ep3.あたしって結構ビーストだぜ?


 さて翌日。

 ウィリアムのクラスに、早速新メンバーがやってきた。


「今日から仲間になるビアンカ・バルボア君だ。みんな、仲良くしてやってくれ」

「……バルボアっす。よろしく」


 よろしくする気がまるで感じられない、いともつっけんどんな挨拶だった。

 表情も同様で、ほとんど睨みつけるような堅い視線がクラス一同に注がれている。

 一度ぶん殴られているヘミングウェイなど、目が合った瞬間に小さく悲鳴をあげたほどだった。


 昨日見せたのあの人なつっこさは夢か幻だったのだろうか? ウィリアムがそんな疑問を抱いたのも無理からぬことである。

 ……が、しかし。


「お、ウィル! ウィリアム! ほんとに同じクラスになったんだな!」


 教室内にウィリアムの顔を見つけた瞬間、いきなり昨日のビアンカが顔を出した。


「昨日あのあとソッコーで編入クラスが通達されてさ、早すぎてびっくりしちまったくらいだ。ティーチの旦那、きっと頑張ってくれたんだろな。正直見直したぜ」


 当のティーチ先生が真横にいるのに堂々と見直したというビアンカ。

 しかしそこについてはウィリアムも同感だった。

 ただでさえスタートが遅れている彼女の為に先生が骨を折ってくれたのは容易に想像できる。いい加減に見えて生徒思いの良い先生なのだ。

 そういえば昨日の去り際にも急ぎの手続きがどうのとか言ってたな。うむうむ、あの丸投げが無意味なものでなかったことは、僕の心にとっても大いに救いに……


「……じゃなくて!」


 はっとして周囲を見渡すウィリアム。

 すると、やはりというべきか、クラスメイトたちの視線はひとつの例外もなく自分たち二人に集中していた。


 あからさまに非友好的な新メンバーと、どういうわけかその新メンバーとすでに打ち解けてる感じのゴブリン君。

 なにあれ、あの二人どういう関係?


 早くもそんなひそひそ話が交わされている。

 近年まれに見る居心地の悪さに、ウィリアムの額に冷や汗が伝う。


「やぁ、ごきげんよう転校生くん!」


 その時、やたらと自己主張強めな声が硬直した空気を打ち破った。


「いや、転校生ではないのか? そうだそうだ、入学したばかりで転校生ということはないよなぁ! いやはや、この私としたことがうっかりした! ははっ! あらためまして新メンバー君、私がこのクラスの学級委員長、ディミトリ・レノックスだ!」


 呼ばれてもないのにしゃしゃり出てきたのは、就任二日目の学級委員長だった。


「バルボア君といったね、君の不安が私にはようくわかるぞ! 事情は知らないが、君はみんなより二週間も遅れたスタートを切るわけだからね! 実に致命的な出遅れだ、ああかわいそっ! だが君は自分の幸運を喜ぶべきだよ! なにしろこのクラスは私が、高身長・高魔力に確かな家柄の、このディミトリ・レノックスが率いるクラスなのだから! いやはや、おそらくこれは偶然ではなく必然、つまり先生も私の存在を見込んで君をこのクラスに編入したのだろう! ああっ、大人たちの期待は時に重くのしかかるが、でも安心したまえ! 私は底辺のクラスメイトでも見捨てないぞ!」


 会話と言うよりは演説めいてまくし立てて、委員長はしばし悦に入った笑いをあげた。

 そしてひとしきり笑い終わったら、再び一方的なマシンガントークを再開させる。


 ディミトリの演説を聞き流しながら、ウィリアムはビアンカをそっと横目に伺う。

 この委員長に対してビアンカが向ける感情は、好意と敵意、はたしてどちらか?


