第4話

〜ストワード中央高校〜


モアとユニが乗る貨物船は日曜日に出航する。金曜日までは学校に通うことになった二人。モアは高校生として、ユニは教育実習生として。

火曜日の放課後、モアは美術室にいた。顧問は快くモアを向かい入れてくれた。と、言っても高校の部活の顧問などいてもいなくても同じ存在である。美術室にはほとんど来ないようだ。

「ホタテ部長!できたぞ!」

「ホタル!ホタテじゃないわよ!」

モアは部長のイチジョウ・ホタルと並んで絵を描いている。

「モアはセンスはあるけど、描き方にムラがあるわね。初心者によくあることよ。絵の具はこう使うの」

ホタルが赤の絵の具を使い、素早く筆を動かす。

「そんなにはやくていいのか?」

「ふっふっふ……。タッチの緩急をつけるのも技術よ」

「よし!我もやるぞ」

モアも張り切る。今日は人物画を描いているようだ。

「これは誰かしら?」

「タクミだぞ!タクミはここには来れなかったからな、絵にして会うんだぞ!」

「……!」

「タクミは迷子になってしまったからな。今頃泣いているかもしれない……」

どちらかというと迷子になったのはモアの方だが、モアの認識ではタクミが迷子らしい。

「写真がなくても描けるのね」

「昔からの付き合いってヤツだからな!」

モアが胸を張る。

「それ、すっごく羨ましいわ」

ホタルが微笑んだ。


「あー、補習大変だったぜえ」

「クオストヤ。また補習だったの?はあ……」

「俺ちゃん頭悪いからよお。仕方ねえだろお?キャハハッ」

「開き直ってる場合じゃないわよ!」

クオスはホタテの言葉には耳を貸さず、モアの近くに行って絵を覗き込む。

「おお!すっげえぜ!誰描いてんだよお」

「タクミだぞ!」

「恋人かよお?」

「我の結婚相手だぞ!」

「ヒュー!おアツいぜえ!キャハッ」

「クオストヤ、次の大会まで日がないわよ。副部長としてちゃんとした絵を出してもらわないと、」

「はいはい。今から描くぜえ」

クオスがキャンバスを取り出す。真っ黒な絵だ。黒一色……に見えるが、よく見ると違う。様々な色を塗り重ねて黒にしているようだ。

「宇宙みたいだな」

「ん?」

「……宇宙みたいだなって」

「宇宙……?……あぁ、」

クオスが美術室の天井を見上げる。

「未知の場所、という意味では宇宙と同じかもなあ」

「未知の場所?」

クオスが頷く。

「何かはあるのによお、何も分かんねえ場所。俺ちゃんはそういうのを描きてえんだ。何故か、ずっと」

モアは黙って聞いている。

「大陸の外にもたくさん大陸があって、国があって、人間が、魔族が……いや、もっといろんな知性体もそうじゃねえもんもたくさんいてよお」


「俺ちゃんはそれを、絵で表現してえ」


「何かはあるのに、何も分からない場所。か」

モアは故郷を思い出す。

「そ!たとえばよお、ずーっと遠い星とか?」

「そ、それは」

「もしあってもよお、今の俺ちゃんにはこう感じるぜえ」

真っ黒なキャンバス。

「だって、何も分かんねえからよお。そいつらと会うまで、そこに行くまで……俺ちゃんには正しく『認識』できねえ」

「……難しいのだな。だが、我にもなんとなくわかる気がするぞ」

「キャハハッ!マジでえ?無理しなくてもいいぜえ」

「いや、本当だぞ」

モアの瞳が揺れ、クオスのミント色の瞳を見つめた。

「……そうかよお」

クオスの声は穏やかだった。



しばらく三人で絵を描いていると、ガラリとドアが開いた。

「モア!一緒に帰るんだぞ!」

「ベルちゃん!」

「ベルちゃ……、そ、それやめるんだぞ!」

美術室に乱入してきたのはベルラだ。後ろにジスラもいる。

「キャハハッ!ベルちゃん!ベルちゃんだってえ!」

クオスが腹を抱えて笑う。

「クオストヤ!やめろ!」

「部活の時間は終わりだ。クオス」

「はいはい」

クオスが絵の具を片付ける。ホタルとモアも片付けを始めた。

「ベルラは帰宅部なのに学校に残ってたのかよお」

「ロレシオと勉強をしてたんだぞ」

「えー?テストは終わったばかりだろお」

「来月にもあるだろう」

「それを今やってんのかよお!相変わらず真面目だよなあ」

「オマエが不真面目過ぎるんだぞ」


―嘘だろ!?ジスラ、もう勉強してるのかよ!

