言うと、ジャンはアブに視線を移した。
「移動するの?」
「そうだよ」
アブはうなずいた。
「マグラフ村は遊牧民の村だから、移動するんだ。羊たちの餌である草を追って、年に数回移動するんだ」
「オアシスも保有するの?」
「小さいものならあるよ。水がなければ、生活ができないだろう?」
「はい」
アブが説明すると、ジャンは考え込んだ。
「じゃ、オグラット村がとても大きくなったのは、大きなオアシスがあるからですか?」
「そうだ」
アブはうなずいた。
「今のマグラフ村は、ちょうどオアシスがある場所でね」
「はい」
「今だと、ちょうどオアシスの周辺にたくさんの草が生えているだ」
ジャヒールは前に進みながら言った。
「数ヶ月後、羊が草を食べ尽くすんだ。なので、そのときに、我々も草があるところへ移動するんだ」
「もしその場所に、別の人々が住み着いて勝手に持ち主として名乗ったら?」
「我々は正式な持ち主なので、その行為自体は攻撃か侮辱としてとらえる。素直に謝って、我々の村に合流したら、不問とするさ」
ジャヒールは丁寧に説明した。
「正式って、誰が決めたのですか?」
「国王だ」
ジャヒールは答えた。
「アルキアには、こういう文化はないのか?」
「はい、ありません」
「そうか」
ジャヒールは考え込んだ。全く別の世界から来たこの小さな子どもは、将来新しい風を起こすのかもしれない。
「村が引っ越すと、オアシスに残る人はいるのですか?」
「いるさ」
サバッダは答えた。
「僕の兄の一人がマグラフ村の留守番役だ。複数の留守番役は毎年決められている。数人のお年寄りも、年に数回も移動することができないから、マグラフ村に残って、生活している」
「村の人々が引っ越したら、残された人々も大変じゃないですか?」
「確かに」
サバッダはうなずいた。
「しかし、彼らもそれを覚悟の上だ。それに、オアシスを残して、移動するなんてできないよ。他の人に取られてしまうからだ」
「取られたら、どうしますか?」
「奪い返すよ」
アミールは答えた。
「オアシスの奪還が失敗すると、マグラフ村が滅んでしまう、そういう意味だ」
アブがそう言うと、ジャヒールたちはうなずいた。
元々水が少ないところだから、人々が必死に生活しているわけだ。小さなオアシスでも、一年中に水を与えてくれる恵みだから、人々は必死に守ることは不思議のない話だ。
「だからみんながテントに住んでいるのですね」
「そうだ。その方が移動しやすいからだ」
ジャヒールはうなずいた。
「無論、村で建物はあるよ。サバッダの実家も、アブの実家も屋敷を持っているし、お
ということは、ジャンが出合った女性はジェナルの第二夫人だった。
「なるほど、なんとなく理解しました」
「ははは、ゆっくりで良いよ」
ジャヒールは笑った。そして彼らは会話しながら、旅を続けた。
オグラット村から四日目の昼前に、彼らはマグラフ村へ到着した。マグラフ村に着くと、ジャヒールはすぐさまジェナルに報告しに行った。残されたアミールたちは荷物をラクダや馬から下ろして、分別する。その時に、新しい馬とラクダを見に来た男性らも集まって、アブたちを手伝いながら褒めた。
良い馬だ、と。
「ジャン、荷物を運ぶよ!」
「はい」
「で、おまえは軽いカバンを運べば良い。重いのは俺たちがやる」
「はい」
ジャンはアブの指示を素直に聞いて、軽いカバンを集めた。途中で数人の女の子たちは現れて、ジャンの荷物を勝手に取って運ぶと、ジャンは首を傾げた。
「あなたの荷物は、あのテントで良いよね?」
「はい、・・ですが、それは私が運び・・」
ジャンが言う前に女の子たちはすでに走りながら荷物をテントの中に入れた。テントの中に入ると、数人の女性はもうすでに新しいマトレスと毛布を整えた。一人分の寝台もあって、きれいに用意されている。テントの壁にも厚い布で覆われて、とても華やかな感じになった。
「あなたはジャンね?」
一人の女性が言うと、ジャンは彼女の前にビシッと立っている。
「はい。ジャンと言います。よろしくお願いします」
「あら、かわいい!」
その女性が笑うと、その場にいる女性たちも笑って、ジャンのほっぺをつまんだ。
「私はハナ、こちらはアイシャ、ヘマイマ、向こうにいるのはアイナ、そしてあなたのカバンを持っているのはイルシャ、アミナ、そして今入っているのはアミヤだよ」
その女性がまとめて彼女たちを紹介すると、ジャンは彼女たちの顔を見ながら名前を言った。
「・・イルシャさん、そしてアミナさん、とアミヤさんですね。はい、覚えました」
「かわいい!」
一番大きな女の子はジャンを抱きついて、ほっぺに口づけした。
「あたしの弟にしても良い?」
「ダメだよ、アミナ」
テントの中に入ったサバッダが即答した。
「なんで?」
アミナが言うと、サバッダは荷物を置いて、笑った。
「だって、ジャンは僕の弟なんだから」
「あああ、ずるい!」
「ははは」
サバッダが笑いながら外へ出て行くと、アミナはまた困ったジャンの顔を見て笑った。