「……おいウィル、いきなり現れたこいつはなんだ? 全部の語尾にびっくりマークエクスクラメーションつけたみたいなクソうぜえ喋り方しやがって、こいつぁあたしに喧嘩売ってんのか?」


 声と眼差しに飽和寸前まで怒りを漲らせたビアンカに、ウィリアムは「……だよなぁ」とため息をつく。

 思えば最初からわかりきった二択だった。


「……許せねえ。こいつの言動がじゃねえ、こいつの存在自体が許せねえって、あたしのここにあるこの魂が叫んでやがる。……食らいやがれ、必殺ゴブリン――」

「やめっ、やめてええええ!」




   ※




 グローバル都市ニューヤンクのど真ん中、立ち並ぶ高層建築を従えるようにして威風も堂々の名門プラード校は、広大な敷地の内側にあらゆる設備と施設を取りそろえている。

 その充実ぶりは時に小さな町に例えられるほどである。


 とりわけ有名なのはなんといっても学園大食堂レストランホールであろう。

 一流シェフが腕を振るう料理の数々は摩天楼の高級レストランにも引けを取らない一級品で、学生たちが帰宅する週末には外部の利用客にも開かれ人気を博している。

 名実ともにこの学園の大看板フラッグシップである。


 その大食堂で、ウィリアムはビアンカとランチのひとときを過ごしていた。


「うーん、美味い! まいったな、ここじゃジャンクフードまで高級料理かよ!」


 はしたなく口にものを入れたまま喋るビアンカの、手にはフライドチキン、目の前のトレイにはチーズバーガーとコーラ。

 バーガーはともかくそのコーラとチキンは提携してる大手チェーンの商品だぞと、気づいてはいても指摘しないウィリアムだった。

 紳士百箇条より第三十五条、『紳士は無粋な雄弁よりも小粋な沈黙を旨とすべし』である。


「なにからなにまで肌に合わねえ意識高い系ビッグヘッドの養成所みてえな学校だけど、やっぱこの学食だけは最高だな。……ん? どしたウィル? あんたは食わないのか?」


 食事は注文せずにコーヒーだけのウィリアムに、不思議そうな顔でビアンカ。

 ウィリアムは乾いた声で笑いながら、紳士は食わねど高笑い、とだけ応じた。


 君のせいで食欲がないのだとは、紳士的でないから言わない。


 ビアンカがクラスに編入されてから半日が過ぎた。

 この半日の間に、ウィリアムは一年分もの『非プラード的』な言葉遣いを耳にした気がしている。

 ビアンカ・バルボアは、良く言えばユニークで個性的、悪く言えば……実にユニークで個性的なボキャブラリの持ち主だった。

 その独特な言い回しの一例をあげるなら、たとえば最低は『デッドアス』で、最高は『サンダーバード』。

 死んだ尻が最低なのはまだしもなぜ雷の鳥が最高なのか、ウィリアムにはまったく理解できなかった。


 そしてまた良くも悪くも、ビアンカの感情表現はストレートで裏表がないのだ。


「あのさ、ビアンカ、もう少しみんなと仲良くできないもんかな?」


 コーヒーを一口飲みながら、ダメ元で言ってみるウィリアム。


「はいはい、愛想が悪いのは自分でもわかってますよっと。でもさぁ、やっぱエルフは苦手なんだよ。教室の半分以上がエルフだろ、なんか身構えちまうんだ」


 君だってエルフのくせに。

 飛び出しそうになったそんな言葉を、ぐっと飲み込んだ。


「うーん、無理してフレンドリーに接しろとまでは言わないけど……でもさ、午前中だけでもう三回……いや、四回も揉め事を起こしてるだろう?」

「はぁ? なんだよ、あたしは売られた喧嘩を買ってるだけだろうが?」


 即答で返ってきた答えに、なんだかまた胃が痛くなってきたウィリアムである。やはり空っぽの胃にエスプレッソは良くなかったらしい。


 とはいえ実際、ビアンカは一度として自分からは仕掛けていない。

 新参者へのジャブとばかりに陰口……の体裁を取ったあからまさな攻撃を仕掛けてきたのは、クラスの女子たちの方だ。

 ビアンカはそういう連中にやり返しただけ、いわば専守防衛である。

 ……ただし、陰口に陰口で返すのではなく、面と向かって言い返すのがビアンカのスタイルだった。

