第9話

〜ストワード港〜


ストワード地区には港がある。

大陸上でここにしかない。公的には、だが。公的でない港はフートテチにもシャフマにもある。そこで自由に取引が行われている。最も、大陸内で物をやり取りした方が貿易失敗のリスクが低いし利益も出るから貨物船はあまり流行ってはいない。

ストワード港から出る貨物船は大陸で一番大きいが、週に一度出るか出ないかである。モアたちはそれに乗ってきてしまったのだ。これは大統領的には失態である。三人を信頼のおけるトナとジスラに託すしかなかったのは想像にかたくない。

「おー!でっかい船が来たぞー!タクミ!」

「見えてるよ。教授、まだ泣いてるのか……?」

「だってえー、ルカくんが……ルカくん……うう……」

早朝。貨物船が見える。あれが到着したら乗り込む予定だ。

「お土産は持ったかい?」

トナはメガネをかけている。臨時教師をしているときと同じものだ。

「大丈夫だ。それにしても寒いな……」

「そろそろ冬が近づくからね。ストワードは雪で埋まるぜ。あんたたち、良い季節に来たね。……ん?ああ、そうかい」

トナが口角を上げる。

「手筈が整ったらしい。あんたたちはあの荷物の中に紛れてくれ」

「予想はしてたけど、やっぱ荷物扱いかよ……」

「仕方ないだろう。本来人が乗るものじゃないんだぜ?くくくっ」

モアがキョロキョロしている。

「ベルちゃんがまだ来ないぞ」

昨日の夜約束したのに。

「ジスラが寝ているのかもしれないね。アイツ、朝弱いから」

「……」

「まあ大丈夫さ。来なくても……」

「我は、会いたいぞ」

真っ直ぐな瞳。トナは目をパチパチさせる。

「……そうかい」

船員が走ってくる。トナに耳打ち。

「船が到着します。こちらに……」

「おっと……少し待ってもらえるかい?」

「アントナさん?」

「来たようだぜ。モアサン」


「モア!」

後ろから甲高い声が聞こえた。モアが振り返ると、必死に手を振って駆けて来るベルラの姿が。

「ベルちゃんだぞ!ベルちゃーん!」

「モア!余は間に合ったぞ!」

ジスラはいないようだ。やはり置いてきたのか。

「ギリギリだぜ?」

「すまない……でも、会えたぞ!」

ベルラがモアの手を握る。

「余の住所だぞ!一応渡しておく……はあっ、はあっ……」

汗ビッショリだ。ポケットに入れていたから紙は無事だったが。

「それから、ええと、余はオマエに言いたいことがあるぞ」

「ん?」

モアが首を傾げる。

「ええと」

……言葉は続かなかった。魔界に連れて行って欲しいと言おうとしたが、言えなかった。

モアは無邪気な顔をしているが、その後ろには……何故か立ち入れない。そんな気がするのだ。

クオスの描く真っ黒で底の見えない魔界。モアの故郷はベルラにとっての未知の場所。半分確信しているのに、本能が知ることを拒む。

(そうか、余はまだ……)

(魔界には行けないんだぞ)

フッ……と、心が軽くなった。真っ暗で真っ黒な魔界がシュワシュワと消えていく。

「アントナさん、そろそろ……」

「ああ。ベルラ」

「……!モア、余は楽しかったぞ!」

「我も楽しかったぞ!」

握手は力強く。モアの手は自分の手と同じ人間のものだ。それが不思議で、とても楽しい。

「モア、行くぞ?」

「帰ろっか、モア」

「うむ!」

タクミとユニに着いて行く。貨物船に乗り込むと、モアが振り返って

「元気で暮らすんだぞ!」

と、笑った。

ベルラは返事ができなかった。涙声になることが分かったからだ。心の中で、モアに言う。「いつかまた会おう!」と。

すると、モアが目を見開いた。

「我もまた会いたいぞ!良き友ができた!」

「えっ」

まるで心を読まれたようだ。いや、言葉に出していたのかもしれないが。

出港し、遠くなっていく貨物船のドアが開かれる。そこに駆け込む三人を見て、ベルラは気づく。

「魔界の扉は、あそこにあったんだぞ……」

大陸の外は世界が果てしなく広がっている。自分の理解ができない世界……そこは『認識できない』闇の世界かもしれないけれど。

「すまない、遅くなった」

「寝坊したかい?くくくっ、だが大丈夫さ。見送りは俺とベルラがしたよ」

遅れてきたジスラに近づき、小さく言う。

「お兄ちゃん、余は絶対に魔界に行くぞ」


「いつか、絶対に」




〜一ヶ月後 ストワード中央 高校〜


「住所合ってるかよお」

「何度も確認したぞ!モアからの手紙に書いてあった住所だから大丈夫」

「私の作品の写真も送るわよ!ベルラ、綺麗に撮ってちょうだいね」

「うん!すぐ現像して来るぞ」

大陸外に手紙を出すのは大変だ。到着まで一ヶ月かかる。貨物船に乗せて運ぶ許可がいるからだ。

「犯罪スレスレだぜえ」

「大陸外に気軽に行けるといいのだけどね」

「今はまだ難しいんだぞ。でも、いつかは……」

いろいろな世界の人と交流がしたい。そこにいるのが恐ろしい見た目の侵略者……恐怖の大王でも、タコの姿の知性体でも。

(気軽に世界を見られたら、魔界も恐ろしくなくなるかもしれないぞ)

クオスの夢も、自分の新しくできた夢も叶うかもしれない。そんなことを思って一人口元を緩めるベルラだった。

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