第3話
〜ストワード アントナの別荘〜
「ちょっと!たすけてー!」
「うおっ!!!」
―ドシーンッ!
ドアを開けた瞬間、飛び出して来たのはユニだ。
「ど、どうしたんだい……」
下敷きになってしまう。小柄なユニは体重が軽かったので助かった。
「もー!有り得ないんだけど……!宿変えるから!」
「えっ、何故。……ハッ、まさか!」
トナが別荘の中に入ると、とんでもない悪臭。
「う゛お゛おっ……!?こ、これは……ヤバいな」
中で何かが腐っているらしい。思わず呻いて後ずさる。
「においはまあ別に大したことないけど、」
「あるだろう!」
「中にいる人の方がありえなーい!」
「ソテ!何をしたんだ!」
中に呼びかけると、とんでもない状態のソテが虚ろな目でこちらを見つめていた。
「ひっ……」
頭にワカメを乗せ、腐った魚を両手に持ち、顔と体は泥だらけだ。服は引き裂かれたようにボロボロになっている。
「こ、今度はなんの真似なんだ……」
トナの声は呆れたものだった。
「怪物……」
「へ?」
「海の怪物の小説を書くから、その怪物の気持ちになるために試行錯誤しているだけだ」
「そう!玄関開けた瞬間に『俺は海の怪物だー!』って叫んで追いかけてきたわけ!ありえなーい!」
「たしかにありえないね……」
顔が引き攣る。トナはため息も出なかった。
「というか、それ、帰ってきた俺にやるつもりだったのかい?」
「もちろんだが?」
「うーん。ユニサン、別荘はやっぱりやめておこう。どうするかね……ドミーに明日電話するか……。まあ、今日はもう遅いし、とりあえずストワード第一ホテルに泊まろう」
「今からでも部屋取れるか分からないじゃーん……」
「取れなかったら大統領の隣の部屋で眠ればいいさ。俺がたまに使っている空き部屋で、警備が厚い」
「なら、いいかんじかも……?」
「今からユセカラサンに来てもらって俺と二人で見張りをする予定だったが……この悪臭が漂う怪物の住処ほど安心できない場所は無いからね」
ソテはまだ叫んでいる。怪物が出す声を研究中なのだ。
「すまないね」
「泊まれる場所がここじゃないならいいわよーん」
別荘から顔を背けて言うユニ。トラウマになったらしい。
「俺は慣れっこなんだが、アイツは少し変人なんだ。アイツが書いた奇っ怪なホラー小説、読むかい?」
表紙がおどろおどろしい。髪の長い女性の幽霊が描かれている。
「やだ!……でも、モアが面白がりそうな内容じゃーん」
ユニは無事、普段トナが使っている空き部屋を使うことが出来た。
「トナが寝る場所はどうするわけ?」
「俺の心配はしなくていいぜ。なんとかするさ」
時刻は20時である。空はすっかり暗い。
「今日は大統領と一緒のベッドで眠るかね」
「大統領……。それ、スキャンダル的にセーフなかーんじ?」
ユニが冗談交じりに聞いてくる。
「俺たちはどちらも既婚者だし、そもそも俺と大統領は血が繋がっているのさ」
「え?全然似てないじゃーん」
「くくくっ、俺の爺さんが初代大統領でね。今の大統領の父さんにあたる」
「ふーん? 統一したって言ってたけど、そのときに初代大統領が治めてたの?」
「そういうことさ。……この大陸の歴史は深い。気になったなら、そこの書斎を見ると良い。全部は書かれていないが、なんとなくわかると思うぜ」
大陸外の人間に話していいのかはよく分からないがね、と苦笑する。
「じゃあ俺はこれで。明日また学校で会おう」
トナが部屋から出る。ユニは本棚に入ったたくさんの本をじっと見つめた。
『えー?今から?……あー、分かった。それは気の毒だな。仕方ない。今晩だけだぞ』
「アリガトウ。助かるよ、ドミー」
向かったのはニチジョウ中央。ドミーが撮影していたプールに隣接しているホテルだ。
時刻は既に23時。ニチジョウの中央は、昼では考えられない別世界になりかけている時間帯だ。深夜から明け方にかけて現れる、道端でストローを使ってお酒を飲む若い女たち。笑いながらネクタイを振り回している偉いオジサン。酔い潰れて道の真ん中で丸まって寝るサラリーマン。
昼は整然と一列で並んで歩いているニチジョウの人間たちが大笑いし、吐き、倒れて記憶を無くす。いわゆる『ニチジョウ・メルトダウン』現象である。
これを珍しがってネットに上げるストワードから来た若者が急増した影響で、ストワード、シャフマやニチジョウ以外のフートテチではちょっとした異文化体験が出来るとわざわざニチジョウの深夜に出歩き写真を撮ることが流行っているのだという。なんとも不思議な話である。
(さっきのソテのような人がいるねェ)
海の怪物を見つけたと写真を渡したら喜びそうだ。黒い布を被ってよろよろと歩いている。大丈夫なんだろうか、アレは。金髪のカップルが「オー!ニチジョウ・ヨウカイ!」などと言って写真を撮っている。まさに悪夢のような光景である。
トナもスマホを向ける。しかし、そこで気づいた。煌々とした高層ビルを背景によろめく真っ黒な妖怪は、一種の芸術であると。
「モアサンの絵も、こういうことだったのかねェ……」
青いゼリーに浮かぶタコさんウィンナー。どこかメッセージ性を感じられるその絵を思い出し、目を細めた。
「おいおい、かなりボロボロだな」
「ワープ魔法を使い過ぎてね……」
肩を支えられながら、従兄弟とホテルの一室に入る。大統領に声をかけようかと思ったが、その前に「今夜は久しぶりに家に帰れるでござる!息子に会えるでござる!」と喜んでいたのでやめた。
「明日も朝からニセ教師やるんだろ?大丈夫か?」
「少し白魔法をかけてくれ」
「あいよ」
ベッドに仰向けになったトナに、ドミーが白魔法をかける。隣に座ってお茶を飲んだ。
「さすがに大陸外の知性体二人を丁重に扱うのは骨が折れたぜ」
「何かあったらヤバいもんな……。貨物船が来るのは来週だから、それまでの任務だよな?」
「ああ……。何事もなければいいんだがね」
「その二人が侵略者じゃなくて良かったよなー」
「侵略者?」
ドミーがニヤリと口角を上げる。
「大陸外の知性体だぜ?トルーズクを侵略しに来るヤツらの可能性だってあったわけだろー?」
「くくくっ、あの二人が、かい?そんなわけないだろう」
「いやいや、実はそうかもしれないって話だぜ」
「……爺サンが王子だったくらいありえないね」
「それ、事実だけど信じられないって話になってんぞー」
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