 あの個性的で火力高めなボキャブラリを駆使して、しばしば相手が泣き出すまで詰めまくるのである。


 確かにビアンカだけが悪いわけではない。

 ないのだがしかし、彼女が他の誰かと散らす火花を直近で浴びせられるウィリアムにとっては、たまったものではない。


 それから、もう一つ。


「そういえば……君に話しかけられて、彼女、ええと……すごくびっくりしてたね」


 言葉を選んで切り出したウィリアムに、「ん? 彼女って誰だ?」とビアンカ。

 指についたバーベキューソースをはしたなくなめ取りながら、考えるともなく考えて。


 ややあってから、あっ! と急に声をあげた。


「ああ、思い出した! あいつか、あのコウモリ女!」


 そう。吸血鬼のココ・ヘミングウェイである。

 校外学習でビアンカがぶん殴った吸血鬼の女子。


 そのヘミングウェイに今日、ビアンカは自分から声をかけたのだ。

 それも「おお、お前も同じクラスだったのか!」と、あたかも旧友との再会を喜ぶようなトーンで。

 話しかけられた瞬間にヘミングウェイが凍り付いたのは、言うまでもない。


「いや、だってあいつはエルフじゃないし。たしかにゴブリンへのディスりはムカついたけど、でもそれはあの場でぶん殴ってチャラにしてっから後腐れとかも全然ねえし。……あんだよ? クラスメイトと仲良くしろって言ったのはあんただろ?」


 この返しに、またも乾いた笑いのウィリアムである。またもコーヒーを一口啜って、またも胃が痛い。


 喧嘩っ早くて口が悪くて、たまには口だけでなく手まで出かけて。

 なのに偏屈な性格なのかといえば、全然そうではないらしくて。


 そんな一筋縄ではいかない同級生が円滑な学園生活を営めるよう、付き従ってサポートしてあげること。それがウィリアムに与えられたミッションだった。

 エスコート係。シンデレラのスクールライフをエスコートする、紳士の役割。


「……やれやれ、これじゃエスコート係というよりも猛獣飼育員じゃないか」

「なんだよ、失礼なやつだな」


 いけない、我知らず声に出ていたらしい。慌てて口を押さえるウィリアムである。


「ったく、そんなに大変なら今からでもお役返上すりゃいいだろ? そこまでしてでも欲しいもんかね、『名誉紳士の称号』とやらは」

「……へ?」

「ティーチの旦那が言ってたぞ。あたしの世話役を引き受ける交換条件だって」

「言ってたの!? そして聞いたの!? そんな個人的事情を!?」


 なんたる情報の非対称性! 僕には最低限の情報それすら伏せられてるのに!


「いや、あんたについて聞いてんのはそんくらいだけど。でもとにかく、あんたがあたしをスケてくれんのはそれの為なんだろ?

 その称号って、そんなに欲しいもんなのか?」


 責めるでも拗ねるでもなく、純粋な疑問の声でビアンカはそう問うた。


 そんな彼女に、ウィリアムはカップに残ったコーヒーを飲み干したあとで。


「いや、違う」


 そう答えた。


「確かに、名誉紳士は僕の夢だ。その称号は欲しい、死ぬほど欲しい。だけど、僕が君を助ける理由は、それだけじゃない」

「ふうん、なんだ?」

「決まってる。そうするのが紳士として当然のことだからだ」


 紳士百箇条より第五条、『紳士は困っている友達を見捨てない』。


 そういつもの百箇条で締めくくったウィリアムに、ビアンカはしばしぽかんとして。

 そのあとで、にぃっと顔中に笑みを広げた。



「オーケー、オーケー。んじゃ、あたしって猛獣が文明社会に馴染めるよう、せいぜい飼い慣らしてくれよな、飼育員さん?」


 あたしってけっこうビーストだぜ? と、ストローでウィリアムを指しながらビアンカ。

 そんな彼女に「もう知ってるよ」と返しかけて、再び口を押さえるウィリアム。


「にゃはははは! ……っと、予鈴だ。つうわけで、午後も頼むぜ、相棒!」



   ※



 もちろん、ビアンカは午後も引き続き問題を起こしまくった。

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