「本当にかわいいね。肌が白くて、まるで人形みたい」
アイナが言うと、アミナはうなずいた。
「私はアイナよ。アブの姉なんだけど、あいつが変なことを教えたら、ちゃんと言ってちょうだいね!」
「変なことって?」
ジャンは首を傾げた。
「うーん、例えば、盗み食いとか・・」
「ひどいな、姉さん。俺はそこまでしないよ。堂々と取るだけだから」
アブが言うと、ハナたちは一斉に笑った。
「それがダメなの!ジャンはまだ小さいから、影響を受けやすいの!」
「大丈夫だよ。ジャンは賢いなんだからね」
アブは荷物を置いて、笑った。
「ジャン、その荷物はおまえの服だ。叔父からもらった物だ」
「ありがとうございます」
「俺がこれから豆を厨房に運ばないといけないから、おまえはここで荷物を解体して、その寝台の下にある箱に入れてね」
「はい」
アブが出て行くと、ジャンは荷物を解体しようとした。けれど、うまくできなかった。すると、ハナたちは手伝って、包みを解いた。
「あら、すごい。これは絹だわ」
ハナが言うと、女性たちは一斉にその服を触れた。なめらかな肌触りだ、と。
「ジャンはお金持ち?」
「良く分かりません」
イルシャが聞くと、ジャンは首を傾げた。
「でも、その服は、サビルおじい様が買って下さった服です」
「へぇ、サビルさんが?あなたに?服を?」
アイナが聞くと、ジャンは笑った。
「はい」
ジャンはそう答えながら、絹の服をたたんで、タンスに入れた。
「なんででしょう・・。あの人はそこまで優しくなかったはずよ?」
ましてや、厳しい人だ、とアイナが言うと、他の女性たちもうなずいた。
「うーん、分かりません」
ジャンは首を振った。
「でも、私を孫にしたい、と言っていました」
「えええええええ?!」
女性たちは一斉に驚いた。
「で、ジャンはなんて答えた?」
「うーん、ずっとオグラット村にいることができないので、そのまま、できない、と返事しました」
「・・もったいない」
アイナは思わず言った。
「でも、サビルおじい様のことをちゃんと「おじい様」と呼ぶから、許して下さいました」
ジャンが正直にいうと、女性たちは彼を抱きしめた。
かわいい、と彼女達が口を揃えて言った。
「じゃ、これからあなたは私のことを、お姉さんというのよ」
「良いですか?」
「良いに決まってるわ!」
イルシャが言うと、彼女たちはまた笑った。結局荷物を片付けたのも彼女たちで、ジャンは何もできなかった。
荷物の解体が終えると、女性たちはジャンを台所へ連れて行った。そこでハナがジャンを紹介すると、その場にいる女性たちは笑いながら彼を歓迎した。ジャンを自分の子どもと比較する人もいた。焼きたてのパンを渡した人もいて、笑い声が絶えない厨房だった。
「ここにいるのか?」
ジャヒールが顔を出すと、ジャンは立ち上がって、うなずいた。
「今日は羊を焼くから、解体しなければいけない。来なさい!」
「はい!」
ジャンは女性たちに頭をさげて礼を言ってから、ジャヒールの後ろを追った。
「羊が、まだ生きていますが・・」
ジャンが連れて来られたのは集落から少し離れている丘だ。その丘で、ジェナルや村の男らは一頭の羊を囲んで、ジャンを見ている。
「ジャン」
ジャヒールは振り向かずに、足を縛られた羊を見ている。
「あの羊を、殺せ」
「え?」
ジャンは瞬いた。何もできない羊は「めぇーめぇー」、と鳴いている。
「これでやれ」
ジャヒールは大きなナイフをジャンに渡した。その羊の周りにいる男性らは無言でジャンを見ている。アミールたちも、無言でジャンを見ている。
「分かりました。ですが、私は羊を殺したことがないので、失敗したら、お許し下さい」
「分かった」
ジャヒールはうなずいた。小さな男の子が大きなナイフを持って、必死に命乞いしている羊を見つめている。ジャンはしゃがんで、羊を見ている。
「ごめんね、羊さん。先生のご命令なので、あなたを殺さなければいけないんだ。なるべく早くするから、少しだけ我慢してね」
ジャンは優しい声で、羊の目を自分の手で隠した。そして、素早くで一突きで、羊の首を刺した。そしてジャンがナイフを引っ張り出すと、羊は死んだ。そんなジャンを見たジェナルと男らは、無言でうなずいた。そしてアブは無言でジャンの手からナイフを取り上げて、羊の首を切り落とした。
「良くやった、ジャン」
ジャヒールが言うと、ジャンはうなずいただけだった。
「ジャン・プラヴァ」
ジェナルが声をかけると、その場にいる人々は突然静かになった。
「はい」
ジャンはジェナルを見て、返事した。
「本日から、ジャヒール・アスランの弟子として認める。彼の下で修業して、がんばるが良い」
「がんばります」
ジャンは頭を下げた。
「さて、宴の準備だ!」
「おお!」
ジェナルが言うと、男たちは手を挙げながら、歓喜に満ちた大きな声を発した。
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