第3話 ウルダ(3)

「ジャンは野宿に慣れているのね」


ジャヒールが言うと、ジャンは首を傾げた。


その夜、彼らは2回目の野宿をした。前の日は夕飯の後、ジャンとサバッダは先に眠ってしまったから、あまり会話ができなかった。気になったジャヒールは夕飯を作りながら聞いた。


「うーん、分かりません」

「このように、外で寝ることだ」

「うーん・・」


ジャンは食器を並べながらまた首を傾げた。


「お祖父様と従者の一人と、三人で近くの山へ行ったり、いろいろな所へ出かけました。その時、このように、外で寝ました」

「何歳から?」

「二歳ぐらいかな、多分。ごめんなさい、覚えていません」


ジャンが言うと、ジャヒールはうなずいただけだった。米が干し肉と甘い干しナツメで煮込んだ料理ができた。


「食べよう」

「はい」


ジャヒールが言うと、アミールたちは揃って返事した。彼らは黙々と食事して、同じ茶碗でサマンが煎れた暖かいお茶を飲んだ。そうすれば、茶碗を洗う必要はない。


「じゃ、寝ろ。もう遅い。明日、町に着くから、朝早く行くよ」

「はい」


アミールたちは厚い布で身を包んで、ラクダの近くで身を寄せて、そのまま目を閉じた。ジャヒールはたき火の前に座って、考え込んだ。


ジャンの祖父はどういう意図でまだ幼い孫をあのような教育したか、探る必要があるかもしれない。ジャヒールはあの老人のことを何回か、と彼らのかしらであるジェナルから聞いた。遠縁だ、と。あの老人はずっと前に、彼らの前に来たことがあった。遠い国へ行った人で、その国で結婚して、子どもと孫がいる、と聞かされた。彼の子どもは貿易をやっていて、港では彼らの商社がそこそこ有名だ。主な商品は米だ。その他は、更紗や絹もたまに持って来る。その老人はたまにその商社の船に乗って、この国に来る、とジャヒールは思い出した。


その老人の孫は、今すやすやと寝ているジャンだ。小さくて、どうみても普通の子どもだ、とジャヒールは思った。


言葉は上手だと、きっとあの老人が言った、「頭が良い」。それは間違いなし、とジャヒールは思った。けれど、サマンの話を聞いて、実際にジャンと会話したことで、ジャヒールは確信した。


ただ者ではない。


そして、小さい時から訓練を受けた。


何のための訓練か、この流れを見れば分かる、とジャヒールは思った。


恐らく戦争のためだ。そのために、長男は技術、次男は法律、三男は経済を学ぶ。戦争に勝つために、技術が必要だ。そして表向きには法律ができる人が必要だ。さらにその基盤のために、経済に詳しい人が必要だ。


そして四男であるジャンは暗殺・・。華やかな表に隠れて、裏の仕事は、ジャンに任せられることになる。


まだ小さいその子どもを見ると、ジャヒールは戸惑った。


戦争はこの子どものすべてを奪おうとしている。けれども、普通の遊牧民であるジャヒールはアルキアの戦争に関して、何もできない。この砂漠で、彼ができるのは、若者を教育することだった。羊の世話だけではなく、度々彼らを攻撃してくる山賊との戦いも含めて、生きるために必要なことを教える。


「・・難しいな」


ジャヒールはお茶を煎れてから、ゆっくりと飲んだ。





朝日が昇る前に、ジャヒールはアミールたちを起こして、全員食事を済ませた。一行がゆっくりと町に向かった。砂漠の中でオアシスを囲んだ町が見えると、子どもたちの目がキラキラと光った。ジャヒールは笑っただけで、目的の商人のもとへ向かった。


毛皮、糸、織物、刺繍をまとめてその商人の店に売ってから、ジャヒールはジェナルたちの注文を探しに市場へ向かった。ジャヒールは恋人のためにもきれいな髪飾りを買った。そしてアミールたちのためにも服や帽子を買った。ジャンのためにも同じ物を買った。けれど、ぴったりのサイズがなかなかなかったから、結局彼らは市場を一週した。


「帽子と服があったが、ズボンがなかなかない」

「大丈夫です」


ジャヒールが言うと、ジャンはジャヒールを見ながら答えた。


「先生、ジャンの剣はまだないよ」


アブが言うと、ジャヒールはうなずいた。


「先に食事してから、買おう」

「はい!」


食事の言葉を聞くと、なぜか子どもたちがとても元気になった。ジャヒールは笑って、彼らに串焼きの店へ向かった。干しぶどうと野菜のピラフに大きな肉の塊が乗っている料理を大皿で買って、彼らは食卓を囲んだ。食事が始まると、アミールたちは美味しそうに食べた。ジャンも頬張りながら食事を楽しんだ。


食事を終えると、彼らは武器屋へ向かった。ジャヒールは小さめの剣を買おうとしたけれど、質が悪かった。結局、ジャヒールは自分のための買い物だけをした。


その日の夜、彼らは宿に泊まった。全員同じ部屋だ、とジャヒールが言うと、誰も文句を言う人がいない。ベッドが三つしかないので、ベッドが一つに二人だ、とジャヒールは言った。アミールとサマン、アブとサバッダ、そしてジャヒールとジャン。


