第4話 ウルダ(4)
山賊によって、町の一部が壊された。幸いのことに、ジャヒールたちのラクダが無事だった。緊迫した状況で、なぜかジャンはとてもぐっすりと眠った。ジャヒールが戻ってきた時に、サマンに抱かれているジャンを見て、思わず微笑んだ。
こう見たら、本当にかわいい子供だ、と彼は思った。サマンの周りにはアミールたちがいて、守りの体勢をしている。
「先生、ジャンは寝ています」
「そうだな」
「俺は、彼のことを弟と思ったけど・・」
サマンはすやすやと眠っているジャンを見て、複雑な思いを打ち明けた。
「弟か・・」
ジャヒールは近くにある布をとって、ジャンの体を包んだ。
「・・それが何が問題でも?」
ジャヒールが聞くと、サマンは首を振った。
「問題ないけど、なんだか、手間がかかりそうな弟だ、と思ったりして・・」
「ははは、確かに」
ジャヒールは笑ってうなずいた。外はまだ暗いから、危険だ。
「部屋で寝るのは危険だ。何かあったら、対応できない」
敵は戻って来ない、という保証はない。すると、ジャヒールは周囲を見て、荷物を持って、移動し始めた。宿の一角で、それらの荷物を置いた。
「全員そこで寝よう」
「はい」
ジャヒールがいうと、アミールたちは従って移動した。サバッダは絨毯を移動させると、サマンはその上にジャンを寝かした。どう見ても、普通の子どもだ、と彼らは思った。
「疲れて、ぐっすり眠ったな」
「はい」
ジャヒールがそう言うと、サマンはうなずいた。
「僕も弟が欲しい」
サバッダが言うと、アブは笑った。
「みんなの弟で良いだろう?」
「賛成だ」
サバッダが言うと、アミールは笑って、ジャンの隣に座った。
「あの動きは、まるで戦いになれている様子だった」
ジャヒールが座って、サバッダが差し出した水筒から水を飲んだ。
「先生もそう思うの?」
「ああ」
アブが聞くと、ジャヒールはうなずいた。
「彼はいきなり飛び込んで、そのままあの箱の上に踏み台にして、サバッダと戦った相手の目を刺した」
サマンが言うと、サバッダもうなずいた。
「・・迷いなく、そのまま前に突っ込んで、相手の目を刺してから、相手の頭を手でつかんで、その手で自分の体重を乗せて、再び次の相手の首を斬って、また動いて・・、その次々と相手を斬って、・・正直に言うと、何が起きたか、良く分からなくて・・先生が来るまで・・。申し訳ありませんでした」
サマンが言うと、ジャヒールは微笑んだ。
「そうか」
ジャヒールは水筒を閉めてから、サバッダに返した。
「その話は後で聞く。今は休め」
「はい」
ジャヒールが言うと、アミールたちはうなずいて、そのまま座って、目を閉じた。非情事態の時の仮眠で、座ったまま目を閉じて、休む。完全にぐっすりにはならないけれど、体が休めるような効果がある。
結局朝まで敵が戻って来なかった。部屋の中にある遺体らは宿の主人らが外へ出して、外で起きた火事も町の人々によって消火されて、人々は緊張した朝を迎えた。ジャヒールが目を覚ますと、ジャンはもうすでに起きて、積まれた荷物の上に乗って、窓の外を見ている。
「おはよう」
ジャヒールが言うと、アミールたちは一斉に目を覚ました。ジャンも挨拶して、荷物の上から降りた。
「ジャンはいつ起きた?」
「うーん、分かりません」
ジャンが無邪気に答えると、ジャヒールは微笑んだ。
起きる気配すらない子どもだ。ある意味、厄介極まりない。
「ずっと外を見ていたのか?」
「はい」
「何を見ていた?」
「商人たちはラクダに乗って、この町から離れた姿です」
「そうか」
ジャヒールは立ち上がって、外を見た。確かにそうだった。自分たちのラクダはまだその辺りにあって、棒に繋がっている。
「食事の準備をしよう」
「はい」
