第5話

この日も何事も無く学校が終わった。モアはベルラと一緒にストワード中央駅へ向かう。もう金曜日だ。時が経つのは早い。

ストワード中央駅からバスで10分ほど。ベルラの家は中心部からほど近い場所にある。雨の音を聞きながら二人でバスを待つ。

―モアサンの護衛はジスラとあんたに任せるよ。

―くれぐれも丁重に扱うように。

(大陸外の知性体……)

モアの横顔は自分のそれと変わらないように見える。同じ人間にしか見えない。

(お兄ちゃんの方が違う動物みたいだぞ)


「どうした?我に見とれていたか?」


モアが突然こちらを向いた。ベルラは目を見開いて真っ赤になる。

「〜〜〜っ!へ、変なこと言うな!ハレンチだぞ!」

「?」

「大陸外の女子はよく分からないぞ……」

「ハレンチだったか……?」

キョトンとするモア。ベルラはため息をつく。

「我はこの世界のこと、もっと知りたいぞ。ベルちゃん」

「……この大陸のこと?何が知りたいんだ?」

モアの質問はごく普通のものだった。ストワードで暮らしているベルラは高校以外をニチジョウで過ごすクオスからよくストワードのことを聞かれるが、ほとんど同じもの。大陸外だからといってガラリと生活が変わるわけではないようだ。

「なるほどな!ありがとう」

「うん……」

「ベルちゃんは我に質問はあるか?なんでも聞くが良い!」

「質問……」


モアが来たところは、魔界なのか?


聞きたかったことだ。


月曜日の朝、初めてモアを見たとき。セーラー服で歩く彼女を見て「どこか別の場所から来たんだ」と思った。別の……ここではないどこか。根拠は無いが、そんな気がしたのだ。

大陸外から来た。それは事実なのだろう。しかし、モアはそんなスケールでは無い何かな気がする。分からないけど。

聞きたい。しかし、聞けなかった。それは聞いてはいけない気がした。

「ないのか?」

「えっ。あ……モアはタコさんウィンナーが好きなのか?」

「タコさんウィンナー?ベルちゃんが好きなものか?」

「余は好きだぞ。モアも好きなのかと思っていたが違うのか?前に描いていた絵を見て……」




〜カルロの家〜


「モアさんは今日で学校おしまいだったわね。どうだった?楽しめた?」

「楽しめたぞ!ホタテ部長たちにさよならしたぞ」

一週間だけだったが、とても楽しい学校生活になったようだ。

「月曜の朝に貨物船が来ます。明日はアントナとドミニオがちょっとしたフートテチ案内をしてくれるようですよ」

「父さん、余も行きたいぞ」

「もちろんです。クオストヤも来るようですからね。……羽目を外さないようにしてくださいね」

「はい!……モア、なに食べるか決めよう!」

ベルラがモアの手を引き、リビングの本棚にあるフートテチ旅行パンフレットを開く。

「フートテチってどこだ?」

「ここから東に行ったところだぞ。日帰りで楽しむならソクジュとブンテイ、行けてニチジョウまでだな」

「ニチジョウはクオスが住んでいるところだったな!」

「そうだぞ。スシっていう変な食べ物が有名だぞ」

「……スシ!タコ?ホタテ?」

二人で和気あいあいとページを捲る。それを微笑ましく見守るカルロとマリナ。

「あんなにはしゃいじゃって。ベルちゃんには歳の近いきょうだいがいなかったから、反動かしらね」

「クオストヤとも仲が良いですからね。良い刺激です」





〜大統領の隣の部屋〜


「んー……」

トナが寝返りを打つ。ドスン!と大きな音。ベッドから上半身が落ちたのだ。

「んぐっ」

下半身もズリ落ちる。そのまま床で寝息を立てる。

静かに扉が開かれる。

「モア……ユニ教授……」

真っ暗闇の中、息を潜めてトナに近づく青年。

「一体どこに監禁されてるんだよ。あっ、ここに人間がいるな」

トナの顔を懐中電灯で照らす。

「男か……」

明かりを体に照らす。胸、腰、足……。大柄で肉付きの良い体の男だ。変な体勢で眠っているためかパジャマがはだけた谷間に寄っている。それはそれは立派な胸肉が。

「なんか鍛えてるっていうよりは食っちゃ寝してる系の体型だな」

思わず声に出してしまう。

「モアとユニ教授はどこだろう。ここは警備が厳しかったから、他の建物に移されてるとは考えにくいよな。他の部屋か?」

トナに背を向けて出口に向かう。……と。

「……〜〜、〜〜〜。サイレス」

詠唱が聞こえた。素早く後ろを振り返ると、いつの間にか座っていた大柄な男が右腕を前に突き出していた。

「あんた、他人が寝ている部屋に忍び込むなんていけない子だね。少しお仕置きが必要なようだ」

右腕を引く。体が引っ張られ、前のめりに倒れる。

「痛っ!な、なんだこれ!」

まるで糸で縛られたように動けない。

「糸?見えない糸で縛られてる?」

「残念。糸じゃなくてぶよぶよした液体に近い固体だぜ。スライムってヤツさ」

たしかに少しぶよっとしている気がする。おかげで縛られている痛みはないが、なんだか気持ち悪い。

「あんたの名前を聞こうじゃないか」

「……人に名前を聞くときは、そっちから名乗るもんじゃねェの」

「この状況でそれ言えるとは、すごい男だね。だが、名乗っても問題ないか。俺はアントナさ」

「俺は、……タクミ」

「そうかい。じゃあタクミクン。あんたは何故こんな深夜に俺の部屋に入ってきたんだい?」

「……」

「だんまりかい。まあいいさ。話ならジスラがしてくれる。ところで……」


トナが目を細め、青の視線でタクミを射抜く。


「あんた、大陸の知性体じゃないね?ここの人間じゃあない」


タクミの目が泳ぐ。

「モアサンとユニサンの関係者かい?あの二人もサイレスがあまり効かなさそうな知性体だと思ったが、あんたは特にそうだね。体の問題だけじゃないのかもしれない。……なんてね」

「トナ!!!」

「おっと。大統領だ」

大慌てでリクが部屋に入ってくる。

「すまない!貨物船の倉庫奥にいた男が逃げ出したでござる!……あっ」

「今捕まえたコイツかい?」

「トナ〜…………」

リクの気の抜けた声。トナは喉奥で笑う。引き渡されるタクミ。

「どうやら貨物船の倉庫奥にもう一人いたようでござる。上陸してからしばらくストワード郊外を歩いていたようで……気づくのが遅くなって、しばらく自由な状態を許してしまっていたでござる……」

「なるほどね。それでとりあえず留置していたというわけかい」

「明日の朝に事情聴取する予定だったでござるよ」

「そりゃあ大変だったね」

大統領も一苦労だ。

「早朝、トナも事情聴取きてほしいでござるよ」

「了解だ。……ふああ…………ああ、寝ていたんだった。もう寝ていいかい?」

「あっ!もちろんでござる!……おやすみ、トナ」

「ああ、オヤスミ」

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