ジャンはその指示をしたがって、自分の短剣を枕元に置いて、目を閉じた。ジャヒールは全員を見てから、横になって、目を閉じた。


その夜、突然大きな音が聞こえた。ジャヒールが素早く目を覚ますと、ジャンはもうすでに起きて、窓を開けて、外を確認した。炎が上がっている、とジャンが言うと、ジャヒールはすぐに状況を理解した。


山賊だ、とジャヒールはすぐさま指示を出した。すると、アミールたちは素早く荷物をまとめた。ジャンも手伝おうとしたけれど、サマンはジャンの手を取って、外へ出て行ったジャヒールたちの後ろを追った。


宿の一階へ移動すると、もうすでにその宿に泊まった人々や町の男たちは武器を構えて、見えて来た山賊らに威嚇して、大きな声を発した。


「サマン、ジャンを任せた!」

「はい!」


サマンは大きな声で返事した。ジャヒールはうなずいて、そのまま宿に入ろうとした山賊らの攻撃を応戦した。複数の男らも入って、激しい斬り合いとなった。サマンとサバッダはそれぞれの剣を抜いて、息を呑んだ。


突然窓から数人の男らが入った。その男らは数人を斬りつけた後、手当たり次第の荷物を奪い取った。アブとアミールは必死に彼らの攻撃を応戦した。けれど、大の男らは彼らよりも強かった。相手の蹴りがアミールのおなかに当たると、アミールは崩れ落ちた。すると、サバッダはアミールをかばって必死に抵抗した。


その時だった。


小さなジャンはいきなり高く飛び込んで、短剣で相手の目を刺した。彼はそのまま止まらず、そのまま次々と宿の中に入り込んだ山賊らを斬りつけた。


まだ状況を理解していないアミールたちはただ彼を見て、唖然した。


「ジャン!」


宿の中に戻ったジャヒールは驚いて、大きな声で叫んだ。そしてジャヒールはアミールたちの様子を確認してから急いでジャンがいる場所へ向かった。


そこでジャヒールは目を疑った。


4歳の小さな子どもが、大の男らと戦って、相手を斬りつけた。彼の手にある短剣から血がポタポタと落ちている。


怪我したのか?あるいは敵の血なのか?、とジャヒールはそう思いながらジャンに倒されて立ち上がった敵を次々と斬りつけた。


「ジャン!」

「先生!アミールさんが蹴られました!」

「大丈夫だ!」


ジャヒールは素早くジャンの相手を斬りつけた。そして身につけたベルトから小さなナイフを取って、逃げようとした山賊の方へ投げ込んだ。ナイフが命中して、山賊たちは倒れて、そのまま絶命した。


「うわ!先生すごい!」

「今はそれどころじゃない!敵に集中しなさい!」

「はい!」


ザッシュ!ザッシュ!、としばらくまた斬り合いが始まった。けれども、剣の技を熟したジャヒールは問題なくそれらの山賊を斬り捨てた。最後の人を倒すと、ジャヒールは素早くジャンの手を引っ張って、アミールたちの元へ向かった。


「全員無事か?!」

「はい!」


ジャヒールが聞くと、彼らは揃って返事した。ジャヒールはアミールのおなかを確認して、ホッとした。大丈夫だ、と彼は言った。


「荷物を確認してくれ」

「はい!」


アブたちは直ちに動いて、昼間買ってきた物と毛皮を売ったお金を確認した。全部無事だった、とアブが言うと、ジャヒールはうなずいた。


ジャヒールはまた宿の前に行って、状況を確認した。山賊らは逃げたけれど、いくつかの建物が燃えている様子が見えた。町の男らは急いで燃えた建物を消火している様子も見えた。


「大丈夫だ。敵は逃げた!」

「ラクダは無事ですか、先生?」

「分からない。多分大丈夫だろう。後で確認する」


サマンが聞くと、ジャヒールは首を振りながら答えた。そしてしゃがんでいるジャンを見ている。


その子どもは、自分の短剣に付いている敵の血を、敵の服で拭いた。


異常だ、とジャヒールは息を呑んだ。


死体を見ても、なんとも思わないのか?怖がることはないのか?、とジャヒールの中でいろいろな疑問が生まれた。


「ジャン」

「はい」


ジャヒールが名前を呼ぶと、ジャンは振り向いて、ジャヒールを見ている。


その瞳を見たジャヒールはまた息を呑んだ。


「短剣を鞘に入れなさい」

「はい」


ジャンは素直にその短剣を鞘に入れた。


「・・先ほどのような、中途半端に敵を斬ってはいけない」


ジャヒールは静かに言った。言葉は喉に引っかかっているような、うまく言えなかった。


「帰ったら、正しい短剣の使い方を教えてやるから、今はアミールたちと一緒に、そこにいろ。うろうろするな」

「はい!」


ジャヒールはそう言って、ジャンの頭をなでてから、無言で彼を見てから、再び外へ出て行った。

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