第11話 ダンジョン空間から出たその先でまさかの出会い
「……はっ!」
閉じていた目を、開く。目に映ったのは、いつも見る白い空間かたくさんのモニターか喋るうさぎ……ではない。
耳をすます。いつもはモニターの中の音、声、自分とラビの声しか聞こえない。
だが目の前に広がっているのは。人だ。人、人、人……たくさんの、人がいる!
周囲では、人の話し声があちこちから聞こえる。これまで無音に近い空間にいた俺にとっては、少しうるさいくらいだ。
ここは、いつもの白い空間ではない。ここは……外の世界だ!
俺がいつも、ダンジョンを作り……クレナイが存在している、世界だ!
「すぅ……なんか、空気がうまいって言葉があった気がするけど、それって本当なんだな」
その場で、深呼吸……深く息を吸って、深く息を吐く。それだけの行為。
その瞬間、これまでに感じたことのないなにかを感じる。今までいた場所とは、空気の味が違う。
こんなにも活気あふれた、生き生きとした場所。だからだろうか、殺風景だったあの場所よりも空気がおいしく感じられるのだ。
あぁ、なんか生きてるって感じがする……
「よし、じゃあ早速……」
さて、早速ここに来た目的を果たすとしよう。ここに来た目的、それはもちろん、クレナイを探し出し直接会うこと。
そのためにどこに行けばいいのか、正直アテはないが。クレナイは冒険者だ、冒険者をとりあえずは探せばいい。まあなんとかなるだろう。
そう思って、歩き出そうと足を前に踏み出した瞬間……
「……ぁ」
急激に体の力がなくなり、足を踏みしめることができず、俺はその場に見事なまでに転倒してしまった。
こうして転ぶなんて、いつ以来だろうか。そして、こんなにも体に活力がみなぎらないのは、いつぶりだろうか。
どうしてしまったんだ、俺の体は。自由が効かない。周囲では、いきなり人が倒れた光景に驚きの声が上がっている。悲鳴を上げる者、助けようとする者、迷いを持つ者。
俺の体は、いったいどうしてしまったのか?
……そういえば、ラビが言っていた。
『その体は完全に"人間"のものとなるっす』
今まで、あの空間での俺の体は人間の形をしてはいても、人間とは言い難いものだった。
だがあそこから外に出たこの世界では、この体は完全に人間のものになる。
まさか、人間の体というものになにか不具合が起こったのか? 俺の精神はあの空間でしか自由に動けず、体の自由は効かなくなってしまうのか?
俺の体は……この世界では、動かないのか!?
ぐぅううううう……!!
「…………」
なんか、すごい音が鳴った……俺から、正確には俺のお腹からすごい音が鳴った。
聞き違い、だと思いたい。だけど、この音……それに、この感覚……!
お腹の中が、空っぽになってしまったような……なにかで満たしてしまいたいという気持ちで、いっぱいになってしまう、あの感覚……!
ぎゅるるるるるるぅううう……!!
「……腹、減った……」
いつぶりだろう、この感覚……これはそう、空腹感だ。
情けない……と思う。さあこれからクレナイを探すぞといったところで、空腹で倒れてしまうなんて。
しかし、おかしなタイミングで……いや、そうでもないのか。
『主様は怪我もしないし腹も減らなかった……そんな体が、いきなりの環境の変化に、耐えられるでしょうか?』
ラビは言っていた、あの空間から出た俺の体は、環境の変化についていけるのかと。
俺はあの空間では食事は不要だった。つまり、腹にはなにも入れていない。そんな状態で、外の世界に……人間の体に、なった。
するとどうなるか。これまでなにも食べてこなかった体は空腹に耐えかねて、活力を失い、倒れてしまうと。そういうわけだ。むしろ、こうして意識があるだけましというもの。
「ご、ご飯……」
これはまずい。一刻も早く、なにか口に入れなければ。そのためには、食べ物を、料理を、を買う。買って食べる。いやまず、水か?
あ、そういえば、この世界のお金は……持ってない……
「いや……」
極限の状態だからか、すぐに浮かんだ。自分が生きるために。空腹を満たすための、お金の手に入れ方を。
正確には、俺はすでにお金を持っている。それは、ダンジョン配信で稼いだ金。今まで、一度も手を付けていない。
あそこで手に入れた金を、この世界での通貨に変換して手にすることはできないだろうか。……いやできる。
なぜかはわからないけど、わかる。直感ってやつだ。
もしかしたら、もはやそれしか希望がないのでかすかな希望にすがりたいだけかもしれないが。
……ともあれ、まずは飯屋を探さなければ。いや、それよりも動かないと。
「め、めし……」
「あの……大丈夫、ですか?」
無様に倒れている俺に、上から声がかけられた。それは、俺を心配しているような声……そして実際に、大丈夫かと声をかけてきた。
優しい声色、女の声だ。大丈夫じゃないのは見ればわかるだろうに、その質問もどうなんだと思わないでもないが……初対面だから当然か。
俺は、ゆっくりと顔を上げた。いったいどんな女が、見知らぬ男に声をかけてきたのかと……
「……え?」
その人物の顔を見た瞬間、目を疑った。だって、そうだろう。
ここにいるはずのない……いや、いるか、いるからここに来たんだ。ただ、いるとしてもこんなにすぐ、会えるはずがないと思っていた人物。探そうとしていた人物が、目の前にいた。
赤い髪を風になびかせる、ため息を漏らしてしまうほどの美貌を持つ女……冒険者クレナイが、そこにいた。
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