ep11.違法薬物ゾンビパウダー

「ああ、もしかしてと思ったら、やっぱウィルじゃんか」

「……ビアンカ?」


 ウィリアムが顔をあげると、私服姿の相棒がエコバッグ片手にそこに立っていた。


「んであんた、なにやってんだ?」


 呆れ満面に同じ問いを繰り返したビアンカに、ウィリアムは途切れ途切れに、しかもなぜだか若干倒置法気味に「ピンチ、襲われてる、ゾンビ」と答えて、最後に。


「ヘルプ・ミー……」

「おう」


 ウィリアムのヘルプ要請を受けたビアンカは、少しも慌てずに数歩歩み出て。

 ゾンビたちに、ここぞとばかりに必殺ゴブリンパンチを。

 ……繰り出さなかった。


「おらよ。くらえ、必殺ペッパースプレー」


 現れたのは手のひらに収まるサイズのスプレー缶だった。

 どこからともなく取り出したそれを、ビアンカはゾンビたちにきっちりワンプッシュずつお見舞いする。


「Gyaaaaa!」

「oooooouch!」

「Iteeeeeeee!」


 催涙スプレーのゼロ距離射撃を食らったゾンビたちが、顔を押さえて倒れ込む。

 倒れ込んで、悶絶して、悲鳴をあげて地べたを転がり回る。


「な、なにこの反応……まるで生きてるみたいな……」

「いや、そりゃ生きてるだろ」

「……は? 生きてる? ゾンビなのに?」


 真顔で問い返したウィリアムに、ビアンカは再びの呆れ顔となって「あのなぁ、こんなとこにマジモンのゾンビがいるわけねえだろ」と言った。


「こいつらはただのジャンキーだよ。つか、中毒者ジャンキーにすらなれねえ半端者ワックどもだ。イキがって安いゾンパでラリってるだけの」


 ゾンパと聞いて、ようやくウィリアムもピンときた。

 南方産ゾンビパウダー、昨今我が国で問題になっているダウナー系違法薬物である。


「ゾンパも過剰摂取オーバードーズで一線越えたらマジゾンビらしいけど、こいつらはそこまで筋金も気合いも入っちゃいねえよ。ほっときゃそのうち素面シラフに戻るだろ。

 ……ったく、ゾンビトリップもブツの取引も、やるならアッパーサイトでやれってんだ」


 わざわざダウンエッグに来るんじゃねえよ。

 そう吐き捨てて、ビアンカは倒れ伏したゾンビの一体をサンダルの先で蹴飛ばす。

 ゾンビが「イタイ……」と呻いた。


「……このゾンビ……というかこの人たち、アッパーサイトから来たの?」

「そだよ。こいつらもこいつらにブツを握らせた売人もアッパーサイトの奴だ。向こうじゃ目立つからこっちを取引場所にしてやがんだよ」


 ダウンエッグの住民はこんなアホなもんに金なんか出さない、とビアンカ。

 言われてみれば、いましも転がっているゾンビ三体の内訳は、ドワーフとホビットとエルフ。

 アッパーサイトの構成人種、その上位三位である。


「あの、なんか、ごめんなさい……」

「はぁ? なんであんたが謝るんだよ?」


 なんとなく謝らずにはいられなかったウィリアムに、ビアンカが怪訝な顔で返す。

 アッパーサイトの少年は急に恥ずかしくなって、取り繕うように話題を変えた。


「え、ええと、この人たち、このあとどうするの?」


 ウィリアムのこの問いに、ビアンカは「そうだなぁ。このままほっとくわけにもいかないだろうしなぁ」と呟いて、それから。


「よし、暇してる誰かにアッパーサイトまで捨てて来てもらおう」


 これぞ名案とばかりにそう言って、エコバッグからなにかを取り出した。


「……防犯ブザー?」


 ビアンカがピンを引っ張ると、けたたましい警告音がストリートの沈黙を圧した。

 さて、アラームが鳴り出してから、わずかに十秒。


「どうしたどうしたどうした!」

「なになになあに!」

「どしたネ!」

「ビアンカサン!」


 ビアンカの名前を呼びながら、続々と濃いメンツが集まってきた。

 最初に駆けつけたのはラジカセを肩に担いだオークだった。

 続いて現れたのは四つ足疾走の若いネコマタ女性。

 それから中華鍋を手にしたキョンシーとレンタルビデオ屋のエプロンをつけた天狗が連れだって登場。

 以上のメンツに少し遅れて、精霊の種族である先住民族レッドマンの老人が静かに到着した。


「おうおうおう! 俺らの姫さんに悪さしやがったのはどのマザーファッカーだ!」

「わああああああ! やめろやめろ姫とか言うな! 友達がそこに居るんだよ!」


 怒りの剣幕でがなり立てるラジカセオークに、ビアンカが慌ててつかみかかる。


「姉ちゃん!」「ねえちゃん!」「ネーネー!」


 そんな騒々しさの極みにある場面に、最後に三人の子供が顔を出した。

 それぞれおもちゃの剣と光線銃と着せ替え人形で武装したキッズたち。

 ビアンカの二人の弟と、その下の妹であった。


「なんだ、お前らも来てくれたのか」


 ビアンカは弟二人の頭を左右の手で同時にぐしゃぐしゃと撫でつけ、その後で妹を抱き上げた。


 美しい兄弟愛の場面を目の当たりにしながら、しかし、ウィリアムはその子供たちがビアンカの弟妹であると、即座には理解できなかった。


 大好きな姉のピンチに駆けつけた三人は、エルフではなく、ゴブリンだったのだ。


「……っと、ウィル、紹介するよ。うちの弟妹と、あとご近所さんたち」


 そこに集った様々な種族の人々を眺め渡したそのあとで、ビアンカは照れくささとバツの悪さと、それから誇らしさを綯い交ぜにした声でウィリアムに言った。


「ここがあたしの地元ホーム。そんでこいつらが、まぁ、愛すべきあたしの仲間たちファミリーだよ」



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