第12話 ダンジョン博士は飯を食う



「ふががつはぐはふ……んぐっ、ん……!」


「ほら、そんなに急いで食べるからですよ。はい水」


「んんっ……んぐっ、くっ……ぷはっ、あぁ、あ、危なかった……!


 はい、と渡された水を受け取り、勢いよく飲み、詰まらせてしまった喉の中のものを奥へと流しこむ。

 危なかった……今度は空腹による餓死ではなく、喉に食べ物を詰まらせて窒息死するところだった。


 まさか、この短時間で二度も、死ぬような目に遭うとは。これが人間の世界か。


「す、すまない……恥ずかしいところを、見せた」


「いいえ」


 現在俺は、いや俺たちは、一軒の料理屋にいる。目の前に出されたものを、あらかた食べ尽くす勢いで俺は、料理を食べていた。

 俺の正面に座るのは、一人の女性……冒険者、クレナイ。そのはずだ。


 まさか、この世界に降り立ちいきなり会うことができるなんて、そんな都合のいいことはないだろうと思っていたのだが……燃えるように真っ赤な短髪。キリッとした鋭い目。なにより、左頬に刻まれた刀傷は見間違えようもない。

 もう一つ、彼女が着ているのが見慣れた冒険者装備ではなく、私服であることも判断材料として迷ったのだが……


 ……長めのスカートなのか。なんか、私服でもズボンだと思っていたから、意外だ。

 それに、冒険者装備よりは体のラインがよくわかる。予想していた通り、ボンキュってやつだ。


「? どうかしましたか?」


「あ、いやなにも……」


 いかんいかん、あんまりじろじろ見るもんじゃない。いくらナマクレナイが珍しいからといって。

 今日は休日ってところか。冒険者に休日があるのか知らんけど。


 俺の宿敵、クレナイ……会ったからには、さっそく弱点を見つけ出したいところだが。

 倒れていた俺を助けてくれ、こんなおいしい料理を出す店にまで連れてきてくれた。その恩は感じている、それを仇で返すような真似はしたくない。


 まだ手を出す時ではない。


「それにしても、すごい食べっぷりですね。そんなに腹が減っていたとは」


「あはは、まあ……ね」


 空腹のため、食べる手が止まらない。それは事実だが、理由はもう一つ。

 こうして、飯を食べこと自体が久しぶりだからだ。今までは腹が減ることはなかったから、ものを食べることがなかった。


 はじめの頃は、生前を思い出して食べたりもしていたが、腹も減らなければ満たされもしない事実にいつしか、食事の楽しさを忘れ、ついには食事を忘れてしまった。

 だから、満たされる食事というものがすごく懐かしい。


「あ、おばちゃん、これおかわり!」


「あんたよく食うねえ。金はあんだろうね」


「もちろん!」


 空になった皿は積み重ねられ、次から次へと料理が運ばれてくる。

 特にこの、チャーハンのような食べ物はすげえうまい。ガツガツ食える。


 腹を満たして少し頭が回るようになった時点で、俺がダンジョン配信で稼いだ金はこの世界の通貨に変換できるのか、は確認済みだ。

 端的に言うならば、変換はできる。やったね。


 この世界の通貨は金貨、銀貨、銅貨とわかれている。俺の元いた世界の価値、つまり円で表すなら……

 金貨は万、銀貨は千、銅貨は百といった具合だ。


 俺の稼いだ金は、今まで手を付けていなかった。それをすべて……でないにしろ、通貨に変換すれば相当な金額になることだろう。


「言っておきますけど、私にたからないでくださいよ」


「助けてくれた相手にたかるかよ」


 ……いや、ここでクレナイの資金を使い込ませることができれば、今後クレナイの活動にも支障が出るのではないか……

 やめとこう。そういうのでクレナイを弱らせたって、意味がない。


「助けたなんて大げさな。ただ、目の前で倒れている人がいたから、声をかけただけですよ」


「それを助けたって言うんだよ。クレナイに声をかけられなきゃ、ここでこうしてうまい飯を食うこともできなかったからな」


 クレナイが悪いやつではないことは知っていたが、初対面の相手を助けてくれるいいやつだったとは。

 ほとんどの人間は、見て見ぬふりをするだろう。実際に、あの場にいたクレナイ以外の人間はそうだった。


 そう、クレナイはいいやつだ。ダンジョン外では、こんな性格なのか……


「はて……私は、あなたに名乗った覚えはないが」


「!」


 食事の手が、止まる。確信的なところを突かれたからだ。

 そうだ……俺はまだ、クレナイから自分がクレナイだと自己紹介されていない。だからさっきは本人かどうかも疑っていたというのに。


 しまった、一方的に知っている、ということになってしまった……いや、落ち着け。落ち着くんだ俺……!


「い、いやぁ、あの……ほら、冒険者の皆さんがね、話しているのを、聞いたんですよ。

 クレナイって冒険者は、だ、ダンジョンを攻略しまくってて、すごいなぁって。その、特徴とそっくりでしたので……あ、違いましたか?」


「……そうですか。

 いや、私はクレナイ、冒険者です」


 よかった、なんとかごまかせたか……自分で、ダンジョンを攻略してるすごい人、なんて言葉に出したときは恨みでどうにかなってしまいそうだったが。

 そして同時に、この人がクレナイであることも確定した!


 話もなんとか合わせることができたし、このまま親しくなるように仕向けて……


「それで、あなたの名前は?」


「……え」


 クレナイに聞かれたのは……俺の、名前だった。いやまあ、当然と言えば当然かもしれないけど……

 名前、か……あれこれ、どうしよう……?

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