第2話

 つら……。


 推しのVtuberが高みを目指すゲームの配信を観ていて、気がついたら朝だった。単純に障害物へジャンプしてどんどん上に登るだけなのに、熱くなりすぎた。

 いや、リアルタイム視聴していたみんなが、某テニスプレイヤーぐらい燃えていた。もちろん、クリアした時は号泣。


 今月のお小遣い、全額スパチャ投資。

 後悔はない。空手道場の手伝いですぐ稼げるし。

 今はとにかく眠い。

 少しでも休息を……。


 高校二年生の春。もう暑いとかおかしい、なんて思いつつ、陽だまりの中で机に突っ伏す。


 あ、天国はここにあったのか。


 騒がしいのは毎度のこと。常にひな鳥状態なのは女子校だからかもしれない。でもさらにうるさくなった。

 だけど、どうでもいい。担任が来るまでは寝る。運が良ければ一時間目開始まで睡眠欲求を満たせる。

 なのに、悪魔が肩を叩いてきた。


ごうちゃん、起きて起きて!」

「すーすー」

「わかりやすいうそやめろや」


 こわ。


 一年生の時、こいつの見た目につられて仲良くなろうとしたのが失敗だった。これは本当に友達と呼べる関係なのか? まともな友達が欲しい。切実に。

 しかし今は自分の身の安全が最優先だ。いくら体を鍛えたって、ハートは防弾ガラスレベルに達していない。ここだけが、あたしが誇れる女子の部分!

 だからこそ、悪魔こと恐神おそがみ萌々ももの機嫌がこれ以上悪くなる前に、顔を上げた。


「ん?」

「ねね、護ちゃんのドストライクじゃない?」

「は? いきなり何? もえもえ、頭おかしくなった? あ、通常運転か」


 目の前には名前にとても似合う、ふわふわな女の子。セミロングの髪はゆるふわパーマ。お目目はぱっちり二重。唇はぷるぷる。胸はぶるんぶるん。

 しかし中身は名字通り。触らぬ神に祟りなし。向こうから来た時は諦めるしかない。


「いったぁ!! なにす……」


 恐ろしい笑顔のもえもえに、顔をガッ! とつかまれ、グギッ! と動かされた。痛い。痛すぎる。これはすぐに保健室だ。

 そう考えていたあたしは、廊下を歩く女神を見つけた。これは夢かもしれない。首の痛みが消失した。今は胸の方が痛い。陽だまりの中で見る夢はこんなに幸せなんだ。

 いや違う、現実だ。胸が張り裂けそうで、息ができない。


「ね? 当たりでしょ?」


 女神と目が合った。驚いた顔をした彼女の頬がほんのり赤くなった気がする。もえもえの声がじゃま。そういえば今日、転校生が来るんだった。大切なイベントを寝不足で忘れていたのは不覚。でも、今はそれどころじゃない。


「やば、死ぬ」

「は? おいバカ!」


 心臓から爆発音がした。ついでに椅子から転がり落ちた。仰向けに。


「先生はすぐに保健の先生を呼んできて下さい!」


 教室の扉が勢いよく開くのがわかったけれど、同時に心地いい高さの声が響き渡った。


「早くそのパンツ隠せ! なんだその柄!」


 もえもえ、うっさい。

 推しが好きな食べ物だよ。塩辛知らないのか?

 ってか、心配するのそこなのおかしいじゃんか。 


「頭を打ったから鼻からの出血がひどい……。首も痛めていますね」


 女神が降臨したら、時が止まった。

 ただただ、彼女が触れた部分が熱い。

 でも首はもえもえのせいだし、鼻血は心臓が破裂したからだ。


「あれ? 生きてる?」

「そんなに痛みが激しいのですね」


 いや、違うけど。なんて女神の言葉を否定するなんてヤボなことはしない。してはいけない。全肯定でいこう。

 心臓は破裂せずに、あたしの血圧を下げるために頑張ってくれたんだ。それなら、チャンスをつかめ。


 これが、ひと目ぼれ?

 きっとそうだ。

 世間のひと目ぼれした人達がなんでひと目ぼれに気づけるのか不思議だったけど、納得した。こんなの気づかない方がおかしい。


 あたしの頭が妙に冴えているのは、今が一番大切な時だからだ。


 そうか。

 この日のために、あたしは生きてきたんだ!


「は……い、いま、にも、しに、そうで……」


 オスカー級の演技できました!

 やるじゃんあたし!


 今なら自前の鼻血レッドカーペット付きだし、完璧だ。

 しかしやりすぎたようだ。女神の様子がおかしい。全身がふるふるしている。でも、目力だけが強まっている。これはどう考えても、お怒りとしか思えない。


 あ、うそバレしたのかも。


 一気に好感度が下がってしまった。リセットだリセット。

 もうこれ以上嫌われることなんてない。だからやけくそで女神の胸を目指して手を伸ばす。そこにリセットボタンがあると信じて。


 クラス全員の女の子のバストサイズだけは知っておかなきゃ……!!


 本当ならスリーサイズを知っておきたいが、今後避けられることは確定した。命に関わるうそは絶対についちゃいけない。あたしは学んだよ、今。

 しかし、背に腹はかえられない。

 それなのに、女神に手を包まれた。昇天しそう。

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