―テストは終わった後が肝心だからな。次の範囲にも響く。

―相変わらず真面目だよなー。

―ドミーは不真面目だな。


ベルラとクオスの会話を聞き、自分とドミーの学生時代を思い出す。二人は同じ中学に通っていたのだ。


「お兄ちゃん、帰るんだぞ」

「ああ、帰るか」

「お兄ちゃん、俺ちゃんとも帰るぜえ」

「途中までな」

「クオスのお兄ちゃんではないぞ!余のお兄ちゃん!」

「じゃあ我のお兄ちゃんでもあるな!」

モアがニコニコしている。

「我はベルちゃんのお姉ちゃんだからな!」

「ち、違うぞ!余がモアのお兄ちゃんだぞ!」

「キャハハッ!キャハハッ!」


「なーんか盛り上がってるかーんじ?」

廊下に出ると、ユニとトナが待っていた。

「あれえ?保健室の教育実習生じゃねえかよお」

「わ、わ……綺麗な人なんだぞ……」

ベルラがモジモジする。

「君がクオストヤくんだね?お姉さんと一緒に帰ろう!」

「ん?」

クオスがキョトンとする。

「クオス、突然ですまないが金曜までユニサンと一緒に暮らしてくれ。ドミーには許可を取ってある」

「ごめんね、突然上がり込んじゃって」

「別に構わないぜえ。でもよお、行き帰り大変じゃねえ?」

「簡易ワープ装置を渡しておくから大丈夫さ。魔力補給は……」

「おいおい、まさか俺ちゃんに唾液を吐かせるつもりかよお」

「そんな面倒なことしなくてもいいぜ。これは手で触るだけで魔力を吸い取る仕組みになっている。吸い取られ過ぎには気をつけろよ」

「了解だぜえ」

魔力を溜めて使う装置。魔力探知機も同じ仕組みだが、近年こういった便利グッズが販売されるようになった。人間や魔族の魔力は主に体液に含まれている。一昔前までは唾液を袋に溜めて魔力源にしたりしたものだが、最近はそんな非効率なことはしない。コンセントで充電するような仕組みで魔力補給が可能だ。

「さっき俺の魔力を補給しておいたから、ニチジョウ中央駅まで飛べるぜ。ユニサン、クオスと手を繋ぐとワープ出来るから使ってくれ」

「そんな便利グッズがあるのねん。ちょっと分解したいかも……」

「くくくっ。高いからよしてくれ。これが壊れたら本当にクオスの唾液で飛ばなきゃいけなくなるぜ」

俺ちゃんは絶対嫌だぜえと顔を歪めるクオス。




〜ニチジョウ ドミーの家〜


「あんたがいるから大丈夫だとは思うが、一応警戒しておいてくれ」

「分かってるよ。任せてくれ」

ドミーがウィンクする。

「お邪魔しまーす」

「ルカルニー!ただいまだぜえ」

「はあい!おかえりでーちゅ!……ぷあっ!」

クオスの声を聞いてトテトテ走ってきたのは、ドミーの長男でクオスの甥である3歳のルカルニー・エル・レアンドロ。

「るかがちらないひといるう」

上目遣いでユニを見つめるルカ。黄色の瞳がぱちぱち瞬く。

「何なのこの子!かわいい!」

「はあい!るかるにー・えゆ・らんどろおでーちゅ!」

笑顔で自己紹介するルカ。ドアの外にいるトナにも聞こえ、思わず悶える。

「俺ちゃんの甥のルカルニーだぜえ。ドミーの子ども」

「ええと、ドミーがクオスのお兄さんだっけ」

「そうだぜえ」

「なるほど。それでその子の息子だから甥……。じゃあアントナは?」

「オジサンは俺の従兄弟。父ちゃんの兄弟の息子だぜえ」

「あー……なんとなくわかったわよーん」

ユニが何度か首を縦に振る。

「男だらけでごめんなさいね、ユニさん」

スレンダーな女性がルカを抱っこして立っている。ドミーの嫁であるケイトだ。

「るか おとこのこでーちゅ!とおちゃあといっちょなのお。あ、くおしゅとりゃも、おとこのこでーちゅ!」

「知ってるわよーん。って、やっぱかわいすぎる……だっこしてもいい?」

「だっこしゅきい!」

ルカがユニに手を伸ばす。だっこしてあげると、きゃはきゃは笑う。

「ね、ね、ね、あそぼお!ね、ね、ねー!」

「もし良かったら遊んであげて?ルカは活発な子なの」

ユニは迷わず頷いた。



「も、もう限界……」

「みてえ!るかのこおちゃく!」

「ま、待って……幼児舐めてたわ……。みんなこんなに元気なわけ?」

ぐったりと座り込んでいるユニの周りにルカの作品が置かれていく。まるでなにかの儀式のように、幼児の作品に囲まれるユニ。

「ルカはかなり元気な方だからなー。レアンドロの男はみんなこんな感じで……。よし、そろそろご飯にするぞー。ルカ、おいで」

「はあい!ごはんたべまーちゅ!」

「全力で遊んでくれてありがとう。ユニさんも一緒に食べましょ?」

ケイトに言われ、ご飯……と立ち上がる。食卓には美味しそうなニチジョウ食が。唐揚げと味噌汁、白飯、サラダ。そして緑茶だ。

(あっ、和食に近いかも。これなら美味しく食べられそう……)

ストワード飯はイギリスやアメリカの旅行誌に載っているものとそっくりでベタベタした油料理が多く、食べたくなさが強かったが、ニチジョウの家庭料理はユニが普段食べているニホンのものに近いようだ。

「クオス、ベルラと仲良くしてるみたいだな。さっきトナ兄から聞いたぞ」

「ベルラはからかうと面白いんだぜえ。真面目でよお」

「ベルラも真面目だよなー。ジスラもそうだし、俺たちとは正反対」

「まじめってなあに?」

食卓は賑やか。食事は美味しい。ユニはホッとする。

(どうなることかと思ったけど、ここでの暮らしもなんだかんだ楽しめそうじゃーん)

期限付きだが、こういう体験も良いかもしれない。

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