第7話 ウルダ(7)
その日の夕方、知らせを受けたアブはすぐさま警備隊の所へ駆けつけた。ジャヒールたちを見たアブは嬉しそうに彼らを迎えに来た。
「無事で良かった」
ジャヒールはそう言いながらアブの肩を軽く叩く。隣にいるアミールとサバッダも嬉しそうにアブを見ている。
「サマンとジャンは?」
ジャヒールは二人がいないことに気づいた。
「二人とも無事で、今市場で服を買いに行っています」
「それは良かった・・。が、服は昨日2着買ったばかりはずだが?」
「それは・・」
アブは周囲を見て、確認した。
「クジャク星です」
アブが小さな声でいうと、ジャヒールは何かに気づいた。彼は立ち上がって、警備隊に手を振ってから、その場を去った。アブは彼らに比較的に静かな場所へ行って、何もかもすべて報告した。
「・・ジャンが、あれを、使用した?!」
ジャヒールは瞬いた。
「はい」
クジャク星は暗殺者の中でも、とても猛毒とされている毒だ。その毒が一滴でも体に入れば、間違いなく、死ぬ。主な材料は砂漠の毒蛇の中で一番猛毒の黒蛇だった。
「ジャンはどのぐらい使用した?」
「一瓶、全部です」
「・・・」
ジャヒールは瞬いた。
「ジャンは、本当に無事か?」
「はい」
アブはうなずいた。
「食欲も変わらず、元気です」
「・・・」
ジャヒールはまた瞬いた。普通の人なら、その毒瓶を開ける瞬間、毒の「霧」にやられてしまうほど、猛毒だ。
「あの、先生」
サバッダがいうと、ジャヒールは視線を変えた。
「何?」
「もしかすると、ジャンは毒に慣れているのではないか、と思います」
「あの子はまだ4歳だぞ?!」
ジャヒールは言葉を思わず荒げた。
「出過ぎた真似を申し訳ありません」
「気にするな。私も声を荒げて、すまなかった」
サバッダがいうと、ジャヒールは首を振った。
「後で確認するか」
ジャヒールが言うと、アミールたちは瞬いた。
「アブ、市場に蛇使いはいる?」
「はい、アサの蛇使いです」
「ああ、あの人か、なら後で声をかけよう」
ジャヒールはうなずいた。
「サマンとどこで会う予定か?」
「屋台売り場のイマン食事屋です」
「分かった。私たちも行こう」
彼らはそのまま市場へ向かった。途中でいくつかの料理を買って、食事屋に行くと、もうすでにご飯を食べているジャンがいる。
「先生!」
「無事だったか、ジャン」
「はい!」
ジャンの答えを聞いたジャヒールは笑って、買ってきた食事を机に置いた。後ろにアブたちが見えて来ると、ジャンは嬉しそうな顔で迎えた。
「サマンは?」
「あれ?」
ジャヒールが聞くと、ジャンは首を傾げた。
「アブ兄さんに呼ばれた、とさっき男が言いに来ました」
「どんな男?」
「大きな男でした」
ジャンが言うと、ジャヒールはすぐさまアミールとサバッダに合図を出した。そしてアブに、ジャンといるように、と命じた。
「男の顔に覚えている?」
「はい」
ジャンはうなずいて、グラスの中にある水に指を入れて、机に描いた。子どもの絵なのに、相手の特徴をしっかりと描いて、分かりやすかった。
「・・その顔、・・エルザの野郎だ」
ジャヒールが言うと、アミールとサバッダはうなずいて、また外へ出て行った。
「私もサマンを探しに行く。二人はここにいて」
アブの答えを聞く前に、ジャヒールはすぐさま食事屋を出て行った。
「エルザの野郎って、誰ですか?」
ジャンは事情を分からずに、アブに聞いた。
「この村にごろつきだ。たまに警備隊の仕事をしているから、多分それでサマンは疑わないで、彼に付いて行っただろう」
アブはそう答えて、窓の外を見ている。
「サマン兄さんは大丈夫かな」
「大丈夫だと言いたいところだが、どうだろう」
アブも気になって、仕方がない。
「私たちも探しに行きますか?」
「ダメだ」
アブは首を振った。
「先生はここにいるようにと命じただろう?」
「はい」
「だったらここにいろ」
アブが言うと、ジャンはアブの隣で一緒に外へ見ている。
「あいつは他に何が言った?」
「うーん」
ジャンは首を傾げた。
「アブ兄さんが緊急だ、と言ってた・・。先生に関することだ、って」
「そうか」
アブはうなずいた。
「ジャン、今度は、俺たちについて話がある、という人がいたら、絶対に付いて行くなよ。相手にしてもダメだ。ああいう奴らは大体
