第17話 ダンジョン好きに悪い奴はいない



「改めて、ありがとうございました!」


「いや、もういいって」


 クエストの最中に出会った、桃色の髪をした少女。ふわふわの髪を、腰まで伸ばしている。おっとり系かと思えば、話したこの短時間で、そうではないとわかる。

 明るく活発な性格。それでいて、どこか天然を思わせる。


 これまで見てきた冒険者とは、また違った印象だ。


「いえ、お礼は大事だと、いつもお姉ちゃんに言われてますので! えっと……」


「あー、そういえばまだ名乗ってなかったな。俺はレイ、冒険者なりたての、Eランクだ」


 俺の名前を呼ぼうとした少女が、言葉に詰まる。それを見て、まだ名乗ってなかったことを思い出す。

 なので、俺はここで自己紹介。わざわざEランクだと言うのもちょっと恥ずかしいが、その方がスムーズに相手のランクも聞きだせるだろう。


「おー、新人さんでしたか! 私はクレアです。冒険者としてのランクは、Dランクです。

 恥ずかしながら、なかなかランクが上がらなくて」


 桃色の髪の少女……もといクレアは、照れたように頭を撫でる。

 木の実集めのクエストをやっていたから、予想はしていたが……彼女も、低ランクの冒険者だったらしい。


 確か、ダンジョンに入ることができるのは、Cランクからだったな……だったら、彼女に見覚えがないのも納得だ。

 ……いや、見覚えがないというのは少し違うような気も……


「レイさんレイさん、レイさんはどうして冒険者になったんですか?」


 いきなり視界に、クレアの顔が映り込む。わざわざ俺の顔を覗き込んだのか。

 この子はなんというか、保護欲を刺激する子だな……


 それにしても、冒険者になった理由か。


「ダンジョンに入りたいからだ」


 正確には、ダンジョンに潜ったクレナイについていくため、だが……まあ、そこまで詳しいことは言わなくても、大丈夫だろう。

 それを聞いて、クレアはパンッ、と手を叩いた。


「ダンジョン! 私も、入ってみたいんですよねぇ」


「……ほぉ」


 ほぉ、ダンジョンに入ってみたいとは。それも、そんなに目を輝かせて。

 この子は、ダンジョンに興味があるということか。


「しかし、ダンジョンは危険だと聞くぞ?」


 ここは、彼女がどれほどダンジョンに入りたいと考えているのか、見極める必要がある。もしも冷やかし程度なら、俺がダンジョンの心得のなんたるかを教えてやらないと。

 すると、クレアは顎に指を当てて、少し考える。


「それでも、入ってみたいです。確かに危険だとは聞きますけど……

 でも、最近は死なないダンジョンの噂もよく聞きますし。そこでなら、私のような初心者でも、楽しめると思うんです!」


 少し考えて、自分の意見を言うクレア。その言葉は、徐々に強くなっていく。

 ふむふむ、ダンジョンを楽しむ……か。なかなかいい感性を持っているじゃないか、この娘。


 それに、死なないダンジョンとは俺の作ったダンジョンのこと。そこに可能性を見出すとは、見どころがあるぞ?


「あの、変でしょうか?」


「いや、いいと思うぞ。俺も、ダンジョンは楽しむためのものだと思っているし」


「そ、そうですよね! ダンジョンはランク上げのための狩場とか、報酬集めだけの場所とか言われてますけど、そんなことはないと思うんです!」


 うんうん、やっぱりこの子、見どころがあるねぇ。ダンジョンは楽しむためのところ、それをよくわかっている。

 ダンジョン好きに悪い奴はいない。見た目通り、この子はいい子だ!



『主様って、ダンジョンのことになるとちょろいっすよね』



 ……なんか昔、ラビにこんなことを言われたような気がするけど。

 ちょろくない。俺はちょろくないもん。


 薬草を持った俺と、木の実を持った少女の話は意外に盛り上がりを見せる。このことは気が合いそうだ、どこかゆっくりと腰を落ち着けて話したいものだな。

 さて、楽しい話をしているとつい時間を忘れてしまうもの。目的地である冒険者ギルドが近づいてきて……


「あ、お姉ちゃん!」


 クレアが、言った。そして駆け出す。

 どうやらクレアのお姉ちゃんが、近くにいるらしい。人も結構いるというのに、すぐに見つけるなんて。よほど特徴的な人物なのだろうか。


 そう思って、なんとなく、クレアの走っていく先を、目で追ってみた。


「お姉ちゃーん!」


「あ、クレア! 今、クエストの帰り?」


「うん!」


 そこにいた人物を見て、俺はクレアに感じていた"見覚えがないというのは少し違うような気も"という印象の正体を知った。

 あぁ、そういうことか……クレアに見覚えがあるというより、クレアに似た誰かに見覚えがある、ということだったのか。


 そして、その誰かは……


「あのねあのね、あのお兄さんに助けてもらったんだよ!」


「お兄さん?

 あ、これは妹がお世話になったようで……」


「……」


「……」


 クレアのお姉ちゃんが、俺を見て言葉を失う。俺もまた、言葉を失ったままだ。

 お互いに無言のまま、見つめ合っていた。彼女にとってもまた、俺は見覚えのある人物だったのだから。


「……これは、どうも」


「ど、どうも……」


 冒険者、クレナイ。彼女がクレアのお姉ちゃんだったとは……これはまた、予想外過ぎる展開だ。

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