第3話

「今から私の力で治します」

「え、あ……」


 クラスのみんながわかりやすく騒つく。リセットボタンへ届かなかったあたしの手に、女神が力を込める。


「私はやはり、人を信じたい。ここにいる皆さんの良心に訴えるやり方をするのは卑怯だと思いますが、人とは本来、隣人と助け合える存在だと思うのです。ですから――」


 む、胸が痛い!


 ない胸は痛まないが、女神と触れ合い続けて心臓が活動限界だ。今なら吐血もできるよ!


 私の力って?

 治すって?

 怪我を?

 あたしの痛む心臓を? 

 それとも、手を握ってきたのは別のサイン? 

 明るい場所なのに大胆すぎる。女神は全てをさらけ出すのがお好き?


 あたしの疑問は尽きないが、女神はいきなりとんでもないことを言い出した。


「今から起こることを、私が異世界から転生してきた聖女だということを、秘密にしてほしいのです」


 は?

 転生? 聖女?

 うそ、イタイ系なの?


 ショックだった。好きな子が中二病なんて。

 だって、設定を細かく聞き出すところから始めなきゃだし。

 違う世界観を持ち込んだら、南極にホッキョクグマが住むようなおかしな世界になってしまう。そうなれば、決別しか道はない。

 ここからは慎重に対応しなければ。


「この世界に生きる全ての人に、同時に、平等に、力を使うことができるのなら、秘密にする必要なんてないのですが……。実現した瞬間、私の命が尽きてしまうのです。どうか、不甲斐ない聖女をお許し下さい」


 あたしもだけど、静かになったみんなが聖女に注目しているのがわかる。いつ彼女が作り出した舞台へ上ろうか、タイミングを見計らっているに違いない。

 でもそんな考えは、春一番に遭遇した綿毛のように吹き飛ばされた。


「痛いの痛いの、飛んでいけー!」


 え。

 呪文、ぐうかわ。


 繋がるあたし達の手から白い光が生まれ、包まれる。また飛び散った鼻血が戻ってくる。再利用ってやつですね。なんて環境に優しいのか。


「痛いところはありませんか?」


 光が消えたら、目の前には聖女様の甘い微笑み。まだ頭が追いつかない。それなのに、柔らかな手が、あたしの頬に触れてきた。


「清楚しか勝たん!」

「え?」


 あたしのドストライクな見た目で本物の聖女様。これ以上清楚な存在なんていない。知らない。知りたくもない。


「き、奇跡……」

「奇跡なんてほどのものでは!」

「ほん、もの……」

「力の弱い聖女ですが、信じていただけましたか?」

「「「聖女様、万歳!!」」」

「えっ! どうしたのですか、皆さん!? しぃー! です!」


 我が女子校へ降り立ったのは女神ではなく、聖女様でした。この事実に、教室が熱気で包まれた。


 しぃー! って言ってる口をあたしの口で塞ぎたい!


 好きな子に欲情するのは正常な証拠。性別は気にしない。好きって気持ちは大切にしなきゃ。

 しかし、まだ信頼関係を築けていないので我慢だ。何より相手は聖女様。汚してはいけない存在。だから守らなきゃ。野蛮な男から。いや、女からも。


 聖女様の騎士に、あたしはなる!

 やっててよかった、空手!

 そしていつか、堂々と口づけするんだ!


 なんかあるよね、あなたの騎士になりますみたいな儀式。口づけする場所はどこでもいいと思うし。

 周りがうるさすぎるけれど、あたしはようやく立ち上がって心の中で固く誓う。


「注目!」


 気合を入れて、腹から声を出す。聖女様の肩を抱き寄せながら。細くて壊れそうだ。「きゃっ」って可憐な声もしたし。だから力がみなぎってきた。気をつけろ。鼻血を出すのは今じゃない!


「先ほどの聖女様との約束を覚えているか?」

「覚えてるけど。内緒なんでしょ?」


 もえもえ、記憶力だけはいいからね。みんな動揺しているのに普通なのもすごいし。助かるけど。


「あたしさ、気づいたんだ。聖女様が転生してきたってことは、その聖なる力を狙う悪い奴らも転生してきているかもしれないって」


 びくりと聖女様の肩が揺れる。怖がらせてごめんね。でも、これしか方法がない。あ、上目遣いは反則です。


「聖女様がいた世界は、どんな世界でしたか?」

「魔王を倒して、平和な世界が訪れた、魔法が存在する異世界ですが……」


 わぉ。

 王道ファンタジーな世界じゃん。

 これならいける!


 あたしは作戦が成功すると確信した。


「お約束なんですが、聖女様という存在は狙われやすいんですよ。だからですね、絶対に秘密は守ります。なので、あたしも騎士として直接お守りします! 強いんですよ、あたし! それに聖女様には騎士がつきものですから。ね、みんな?」


 今だ! 集中!!


 半ば強引な設定を叩きつけたあたしは、自由な左手を意識する。強く握る。いい感じに熱い。そろそろ蒸気が出てきたはず。同時に、歯を食いしばりながら笑顔を作る。


 わかるよな? わかれよ?


 あたしの発言が不利になることを言った奴から排除だ。これも立派な騎士の仕事。だって、守ることに関して他に適任がいないし。


 あたしだけが聖女様の隣に立つ!


 あたしの熱意が伝わったのだろう。みんなが高速で首を縦に振っている。もえもえも今は素直だ。最高だよ、このクラス!


「では、聖女様の騎士として問う。秘密を守れるか?」

「守ります!」


 めっちゃ綺麗に揃った!

 すご。爽快!


「では、ここに聖女様を護り隊を結成する! あ、まもるの漢字はあたしの名字の護だからね。リーダーは騎士のあたしだからね! そういうわけで、クラス一同、ここに誓います!」

「誓います!」


 素晴らしきかな、この一体感!

 公認の仲になったし、あとは許可を得るだけ。


「私だけの、騎士様……」


 聖女様が何か呟いたが、聞き取れなかった。仕事しろよ、あたしの耳!

 だから教えてもらうために、顔を覗き込んだ。

 でも聖女様は、食べ頃のいちごみたいに真っ赤になって、うつむいてしまった。くそ可愛い。


 力を使わせすぎたのかもしれない。

 どこかで休ませないと。


 騎士失格。なんと情けない。

 しかしすぐに、聖女様は顔を上げてくれた。


「皆さん、ありがとうございます。あと、騎士様、よろしくお願いします」


 間近ではにかむ聖女様が眩しすぎて、意識を手放しそうになる。おっと危ない。顔が引き寄せられた。

 もえもえが「調子乗んな」って止めてくれてよかった。サンキュー、友よ。やっぱりファーストキッスは二人きりの時がいいしね!

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