第6話 部屋
僕は暗い部屋のなかにいる。黙って両手を組んでいる。それは42歳を目前にした冬の夜で、寝室では美しく成長した娘、息子が淑やかな寝息をたてている時分である。
驚くほど賢く、優しく、美しく成長した娘、息子。恥ずかしながら、僕はもうこれ以上どうすればいいのか、わからない。
僕は病いを患っており、ここ数日は離れで生活している。クリスマスも近いからか。カトリックの教義が、父と子と精霊を三位一体としたことに僕は合点がいく。
”天にまします我らの父よ。 願わくは御名をあがめさせたまえ。
御国を来たらせたまえ。 みこころの天になるごとく、 地にもなさせたまえ。”
息子の年頃の僕は、クリスチャンであった父親が食事の前にそうやって祈る言葉を聞いて育った。神である父は天に居り、子であるイエスは地で祈る。僕の父親には父親は居なかった。居るには居たが、蒸発してしまったのだ。ずいぶんあとになってから別な土地で暮らしていたことがわかった。僕の父親は神である父に祈っていた。自分の父親ではないだろう。そんな僕の父親は早くして死んでしまった。僕は?という気持ちは、いつもどこかにあった。珍しく質の悪い病にかかって臥せっている僕は、この部屋で一人そんなことを考えもする。
「彼はあなたじゃないのよ。もう私たちの一部ではないし、分身でもないのよ。別人格の存在なのよ。」
見透かしたように、そう僕に言い放った妻は微笑んでいる。
僕のそばには田舎から送られてきたリンゴがあり、それをまだ僕は食べることができない。明日、少し体がよくなったら、娘、息子に剥いてあげることができるだろうか。
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