「はい」
「サマンが無事でいると良いんだが・・」
アブはため息ついて、外へまた見渡した。
「アブ兄さん」
「ん?」
「ここの食事屋は知り合いなの?」
「ああ」
アブはうなずいた。
「どうした?」
「いや、ずっとここにいても大丈夫かな、と思ったりして」
「ああ、ここなら問題ない」
アブはうなずいた。
「俺の従兄弟の店だから」
アブは微笑みながら言った。だからジャンを一人にしても誰も追い出さなかった、とアブは言った。そして彼はまた窓の外を見渡した。ジャンもアブの隣に立って、窓から外を見つめている。
「あっ!」
いきなりジャンが言うと、アブはその意味を理解した。
エルザがいた。そして、彼の手にはサマンの財布があった。
「おまえはここにいろ!」
アブが急いで、窓から出て、そのままエルザを追いかけた。けれど、エルザは気づいて、走って逃げた。その様子を見ているジャンは部屋の外へ出て、店員と話した。そしてジャンはその店員に案内されて、屋根の上に案内してもらった。
「こんなところに、何をしているのか、坊や?」
「うーん、アブ兄さんはどこにいるかな、と思ったりします」
「あそこだよ。肉屋の近くだ」
アブの従兄弟はすぐさまアブを見つけた。
「おじさんは目が良いですね!すごいです!」
「ははは、すごいか」
彼は笑って、屋根の上からアブを見ている。
「じゃ、エルザの野郎という人はどこに行ったかな・・」
ジャンが聞くと、アブの従兄弟がまた周囲を見ている。
「隠れているだろう」
彼が言うと、ジャンは首を振った。
「あそこ、服屋の近くにいます」
「すごいな、坊や」
アブの従兄弟は驚いた顔をした。
「私は追っても良いですか?」
「やめときな」
彼は首を振った。
「でも、またにげられっちゃう・・」
「それでも、危険だ。あいつは警備隊を首にされてから、ますます悪い人になったのだから」
彼がそういうと、ジャンはまた悩んだ。
「近づかなければ良いの?」
「それは可能なのか?」
「はい」
「どうやって?」
「屋根から屋根へ移動すれば、大丈夫です」
「・・・」
アブの従兄弟がジャンを凝視した。けれど、次の瞬間、ジャンは素早く走って、ぴょーんと次々と家々の屋根に飛び移った。パニックになったアブの従兄弟は急いで口に指を付けて、大きく吹いた。
ぴーーーーーーーーーー!
その音が聞こえた瞬間複数の男らは急いで動いた。アブも屋根の上にいるジャンを見て、急いで走った。
「アブ兄さん、こち、こち!」
ジャンの声が聞こえた先に、エルザがいる。アブは素早くエルザを殴って、そのまま彼の手を後ろにひねた。
「サマンはどこだ?!」
アブが大きな声でいうと、エルザは暴れて、逃げようとした。けれど、次々とアブの従兄弟たちが集まって、エルザを押さえた。同時に、屋根の上にいるジャンのそばに一人の男性が現れた。
「おじさんもアブ兄さんの従兄弟なの?」
ジャンが聞くと、彼は首を振って、微笑んだ。
「おまえはアブの弟か?」
「はい」
ジャンはうなずいた。
「・・まだ弟になったのは三日間ぐらいなんですけどね」
「ははは、通りで、顔が違う」
彼は笑って、アブたちを見ている。
「わしはアブの父親の弟だ」
「そうですか」
ジャンは立ち上がって、彼を見ている。
「私はジャンと言います。よろしくお願いします」
「わしはサビルだ」
その男性は頭を下げたジャンを見て、微笑んだ。
実は、屋根から屋根へ飛び移ったジャンの姿を見かけた瞬間、サビルは驚いた。こんなにも小さな子どもなのに、よく飛べた、とサビルは思った。体が小さいだけなのか、本当に幼い子どもなのか、確かめたくて仕方がなかった。
そして実際に、とても幼い子どもだった。
欲しい。
サビルはそう思ったけれど、屋根の上に現れたジャヒールを見て、その思いを封じた。
「おまえの弟子か?」
「はい」
「良い弟子に恵まれたな」
「私もそう思います」
ジャヒールは微笑んで、ジャンを見ている。
「先生、サマン兄さんは大丈夫でしたか?」
「問題ない。ちょっと殴られただけで、命の別状はない」
「良かった」
ジャンがホッとした顔になると、ジャヒールはしゃがんで、両手を広げた。そしてジャンを抱きかかえて、サビルに頭を下げた。
「あいつの処分はわしらに任せて」
