第2話 砂

 そのときのことを、なにかの拍子に思い出すことがある。子どもができたことを誰かに告げることなど一生のうちに何度もあるものではないだろうから、告げられた自分よりも葉子さんの心境ばかりが気になってしまう。


 寄せる波に足を擦らせながら、僕らはこれからのことを打ち合わせた。


 葉子さんはしばらく店舗にたつことを控えさせてもらって、自宅での製作中心にしてもらえるよう職場に相談するとのこと。幸い同僚に前例があるらしく、便宜を図ってもらえる確証はあるそうだ。真っ先に伝えなければならないのは葉子さんのご両親だけれど、葉子さんも僕もよいアイディアが浮かばない。そして葉子さんが一番気にしているであろう僕の家族と仕事について。


 大丈夫!心配しないで!


 咄嗟の一言とはいえ、なんの根拠も無く、よくも言ったものだ。僕は本当にいい加減な人間なのだと、あらためて自覚した。日本の家族にどう説明をすればいいのか。仕事についても決断は必要。


 大した結論も出せないまま、岩場の蟹をつついてみたり、インテリアに使えそうな流木や貝殻を拾っては投げ、けっこうな時間があっという間に過ぎていた。


 ルリくん、私、オシッコ。


 葉子さんがそう言ったのを頃合いに、そのまま着替えをして引き上げることにした。15時過ぎの海辺は明らかに変わる。波よりも風。葉子さんが脱いだ水着を懸命に絞っている間、僕は砂を払ったシートを畳んだ。持ち帰ることに決めた長めの流木は、リュックに上手に固定できた。このビーチに次に来るのはいつになるだろうか。


 妊娠しているのに自転車はどうだろうということになり、自転車を引きながら歩くことになって帰宅するまで30分以上かかった。いつもの公園まで来て、今まで別々に住んでいたことに急に違和感を感じた。流れで葉子さんのマンションに行き、葉子さんの作った焼うどんにカツオブシをいっぱいかけて食べた。まだ全然膨らんでいない葉子さんのをおなかを撫でていたら、いつの間にか2人とも眠ってしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る