ep5.ゴブリン寮へようこそ

 戸口に立っていたのは、これでもかとニコニコ笑顔のエルフ娘。

 一時間ほど前に別れたばかりのビアンカが、大荷物を携えてそこにいた。


 描写するまでもないかもしれないが、もちろんウィリアムは石になっている。


「ん? 聞こえなかったか? んじゃもっかい……よろしくな、寮長ボス!」

「待って待って待って!」


 よろしくされてたまるか。全然よろしくない。よろしいわけがない。


「え、な……なにこれどゆこと?」

「? いやだから、引っ越してきたんだってば。今日からここで暮らすんだよ」

「誰が?」

「あたしが」

「ホワッツ? なんで?」

「なんでって、だってこのガッコの寮は種族別なんだろ? ならあたしはこっちだ」


 なんだよ聞いてねえのか? とビアンカ。

 全然聞いてなかった。寝耳に水。あまりにもグレートサプライズだ。


「おっかしいなぁ。寮監の先生からはばっちし許可もらってんだけど」

「ああもう、またあの先生ひとか!」


 思わず叫びを迸らせるウィリアムだった。

 ゴブリン寮の寮監とは、他でもないティーチ先生である。


「まぁいいや、入んぞー。……おお、広い! しかもキッチンもバスルームもある! 冷蔵庫もテレビもソファーもなんかよくわからない機械も、あとベッドも!」


 止める暇もなくウィリアムの横をすり抜けるビアンカ。

 右から左に部屋を行って来て歓声をあげて、最後に笑いながらベッドにダイブした。


「ちょ、待って待って待って! それは僕のベッドだ……です!」

「あ、そっか。そういやあたしのは明日運んでもらうんだった」


 我が寝床に女の子が飛び込むショッキングな場面に慌てふためくお年頃のウィリアムに、やっぱり何食わぬ顔のビアンカ。思えば今日は終日こんな感じである。


「んじゃ、ひとまず今日はソファーで寝るか」

「いやいやいや、今日はというかね……!」


 ベッドからソファーに移動するビアンカに、ウィリアムは頭を抱えつつ。


「あのですね、この寮は、なんというか、複数人の入居を想定してなくてですね……」

「へぇ、そりゃユニークだな。学生寮の常識をぶち破る学生寮だ」

「うん。だから見てわかるように、個室がないの。ワンルームの共同スペースだけ」

「んだな。でもこんだけ広かったら二人で使っても余裕だし、別に問題ないだろ」


 問題だらけだ、とウィリアムは思う。

 いや、確かに室内は広い、とても広い。ウィリアム一人で暮らしている現状では空間の半分も使っていない。ここにもう一つベッドを入れて、さらにブックシェルフとワードローブとついでに大きめのサボテンを二つ入れても、たぶんまだ全然余る。

 だから、迎えるのが同性のルームメイトならば、なに一つ問題はないのだが。


 ――ああもう! どうしてティーチ先生はこんなルームシェアを認めたんだ!


 とにかく、先生が認めても僕は認められない。

 というか、状況に流されてこれを認めてしまうのは紳士的ではない。


 いやもっと言えば、青少年として健全ではない。


「ね、ねえビアンカ。さっき君、引っ越してきたって言ったよね?」

「うん、そだよ」

「それじゃ、ここに来る前はどこにいたんだい?」


 ウィリアムが聞くと、この場に現れてはじめて、ビアンカの表情に影が差した。


「……エルフ寮だよ」


 ぶっきらぼうを通り越して、吐き捨てるように言った。

 その様子が少しだけ気にかかったものの、ひとまずウィリアムは胸をなで下ろす。


「そっか。ということは、戻ろうとすれば戻れる場所はあるんだね。うむ、よかった。ならば、ひとまず今夜は元の部屋に戻ってもらって、後日改めて――」

「マジでムカつくぜ。だから嫌だったんだ、エルフの学校なんて」


 ウィリアムの説得を遮るように、再びの唾棄する声でビアンカ。


「人を見た目だけで、種族だけで判断しやがって。あたしは……!」


 エルフの少女は、絞り出すようにして最後まで続ける。


「たとえ体はエルフでも、あたしの魂はゴブリンだってんだよ!」


 それは、あまりにも迫真の吐露であった。

 ウィリアムは瞬間、ぶん殴られたような気分になった。


 ――生まれた種族はゴブリンでも、心はハイエルフたれ。


「……あ、わりぃウィル。あんたのことほっぽっちまった。えと、なんの話だっけ?」


 声をなくしているウィリアムに、ようやく我に返ったビアンカが言葉を掛けた。


「ああ、寝床の話だったよな。いいよいいよ、あたしはこのソファで寝るからさ」

「……いや、それは認めない」


 ソファの上で身体を伸ばすビアンカに、断固たる口調でウィリアムは言った。


「はぁ? なんだよ、まさかエルフ寮に戻れってのか?」

「違う。女の子を狭苦しいソファなんかで寝させられないと言っている」


 怪訝な顔をするビアンカに再び断固と告げて、ウィリアムは室内を移動する。

 ベッドメイクの為に。


「幸い、僕は普段から清潔には特に気を使っているし、シーツと布団はすぐに新品の予備と交換する。

 だから、嫌じゃないならベッドは君が使いたまえ。ソファでは僕が眠る」


 ゴブリン寮へようこそ、親愛なる友よオールドスポート

 紳士は白い歯でシンデレラに笑いかけた。

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