「分かりました」
「イマンの食事屋に医者を手配するから、安心して、その子と食事するが良い。おなかが空いただろう。さっきからずっとグーグーと鳴っている」
「ははは、そうですね」
ジャヒールが言うと、サビルは微笑んだ。
「またどこかで、ジャン」
「はい」
サビルがジャンに微笑んで、そのまま降りた。アブはうなずいて、エルザから手を離した。エルザの処分を彼らに任せた以上、アブも理解した屋根の上を見て、うなずいた。そしてアブはイマンの食事屋に向かった。
「アミール兄さんとサバッダ兄さんは?」
「イマン食事屋に戻ったところだろう。サマンと一緒でね」
「ふむふむ」
ジャンはうなずいて、指をしゃぶり始めた。
「おなかが空いたのか?」
ジャヒールが言うと、ジャンは気づいて、指を口から離した。
「はい」
「あと少しだ、我慢しなさい」
「はい、ごめんなさい」
「良いんだ」
ジャヒールはそう言いながら、屋根から降りて、イマン食事屋へ戻った。中に入ると、すでにアブが待っている。ジャヒールが現れると、アブはすぐさま部屋へ案内した。そこでサマンが医者に手当てをもらったところだった。
「大丈夫か、サマン?」
ジャヒールはジャンを降ろしながら聞いた。
「はい、申し訳ありませんでした」
「謝罪は後で聞く。まず、何があった?」
ジャヒールはサバッダからお茶をもらってから聞いた。
「アブが呼んだ、とエルザが言ったが、私は信じなかった・・。ですが、先生のことに話がある、山賊と絡んだからだ、と彼がいうと、気になってしまいました。ジャンを店の者に頼んでから、出かけたものの、案内された場所は裏道でした」
サマンは医者の指示に従い、手を見せた。ひどい傷だった。山賊で痛み付けられた背中も生々しく見えて、医者はそれらの傷を見てため息してから、また手当てした。
「・・その裏道で、いきなり頭が殴られて、意識が朦朧したときに、複数の人によって、殴り蹴るの暴行をされました。何もできずに、財布も奪われて、申し訳ありませんでした」
「ふむ」
「彼は、私が逃げた奴隷だったことを知っています。私の奴隷の印を見せて、その近くにいる奴隷商人に、私を売ろうとしていました」
「なるほど」
「アミールとサバッダが来なければ、私は多分また奴隷の身分に落とされてしまうでしょう」
「ふむ、それは問題だ」
「はい。私自身もそう思います」
「帰ったら、練習が二倍にする。その奴隷の印も消す。だから、覚悟しなさい」
「はい」
サマンはうなずいた。
「アブ、財布は?」
「これです」
アブはサマンの財布を差し出した。
「中身は確認した?」
「金貨20枚、そして細かいのは134ダリです」
アブが答えると、サマンはため息ついた。
「金貨5枚と150ダリがなくなりました」
「なら、金貨5枚と150ダリをエルザに請求しなさい。そして医者代と損害賠償も請求しなさい」
ジャヒールが言うと、サマンはうなずいた。
「ですが、エルザがもうエフラド一族に落ちたので、請求できそうにありません」
サマンが言うと、アブは笑った。
「叔父にそれを伝えるよ」
そしてアブは手当てを終えた医者にうなずいて、お金を渡した。医者は頭を下げて、外へ出て行った。
「ちなみに、医者代はエフラド家が払う。ここはエフラド家のお店なんだから、エフラド家の客としてもてなす」
「良いのか、勝手にして」
「問題ないよ」
アブはうなずいた。
「それに、叔父はジャンに興味を示したからな」
アブが言うと、ジャヒールはお茶を飲みながら、もうすでにご飯を食べているジャンを見て、笑った。
「確かに」
ジャヒールはうなずいて、冷めた串焼きを取った。アミールとサバッダは外に出て、串焼きを追加注文をした。
「興味があるなら、マグラフ村に来れば良い。お
「そうですね」
アブは椅子に座って、頬張ったジャンを見て、笑った。
「やはり俺の弟はかわいいな」
「
サマンが言うと、アブは笑って、大きな肉の塊をジャンのお皿に置いた。
「まぁ、食え。大きくなれ、ジャン!」
「はい!」
ジャンの答えを聞いたジャヒールは笑って、串焼きを食べた。後から串焼きを持って来たアミールとサバッダも食卓を囲んで、笑った。
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