第2話

「……言葉はニチジョウ語に近いかと。しかしあちらのエイ語という言語がストワード語に近いのでシャフマ語でも伝わりますぜい」

「アリガトウ……あんたがいて助かったぜ」

「ふふふっ、あっしは地味ですからねい。こういう任務は任せてくだせえ。……では、一足先にストワード第一ホテルに戻りますぜい」

ヨンギュンが分身をしまい、港を後にする。

「案外普通の格好だね」

「一応秘密だからなのだわ。派手な歓迎が出来ないから……」

使節団の五人はよくあるスーツを着ている。

「カンザキ・サクラコよ。短い間だけど、よろしく」

初めに挨拶をしたのはサクラコだ。さっぱりした大人の女性だ。「素敵な美人サンじゃないか」と顔が緩んだザックの尻をテリーナが蹴る。

「ミナモ・モリノシンといいます。お互いに有意義な勉強が出来ることを期待しているよ」

柔らかく笑うのはモリノシン。その物腰になんとなくゾナリスに似ている人だなと思う。

「俺はキド・キヨモリ。堅苦しいのとかよく分からないから、気軽によろしく」

あっけらかんに言うのはキヨモリ。明るい若者のようだ。

「……ホムラ・タケルだ。こっちは、テナヅチ・ウタハ」

大柄で無口そうな男がタケル。その隣で俯いているのがウタハ。

「あら、ウタハちゃん。やっぱり恥ずかしくなっちゃった?」

「す、すみません……。うちがテナヅチ・ウタハです……」

消え入りそうな声。人見知りらしい。

「自己紹介アリガトウ。緊張しているのはこちらもそうだから安心して欲しい。俺はザッカリー・エル・レアンドロ。ザックで良いぜ」

長い前髪が印象的な男がザック。真っ赤な瞳。顔の模様はイレズミだろうか。砂時計の形だ。

「うちはヴァレリー・ブルーニ・スナヴェルだしー。ヴァレリアって呼ばれてる。ま、気軽にやろー?」

オレンジ色ショートボブ、ミント色の瞳。彼女はヴァレリアだ。

「リュウガじゃ」

赤毛の大男がリュウガ。傷が顔と着物の下に見える。

「私はフェリシア・レイ・ストワードなのだわ。シャフマ名で呼ばれることが多いから、テリーナで良いのだわ。よろしく頼むのだわ」

長い金髪で片目を隠したのがテリーナ。瞳は大きいが、目つきが少々悪い。声が明るいため、ギャップがある女性だ。

「ご、ごめん!遅れた!学会が長引いちゃって……。っはあ、はあっ……」

駆けて来たのは金髪の男性。白衣を着ている。

「デヴォン。今ちょうど自己紹介をしていたところだぜ。ギリギリセーフだな」

「本当?よ、良かった……。僕はデヴォン・レイ・ストワードです。魔法学の研究をしてて、今回一番君たちのことを知りたいと思ってる。いろいろ勉強させて!」

メガネの奥の緑の瞳が輝く。そんな友の姿に、ザックがはにかんだ。




〜ストワード 大統領家〜


「僕はアントワーヌ・レイ・ストワードなのだ。大統領として、君たちに会えたことを光栄に思う」

金髪をオールバックにした中年の男性……アントワーヌが難しい顔でウタハたちに挨拶をする。

「アレス・エル・レアンドロ。政府顧問だぜ。つまりコイツより偉い立場の男さ」

奥に座っている黒髪褐色肌の男がニヤニヤ笑っている。

「顧問……?」

「ニホンと政府形態が違うみたいだな。大統領の上に顧問がいるのか?」

ウタハとキヨモリが首を傾げる。

「あー、ええと……父サンの話は聞かなくていいぜ。基本的に嘘しか言わないのさ」

「ギャハハ!酷い息子だねェ!父親を嘘つき呼ばわりとは!」

下品な笑い声に驚くウタハ。

「本当に嘘しか言わないだろう。全く、紛らわしい……。父サンはシャフマで酒場の店主をしている人なんだが、大統領と仲が良くてな。こうやって遊びに来てることが多い」

「大統領の昔馴染み、というわけね」

サクラコが言う。

「そうさ。俺とアントワーヌサンは深い絆で結ばれている。立場なんて関係がない。まさか俺が王子サマだった……なんてありえない話だからねェ」

「王子様?ここは王国?」

モリノシンが聞くと、アントワーヌが首を横に振った。

「いや……今は違うのだ。その辺の話も、君たちにしたい。デヴォン」

デヴォンが前に出る。皆が席に着く。配られる資料。

「簡単にこの大陸の歴史を説明するね。僕がいつも大学で教えている内容になっちゃうんだけど……」

「へえ、デヴォンは大学教授なのかよ!すごいな!」

キヨモリが言うと、デヴォンは恥ずかしそうに笑った。

「ま、まあ……。専門は歴史学じゃないんだけど、教授の数が足りないからね。いろいろ掛け持ちしてるんだ」

大学と言ってもキヨモリが通っているそれとは程遠いものだ。学者たちが集まって大きな施設を借り、そこで講義をする。一講義ごとに値段が決まっており、一括での管理がない。だから10歳の子どもでも80歳の老人でも関係なくいつでも講義を聞くことができる。まだまだ教授の数が足りないのでデヴォンはいろいろな講義をしている。