「サマンはサバッダと一緒に水を汲んでくれ。ジャンはアブと一緒に厨房でパンをもらってくれ。アミールは私と一緒に荷物をラクダに固定する」
ジャヒールが指示すると、彼らは動き始めた。アブはジャンを連れて、厨房へパンをもらいに行った。宿屋の主人は6人分の食事をアブとジャンに持たせようとしたけれど、小さなジャンを見て、心配になった。結局宿の主人は下男に、ジャンの代わりに野菜煮込みのスープを持って行くようにと命じた。
「ただいま。先生はもう少しで来るよ」
サバッダが言うと、アブとジャンはうなずいた。サマンはバケツとタオルを持って、そのままジャンの顔を拭いた。
「今のうちに着替えるんだ。ジャンの服は血で汚れている」
サマンが言うと、アブは笑って、カバンの中から昨日買った服を取りだした。そしてサマンがジャンの体を拭き終えると、アブは早速ジャンを着替えさせた。
「わ!面白い」
「ははは、良いだろう?」
「うん!」
「俺たちと同じ格好だから、これから仲間だね」
「仲間!」
「そして、俺たちの弟だ」
アブが言うと、サバッダとサマンは笑ってうなずいた。
「俺たちのことも、兄さんと呼んで」
「はい!」
ジャンが大きな声でいうと、サマンは笑って、外へ出て行った。貴重な水だから、その水をラクダに与える、と彼は言った。ジャンとアブはカバンを片付けて、ジャヒールとアミールを待っている。しばらくすると、サマンはジャヒールとアミールと一緒に戻った。全員食卓に囲んで、和やかな雰囲気で食事した。
食事を終えると、彼らはその町を出発する準備をした。豆や干し果物などをカバンに入れて、ラクダに固定した。彼らは行きと同じく、のんびりとラクダに乗りながらその町を出発した。
「その短剣の使い方を教えたのはじいさんか?」
ジャヒールが聞くと、ジャンは考え込んだ。
「庭の侍従です」
「侍従?」
「はい」
ジャンはうなずいた。
「その侍従は普段、武器を持っているのか?」
「うーん、武器かどうか、いつも鉈を持って、庭の手入れしてくれています」
「鉈か・・」
ジャヒールは考え込んだ。
「その侍従は、毎日と会うとか?仕事の合間で教えたりしたのか?」
「うーん、彼が担当している庭はお祖父様の屋敷周辺ですから、私はお祖父様の屋敷にいる間、ほとんど毎日会いました」
ジャンは素直に答えた。
「じいさんの屋敷以外には他の屋敷はあるのか?」
「はい」
ジャンはうなずいた。
「お母様とお姉様たちが住んでいる本館と女子屋敷があります。その近くには男子屋敷と訓練所があります。離れたところで、お祖父様の離れ屋敷とおじじ様の離れ屋敷がありました。そのほかには屋敷で働いている人々や屋敷を守っている人々のための寮もあります」
「ふむ、・・で、じいさんが二人いるんだ・・」
つまり、母方祖父と父方祖父がいる、ということだ。
「はい」
ジャンはうなずいた。
「お祖父様はお母様のお父様で、おじじ様はお父様のお父様です」
「なるほど。で、ジャンはその母方のじいさんと仲が良いのか?父方のじいさんとは、仲が悪いとか?」
「そういうわけではありません」
ジャンは少し考え込んだ。
「おじじ様はあまり屋敷にいなくて、良く出かけています。おばば様はたまにお姉様たちに刺繍を教えているけど、私を甘やかし過ぎる、と前にお祖父様が言いました」
「まぁ、それは分からないでもないけどな。それにジャンはまだ小さいから」
「ははは、そうかもしれません。正直に言うと、おばば様と一緒にいた方が楽しいけど・・」
「楽しいか」
「はい。でも、おばば様は、怒ると、以外と怖いです」
「へぇ、良く怒ったのか?」
「いいえ」
ジャンは首を振った。
「うーん、私に一度も怒ったことはありません。でも、私はおばば様がおじじ様に怒った時に見たことがあります。それはとても恐ろしかったのです」
