第3話 心の定義


彼が飛び立った後、一人残された彼女は暇だったので飛行場を探索してみる事にした。


滑走路から離れ、脇にある格納庫の中を覗いてみる。


しかし、稼動機体はどうやら彼一機しかいないようで、格納庫の隅に残骸のような物が積み重ねられているだけだった。


格納庫に何も無い事を確認したら、次に向かったのは嘗て司令部として機能していた建物。


しかしそこはセキュリティゲートがまだ機能しており、中に入る事は出来なかった。


仕方ないのでその場から離れる彼女の目にある建物が映る。


恐らくここで働いていた整備士やオペレーターの為の宿舎。


そこに向かってみると、幸いにもセキュリティゲートは半開きのまま故障しており中に入ることが出来た。


それから彼女は各部屋を虱潰しに訪ねて回った。


しかし殆どがドアがロックされているか、開いていても瓦礫で塞がれており、唯一入れたのは3階にある一番端の309号室だった。


「お、じゃま……します」


錆だらけの扉は激しく軋む音を立てながら開く。


中は破壊こそされていないものの、長年放置されていたことにより壁や床、家具なども激しく劣化しておりそこらの瓦礫と大差は無かった。


「ここに住んでたのは、男性……かな」


家具のデザインや棚に保管されていた衣服などを見てここに住んでいたのが男性であると、彼女は推測し探索を続行する。


そんな中、気まぐれに開けたデスクの引き出しの中に一冊の本を見つけた。


ここに住んでいた男の日記だと1ページ目を開いてすぐに分かり、続けてページを捲り続ける。


掛かれていた内容は最終戦争(暫定)の時の日常に関するものだった。


どうやら日記の内容によると男はUAVのオペレーターだったようだ。


毎日の仕事の様子が淡々と書き連ねられている。


時々、上官や同僚に対する不満もあり彼女は読みながらクスリと僅かに笑う。


しかし日記を読み進めていく毎に、当時の戦局が悪化しつつある様を察する内容が増えてきた。


ある日は、敵機によるミサイル攻撃を受け食糧庫が全損し本部からの補給の目途も立っていない為一日二食に減らされ。


またある日は食糧不足でストレスが溜まった職員達がパンとベーコン一切れを巡って大喧嘩を始め、殺し合い一歩手前までエスカレート。


またまたある日は敵の本格的な大攻勢が始まると同時に大規模な長距離ミサイルの飽和攻撃を受け、迎撃システムが撃ち漏らした数発が基地内にある複数の施設に着弾し同僚が大勢戦死し。


またまたまたある日は基地司令官が何の命令も残さず自殺し、本部との連絡も取れない為大混乱が起きた。


そんな内容が後半のページからはずっと続いており、次第に文章の量も減っていった。


彼らはきっと指揮系統も機能しておらず食料も尽きたこの基地で孤立したまま静かに死んでいったのだろう。


今思えばこの基地は敵の攻撃下にあった割には滑走路や格納庫にも損傷は比較的少ない。


ライフラインを徹底的に潰されても尚彼らは決死の抵抗を試みていたのか、と彼女は予想する。


「これが最後のページ……これ以降は白紙だ」


彼女は死後のページを捲る。



そこに書かれていたのはたった一文。


『やりたいこと、なにもできなかった。してあげたいこと、なにもしてやれなかった。ハンナ、ごめんなさい』



短い文章と共に一枚の写真が折り畳んだ状態で挟まれており、それを広げる。


映っていたのはどこかの海を背景に撮影された中年の男性とその男性が抱きかかえる幼い少女だった。


とても幸せそうな表情で、二人ともカメラに向けてピースサインを向けている。


写真の裏には撮影日と思われる日付が手書きで書かれており、それは最終戦争が起きる4年前だった。


彼女は、写真の少女と自分が何故だか似ているような感じがした。


そしてこの最後の文章が彼女には、何故だか強烈に印象深かった。


『やりたいこと』


『してあげたいこと』


意味を考えながら一息つくと、写真を元のページに戻し静かに日記を閉じてその部屋を去った。

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