ハッキリ言って杜撰な管理体制で学校と呼んでいいのか微妙だが、それでもデヴォンにとっては良い仕事場であった。

「みんなは魔法学が気になると思うんだけど、この大陸において魔法と歴史は深く絡みついているんだ。質問があればどんどん言ってね」

だから先に歴史を学ぶ。

「今から約3000年前、この大陸にほど近い海に『知性体』が生まれた」

「『知性体』?人間のこと?」

サクラコの質問に、デヴォンが答える。

「ああ、『知性体』っていうのは……僕たち人間、そして後に出てくる魔族のことを指してる」

「犬や猫にも知性があると思うんだけど……」

モリノシンの言葉に「たしかに、」と続けるデヴォン。

「たしかに、動物は本能以外で判断をすることもある。けど、それとは区別して……『知性』つまり『魔法』を明確な意思で扱える種族を『知性体』と呼んでいるんだ。次のページを見て」

人間と魔族は『知性体』と書いてある。

「この辺を深く考えると大学院の勉強になって長くなっちゃってね……。まあ、用語として覚えてよ。本当は深く説明したいけど、今回は簡単にって話だから。……あ、で、さっきの話に戻るんだけどね」

「3000年前に海で誕生した『知性体』。これは『人間』でも『魔族』でもない。『神』だった」

五人が驚く。『神』の誕生の話だ。

「さっきの話と矛盾しちゃうんだけどね、『神』は大陸や海にいた生物の声で生まれた存在なんだ」

「『知性体』じゃない動物が、『神』を産んだ」

「『神』は、大陸の生命体の集合意思……『魔法』が産んだ存在だよ。明確に魔法が扱える『知性体』じゃない生物たちの声が集まって『神』を生み出したんだ」

「まさに神話ね……」

「そんな話、本当にあるのか?」

「信じられないよな」

「信じられないと思う。でも、これが僕たちの大陸の歴史なんだ。次のページを見て」

次のページには2000年前のことが書いてあった。

「1000年のときを経て、『神』は成長した。そしてある日、大陸外からある生物が漂着したんだ」

「それが『人間』」

「『人間』は二人いた。ストワードという姓の兄弟だ」

「そして、長男の方が……『神』と交わり、子を作った」

どうなるのだろう。五人は黙って続きを待っている。

「二人の間には『人魚』が生まれた。これが最初の『魔族』だよ」



1000年前、人間と魔族の間で戦争が起き、思想の違いから三国に分裂した。それからはいろいろあったがなんとかまとまり、今は統一国家になっているという話だった。

「なるほど。信じられない話だけど、歴史はよく分かったよ」

モリノシンが言うと、デヴォンはホッと胸を撫で下ろす。

「伝わって良かった……。『知性体』が『魔法』を扱えるのは、『魔法』で生まれた『神』の子だからなんだ」

「そこでそれ以外の生物と区別があるのかよ!面白いな」

「ほな、皆さん魔法が扱えるんですか?」

ウタハが聞くと、リュウガが口から小さな炎を吐く。

「わっ!?手品!?」

「違うわい。魔法じゃ」

「火属性の魔法?ゲームでよく使うやつだな」

タケルがリュウガをまじまじと見る。

「我は『魔族』じゃ。『魔族』はでかい『魔法』が扱える」

「そうそう。『人間』と『魔族』の違いだけど、『魔力袋』の大きさだね。この辺も細かい話になっちゃうんだけど資料を見てもらって……」




「ウタハ、水飲むか?」

「あ、ありがとうございます……タケルさん」

デヴォンの講義が終わった。興味深い内容だったが、長い話は気疲れする。水を飲み、ウタハはホッと息をつく。

「ここでの魔法は、精神に依存する。そういう話だったな」

「簡単にまとめるとそういうことね」

サクラコが資料を見返す。

「精神か……モノノケに似てるよな」

「キヨモリもそう思うか」

モリノシンが言う。

「負の精神に飲み込まれるという話が似てたわね」

「この大陸にもモノノケが出るかもしれない、か」

タケルがそう呟いた。

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砂時計の王子 クロスオーバー集 まこちー @makoz0210

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