コーラはしゅわしゅわ
私たちはロリポップをくわえたまま階段を上って、一番手前の部屋に入る。ふあっとした柔軟剤の香り。ああ、サイコバニーのにおいだ……。期待が膨らむ。膨らんでいく。
……なんの期待だよ。
そんなわけで、サイコバニーの部屋に入るのにはちょっとだけ勇気が要った。私の妄想の中のあれこれと現実のサイコバニーの家が融合していく。思ったより普通の……。
普通の? 何言ってんの、めっちゃ散らかってんじゃん。
亀山は平然と私に背中で言い放つ。
「適当に座っといて~」
適当に、といわれても、座るところなんかベッドの上しかない。ベッド? なんで?
「ベッドでいいの?」
「いいよお、どこでも」
マジかよ。
亀山の、サイコバニーのベッド。座っていいの?ほんとに?
私はおそるおそる、散らかってるベッドに腰を下ろす。部屋に負けず劣らずなベッドの上には服が散乱していて、その中にはブラもショーツもあった。
ホワイ。
固まる思考、途絶しかける意識、そしてサイコバニーの甘ったるい声。
「花梨ちゃん、コーラでいい?」
「う、うん……」
背後にブラ、前のサイコバニー。そしてその手には500ミリのコーラ。
動けん。
実は炭酸が苦手なんて、この状況ではとても言えない。言えなかった。
「なんでこんなに散らかってるの。私だったら人なんか呼ばないよ」
亀山がゴミまみれのテーブルを片付けている間、私はロリポップとコーラの組み合わせを延々と繰り返した。コーラ、ロリポップ。コーラ、ロリポップ。
「へへ、呼んじゃうんだな、ぼくは」
「すごい度胸だわ」
コーラは痛い。甘いけど痛い。はじけて、舌の先をしびれさせる。慣れればきっとどうってことないんだろうけど、今の私には痛かった。
「親御さんは?」
「一人暮らしいけんじゃないかなーって思ってたの。舐めてた。お母さんは偉大だ」
詳しく聞いたらいけない気がして、私はほとんど棒になってしまったロリポップを口に含んだ。
「再婚したんだ、お母さん。――新婚さんの家に、連れ子のぼく、居づらくってさあ。一人暮らししたいからって言って、逃げてきたんだ。貯金はたいて、放課後はアルバイトしてる」
「……そうなんだ」
「だから自炊レベル、いちなのだ!」
コンビニ弁当のトレイをガサガサ言わせながら、サイコバニーがにやっと笑った。
「花梨ちゃんは料理上手そう」
「……晩ご飯、作ってって言うつもり?」
「なんでわかったのお」
言いながら、サイコバニーはぜんぜん驚いてなかった。予期してたのかもしれない。ああやっぱり、亀山になってもサイコバニーだ。変わらない。
「とりあえず、数Ⅱやっつけてからにしましょうか」
私は教科書を取り出す。亀山は「まって」と叫んで私の背後にあるものをはっしとつかんだ。見なくともなにをひっつかんだかわかってしまった。
「……やばい。気付かなかった。ごめん、マジ」
「……なんのこと?」
私はしらばっくれた。これも優しさだ。サイコバニーは珍しく顔を真っ赤にしてぶんぶん首を横に振った。
「ぼくも着替えてくるっ! ついでにシャワーも浴びちゃう」
「ごゆっくり」
サイコバニーも照れることがあるんだ。そう思いながら私は若干の罪悪感を押しのけて、彼女の衣服が散乱しているそこに思いっきり横になった。寝っ転がるくらいなんてことない、隣で好きな女の子が素っ裸になっているのに平気なやつなんかいないだろ。
やっぱり私はサイコバニーが好きで、亀山・チャコフスキー・優李が好きで、駄目んなっちゃったんだ。
口の中で甘いものがはじけている。ワンピースの下で腿をすりあわせる。目を閉じると亀山のにおいがする。
どうかしているよ、現実。
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