第8話

〜ニチジョウ スシ屋〜


「回らないスシ屋があるのか。初めて来たぞ……」

ベルラが言うと、クオスが目を細める。

「キャハハッ!こういうところはなあ、舐められたらおわりだぜえ?」

「そ、そうなのか?」

「金持ちしか来ねえからなあ」

「ベルちゃんはお金持ちなのか?」

モアが聞くと、ベルラは首を横に振った。

「余は全然……!お小遣いあんまり貯めてないし……!」

「俺ちゃんとベルラはよお、でけえお兄ちゃんがいるからよお。こういうときは甘えられて便利だよなあ」

その分いろいろ面倒なこともあるけどよお!とクオスは笑う。

「まあ……遠慮せず食えってことだぜえ!」

「そうだね。子どもは遠慮しなくてもいいぜ」

トナが言う。

「ケンカは終わったのかよお」

「大人しく割り勘にするさ」

奥でドミーがニヤニヤ笑っている。ルカを餌にしたのが丸わかりだ。

「ちょっとー、オトナも遠慮なく食べたいんだけどー?」

ユニの声だ。

「おねえちゃあはくいしんぼおでーちゅ!」

「や、やめっ……!コラそこ!笑わなーい!」

タクミが肩を震わせて笑っている。モアも無邪気に笑う。ルカのきゃはきゃは笑い。

「さて、俺は飲むかね」

「はー?何言ってんだよトナ兄。酒弱い癖に。ここで寝られたら誰が持って帰るんだ?」

「そりゃああんたとジスラ二人がかりでだね」

「トナ兄、任務中だ。気を抜くな」

「ああそうだった。すっかり忘れていたぜ」

とても平和だからね、と、トナ。


「エビちゃあとカニちゃあ!あかいろだよお」

「よしよし、じゃあこれは?何色だあ?ルカ」

「んーと、くろいろでーちゅ!」

「そうだぜえ!黒色のエビだなあ」

「びょーきかなあ」

「いや元々こういう色だぜえ」

「もともとでーちゅ!」

クオスとルカの掛け合いはいつも微笑ましい。

「ルカくん、ここ一週間で言語能力が上がってないかね?」

ユニの声に、トナが頷く。

「ルカは何でもすぐ覚えちまうからね」

「るかのおはなしちてるのお?」

「そうだぜ、ルカ」

「やりまちた!!」

「な、何を……」

成長しているとはいえまだ3歳児。勢いで来ることもある。ルカがユニを見上げる。

「おねえちゃあ、あちたもあしょぼおねえ」

「……やっぱ帰らなくていいかなー!?」

「何言ってんだよ教授……」

「ううう……ルカくんを残して行けないよーん!」

「我もベルちゃんを残して行けないぞ!」

「も、モアまで!?」


「……」

腹いっぱい食べた。少し眠い、と思っていたがスシ屋の外に出て冷えた空気を吸うと眠気が引いてくる。

「三人は明日朝早く貨物船に乗る。今晩はストワード第一ホテルで寝てもらう」

ジスラが言う。皆の間に沈黙が流れる。

「ここでお別れかよお」

「明日朝早く港に行けば会えるがね」

「俺ちゃんは起きられるか分からねえからなあ。お別れしておくぜえ」

クオスがモアの手を握る。

「絵の写真を送るぜえ」

「楽しみにしているぞ!」

「ルカ、ユニお姉さんにお別れできるか?」

「はあい!……おわかれでーちゅ!ばいばい!」

「ルカくん絶対分かってないじゃーん!で、でも、ありがとう……」

一通りお別れを済ませる。それを黙って見つめるタクミ。

「ベルラ、あんたはいいのかい?」

「……!余は、明日港に行くんだぞ」

「そうかい。それならジスラのアパートで寝るといい。港に近いからね」

トナの提案にジスラが「そうだな」と頷く。

「じゃあ、ベルちゃん!また明日なんだぞ!」

モアの満面の笑みに、ベルラは泣きそうになるのを我慢しながら手を振った。




〜ストワード ジスラのアパート〜


「魔界なんだぞ……」

毎回思うが、ここは魔界だ。足の踏み場がない。

「何か言ったか?」

「う、ううん……」

ジスラのアパートの部屋は散らかっている。ゴミは出しているから臭くはないが。

「今日は早く寝るか」

「うん。お兄ちゃんも早く寝るんだぞ」

「ああ」

風呂を入れてくる、とジスラ。アイマスクを洗濯機の上に置く。ベルラは唯一の座れる空間であるベッドに腰掛けた。

モアに聞きたいことがたくさんあった。

モアと自分には時間も、関係性もあったはずだ。なのに、聞けなかった。好奇心旺盛なのに臆病な自分が恨めしい。

(モアはどこから来たのか……)

(そしてどこへ帰るのか……)

月夜に照らされたセーラー服の女の子。大陸外から来たアンドウ・モア。

「ベルラ、眠いか?」

「大丈夫だぞ。……お兄ちゃん、モアは魔界から来たのか?」

「そうなのか?」

ジスラが少しだけ目を見開く。驚いたときの表情だ。

「余はモアは魔界から来たと思っているんだぞ……」

「ベルラがそう思っているのなら、そうかもしれないな」

「お兄ちゃんは、クオスと同じ考えなのか?」

「クオストヤの考え?」

「……クオスは、魔界はたくさんあるって言っていたんだぞ。でも、全部同じなんだって」

クオスの真っ黒な絵。たくさんの世界、見えない……真っ暗な魔界。

「モアもそこから来たのかなあ……」

「行きたいか?魔界に」

「……余は、」

ピンク色の瞳を見つめる。真っ暗な魔界に、変化が下手な兄は行けるだろうか。

そして、自分は。

「分からないんだぞ……」

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