「ほ?なぜ怒った?」
「うーん、どうやら、おじじ様が領地を回った時に、近くの村の女性と仲良くなって、結婚しようとしました」
「えっ?」
小さな子どもが知ったぐらいのことだったのか、とジャヒールは思った。
「おばばがそれを知ってしまった、とか?」
「はい。侍女の一人がその結婚の話をおばば様に言うと、おばば様が急いでその村に向かいました。もうパーティの準備が始まったらしくて、どういう訳か、おじじ様がまだ見えていなかったから、おばば様はそのパーティを解散させて、お金を渡したらしい」
「お金?」
「手切れ金、と侍従が言いました」
「ああ」
意味は分からないけど、とジャンが言うと、ジャヒールはうなずいた。
「それで、おばばはおじじと喧嘩したわけか?」
「うーん、その辺りは良く分からないけど、帰り道で、門から屋敷までの木々が、全部倒れました」
「おばばが、切ったのか?」
「はい」
ジャンはうなずいた。
「素手で切りました」
「・・どのぐらい大きさの木だった?」
「うーん、このぐらい?」
ジャンは自分の手で木の大きさを表現した。大体直径30センチぐらいか、とジャヒールは思った。
「素手で?」
「はい」
「斧とか、使わずに?」
「はい」
「ジャンは見たのか?」
「はい」
「・・・」
とんでもない家族だ、とジャヒールは思った。か弱いとされている女性が、素手で木々を切ったとは、どういう状況だったのか、想像しづらいことだ。
「おばばはジャンを見て、何か言った?」
「うーん、おばば様は泣いていたから、声をかける前に一緒にいた侍従が私を下がらせて、お祖父様の屋敷に戻りました」
「そうか」
「でも、その庭で倒れた木々はおじじ様が帰ってくるまで、しばらくそのままでした。侍従の話によると、おじじ様は土下座して、謝ったらしい」
「分かる。私も同じ状況なら、素直に謝るよ」
ジャヒールは苦笑いした。
「あはは、おじじ様が悪かったから、おばば様に怒られた、とお母様が仰いました。でも、それで私はしばらくおばば様のところに行きませんでした。その代わり、お祖父様と一緒に出かけました」
ジャンは微笑みながら言った。
「ほう?どこへ行った?」
「お祖父様と侍従と一緒に、山に行って、狩りをしました」
「楽しそうだ」
「はい」
「どんな動物を狩った?」
「鹿を狩りました」
「ほう?侍従が矢とかで?」
「いいえ」
ジャンは首を振った。
「お祖父様が鉄砲で撃ちました」
「鉄砲・・」
その言葉を聞いた途端、ジャヒールはことの大きさを理解した。この国では、鉄砲はまだ出回っていないから、いずれか必要だ、とジャヒールは思った。
「アルキアでは、鉄砲は普通にあるのか?」
「いいえ。イルカンディア人の武器です。アルキア人はそのような武器を触らせてもらいません」
「じゃ、なぜじいさんがそれを持っている?」
「分かりません」
ジャンは首を振った。
「家で、鉄砲を使えるのはじいさんだけか?」
「おじじ様とお母様も使えます。お兄様たちもその武器の扱い方の訓練を受けました。それにお母様はたまにお祖父様と一緒に、馬に乗って、狩りをします」
「・・・」
ジャヒールは瞬いた。
「先生、鉄砲とはなんですか?」
ずっと二人の話を聞いたアミールが尋ねた。
「武器だ。遠距離から、鉄の玉を放つことができる武器で、大変危険な武器だ」
ジャヒールは言葉を選びながら説明した。
「・・だが、今はそれを気にしなくても良い。まず剣の戦い方をまじめにやろう」
「はい」
アミール達が言うと、ジャヒールはうなずいて、ジャンに視線を移した。ジャンはただ青空を見つめているだけだった。
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